それは気持ちのいい朝だった。まだ明け切らぬ太陽の七色の光が俺の瞼を優しくこじ開け、
うすらぼんやりしながらも、潮の匂いが鼻腔をくすぐる。
だが、ほどなくして俺の仰臥していたはずの自室のベッドの感触に違和感をもつ。
それは感触として硬くはないものの、明らかにマットレスではない。
すると、ようやく俺の石膏で塗り固められたかのような瞼が徐々に開き、周囲の風景の輪
郭に焦点が合いつつあった。
幾分頭がハッキリしてきた。睡眠時間は決して長いとは思えなかったが、思ったより眠気
はない。いや、むしろ潮風が気分をすっきりさせてくれる。
って、まてよ? 俺は自分の部屋で惰眠をむさぼっていたはずだ。
だのに、なぜ俺の体の下は砂浜で、目の前は水平線さえ見渡せる大海原が存在し、あたり
を潮風が通り抜けていているんだ?
いったい、ここはどこなんだ!?
──冷静に考えてみよう。俺をこんな島? に連れてきたのは、対抗古泉、注意長門、大穴
朝比奈さん、というかガチガチの本命でハルヒだな。こいつしかいない。鉄板過ぎて、賭け
の対象にすらならないぜ。
原因はわかっている。なにも一週間も一ヶ月も前のことではない。
それは、昨日の放課後のことだった。
すでに、季節は春の息遣いを感じ始めていた。季節の移ろいは日に日に俺たちを苦しめてい
た寒さを薄れさせ、それと入れ替わるように、草花の息吹や、虫や生き物たちの蠢きが見ら
れるようになっていた。
そんな時期である。放課後といっても短縮授業のため、終わりは早い。
俺としては、さっさと家に帰っても良かったのだが、そうは問屋が卸さないとSOS団の団長
である涼宮ハルヒによって、決して抜けはしないだろう極太の釘を刺されていたのだ。
何しろ、勝手に帰ったら死刑だなどというご無体な団長様だからな。
そこでやむを得ず、母親に愚痴を言われながら作ってもらった手製弁当を携え、俺はSOS団
の部室に足取り重くやって来たわけだ。
そうはいっても、俺はこのSOS団での活動が嫌でたまらないというわけでもなかった。そこは
朱に交われば赤くなるの格言の通り、ハルヒによって俺も感化されちまったのかもしれないな。
それにこの部屋には、マイスイートエンジェル朝比奈さんが今も編み物をしながら俺の来着を
待ちわびているはずである。
……根拠はないが。
彼女の存在こそが、俺のストレスや鬱憤を少しでも和らげ、そして癒しを与えてくれるのだ。
すでに彼女の存在は俺にとって一種の文化財であり、世界文化遺産として、ネス湖だかユネ
スコだかに推挙したいぐらいだ。
俺は部室の前で足を止めると、ドアをノックした後、ゆっくりとノブをひねり、空いた隙間に
体を滑り込ませるように部室に立ち入った。
すると、朝比奈さんは予想通り編み物の手を止め、こちらに顔を向けつつ微笑みを浮かべて、
『キョンくん、こんにちわ』と言ってくれた。
だが、その声を光の速さで追い越すように、
「キョン、遅いわよ、何してたの?」
と、ハルヒは都会の喧噪だに遮りそうな大音声で、歓迎だか威嚇だかわからないあいさつを俺
に投げつけると、ギロッと見やった。そうはいっても、少し嬉しそうにしているように見えな
くもない、ような気がしないでもない。
俺が何を言っているのか自分でもよくわからないが、素直に表現しにくいのだ。であるから、
ここは適当に流していただきたい。
すると、もうそういったやりとりに馴れきってしまったのか、朝比奈さんは臆することなく席
から立ち上がり、いそいそとポットの前まで足早に10ほどの歩みを数え、もはや彼女のライ
フワークとなったお茶の用意をしてくれている。
次に俺は、長いテーブル席の一角に目を向けてみる。すると、そこにいる古泉が例によってに
こやかな顔を俺に向け、軽く会釈をしてボードゲームを戸棚から取り出し、今日の対戦の用意
をしつつあった。やる気満々といった様子で俺を待っている。
だが、まて、俺はまだ昼飯を食っちゃいないし、俺に勝とうだなんて片腹痛いぜ。一刀のもと
に返り討ちにしてくれるからちょっと待ってろ。
今度は長門に目を向けてみると、彼女ははいつものごとく、俺にAランクの──谷口曰く、長門
が以前より少し表情が軟らかくなったそうで、一階級昇進した──その顔を向けることもなく、
淡々と残りページの少なくなった極厚の本へと視線を落としている。
さて、俺は遅ればせながらも弁当タイムだ。他の連中はというと、ハルヒ以外は皆すでに食べ
終えていたようだ。
ハルヒ、お前まだ食べ終わっていなかったのか? 学食に行くんだろ?
というと、かぶりを振りつつ、俺の顔を盗み見ながら、
「今日はお弁当を作ってきたから、みんなと一緒に食べようと思ったのよ。残念ながら、3人
とも食べ終わっていた後だったけどね。でも、勘違いしないでよ。……あんたを待っていたわけ
じゃないんだからね」
ハルヒは団長席に座ったまま胸の前で腕を組み、顔は明後日の方向に向けながらそんな憎まれ
口をたたく。
そうかい、なら俺も勝手に弁当を食べさせてもらうよ、と言って俺はテーブルの上で弁当の包み
を開けて、フタを取り外し裏返しにした。
そして、食べ始める。
「キョン、それ美味しそうね。ちょっとそのあんたのおかずを、あたしのと交換しなさい」
と一方的に告げ、ハルヒは宝物を見つけた小さなお子様のように目を輝かせて、自分のイスを俺の
席に横付けした。
どうでもいいが、何でお前はそんなに尊大なんだ?
しかし、こいつの尊大さは実は家業ではないかとも思えるほどのもので、一子相伝脈々と受け継
いできたに相違ないような、その態度が変に似合ってもいた。
しばらくすると、俺が交換の承諾をするまでもなく、返答を待たずしてハルヒが勝手に俺の弁当
箱の中を漁っていた。
すると意外なことに、ハルヒとの間に行われた交易の交換レートが、やけに俺に有利だったのだ。
なんだ、お前、体の調子でも悪いのか?
「違うわよ、バカ。あたしがこれでいいって言ってんだから、早く食べなさい。……どう、おい
しい?」
まだ食ってねえよ。そう急かすな。
俺はハルヒに促されて、ハルヒ特製の卵焼きと鶏の唐揚げに箸をつけ、次々と口に運んだ。
「うん、旨いな」
「当然よ。あたしが作ったんだから」
ハルヒは顔を赤くしたまま俺を見ずに、自信に満ち溢れる発言をした。
なら、何故俺にそんなことを聞くんだ?
「い、いいじゃない!せっかく交換してあげたんだもの。評価を聞くぐらい普通でしょ?」
まあ、いいけどな。
しかし、交換してあげたとはどういうことだ? 一方的に俺のおかずを取り上げたくせに。
そうはいっても、なんだかんだで楽しい昼飯だったのだ。
少なくとも、谷口や国木田など男同士で食っているよりは、幾分かいい。これで朝比奈さんとだっ
たら言うことなしだがな。
しかし、何か周囲の目が気になる。俺はひょっとして、とんでもなく恥ずかしいことをしていたん
じゃないだろうか? そう自責の念にとらわれていた。
おい、古泉!何を微笑ましそうな顔で俺たちを見ていやがるんだ? そんな目で見るな。
朝比奈さんと長門も、じっとこちらを見つめるのは勘弁してください。
しかし、この2人は古泉とは違って多少微妙な表情に見えなくもなかった。
そんなこんなで、楽しかったような、しかし、いらぬ勘違いをされてしまったような昼食を終え、
食後のひとときとして、何か黒いオーラを内に秘めた笑顔を向けている朝比奈さんから手渡されたお
茶をいただいていた。
幾分、いつものお茶より苦いような気がするが、気のせいだな。そうに違いない。
俺は、根拠なしにそう結論づけた。
ほどなく、2人の女性部員から剣呑な雰囲気は消え去り、部屋の中をまったりとした空気が支配した。
そこには負の感情は一切ない。時間は緩やかに流れ、俺たちは穏やかな大海にたゆたう小舟に乗って
いる気分だった。
そんな時、長門がゆっくりと立ち上がり、書棚に歩を進めた。書棚の前に立ち止まると、読み終わった
ハードカバーを書棚の本の隙間に差し入れ、ついで思案しながら2段上の本に手を伸ばした。目的の本
を手に取り終えると、長門は自分の席に戻った。
そして、長門がその本を開いたところ、ハルヒはおもしろいものを見つけたかのように、その大きな
瞳を一段と開かせた。
「有希!それ『ロビンソン・クルーソー』じゃない? いいわよねぇ、それ。あたしも昔読んだわ」
ハルヒは満面の笑みをその顔に浮かべ、長門に向けてそう言った。
何か良からぬことを考えついたんじゃないだろうな?
「それって、主人公が航海の途中で遭難しちゃうんだけど、たまたま無人島に流れ着いて、そこで狩り
をしたり、果物を取ったり農業をしたりと、工夫を重ねながら28年間も自給自足して暮らすのよね。
時には難破船から食料弾薬を手に入れたり、はたまた食人民族がいたりするんだけど、最後には無事
自分の国に帰れてハッピーエンドになるってお話だったかしらね」
「………」
おい、ハルヒ。あらすじを全部しゃべっちまってどうすんだ? 結末まで言っちまいやがって。
お前は気づかなかったかも知れないが、長門は一瞬ムッとしていたぞ。
「ごめんごめん、有希。でもまあ、言っちゃったものはしょうがないし。まあ、あまり気にしないで
あなたは読み続けてちょうだい」
『お前が言うな!』と、心の中でツッコミをいれておいた。
まったく、なんて奴だ。
あれだ、こいつは推理小説を読んでる最中の人間に、なんの悪意もなく犯人をバラしちまうんだ。
悪意がまるでない分、かえって質が悪い。
「でも、いいわねぇ無人島。そこでは魚を捕ったり、狩りをしたり、木の実を取って生活していくのね。
その島には脱出するような大きな船はないし、あたりには島も見えない。それに岩礁に囲まれていて、他
の船さえ寄りつかないところなのよ」
ハルヒは、興奮してきたのか団長専用の机の上に立ち上がった。続いて腕を組み、うんうんと頷きなが
ら妄想に耽っている。そして、その長くスラリとした美脚を惜しげもなく俺たちに晒していた。
この見えそうで見えないところがなかなか……なんてことは決して思っていないのであしからず。
団長が妄想に耽っている間、さも平然を装いながら俺は古泉とゲームの対戦を続け、朝比奈さんは編み物
雑誌とにらめっこ、長門はハルヒによって結末まで知ってしまったその本に目を落としている。
ハルヒが何かを考えているときは、必ず良からぬことがSOS団の面々、さらに言えば主に俺と朝比奈さんに
ふりかかってくるのだ。
これが俺の1年間にわたる体験から得た経験則だ。
ほんの10分ほどの間、修行僧よろしく瞑想に耽っていたハルヒが、大魔神のように目をカッと開いた。
戦々恐々の俺と朝比奈さん。何が言い渡されるのか……
「決めたわ。無人島に行くわよ!古泉くん、知り合いに無人島をもっている人はいないかしら?」
ほら始まった。ハルヒの理想を叶えるような無人島がそこいらにあるものか。
そういえば、夏休みの合宿で行った『機関』お抱えの島も無人島には変わりないのだが、そこは今のハル
ヒの要件を満たすものではないらしい。
「いえ、残念ですが、僕もそんな知り合いはいません。お役に立てなくて申し訳ありませんが」
「じゃあ、無人島ツアーなんてのはどうかしら?」
どこかの旅行社のお仕着せじゃ、ハルヒ、お前の望む環境は得られないだろうよ。
「そうね、じゃあ、キョン。前に無人島を2週間占有できる権利が抽選で当たるっていう懸賞があったわ
よね」
よく覚えていたな。だが、それがどうした?
「あんた、それに応募しなさい。当選通知の送付先はあたしの家にしなさい。それからキョン、絶対に当
てるのよ!当たらなかったら、責任を取ってもらうからね」
無茶を言うな。そんなの簡単に当たるわけがないだろ。と、言っても無駄か。ハルヒだからな。
それなら長門に頼んでみるか。ズルはしたくないんだがな……。
「……でも、当選まで待ちきれないわね。あたしは明日にでも行きたいぐらいよ」
こいつ、もう当たった気でいやがるのか。もし、当たらなかったらガクブルものだ。
そしてその日はまもなく解散し、俺は家に帰ると、いそいそとハルヒに命令された懸賞の応募はがきを書き、
近くのポストに投函した。
その後その日は休日前ということもあり、深夜番組を見た後、安らかに眠りについたわけだ。
その翌日にとんでもないことが起こるとはその時思いもせずに……。
少し長くなったが、回想シーンはここまでだ。さて、意識を現実の世界に戻すとするか。
俺は頭を振り、座り込んでいたこの砂浜を立ち上がった。
周囲を見回してみる。前方にはエメラルドグリーンの美しい海。周囲に他の島は目視できず、遠くにごつごつ
とした岩礁がいくつか確認できる。そして俺の足の下には、美しいとしか表現しようのない、白くサラサラと
した砂を敷き詰めた砂浜。体の後ろを振り返ってみると、草原が見え、さらに奥には森が見えた。
まさしくハルヒが望んだとおりの環境だな、ここは。
ところで、俺の着ている服は外出用の普段着で、ベッドで寝ているときに身につけていたはずの寝間着姿では
ない。さらには、俺の体のそばに旅行用のバッグが一つ置いてあって、その中には数日分の着替えと、旅行用
の必需品が入っていた。
俺は疑問に感じつつもそれを肩にかけ、誰かいないものかと探索を開始した。これがハルヒの望んだことであ
れば、ハルヒの他にSOS団の連中もいるはずだ。
それに、今後のこの島での生活のために、食料や水源を確保しておく必要がある、それも兼ねて歩いている。
探索の途中に飲み水として使えそうな透き通った川を発見し、それに満足しつつもさらに歩みを進めた。
そしてそこから1時間ほど歩いたとき、
「やあ!あなたでしたか」
古泉だ。
やはり奴も島に連行されたようだ。
いつもよりやや感情を露わにした、ホッとしたような表情で小走りに俺の元にやってきた。
俺は小川で汲み取った水を奴がもっていた紙コップに注ぎ、それを持って手近な石に座った。
「やっぱりお前もここにいたようだな」
「ええ、あなたこそ。ですが僕は、これほどあなたに会えてホッとしたことはありませんでしたよ」
この場合は俺も同意してやるぜ。
「念のために聞いておくが、今回の一件は『機関』の仕込みじゃないよな?」
「さすがに、ここまで手の込んだことをする力はありませんよ。僕たちの仕込みだとすれば、あなた方を寝室
から拉致して来たことになります。ここに長門さんがいるとすれば、我々『機関』に手の負える相手ではありま
せんからね」
確かにそうだ。長門を気づかずにこっそり連れてこれる奴がいたとすれば、俺はそいつに敬意を表するね。
となると、やはりハルヒしかいないな。
「そうでしょう。彼女の昨日の発言、強い意志、そしてこの島の環境。そこから導き出されるのは
涼宮さんの力しかありえません」
お前は最近ハルヒの力が弱まっていると言っていたんじゃないのか?
「ええ、ですがそれも彼女の感情に大きく左右されるようですよ。最近は本当に穏やかな日々が流れ、
多少退屈していたんじゃないでしょうか? 彼女は退屈すればするほどその力は大きくなりますから、
それが一気に発現されたのでしょう」
やっかいな女だよ、あいつは。
さて、そろそろ他の部員を捜さなきゃならんが、最後に、どうやったら元の世界に戻れるんだ?
「それは言うまでもなく、涼宮さんを満足させることでしょう。その役目はあなたしかいませんからお
任せして、僕は今回、この無人島生活を楽しませてもらうことにするつもりですよ」
無責任な奴め。俺に何をしろっていうんだ?
心持ち長めの休憩を終え、俺たちは立ち上がり森へと向かった。もちろん迷わないように道しるべとして、
群生していた草を大量に刈り取り、歩きながらそれをちぎり投げていった。
そして、俺たちは森の中をあらかた探索し終え、そこに食す木の実や野生の果物があることを確認
するとその成果を携え再び砂浜まで戻った。
そこには都合良くハルヒ達女子団員が集結していた。
「キョンに古泉君、あんた達もこの島にいたのね」
俺たちをこんな島に送り込んだハルヒにしては、幾分不安と緊張に支配されているようで、やや顔
がこわばっている。
朝比奈さんはさらに不安そうで、挙動不審に陥っている。ここが都会ならお巡りさんに交番へ連行
されかねない動揺ぶりだ。
だが長門は、いつものごとく本から顔を離さない。冷静さもこの中では際だっていた。
それどころか部室でまったりしている状況とまるで変わらない。さすがというしかないな。
「ねえ、キョン。ここってやっぱり無人島なのかしら?」
「ああ、俺と古泉であたりを探索してみたが、紛れもない無人島だ。人のいる気配がまるでないし、
もちろん人工物も存在しなかった」
「そう、何でこうなったのかしらね? でも、落ち着いてくるとちょっとわくわくしてこない?」
こうなったのはお前の所為だがな。それに、わくわくなんかするどころじゃねえよ。
ハルヒは緊張がほぐれてきたのか、表情を緩め、やおらおなかを押さえると、
「ねえ、そう言えばおなか空かない? そろそろお昼時じゃない?」
「ああ、とりあえずは俺たちが森で採取した野生の果物や木の実で我慢してくれ。夕食のことは後で考えよう」
無人島生活の記念すべき一食目だ。
「意外にいけるわね。でもちょっと甘みが足りないかしら」
ハルヒはかなり余裕が出てきたのか、いっぱしの甘味評論家のようなことを言い出した。
なにも食えないよりいいだろ? この状況で贅沢を言えるお前の精神には敬服するよ。
ところで他の女性陣はと言うと、朝比奈さんは不安げな表情を崩さずにちびちびと食し、長門は黙々と口にほお
ばっている。
俺たちは簡単な食事を終えると、午後の予定を話し合った。取りあえずは食糧問題が最重要課題である。
そこでハルヒ達女性陣には、危険のないことが確認されている森での食料調達、俺と古泉は小川で魚の
捕獲と、引き潮の際に、浜辺で食べられそうな貝類を取ることに決まった。
成果は上々だった。魚を捕獲する手段がなかったので、大きな石で魚を囲い込んでの手づかみだったが、
人数分の食糧は確保できたようだ。
「古泉。なかなか豊漁だな。これならハルヒに文句を言われなくてもすみそうだ」
「ええ、そしてなかなか楽しいイベントでもありますね、これは」
こういった体験は初めてなのか、古泉はまるでレジャーのように楽しみながらやっているようだ。
普段の作り笑いとさえいえるスマイルよりも、よっぽど自然な表情だった。
案外こういうことをしている方が、こいつには似合っているのかも知れないな。
時は風のようにあっという間に過ぎ去り、俺たちは成果を持ち寄って仮の宿がわりの大きな木の下に集まった。
そこで、それぞれもっていたレジャーシートを床と天井代わりとしてそこに仮の住居がしつらえられた。
その後総員たき火用の木の枝を持ち、海辺に再び移動した。
そこで困った事があった。
「火をつける道具がないわね。火打ち石なんてないでしょうし、木の棒で火起こしをするしかないのかしら?」
長門に火でもおこしてもらうかと思ったとき、古泉が口を開いた。
「ああ、それなら僕がライターを持っていますから、これを使ってください」
それなら最初から出せばいいのに、古泉は今になってライターを差し出した。
ん? どこかで見たことのあるライターだな。
「古泉くん、高校生がライターを持っているなんて……ひょっとして、あなたタバコ吸うの?」
古泉はとんでもないといったように首を振って否定し、
「いえ、違いますよ。僕はローソクを点けるために持っているんですよ」
「あら、そうなの?」
ローソクだと? いったいどこで使うんだ?
まあ、それはいいとしても奴の差し出したライター、どこかで見たことがあるんだよな。
………そういえば、生徒会室で……いや、なんでもない。
……よそう。余計なことを考えてしまいそうだ。
ハルヒは古泉から受け取ったライターを使って、まず枯れ草に火を点けた。続いてそれを薪に見立
てた枝に乗せて火をおこした。
焼き魚に果物という、豪華とは決して言えない献立だったが、そこはこの人数で食べることもあり、
雰囲気も手伝って、不思議と不満はなかった。
次に女性陣が入浴をしたいということだったが、そこは無人島である。ハルヒは不満を口にしながら
も、小川での水浴びで我慢するしかなかった。
そういったことをしている内に辺りは暗くなりつつあった。日の入りである。
夕焼けの赤い輝きが海面を照らし、その照り返しが全てのものを朱く染めている。
やがて日は沈み、あたりがほの暗くなっていた。だが、明かりを採る手段はない。たき火をつけ続けて
おくほど乾いた枝のストックはない。
「どうしましょうか。だいぶ早いけど、もう寝るしかないのかしら?」
「………」
なんだ? 長門。
「……海水があれば、人工の太陽が作れる」
……なんのことだかよくわからんが、ほのかに危険な匂いがするぞ長門……。 つうか、こんなとこ
ろで宇宙人の叡智を披露するのはよしてくれ。
しれっとして、そんなとんでもないことを言い出す長門。
朝比奈さん、未来から持ってきた明かりを発生させる道具は持っていないんですか?
「あたしはなんにも持ってきてません。カバンの中には着替えと水着ぐらいしか入ってませんでした」
だろうな。朝比奈さんには悪いが、俺はまったく期待していなかった。
彼女は未来から来たというだけで、決して猫型ロボットではないからな。やむを得ないところだ。
「では、僕がローソクを持っていますから、これを使ってください」
古泉はそう言うと、自分の旅行カバンからローソクを取り出した。
「そう? ありがと古泉くん」
俺は突っ込まない、突っ込まないぞ。何でローソクを携帯してんだなどとはつっこまないぞ。
まるでコントのオチ担当のようだが、結局一番役に立つものを持っていたのは古泉だった。
だが、なんの用途で持ってきたのかは問わない。つうか聞きたくない。なにかおぞましい想像をして
しまいそうだったからだ。
幸いにも古泉からの提供によって、何とか明かりを採る手段は得たものの、それは決して無限ではない。
そこでやむをえず、節約のためにも普段よりもかなり早い就寝時間ということになるが、床につく
ことになった。
その前にハルヒが俺に一言はなった。
「ところでキョン、あたし思うんだけど、今の状況ひょっとして夢じゃないかと思ってたのよ。だって、
こんなに荒唐無稽なことがあるわけないものね」
何が荒唐無稽だ。非常識が服を着て歩いているようなお前が言うな、と言いたいところだが、こいつが
夢だと思っているのならその方が好都合だ。面倒がなくていいから、そのまま否定をしないでおこう。
今宵は野宿も同然だったため、男女別というわけにもいかず、全員ザコ寝だった。
ちなみに俺の左隣には古泉が横たわっていて、右隣にはハルヒがいる。
両手に花ならぬ、両手に猛毒だ。
だが、両人とも妙に嬉しそうなのが気に掛かる。なぜか、俺は貞操の危機を感じるのだが、気のせい
だよな?
翌朝、日の出と共に俺たちは目を覚ました。昨夜眠りに入る時間が早かった分、起床もまた早く
ならざるを得なかった。もっとも、実に健康的な生活ではある。
ただ、俺が目覚めたとき、寝間着代わりのTシャツが鎖骨あたりまで捲り上げられていたのだが、なん
でかね?
それに就寝中、俺は蛇に巻き付かれたような夢を見たんだが、それが何か関係あるのだろうか……?
誰か、知らないか?
俺がいち早く目覚めて外で伸びをしていると、誰かに起こされることなく、SOS団の他の連中も起床し
つつあった。
ハルヒもまた然りだ。
ハルヒは起き抜けに俺の顔をチラリと見て、再び正面に向き直ると、
「もう野宿同然の生活にも飽きちゃったわね。今日はベッドで眠りたい気分だわ。あたしはぜい
たくは言わないから、ベッドとシャワーとトイレぐらい欲しいわね」
起きて第一声がそれかよ。ハルヒ、それは十分贅沢というものだ。ていうか、お前は飽きるのが
早すぎる。ちょっとは、無人島に連行された俺たちの気持ちを考えてみろ。
そして、質素な朝食の後、今日の予定を決めることになったのだが、話し合いを始めるまでもなく
ハルヒが勝手に決めて指令を出した。
まあ、その内容に関しては妥当だったので、俺も文句は言わなかった。もちろん古泉をはじめとして、
他の団員達が、ハルヒに意見を出来るわけがない。
予定としてはこうだ、午前は俺と古泉が宿の居住性改善工事、女性陣は自生していて食べられそうな
食品の採集だ。
そして午前の予定を消化し、午後は全員総出で夕食の食材探しになった。
ハルヒは意気軒昂、隊伍の先頭で実に楽しそうである。そして、そのハルヒの気分を代弁している
かのように、彼女の持つバッグが上下に舞い踊っていた。
しかし、食材といってもこんな草原に何がいるってんだ? ここには自生している果物や木の実、山菜
などはないし、もちろん魚がいるわけがない。動物ならいるかもしれんが、俺たちはなんの武器も持っ
ていなければ、罠を仕掛けているわけでもない。
そう疑問に思いながらも歩いていると、ハルヒが立ち止まって突如叫んだ。
「キョン、いたわ。空を見て!あの鳥を撃ち落とすのよ。ロビンソン・クルーソーだって銃で野鳥を
撃ち落としたでしょ?」
銃なんぞ持っているわけないだろ。無茶を言うな、ハルヒ。
ハルヒはそれを聞くと不満顔になったが、なにか閃いたようで、花を咲かせたように満面の笑みを浮
かべた。
何か思いついたな。
「みくるちゃん。今こそ『おっぱいミサイル』を使う時よ。そして、あの鳥を撃ち落としなさい」
「えぇ!? な、ななな、なんですかぁ、それは!? そんな恥ずかしいこと言えませぇん!」
あまりに突拍子もないことを言うハルヒに呆気にとられ、俺達はハルヒを止めることさえ忘れて2人
のやりとりを見つめていた。
「いいから言いなさい。あなたの必殺技で、あの鳥を撃ち落とすことが出来るのよ」
できるか、そんなこと!
何をトチ狂っているんだ、こいつは?
今日のハルヒはいつもより5割増しでブッ飛んでいるようだ。
だが、しばらく声を掛けかねていると、さすがにハルヒのプレッシャーに耐えられなくなったのか、
朝比奈さんは涙目になりながらも熱血主人公のように必殺技の名を絶叫した。
「お……お、おっぱいミサぁイル!!」
それを合図として、朝比奈さんの胸のあたりがキラッと光った瞬間、2発の小型ミサイルが飛び出し、そ
して飛翔した。
某ロボットアニメのそれと違って、朝比奈さんから生み出されたミサイルは追尾式のようだ。
そのミサイルは噴射音を上げながら、シースパローかそれともスタンダード対空ミサイルかというように
標的の鳥を目指して追尾と上昇を続けている。
そして、限りなく接近した。
「ドゴォッ!」
小さな爆発音を上げた。命中したのだ。
などと、冷静に解説をしてどうするんだ、俺は。
さすがにミサイルの製造元である朝比奈さんも、もちろん古泉も言葉がない。
長門はいつもと変わらないようでいて、俺にはわかるが感情の揺らぎを感じた。
ところで、あんな鳥にミサイルをぶち当てちまったら木っ端微塵になるんじゃないのか?
そんなもの、食えるのか?
俺がそんな疑問を頭に浮かべていると、上空から何かが落下してゆくのが見えた。百メートルほど先の
場所だ。あるいは撃墜された鳥だろうか?
それを確かめるため俺たちはその場所に急行した。
その場所に到着した俺たちは、目に飛び込んできた光景に唖然とした。
なんとそこにあったのは、撃ち落とされた鳥ではなく、大皿に盛りつけられた揚げたての鶏の唐揚だった。
目が点になるとはこのことだ。あまりのことにハルヒを除く俺たちは言葉も出ない。
その後ハルヒに命令されて俺がその大皿料理を回収すると、また何かを発見したようで、オドオドしている
朝比奈さんに再び攻撃命令を下した。
「みくるちゃん、今度は豚が走っているわ。今よ、『ミクルビーム』を撃ちなさい!」
出た。朝比奈さんの18番『ミクルビーム』は以前にも彼女が放ったことがあるが、長門博士によって
封印されたはずだ。
ところで、家畜であるはずの豚がこのような無人島にそもそもいるのか、というのは愚問だろうか?
「ミ、ミクルビーム!」
すでに抵抗する気も失せたのか、ハルヒの命令に従い、力もつ言葉を解き放った朝比奈さん。
すると、巨大な光の束が彼女の瞳から出で、その奔流は目標の豚をめがけて突き進んでいく。
それはあたりの障害物を薙ぎ払い、その全てを無にしながら……。
なんということだ。悪の総帥ハルヒによって改造された『ミクルビーム』は以前より数倍の威力を彼女に
与えたようだ。
俺は混乱しているのか、頭に思い浮かぶものはこのようなくだらない冗談ばかりだが、まあ気にしない
でくれ。
当然ながら俺たちは、惨状を確認するため現場に急行した。
このありさまでは、豚は消し炭になっているのではないかと思いながらも……。
だが、もうもうたる煙が徐々に雲散すると、先ほどと同じく事態は想定と違っていた。
……まったく、想像の斜め上を行く状態だった。
今度は二枚の大皿に、それぞれ揚げたてのトンカツ、生姜焼き、そして、深皿に豚バラの煮込みなどが
盛りつけられていて、非常に美味そうだった。
……ただただ絶句するしかない。
ハルヒはそれを見てとると、満足そうに顔をほころばせて、その珍妙としかいいようのない光景にいつ
までも見入っていた。
この奇想天外かつイカレた出来事に何ら違和感を感じていないというのか? こいつは。
結果さえ良ければ過程は一切気にしないという、ある意味究極におおざっぱな女だ。
だが、そんな俺の心のつぶやきが聞こえるわけもなく、ハルヒは陽気な笑顔を見せて結果を総括した。
「さあ、目的は成し遂げたわ。後は宿に帰りましょう。なんか午前中、キョンと古泉くんががんばっていた
みたいだから、随分と住みやすくなっているんでしょうね。とっても楽しみだわ」
そして、宿営地がある方向へときびすを返すと、泣く子も逃げ出すほどの上機嫌さで元来た道を戻り始めた。
「♪〜みんみんみらくる〜みっくるんるん」
スキップをしながら歌を歌っているハルヒには悪いが、あえて言わせてもらおう。
正直、不気味だ。
このような情景を見ることになるとは思いもよらなかった。俺の体には鳥肌が立ち、血の気が引きそう
なほどに背筋の冷たさを感じる。
その光景に天も恐れをなしたと見えて、先ほどまで垂れ込めていた暗雲も、歌のごとく『空の彼方へ〜』だ。
つまり、吸い込まれそうなほどに抜けんばかりの真青な空へと天候が変化してしまったのだ。
もはや突っ込む気力が萎えてしまったぜ。
……あえて言わせてくれ。
やれやれだ。
俺は帰りの道すがら、古泉にささやいた。
古泉はハルヒの奇天烈な行動のさなか、困ったような顔をしていたが、今は表情をもとのスマイルに戻って
いた。
「古泉、俺はもはや言うべき言葉も見つからないが、お前はどうだ?」
「僕も同感です。どうやら──涼宮さんが今の境遇を夢だと思い込んでしまったことが、彼女の心理的な
枷を全て取り払ってしまったようですね」
どういうことだ?
「つまりですね、僕は前にも言いましたが、涼宮さんは意外に常識的な考えを持っている方です。彼女は
こんなことが起こって欲しいと思いつつも、そんなことがあるはずがないと心のどこかで力の暴走に歯止
めをかけていたわけです。それが、今は夢だと思い込むことで力のリミッターがはずれてしまったという
わけです」
それが今日半日の暴走につながったわけだ。
ハルヒの力、恐るべしだ。
今日だけで俺は一生分の『!』を使い果たした気分だぜ。
だが、こいつはどうすりゃいいんだ? すでに手がつけられないぜ。
「昨日も言いましたが、涼宮さんをもとの世界に帰ってもいいと思わせる役目はあなた以外にありま
せんので、僕は特に何もする気はありません。それに、ここで涼宮さんの力が存分に使い果たされれば、
僕にとってもかえって好都合というものです。幸いにも、この無人島でしか涼宮さんの力は及んでいない
ようですしね……」
お前、今回はやけに無責任だな。何か他に言うことはないのか?
古泉はいっそう爽やかさを滲ませつつ、ことさらにこやかな表情で述べた。
「なにも悩むことはありません。あなたは、この島を一種の閉鎖空間だと思えばいいんです」
軽く言ってくれやがるぜ。俺にまたあれをやれというのか?
すると、古泉は首を振りつつ、
「いえいえ、以前あなたが閉鎖空間で涼宮さんにしたことを繰り返したところで、彼女は満足しないで
しょう。むしろ、今度はそれ以上のことをするべきでしょう」
あれ以上のことって、まさかあれか? おい、よしてくれよ。相手はハルヒだぜ。俺にだって相手を選ぶ
権利はある。
ていうかそれ以前に、ことをいたす前にハルヒに地獄巡りをさせられそうだぜ。
「さて、それはどうでしょうかね」
古泉は俺を、何もわかっていませんね、というような視線を投げかけながら肩をすくませ、いつものポーズ
を見せつけた。
おのれ、いまいましい奴だ。
古泉との諍いもほどなくして終わり、再び静謐を取り戻した俺たちが帰路を急いでいると、あたりが赤らみ
始めてきた。あと2時間もしないうちに、夜のとばりがあたりを覆うだろう。
そして、さらに半時間ほど歩くと、ようやく視認できるようになった。我らが住まいだ。
だが、俺はすぐに明らかな異変に気づいた。古泉もだ。そして女性陣もそれに気づく。
まず声を上げたのはハルヒだ。
「へえ〜!こんなにきれいに生まれ変わるなんてねぇ。あんたたちもやればできるじゃないの」
何を言う。俺たちで何とか出来るレベルを遙かに超えているだろ。
さて、状況を説明せねばなるまい。
俺と古泉は午前中、居住性の改善のため若干の手直しをしたんだが、今現在俺の目の前にある光景には
その痕跡はかけらもなかった。
そこにあったものは、まるで旅館の離れといった印象の建物が、SOS団のメンバー一人づつににあてがうこと
が出来るだけの数で建っていたのだ。
離れといっても、一軒一軒は森の木の中を縫うように三件、そして向かいに二件といった様子で、建
物同士の間隔は狭かった。
広さはワンルームマンション程度か。バストイレ付きだ。それに電子レンジ、冷蔵庫まで備わっており、
その中にはアルコール類から一週間分ほどの食材まで揃っていた。
まさに至れり尽くせりだ。
今日俺は驚き尽くして、在庫一掃セールは完売したと思っていたが、在庫はさらに追加されたようだ。
俺はこうしてハルヒの力をまざまざと見せつけられ、改めてこの女のイカレっぷりを再確認せざるを
得ないというわけだ。
だが、まてよ。ハルヒの奴は今のこの状況を夢だと認識しているはずだ。それにしては醒めない夢に
疑問を抱くこともなく、ここの生活を楽しんでいるように見える。
あるいは、なにかたくらんでいるんじゃないだろうな?
それもいずれはわかることだ。今は静観するしかないか。
その後、しばらくの休憩で疲れを癒し、夕食を取るべくハルヒの部屋に俺たち全員が集合したのだが、
すでに俺たちが狩りで獲得した料理は冷め切っていた。
それでも、おあつらえ向きに部屋に備わっていた電子レンジを使い、温め直して、さらに冷蔵庫に貯
蔵してあった食材を使ってハルヒと朝比奈さんが腕をふるった料理が食卓に並び、昨日とは打って変
わって豪華絢爛きわまりない晩餐、もとい宴会がとりおこなわれた。
そこでは、あの夏以来アルコールを封印したはずのハルヒもビールを口にし、ほどよく酔いながらも
抑えるところは抑え、以前のような記憶が飛ぶほどの乱れは見せなかった。
俺もアルコールは嗜む程度に抑え、テーブルに並んでいる料理の数々に舌鼓を打っていた。
そして宴もたけなわになり、余興として王様ゲームが行われた。そこでは、王となったハルヒによっ
て命令された長門が安来節を踊ったのだが、この道30年の達人も真っ青になるほどの見事と言うほか
ないような技巧を見せつけ、俺の長門に対するイメージを良くも悪くも崩してくれたのが印象的だった。
そして楽しい宴会もつつがなく終わり、各自部屋に戻って待望のベッドでの睡眠を取ることになった。
俺は一息ついたあと、シャワーを浴び、髪の毛をバスタオルで拭っていると、ドアをたたく音が聞こ
えた。
ドアを開けるとハルヒが立っていた。
未だ酔い醒めやらぬ表情のまま、有無を言わせず部屋に乗り込んできた。
ハルヒも風呂上がりのようで、上気した肌、艶っぽい唇が色っぽい。
「何しに来たんだハルヒ。もう寝る時間じゃないのか?」
俺が問うと、ハルヒはなにやら決意を秘めているようにも見える瞳と表情で俺ににじり寄ってきた。
「いいじゃない。あたしといるのがそんなに嫌なの?」
おい、お前酒臭いな。まだ酔っているだろ?
「そうよ。酔わなきゃ、こんなことする勇気なんてないもの。例え夢であったとしてもね」
と、わけのわからないことを言うが早いか、ハルヒは自分の唇で俺の唇を塞いだ。
何をする、と抗議をするいとまも俺に与えず、ハルヒは俺に体を預けて、そのままベッドに押し倒す
形になった。
俺は混乱の極みで、まるで正常な思考が出来ないでいる。
何故、ハルヒがこんなことをしているのか、まったくわからない。しかし、いくら奇矯な振る舞いの
多いハルヒといえどもここまでするだろうか?
それにしてもハルヒはいつになく本気を思わせる表情だ。
「キョン、あたしがこんな行動していることに戸惑っているみたいだけど、本気なの。夢の中でしか
言えないことが情けないんだけど……あたし、あんたのことが好きなのよ!」
その瞬間、俺の全身を巡る血液が沸騰したかと思えた。
なんだ? 俺は何をそんなに動揺しているんだ。
そして俺の中で沸々とマグマのようなものが煮えたぎっている。
ハルヒはまるで誘うように俺ににじり寄る。
すると、俺の中から湧き出る衝動が怒濤のように流れ出だし、抑えきれない。
……俺はどうしようもなくこの場でハルヒを抱きたいと思った。
いいんだな? と確認するようにハルヒを見ると、コクリと肯いた。
──もう止められなかった。
俺はハルヒの唇に最初は軽く触れるように、そしてじっくりと俺の唇を合わせた。
長い口づけだった。唇を離すと、結びついた唾液が糸を引いて2人の間を吊り橋のように垂れ下がり、
ハルヒは恍惚の表情を浮かべ、ほうっと息を吐いた。
続いて俺はハルヒの後ろに回り込み、風呂上がりで髪を上げたままのなめらかなうなじをひとなめした。
「ひゃん!」
柄にもない声を上げるハルヒ。だがそれも悪くない。
今度は舌を沿わすようになめ上げる。体は抱きしめて密着させたままだ。
「……う…く」
上気した肌がさらに朱く染まっていく。
俺は朝比奈さんからの仕返しとばかりにハルヒの耳たぶを甘噛みした。
「ひゃうっ!」
思ってもいない箇所を責められたからか、ハルヒから驚きの声が漏れ出した。
そして、俺は甘噛みをつづけながら、ハルヒのパジャマをたくし上げてブラを取り外した。
そこには白く形が良く、そして大きめの見事な乳房と、その頂上に小さくピンク色の突起が確認できた。
俺は、パリのルーブル美術館で展示されても不思議ではないようなその造形美にしばし目を奪われた。
すると羞恥に耐えられなくなったハルヒが、
「ちょ、ちょっとキョン、いつまで見てるのよ。恥ずかしいんだからいい加減にしてよね」
もうしばらくハルヒを羞恥心で真っ赤にしてやろうかと思ったのだが、そろそろ鉄拳制裁が飛んできそ
うだからここで止めて、ハルヒの胸に手を伸ばす。
最初は弾力を確認するように大きく揉みほぐした。
「ん……」
ハルヒはくぐもったような声を漏らした。
ハルヒの胸は水さえはじきそうに張りがあり、プルッとした弾力は俺の掌を押し返してくる。
その揉みごたえのある胸の触感に、俺はたまらずこね回すように丹念に揉み上げる。
「ちょ…キョン。はぁ……んん」
ハルヒは徐々に声がうわずり、感じ始めているのがわかる。
続いて山の頂上にある突起をこね回したり、口に含んで舌で転がしてみる。
「きゃ……はぁ」
そして、片方の手を伸ばして、ハルヒの大事な場所に直接沿わせる。
すると、ハルヒの秘部はすでに濡れそぼり、受け入れる準備は整いつつあるようだ。
俺はハルヒのパジャマと下着を脱がすと、彼女を生まれたままの一糸まとわぬ姿に変えた。
それはすばらしく均整のとれた肢体だった。文句のつけようもない、まさに芸術品だ。
だが、ハルヒは俺に見つめられているというその恥ずかしさにいつもの憎まれ口を聞く余裕さえない。
俺はそんなハルヒの態度につけ込んで、足を広げさせ、まじまじとそこを見つめる。そこは何者にも触
れさせたことのないきれいな色をしていた。
そして抗議の声が上がる前に、ハルヒの太股の奥にある突起をコリコリと弾き、ヒダをこね回した。
「ひっ……くぅ…」
ハルヒはその快感にたまらず声を上げた。
そして俺は直接舌を使って、ハルヒの大事な部分をなめ回した。
「キョン、そこは…くぅ……ひぃ……」
ハルヒのそんな反応を見るうちに、俺の怒張は張り裂けんばかりだ。
その後も愛撫を繰り返すうち、お互いの気持ちがますます高ぶってきた。
そろそろ頃合いだ。
俺はトランクスを脱ぎ捨て、そそり立ったペニスを取り出す。
それを見たハルヒは一瞬絶句し、俺のモノを興味深そうに見つめている。
こらこら、そんなに見るんじゃありません。
俺はハルヒの秘部にペニスをあてがう。
「いくぞ、ハルヒ」
「ええ」
ズブッと突き進んでいくと、途中に壁のようなものがあった。だがその抵抗で止められるわけもなく、
かまわず腰を進めた。
瞬間、ブチッと音がしたような気がした。
「ひぐっ」
ハルヒが苦痛の表情を見せた。
すると、俺とハルヒのつながっている部分から赤い液体が流れ落ちた。
ハルヒの初めてを奪った証だ。
「痛いか? ハルヒ」
「いいえ、キョン。もう平気よ。……だから動いて良いわ」
涙を浮かべながら無理に笑顔を浮かべようとするハルヒ。
まったく……痛みがまだ引いていないくせに変に意地を張る奴だ。
だが、そんなハルヒの態度が俺にえもいわれぬほどの愛しさを煽り立て、俺は痛みが少ないように
ゆっくりとだが腰を前後に動かした。
ハルヒも最初は依然として苦痛の声を上げていたのだが、何度か往復運動を繰り返していると、
徐々に声が甘いものに変化した。
「はぁ……ん。あ……ん…ああ」
ハルヒはこの行為が生み出す快楽に、囚われの身となりつつあるようだ。
だが、ハルヒの締め付けによりこちらも限界が近い。心地よい痺れが俺のペニスを支配している。
それでも限界を超える勢いで腰を振る。
「キョン……好き……きて!」
「……っ!」
ハルヒの嬌声が引き金となり、まるで堤防が決壊したかのように白い奔流が彼女の中に流れ込む。
ドクッ、ドクッ、ドクッ……
とどめを知らぬほどにハルヒに注ぎ込み、彼女を白く染め上げる。
そして、果てた。
ハルヒはとても満たされた表情を浮かべていた。
そのまま2人はベッドに倒れ込み、睡魔が忍び寄ってくるのを拒まず流れに任せた。
目が覚めると、俺は自宅の自分の部屋のベッドで横たわっていた。
どうやらもとの世界に戻れたようだ。
…………
……昨日のことはしばらく忘れたい気分だ。
昨日、俺が流れに身を任せたおかげで元に戻れはしたものの、激しい後悔と羞恥で頭がどうにかなり
そうだ。
──顔でも洗って、気分をすっきりさせよう。
その日、俺はいつもと変わらず登校した。
ハルヒは俺と目を合わせてはくれなかったが、頬を赤くしたままずっと窓の外を見つめていた。
そこで、俺がおそるおそる理由を尋ねてみても、『考えられないような夢を見ちゃったのよ!しばらく
話しかけないで!』の言葉で会話は終了した。
この流れなら当然かも知れないが、放課後SOS団の部室にハルヒは姿を見せなかった。
ところで、他の連中は別に島での記憶を失うことはなかったが、なぜもとの世界に戻れたのか朝比奈
さんは当然として、長門も表面上は知らない素振りを見せた。
ただ古泉だけが、昨日はお疲れでしたね、とばかりにニヤニヤしながら俺の顔を見つめているのが気
に入らん。知られたくない秘密を握られたような気分だ。
──あれは夢として、ハルヒの中で扱われるのだろうな。
……だが、俺にはあの時ハルヒとつながった感触が今も生々しく残っている。
そして俺の中には──隠しておきたかったのだが──ある感情が膨れあがりつつあるのを感じている。
…………
今、以前なら考えられない想像をしてしまったが、それを否定する感情はもはや俺の中から消えつつ
あった。
まあ、なるようになるさ。
ここで唐突に後日談というかおまけだ。
無人島から帰って一ヶ月以上が過ぎ、俺たちはすでに新学期を迎えていた。
そして、放課後だ。
ハルヒの表情がなんだかおかしい。
ハルヒは突如イスから立ち上がると、俺を睨めつけ口を開いた。
「アレが来ないの」
……なんですと?
「だから、アレが来ないのよ。キョン、この始末どうしてくれるの? 責任取ってくれるんでしょうね?」
アレとはまさか……アレのことか?
脂汗が全身から吹き出し流れ落ちる。
「キョンくん、あなたまさか……」
「…………」
女性陣2人の視線が、鋭く研いだナイフのように胸に突き刺さる。
「おやおや」
俺は何もしていません濡れ衣です、ときっぱり否定できないのが辛いところだ。
それどころか、きっちりハルヒといたしてしまっていたのだ。
……俺はこの年で赤ん坊の親になるのか? しかもハルヒとの間の子供だ。
『お父さん、ハルヒさんを下さい』などと挨拶をしなければならんのだろうか……?
若さ故の過ちが、俺の一生を狂わせることになるとはな。
ここから飛び降りようかどうか決めかねていると、ハルヒがさっきより幾分音量を上げて言った。
「ちょっとキョン、聞いているの? こないだ出した懸賞の当選通知が来なかったら、責任取ってもらうっ
て言ったでしょ。……って、なぁに、その顔は?」
……ちょっと待て。
……………
………
アレって当選通知のこと……か?
「それ以外に何があるって言うの? ほら、今日はキョンに何をさせるかを議題に会議を始めるわよ」
俺はテーブルに突っ伏した。
そして意識を失う直前、そういえば朝比奈さんの『おっぱいミサイル』はそのままなんだろうか、と
考えながら……。
おわり