「中西の回想」
「ちょっと貴子落ち着いて!」
「待ったキミ、そんな怪我じゃ無理だよ。検査に行かなくちゃ!」
ほかの場所ではみんな文化祭を楽しんでいるのに、私たちは玄関で文化祭実行委員の連中ともめている。それもみんな私と美夕紀のせい。
美夕紀は扁桃炎、私は手首の怪我。この日のために4人でがんばってきたのに・・・。
私は包帯でグルグル巻きにされた手首を見つめながら、今日発表するはずだった歌のことを思い返した。
彼女を見た、いや彼女と最初に会ったのは新学期すぐだった。彼女の方から軽音楽部に仮入部したいとやってきたのだった。彼女の第一印象は
「キツい」の一言。とにかくトゲトゲしい。新入生なのに敬語を一切使わないし、楽器についてはのみこみは早いものの飽きっぽい。3日とた
たずにこなくなった。
「なんだったのかしらあの子。」
友人から聞くと、なんでも彼女はあらゆる部に仮入部していたらしい。けれどどこにも入部しなかったそうだ。
次に彼女を見たときは、バニーガールの格好をしていた。さすがにびっくりして遠くから見ていると、先生たちがやってきた。注意されている
ようだったけれど、まったく意に介さずビラを配っていた。そのうち先生たちに引きずられるようにして連れて行かれた。一緒にいた女子は
ないていた。
「ねえあの子どういうコ?」
部室で舞に聞いた。
「さあねえ、でも変な女が一年にいるって有名みたいね。担任も手を焼いてるでしょうよ。」
「あの子も煩悩をもてあましているのかしら。」
「現実溶かしてさまようって感じね。」
その次に彼女を見たときは少し目を見張った。男子と一緒にいる。むずかしい顔をしていたけれど、軽音楽部に仮入部してきた時のトゲトゲしさはなかった。
よく見るともう一人男子がいて、以前彼女と一緒にバニーの格好してた女子もいる。あと一人おとなしそうな女子もいる。
「ふーん。あんなコでも仲間ができたのね。」
彼女は、その中の一人の男子には強く出てるけど目は輝かさせている。
あれはあやしいわね!
そんなことを考えていると、ふと自分のことが気になった。女仲間4人でバンド組んだせいか男っ気が全然ないのよね。まあ、ふりむいてくれないけど好きな
人はいるけどね。
「まったく、大好きな人が遠いわねー」
フッと言葉が出た。
「・・・ん?なんか歌詞が浮かんだわ!」
「へえーなかなかいい詩じゃない。」
「インスピレーションよインスピレーション。」
美夕紀や瑞樹、舞も感心している。
「・・・で、あとひとつは?」
「まかせなさい。もうじき出来るわ。」
「どんな内容なの?」
「出来てからのお楽しみ。そう神のみぞ知る!ってとこかな。」
「あんたが書いてんだからあんたも知ってんじゃない!」
「まーね!」
「なんだったら代わりに出ようか?」
聞き覚えのある声で私は我に返った。そう、文化祭の日、玄関、まわりには瑞樹と舞。文化祭実行委員。私は手の検査に連れて行かれようとしていた。
そして、バニーガールの格好をした、彼女がいた。
彼女はためらいがちにそう言った。真摯な目をしていた。こんな表情はじめてみた。彼女にそれほど興味を持っていなかった瑞樹と舞も、彼女のその表情に
なにかを感じ取ったようだった。
「あなたならできるかも。」
私が言いたかった言葉を、二人に先に言われてしまった。
私は結局そのまま検査に連れて行かれた。彼女に託したことは多少の不安はあっても後悔はなかった。この場で彼女と再会したのもなにかの縁かも。
もうライブ始まったかな。きっと魔法以上の愉快なことが起こっているかもしれないわね。
終わり