〜満月〜  
 
 
「あなたが好き」  
 
 
 
びっくりするくらい綺麗に真ん丸い月が空に輝いてる。窓からこぼれる眩しすぎる光は湖に映し出されたみたいに満月の形をかたどっていた。  
そして目の前の人物は確かに、「その言葉」を発した。  
だが、本当に『そいつ』は、そんなことを言ったのだろうか?俺の自惚れ、勘違い。あるいは聞き違えではないだろうか?  
そうだな、長門流の言いかたをすれば、「情報の伝達に齟齬が発生した」ってやつだ。  
 
 
 
 
 
 
それは夏休みも半分を過ぎた8月のある日のことで、その時の俺は特別見たくもないテレビをぼんやりと眺めていた。  
丁度、司会者が「CMのあとに驚きの映像が」とか何とか番組を引っ張ったと時を同じくして、俺の携帯が着信を知らせる音楽を奏でたのだった。  
 
──♪夏休みはやっぱり短い やりたいことが目の前にあり過ぎて 今日までまだ誰も知らない まぶしい時を僕が君に見せてあげる……  
「もしもし」  
「…………」  
押し当てた受話器の向こうから帰ってくるのは、ただひたすらの無言。  
無言電話?団長閣下の新手の悪戯か……いや、あるいは?  
「長門か?」  
更に三点リーダが続いたあとに、小さな声が返ってくる。  
「そう」  
こんな夜中に、部室付属品の読書少女が俺に何の用があるのだろうか?  
「なんだ。またハルヒ関係で何か起こったか……?」  
「違う。この件と涼宮ハルヒは無関係」  
さてさて、いよいよ分からなくなっちまった。  
涼宮ハルヒ関係を除いてしまってこの無口宇宙人が俺を呼ぶ理由は何だろうか?  
 
「でも、あなたに来て欲しい」  
「分かった。すぐ行くよ」  
何にせよ、とりあえずあいつに会いに行くべきだろう。  
朝倉の件や、カマドウマ事件で、長門には世話になってるしな。何かこの一般ピープルの俺に出来ることでもあったら、喜んで協力してやろう。  
 
 
適当な言い訳を妹に伝えると、夜の町を愛車の自転車で漕ぎ出す。  
「いい月夜だな」  
空には、まるでコンパスで書いたような丸い月が東の空に登っていた。  
 
 
半時間近い時間をかけて長門の住むマンション。  
「…………」  
あいも変わらず、なかなかインターホンは主の言葉を返そうとしない。  
「よう、俺だ」  
『入って』  
感情の篭らない無味乾燥な言葉が返ってくる。  
 
 
──ハルヒと関係無く、こいつが俺を呼び出した理由は何だろうか?  
考えれば考えるほど分からなくなってくるが、幸いにして長門なら全て俺に教えてくれるだろう。  
 
 
 
「座って」  
コタツ机の上には急須と湯飲み。  
「で、いったい何の用だ?」  
話しかけると、思い出したように長門が急須の中身を俺の前の湯飲みに注いできた。  
湯飲みに手をつけて口に含む、最初にここに来たときと同じ中身。ほうじ茶だ。  
 
 
じっとしていると長門の状況再現は更に続いた。  
あの時と同じく長門は困ったような躊躇するような表情を見せている。  
まあ、こいつを含めSOS団と付き合い出して、早3ヶ月以上。  
ボードゲーム以外で上手くなったことをあげても片手の指で足りちまうが、「長門の表情を読むこと」はあげても良い一つだろう。  
 
そうだな……長門の今の表情は多分後者だ。でも、何を躊躇ってるんだ?  
 
 
「うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて」  
おいおい、そんなセリフまで一緒じゃなくてもいいだろ?  
なあ、長門よ。何がしたいのか、そろそろ教えてくれないか?  
あの時の再現をしたいのか?あるいは、俺が五月まで時間遡行でもしちまったのか?  
 
 
 
 
 
 
 
 
「あなたが好き」  
 
 
 
 
 
 
 
全世界が停止した。  
──というのはモチロン嘘だ。時計の針は勤勉にもせかせかと秒針を動かしているし、目の前の長門は時々まばたきをしている。  
そう、世界は何の滞りもなく、通常通り動いているのだ。  
 
にもかかわらずだ。俺の世界は突如、大怪球フォーグラーでも出現したかのように静止していた。  
 
 
 
 
 
…………アナタガスキ  
あなたが好き……?ありえん。何故に?どうして?俺が長門から告白を受ける理由がどこにある?  
ああ、そうか。俺の聞き間違いか。  
 
穴子が好き……?  
ああ、良いな。穴子。俺も好きさ。白焼き、蒲焼。寿司にしても良いしな。  
って阿呆か俺は。  
いくら俺でもタとゴを聞き間違うほど耄碌しちゃいないだろ。  
じゃあ、何だ?  
貴方が隙?  
ああ、これか。これ。  
そうだな。確かに朝倉と戦った時も俺を庇ったせいか、こいつは上手く戦えなかったらしいしな。  
 
 
 
「私のメモリ空間にエラーデータが蓄積されている。」  
長門が淡々と言葉をつなぐ。  
「そのエラーデータを照合してみた際、唯一、近しいと判断された結果が存在した」  
長門が、ひたすらに真摯な目でこちらを見てくる。それはとても必死なように見えた。  
「それが恋愛感情」  
長門が嘘なんて言わないことを俺はしっかりと知っていた。  
しかし、この時ばかりは、俺は自分の認識の方を疑うことにさせてもらった。  
 
「信じて」  
脚色という名のフィルターでも俺の目には入っているのだろうか?  
懇願にも等しい表情でこちらを見る長門は、悲しそうな目をしていた。  
 
 
 
「わたしはあなたが好き」  
 
 
 
気がついた時、抱え込んだ腕の中に長門がいた。  
何でだろうな?  
多分、目の前のこいつがいとおしくて仕方がなかったんだと思う。身体が勝手に動いていた。  
でも、理由なんてものは些末な後付けだ。  
 
 
エラーデータ?そんなもんクソ食らえだ。  
誰か偉い人が言っていた。  
 
──プログラム通りにしか動けないはずの人口知能でも、そんな回路の入ってないロボットでも、時を経たらそいつを持つようになるのがパターンなんだ。  
 
感情。  
多分、俺達有機生命体の誰もが持っているもの。  
 
──ああ、そうだよな。長門、お前も人間なんだな。  
 
腕の中に抱きしめた小さな心を、強く抱きしめてやる。  
……こんな簡単なことにも気付いてやれなかったんだな、俺は。  
「私はただのヒューマノイドインターフェース……人間とは構造上の…」  
「お前は人間だよ」  
例えお前自身が認めなくても、いや、世界中が否定したって良いさ。  
少なくとも、俺にとっての長門有希は人間なのさ。  
 
「そう」  
そうだろう?長門。感情のないアンドロイドはそんな嬉しそうな表情はしないもんだぜ。  
 
 
 
 
 
〜既望〜  
 
 
 
 
「どこを見ているんですか?」  
気がつけば、古泉のニヤケ面が俺の方を向いていた。  
水滴のついた身体を寄せようとするな、気持ち悪い。  
「別に……」  
何処かを特別見てるわけじゃないさ。  
「そうは見えませんね」  
「お前の気のせいだ。そうじゃないなら、被害妄想だな」  
 
「そうだったらいいのですが」  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
──♪入道雲が踊るとき  聴こえてくるよ  ゆうがたクインテット You gotta Quintet . You gotta Quintet Quintet Quintet ……  
「はい、もしもし?」  
それは丁度、高校野球を見てるときの事だったと思う。  
昨日の電話の事を思い出して、何気なく携帯に手を伸ばした時、示し合わせたように着信を告げる音楽が鳴り響いたのだった。  
 
「今日あんた暇でしょ」  
長門のか細い声を聞くためにMAXにした受話音量が俺の耳をざくっと劈く。  
やれやれ……先に、誰からの電話なのか表記を見るべきだった。  
 
誰の大声か?言うまでもないよな……涼宮ハルヒだ。  
 
 
「二時ジャストに駅前に集合だから。ちゃんと来なさいよ」  
あい変わらず、こちらの都合はお構い無しだ。  
「ああ、そうそう。持参物は水着、それからあんたは自転車と充分なお金ね」  
 
少し古めのエアコンが、労働基準に文句を申し立てるような不満げな音を立てながら健気に働き、締め切った窓の外からはアブラゼミの大合唱が締聞こえてくる。  
早いところ、その合唱がツクツクボーシ、更にはスズムシやらマツムシやらのものへと移行して欲しいものだが、近年気が狂っちまったとしか思えないこの国の気候はなかなかそれを許してはくれないのだろう。  
 
……ふぅ  
ハルヒの荒唐無稽にして猪突猛進な行動に軽く溜息をつくと、俺は水着を探すために箪笥をあさりはじめるのだった。  
 
 
 
 
──夏はまだまだ続きそうだった  
 
 
 
 
備え付けのビーチパラソルの下。  
俺はゴーグルを外すと、同じくパラソルの下に備え付けられた椅子に座りこんだ。  
 
目の前には青い空。  
真夏の太陽が馬鹿みたいに空を照らしていた。  
 
「みくるちゃん行くわよ」  
ハルヒが水面を突き抜けて高々とジャンプして、シュートと差し支えないようなパスを朝比奈さんに投げつける。  
よくあんなにジャンプできるな。感心に値するぜ。  
「ふえ?え?」  
おどおどと慌て、頭を抑える朝比奈さん。  
「…………」  
無言でビーチボールをインターセプトする長門。  
 
SOS団3人娘(+ガキども)の水球もどきが目の前で展開されていた。  
 
 
ハルヒ提案のもとやって来た市民プールは、一部の危ない性癖をもつ人間からみたらたまらないであろう人種でうめ尽くされていた。  
まあ要するに、市民プールなんかに来るのは年端も行かぬ少年少女くらいだってことだ。  
最も、「年齢に見合った大型プールに行こう」と意見でもしたら、自転車でそこまで漕がされることは請け合いなのでやめておいたのだが。  
 
 
 
 
 
 
 
──俺が何処を見ているか。  
別に何処かを特別見ているわけじゃない目は、気がつくとまた長門の方を見ていた。  
 
深紅のタンキニのハルヒがバシャバシャと水飛沫を上げている。元気だな、お前は。  
朝比奈さんは相変わらずわたわたとボールをおっかけてている。そのバディーを目の保養にさせて頂きますよ。  
 
 
そしてビーチボールを抱えて黙々と水中を泳ぐ長門の姿は普通の高校生と何の違いもなかった。  
 
……同じなんだよな  
 
 
「楽しそうですね」  
なんだ古泉。まだ側にいたのか、俺にはもう用はないぞ。  
しかしまた同じ方向に目が固定されてしまいそうなので、相手をしてやることにする。  
「小学生の相手とは、あいつも暇な奴だな」  
「僕にとってはありがたい事ですよ。ああやって楽しそうに遊ぶ涼宮さんは世界を揺るがすこともないですからね」  
だといいんだがな。  
わざとらしく溜息をついた俺を、古泉が奇妙なものでもみたような表情で見ている。  
なんだ?どうかしたのか?  
「いえ……気のせいでしょう。そう、変な感覚を一瞬覚えただけですよ」  
変な感覚ね……?  
「おや、あがってこられたようですよ」  
視線をプールサイドに戻すと、水も滴る3人娘が陸にあがる所だった。  
 
 
「なんだこりゃ?」  
 
プールを後にした俺を待ちかまえていたのは、喫茶店の奢りの苦行とハルヒの突拍子のない思いつきの二重苦だった。  
目の前には、大きくバッテンのうたれた合宿とプールの文字。  
それ以外にも、花火大会や、アルバイト、天体観測や、昆虫採集etcなんかの文字がA4の紙切れを踊っている。  
 
「見れば分かるでしょ。予定表よ、予定表」  
それぐらいは見りゃ分かる。お前の予定表を俺達に見せ付けてどうする気だ。  
「あたしの予定表じゃないわ。あたし達のよ」  
 
 
──お前の予定表だろ  
という言葉を俺は飲み込むことに決め込んだ。  
別に言ったって構やしないが、どうせ言っても無駄なのだ。なら、言わない方が良い。  
 
「何か思いついたら他にもするわ。あんた何かしたいことある?みくるちゃんは?」  
したいことね……  
──自由時間をくれ  
という言葉も忘れることにしよう。人間には無駄だと分かっていてもやらないといけないこともあるかも知れないけれど、今は無駄なことをする必要もないはずだ。労力が惜しい。  
 
 
「えーっと……あたしは金魚すくいがしてみたいです」  
「うん。ナイスアイディアよ、みくるちゃん」  
ハルヒが金魚すくいの文字を机上の紙にすらすらと書き足す。  
「有希は?」  
長門が黙って首を振る。  
こいつが自分の希望を言ったことがあっただろうか?  
 
…………  
 
「図書館だ」  
 
「と・しょ・か・ん?」  
ハルヒが文字を一字一字区切って聞き返してくる。  
「あんたが図書館ねぇ?」  
「読みきってない本があるんだ」  
そして、果たしていない約束が。  
 
「ふーん……まあいいわ。図書館にも行きましょう」  
いまだ怪訝な顔つきを崩さないまま、ハルヒが図書館という文字を書きつける。  
 
 
 
 
「古泉君は?」  
「いえ、特には。ちょっと失礼して予定表をお借りしても良いでしょうか?」  
 
用紙を摘み上げた古泉がしげしげと見つめている。何を考えているのだろう、こいつは?  
「どうも」  
卓上に紙を戻した古泉が再び思案顔に戻る。  
「明日から決行よ。明日もこの駅前に集まること!この近くで明日に盆踊りやってるとこってある?花火大会でも良いけど」  
「それについては僕が調べておきましょう。金魚すくいも、花火大会か盆踊りに縁日が出ているところがあると思います」  
「うん、お願い。任せたわよ古泉君」  
ハルヒは楽しそうに、A4用紙を鞄にしまった。どうやら早くも機嫌が直ったらしい。単純な奴だ。  
 
一通り、散在の苦難をレジ前で嘆いた後、俺は一人の背中を追いかけて呼びとめた。  
「長門」  
変わり映えのしないセーラー服の後姿が振り返る。  
……?なんだろう。何かが足りない気がする。  
ああ、そうか。そういえば長門は本を持っていない。  
もっともプールに持ってくるようなもんでもないのだが、なんとなく欠けたイメージがある。  
 
 
「…………」  
無言。  
でも、俺を見たときに、その目がどこか嬉しそうに変わった気がした。自惚れかも知れないけどな。  
「家まで送るよ」  
夜道で何かが現れたとき、助けてもらうのは俺になりそうだが、こういうのは気分の問題だ。  
「そう」  
 
 
 
…………  
 
 
無言が夜の街を支配する。  
絶えきれずに空を見上げると、少し欠けた円月が俺達を照らしていた。  
 
 
 
…………  
 
 
「ありがとう」  
「え?」  
 
 
それは突然の言葉。でも、確かに聞こえた言葉。  
何に対してだろう?図書館のことか?昨日のことか?  
でも、一つ確かなのは長門がまた人間に近づいたこと。  
 
 
少し欠けたその月は満月よりも眩しい気がした。  
 
 
〜立待月〜  
 
──♪香春岳から見下ろせば 伊田のたてこうが真正面 12時下がりのサマちゃんが ゲージにもたれて思案顔 サノヨイヨイ……  
 
「盆踊り会場が見つかったわ!時間は今夜ね。場所は市民運動場よ」  
朝っぱらから俺の惰眠タイムを奪ったのは今回もハルヒの電話だった。  
出ると同時に、凄い勢いでまくし立ててくる。  
もしもしを言う暇すら俺には許されていないらしい。  
「で、みんなで浴衣買いに行くから早く来なさい」  
嬉しくてしょうがないといった声が、受話器の向こうから続く。  
 
 
やれやれ……遅れてきたら浴衣代を出せとか言わないよな?  
俺はまたもハルヒの行動に溜息をついた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
待ち合わせ場所には、既に皆が雁首を揃えて待っていた。  
「遅い罰金!たこ焼きおごりだからね!!」  
怒り顔でこちらを睨むハルヒ、こちらを向いて微笑をささげてくれる朝比奈さん。軽やかに会釈するニヤケスマイル。その横に長門が退屈そうに立っていた。  
 
──退屈?長門が退屈なんて変な話だな……そういえば今日も本を持ってない。  
頭に電撃が流れるような既視感を感じる。なんだこの感覚は?  
 
「さ、行くわよ!」  
残念ながら売り場に向かう団長の手は、俺に考える余裕を与えてくれないまま、俺の手を売り場へと引っ張っていった。  
 
 
婦人物衣料品店には、まるで誂えられたように、安売りの均一セールが行われていて、早くもハルヒが山を掻き分けている。  
「みくるちゃんはこれね」  
ハルヒがカラフルな金魚模様の浴衣を朝比奈さんにつきつけているのが、眼の端に映る。  
俺と古泉は場違いな気分を感じながら、婦人物が並ぶ棚の間でうろうろと時間を持て余していた。  
 
 
「じゃーん!どう?」  
振り返ると、着付けを終えた3人娘がそこにいた。  
黄色い生地に、金魚の踊る浴衣をめかした俺のエンジェル朝比奈さんは、イヤと言うほど美しく、浴衣をまとうその姿はまさしく創造神の考え出した天使のようだった。  
「いやいや、朝比奈さんホント綺麗ですよ。天使みたいだ」  
 
朝比奈さんを褒めちぎる俺を見て不満顔を見せていたをハルヒの浴衣には、適当な感想を漏らしてやったが、ありがたいことに本人は満足してくれたらしい。  
なんて言ったかなんて覚えちゃいない。  
けれど、覚えてないって事は記憶にも残らないような月並みな感想を漏らしたんだろうよ。  
 
 
 
地味だが味のある幾何学模様の浴衣を着ているのは、長門だ。  
「…………」  
相変わらずの無表情で俺を見つめている。  
「浴衣、似合ってるぞ」  
「そう」  
「ああ。その模様もなんだか長門らしくていい気がする」  
「そう」  
他人からみたら変わらない仏頂面だったと思う、けれど俺にはちゃんと長門の表情を読むことが出来た。  
長門は嬉しそうだった。  
 
 
 
噂好きそうな店員達が、さっきからずっと俺と古泉の方を見ている。  
「誰が誰の彼氏なのかしら」とでも、いいたげな表情だ。  
──彼氏か……  
俺は長門の彼氏なのか?  
衝撃告白を受けて、あいつを抱きしめて…………  
で、俺はあいつの想いに何も答えていない。チキンもいいところだ。  
 
 
 
──ちゃんと考えないとな…………  
俺は喘ぐように溜息を漏らした。  
 
 
 
「あ!みくるちゃん。そこの店は駄目よ!モナカはすぐ破けちゃうからね」  
「そうなんですか?」  
 
和太鼓の音。  
スピーカーから聞こえてくるノイズ交じりの温度。  
綿密にくまれた櫓を囲むまばらな人影。  
毎年見かけるような盆踊りの光景がそこにあった。  
 
「そうよ!やっぱり和紙じゃないと。探しに行きましょ」  
ハルヒは最寄の屋台をのぞく朝比奈さんの手を引くと、楽しそうにどこかへ駆けていった。元気な奴だ。  
 
 
 
「俺達も見て回るか」  
手持ち無沙汰そうに立ち止まっていた長門がこくりと頷く。  
 
焦げ付くソースの匂い。安っぽく光る提灯。  
俺は長門の手を引いて屋台を歩き回った。  
「何か欲しいものあるか?」  
ゆっくりと動いた目が指したのはお面屋だった。  
「お面……?」  
「そう」  
「どれがいいんだ?」  
長門の細く白い指が、M78星雲出身の宇宙人のお面を指す。いや、最近の光の巨人は宇宙人とは限らないんだっけ?  
 
「いいよ」  
財布に手を伸ばした長門を制してやる。  
「こういうのは男が出すもんだ」  
「…………そう」  
 
 
しかし、なんでこのお面なんだろうな?  
「宇宙人同士なにかシンパシーを感じるんでしょうか?」  
ああ、そうかもな……  
って古泉いつの間に?邪魔だぞ。  
 
「重症ですね」  
何がだよ。  
「僕は最初からいましたよ。色々な意味でまずいことにならないようにね」  
 
 
…………  
 
──♪月が出た─ガガッ─た つ─ガッ─が出た  
スピーカーから炭坑節が流れてくる──ひどいノイズだ。  
どこでだろう?遠い昔に同じような音頭を聞いた気がする。──っ……ノイズのせいだろうか?変に頭が痛い。  
見上げると、更に小さくなった円月が会場を照らしていた。  
 
 
〜居待月〜  
 
「ほら!山に帰りなさい」  
ハルヒが虫かごの蓋を開けると、セミ達はそれぞれ帰るべき場所に帰っていく。  
 
「よし、じゃあ。今日は解散!明日はアルバイトをするわよ!みんなちゃんと10時に駅前集合ね」  
一日中、北高周辺を虫を求めて走り回った昆虫採集もハルヒの一言で、幕を閉じた。  
 
 
 
 
 
 
「よう」  
4人が4人、それぞれの方向に散ったのを見届けた後、俺は夏服セーラー服の後姿に声をかけた。  
「…………」  
俺の声に反応して、長門が音も立てずに振り返る。  
「家まで送るよ」  
……既視感を感じる。まあ、つい一昨日同じようなことをしたから当然か。  
「そういえば本を持ってないな」  
今日も長門は本を持っていなかった。こうまで続くとは驚きの事態だ。天変地異の前触れじゃないと良いんだが。  
 
「……読み飽きてしまった」  
──ますますもって驚愕だ。  
長門が本を読み飽きるなんてな……放っておけば百年でも本を読んでいそうな奴なのに。  
 
 
 
 
 
そこで会話は途切れ、再び夜を沈黙が支配する。  
 
 
 
 
 
…………  
「考えたんだ」  
俺が今日のたもと、虫かごの代金を奢らされたのは、昨晩ずっと考えてたからだ──多分だけどな。  
「お前に気持ち伝えられてからさ、ずっと考えてた」  
曖昧模糊なまま、俺はずっと返答から逃げてきた。  
 
 
「俺もお前が好きだ」  
 
 
 
最初に出会ったのは、文芸部の部室。ハルヒに拉致られて、SOS団に強奪されたその部屋で俺達は出会った。  
栞を使って呼び出され、突然の『涼宮ハルヒとわたしは普通の人間じゃない』発現。あれはまさに晴れ渡った空に雷が落ちるような衝撃だった。  
その次は、朝倉の事件だ。  
『あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る』と、いきなり襲いかかってきたクラスメートの魔の手から俺はこいつに救われた。  
その次は野球大会か。野球に負けたくらいで世界を破壊しようとするハルヒのワガママの為に、また長門は力を貸してくれた。  
ハルヒの書いた絵が引き起こした事件。カマドウマと戦ってたのは長門だ……あ、古泉もか、まぁあいつはどうでもいい。  
七夕の夜、ハルヒに会う為に時間を遡った俺達を無事に帰還させてくれたのは長門の助力だ。  
 
今ここに俺がいるのは、全部こいつのお陰だって言いきったって過言は1ミリの余裕もないだろう。  
 
そう、それは古典的なRPGと一緒なんだ。  
勇者にずっと守られてきたお姫様ってのは知らず知らずと勇者に惹かれちまうものなのさ。  
──俺が姫のポジションってのはなんとも情けないけどな。  
 
 
それに加えて、あの告白だ。  
その小さな身体で長門は、必死に必死に俺に全力の想いを伝えてくれた。  
──好きにならないはずがないんだ。  
 
 
 
 
──そうだろう?  
 
 
 
 
「キスしていいか?」  
すっかり日の暮れた708号室のドアの前で俺は長門に問い掛けた。  
「……いい」  
楕円に近くなった月の下、俺達は唇を重ねた。  
 
 
 
 
「唇を交わすことにより、口腔内のバクテリアや、寄生生物が交換され、う触等の原因となる」  
唇を離すと、長門が口を開いてきた。  
「何故、人はこんな行為を行うの?」  
「俺にも分からん」  
多分、人は不器用で他に伝える手段を持たないからだ。  
「嫌だったか?」  
「ちがう」  
 
「そうか」  
長門の短い髪をそっと撫でてやる。  
「やっぱり眼鏡はないほうがいいぞ」  
呟くと、俺達は再び、口腔内の生命を交換しあった。  
どこか背徳的なその行為を見ているのはただ欠けゆく月だけだった。  
 
 
〜寝待月〜  
 
「あちー」  
現在感じる感情の全てをこめた愚痴と供に、俺はカエルの頭を脱ぎ捨てる。  
「ふえー」  
「これは大変な作業ですね」  
朝比奈さんや、古泉も同様のようだ。  
「…………」  
長門は一人、平静な顔。少し羨ましい。  
 
ハルヒに案内されたアルバイトにて、俺達に回ってきたユニフォームは真夏の炎天下にはとてもじゃないけど似つかわしくない、分厚い皮のぬいぐるみだった。  
幸いなことに、ぬいぐるみの正体がボイスチェンジャーつきの強化服なーんてことはなかったが、俺達のお給金は全部このぬいぐるみに化けてしまうことが、団扇とアイス片手に涼しげに現れたハルヒによって判明した。  
全くもって溜息ものだ。  
 
 
「このカエル、記念に部室に飾っとくわ。みくるちゃん、いつでも好きなときにこれ着ていいわよ。あたしが許すわ!」  
そう言い放つハルヒの笑顔があんまり楽しそうなんで、俺の怒りは雲が散って霧が消えるみたいにどっかに行ってしまった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
──♪コートの中には魔物が住むの 頼れる仲間はみんな目が死んでる バレーに掛けた青春 でも みんな目が死んでる……  
真夜中。世が世なら丑三つ時と呼ばれる時間に俺の携帯は鳴り響いた。  
 
「……ぅぅ(しくしくしく……ぅぅぅぅ(しくしく)」  
聞こえてきたのは泣き声。  
なんだ?たたりか?幽霊か?喜べ、ハルヒ。お前に教えても問題なさそうな不思議騒動が勃発だぞ。  
でも、何で俺のところに化けて出る?  
六年前に妹が死んだとか、幽霊が出る直前に部屋に天使と悪魔が現れたなんて記憶は脳みそを隅の隅までまで手繰り寄せても見当たらない。  
 
「キョンくーん……」  
「その声は朝比奈さんですか?」  
「あたしです……あああ、とても良くないことが……ひくっ……うく……このままじゃ……あたし、ぅぅうえ」  
さてはて、どうしたものか?今なら犬のお巡りさんの気分も分かってしまえる気がする。困ってしまってワンワンワワンだ。  
 
「もしもし、古泉です」  
電話の声が突然変わる。なんでこの2人はこんな時間に一緒にいるのだろうか?  
「ちょっと由々しき事情がありまして、長門さんにも先程連絡しました。今から集合することは可能ですか?もちろん涼宮さん抜きで」  
「すぐに行く。どこだ?」  
 
嫌な予感がした。  
今回ばかりはハズれてくれないかと願うくらいの。  
 
 
 
*みくるインパクト ビックリ大作戦*  
 
 
「土とか……食ってみようかな…… 」  
 
…………  
 
な…何を言い出すんですか朝比奈さん!??未来が恋しくなって頭に、蛆か何か沸いてしまったんですか?  
「いや、違うの。キョン君」  
何がどう違うんでしょうか。やばいな、ショックでおかしくなったか?  
「涼宮さんはツンデレ属性、長門さんは無口属性でファン層が豊富だって噂だけど 」  
朝比奈さんがなにやら身体をくねらせながら話を続ける。  
「私にはそういうイインパクトがないなぁと思って……」  
──はぁ…  
「いやいや、だからってこんな所で土をムシャムシャ喰べても誰も気付きませんよ?」  
俺一人だけびっくり。って言うか引きますけど…  
「ふみぃ・・やっぱりガチレズ属性とかないとツンデレには勝てないんでしょうか…みくる無念 」  
 
 
「あ、古泉よりは人気あるんじゃないですかね? 」  
「あ、本当ですね。よーし!! 」  
確認するように、朝比奈さんが古泉の方にすたすたと歩いていく。  
──ん……?  
急に、くるりと振り返るとこっちに戻ってきた。  
「ヲトコじゃねーか!!」  
男ですけどーーーーーー!!?  
「しかも全然ガチレズ関係ねーじゃねーか!なんだよあの●は!わたしも●になれっていうのか!」  
そんな…無茶な…  
 
「やあ、今晩は」  
よう、古泉。  
「機関でいい海苔が取れたので持ってきたのですが、お一つどうですか?」  
 
何で海苔なんだ?  
あれか?機関は、昔、神人が田植えを真似て海に竹の枝を植えてるのを見て海苔作りでも始めたのか?  
って、おいおい。なんだよ、このローカルなネタは?  
 
まあ、古泉からとはいえど、せっかくの好意だ。貰っておくことにしよう。  
パリッ  
むっ……これは!!  
「これはいい海苔だな 」  
張りがあって、黒く。綺麗な正方形にカットされている。  
「むっ!何ですか?その■。貸してください!」  
こちらに気付いたらしく、朝比奈さんが振り向く。  
 
 
「海苔じゃねぇかよ!!」  
海苔ですけどーーーーーーーーー!!?  
「ち、畜生!!もう!何故私はこんなに地味なんだ!こんなことでちゃんと歴史の教科書に載るのか!? 」  
「朝比奈さん、頭に蛆か何かわいてしまったんでしょうか?」  
「ハルヒみたいなインパクトが欲しいらしいぞ…」  
 
 
「ぁ〜も〜やっぱり土だ!土喰うしかねぇ!赤土もってこんかい! 」  
「やめて下さいって、意味不明なインパクトは……」  
「じゃぁどうしろってんだ!?脱げってのか?よぅしもう全部脱いだろか?全裸で走ったろか!? 」  
 
うわっ興奮してきた(性的な意味で)  
 
 
 
いやいやいや、待て待て待て。ここは止めるべきだ。理性がギリギリの瀬戸際で俺を押しとどめる。  
「止めてくださいよ!!!意味がわかりませんよ。」  
 
「いや!!!むしろ全てぶっ壊してやろうか!!?」  
ぶっ壊れた!!???  
「チクショー!ぶっ壊してやるーーー!!どいつもこいつもーー!!! 」  
「落ち着いてください朝比奈さん!!!長門、手伝え!!」  
「無理。修正不可能なレベル」  
 
 
 
 
*  
 
 
 
 
「いったい何があったんですか?」  
俺は朝比奈さんをなだめると、当然の疑問を投げかける。  
「あたし……あたし……未来に帰れなくなりましたぁ……」  
か細い朝比奈さんの声が事実を告げる。物悲しい真実を。  
 
 
「どういうことだ?」  
「我々は同じ時間を延々とループしているのですよ。8月17日から8月31日までをね」  
古泉が大げさなポーズで嘆きの意を示す。  
「うー、ええと……『禁則事項』が、『禁則事項』で、『禁則事項』がないので、『禁則事項』してみたんですけど、『禁則事項』でー」  
涙交じりで朝比奈さんが答えるが、サッパリ分からない。  
 
「どうすればいいんだ?」  
「それが分かれば解決したも同然ですね」  
 
クソっ……無意味と分かっていながら悪態をついて天を罵る。  
 
「それで何回くらい僕達は同じ2週間をリプレイしているのですか?」  
 
「今回は、2503回目に該当する」  
否定を期待した長門の言葉は、悪夢の真実味を増すだけだった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
めぐるめぐる輪の中で、俺達はどこにも行くことが出来ない。  
めぐるめぐる輪の中で、俺はたださ迷うことしか出来なかった。  
 

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