阪中Side 3月15日 火曜日 PM1:50 北高本校舎3階廊下  
 
今日は短縮授業で、そのうえ部活はお休み。お昼過ぎには暇になっちゃった。  
どうしようかな?まっすぐ帰っちゃおうかな?って思って鞄をぶらんぶらんってしてたの。  
そしたらね、向こうのほうに最近仲良くなったクラスメイトを見つけちゃった。  
だから、声をかけたのね、せっかくだから。  
「涼宮さん、涼宮さん」  
あたしの声に気付いて、そのクラスメイト、涼宮さんが頭の黄色いリボンを揺らして振り返ってくれた。  
「あれ、阪中さんじゃない。どうしたの?」  
涼宮さん。あたしのクラスメイト。  
犬が大好きで、クラスで一番頭が良くって、スポーツも万能で、えっと、とにかくすごい人なの。  
「あのね。今日は部活がお休みなのね、あたし。涼宮さんのところの部活に遊びに行ってもいい?」  
「どうぞ、どうぞ!我がSOS団は来るもの拒まず!  
不可思議生命体だろうが、幽霊だろうが、もちろん悩みを抱えたクラスメイトだろうが、閉ざすような門戸の持ち合わせはないわよ!」  
「あのね、今日は悩みは抱えてないの。ごめんね」  
あたしはつい先週、涼宮さんのところに相談に行ったのね、ルソーのことで。ルソーっていうのは家で飼ってる犬なんだけど。  
「あ、そう。まあ、あたしもJ・Jがまた病気になってるなんていやだし。それはそれで結構なことだわ。ねえ、J・Jは元気?」  
「うん!ルソーはとっても元気だよ。みんな涼宮さんたちのおかげ」  
ルソーは先週、獣医さんもわからない病気にかかっちゃったんだけど、陽猫病だったっけ、涼宮さんたちが治してくれたのね。  
おかげで今はとっても元気。  
あ、そういえば。涼宮さんはどうしてなのか、ルソーのことを「ジェイジェイ」って呼ぶの。  
お父さんは「ジャンジャック」って呼ぶし。  
あたしもね、どこかで聞いたことがあるような気がするんだけどね、「ジャンジャックルソー」って名前……でも、誰だったっけ?  
ちょっと訊いてみよう。  
「ねえ、涼宮さん。どんなひとなの?ジャンジャックルソーってひと」  
「え?知らなかったの?だってJ・Jの名前の由来でしょ?」  
あーん。涼宮さん、ちょっと呆れてる。恥ずかしいな。  
「ごめんね。名前だけは聞いたことがあるの。でも、どんなひとだったのかな、って」  
「いいのよ、別に。知らないことは全然恥ずかしいことじゃないわ。だって、最初は誰だってなんにも知らないんだもの。  
恥ずかしいのは知ろうとしないこと。キョンみたいなやつのことね。  
あいつってば本当に覇気に欠けるっていうか、無気力っていうか。ただでさえ、SOS団団員には一般人の数倍の探究心が求められてるっていうのに!」  
涼宮さんは渡り廊下を歩きながら、怒ってるみたいな、嬉しがってるみたいな顔で、キョンくんの名前を出してる。  
キョンくん、っていうのは涼宮さんの前の席の男の子で、涼宮さんと一番仲のいい友達なの。部活も一緒なんだよ。  
クラスの中ではね、ふたりはつきあってるのかな、なんて噂になってるのね、今。  
「えっと、なんだっけ?そうそう、ジャン=ジャック・ルソーね。  
ルソーっていうのは18世紀にフランスで活躍した思想家でね。  
えーっと、なんかわかりやすい著作とかってなかったかしら?  
うーん………  
あ!そうそう、マリー・アントワネット!」  
「マリー・アントワネット?」  
なんでこのひとの名前が出てくるんだろう?  
あ、マリー・アントワネットは知ってるよ、あたしだって。  
えっと、ルイ16世のお后さまで、フランス革命のときに処刑されちゃったんだよね、たしか。  
あ、そういえば18世紀だよね、フランス革命。  
「ほら、マリー・アントワネットの有名なセリフがあるじゃない。『パンがなければケーキを食べればいいのに』ってやつ。  
あれってもともと、ルソーが元ネタなのよ」  
「えーっ!そうなの?」  
「他にはねぇ……ああ、『むすんでひらいて』って歌があるじゃない?昔歌わなかった?」  
「う、うん。あるある」  
「あれも作曲したのはルソーなのよ。思想家にして音楽家。これがルソーなわけ」  
「へー……」  
やっぱり涼宮さんってすごいなぁ。こんなこと知ってるんだもん。  
そんなことをあたしたちが話してるうちに、あたしたちは涼宮さんが部長をやってる、SOS団?、の部室前に到着したの。  
 
 
 
喜緑Side 3月15日 火曜日 PM2:25 北高生徒会室  
 
「では、これで決定だな。来期の教材決定にはある程度、生徒会の意見も反映させてもらう。  
業者と教員との橋渡し、並びにサンプルの受け取りは先程の決定どおりの人員であたること。  
以上だ」  
会長が今回の会議によって決議された内容をまとめて、締めくくっています。  
議題は来年度の教材選定について。  
うまく本来の意図を隠していますが、会長個人の今回の本意は『無料でサンプル教材を入手、親から預かった教材費を私財としてせしめる』ことに集約されます。  
生徒会予算の一部を私的に流用しているというのに、まだまだお小遣いが足りないようですね。  
これらの不正の証拠はSOS団団員の古泉一樹が所属する『機関』によってそのたびに抹消されているため、  
学校関係者でこの事実を知っているのはわたしと『機関』のエージェント数名のみです。  
もっとも、会長本人はわたしにもばれていないと思っているようですが。  
「では、今日の会議は終わりだ」  
「会長。ひとつ、いいですか?」  
閉会を宣言した会長に、執行部のひとりが発言を差し挟みました。  
そのことに会長の表情がわずかに歪みます。  
彼は内心、会長職にあることを疎ましく思っているので、会議が長引くのを嫌がっているのです。  
「なんだね」  
「すみません。以前問題になっていた、文芸部の処遇に関することなんですが…」  
文芸部の一時休部の件。  
この件に関しては先月の機関誌発行によって一応の終結をみたのですが、彼にとってはそうではないようですね。  
現在、執行部を構成している人員は、そのほとんどが自分たちの力で北高をより良いものに出来ると信じて仕事に当たる志の高い人間で、  
彼のように後々の苦労など考えず、会長に積極的に物申すひとも少なくありません。  
しかし、会長の返答は非情なものです。  
「今年度の文芸部の活動については機関誌の発行をもって、認可を与えている。  
来年度、新たに部員が入部しないようであれば、そのときになんらかの手段を講じる。  
今は保留だ。これ以上、話すことはない」  
反論の隙を与えず一気にまくしたてる会長。  
実のところ、会長は古泉一樹を通して『機関』に許可を取らない限り、SOS団に対してどのようなアクションもとることは出来ないのです。  
彼は『機関』の許可がなければSOS団部室に立ち入ることすら認められていません。  
「では失礼する」  
そう言って会長は足早に生徒会室を退室し、他の人間もそれに遅れてバラバラと立ち去っていきます。  
あ、わたしは別です。  
わたしは今回の会議の議事録をまとめ、それをコピーしたのち、各学年主任に提出する仕事が残っています。  
さらにわたしには本来の仕事、すなわち長門さんの監視任務がありますから、まだまだ帰宅は出来ません。  
さて、その長門さんですが、今どうしているんでしょう。  
わたしは議事録の作成作業を続行しつつ、感覚領域をSOS団部室へと伸ばしました。  
どうやら現在、涼宮ハルヒを含む女生徒3人と会話をしているようですね。  
 
 
阪中Side 3月15日 火曜日 PM2:40 SOS団部室  
 
「白色の体毛をもつ馬は極めて稀。世界的に見ても現在まで数十頭しか生まれていない。  
また、白毛遺伝子はホモ接合体になると致死性があり、この場合胎児のうちに死亡することがほとんど。  
このため白毛同士の配合は危険とされており」  
「待って。ね、待って、長門さん」  
慌てて長門さんにストップをかけたのね、あたしは。  
だってあたしが言ったなにげない一言に、長門さんてばすっごく反応してつらつらと説明をしだすんだもん。びっくりしちゃった。  
「………」  
あたしの「待って」ってお願いを素直に聴いてくれたこのひとは長門さん。  
涼宮さんの部活仲間で、涼宮さん以上になんでも知ってて、なんでも出来るんだって。  
ルソーの命の恩人でもあるんだよ。  
でね、なんで長門さんが『白馬』の説明をしだしたのかっていうと、3分前の会話のせいなのね……  
 
「ねえ、涼宮さんたちはホワイトデーのお返し貰った?昨日」  
「ちゃんといただきましたよ。今、お茶請けにしているクッキーはキョンくんがくれたものなんですよぉ」  
学校の中なのにお金持ちの家で働くお手伝いさんみたいな格好をしている朝比奈先輩が答えてくれたの。  
朝比奈先輩は北高のアイドルで、とっても有名なの。  
なんだかここってすっごいひとばっかりいるのね。  
「そうなのよ。キョンってば、ホワイトデーのお返しがただのクッキーだったのよ。  
あんまりつまんないもんだから、追試を言い渡してやったわ」  
涼宮さんはニコニコしながらちょっとひどいことを言ってる。  
お姫様がわがままだと王子様も大変だね、キョンくん。  
でねでね、あたしはついついこんなことを言っちゃったの。  
「涼宮さん、あんまり白馬の王子様を困らせちゃ駄目だよ」  
 
というわけなの。  
「有希。違うって。白馬の王子ってのは、アレよ。えーっと、なんていうか……みくるちゃん!言ってあげなさい!」  
「えーっ!あ、あの。白いお馬さんに乗った王子様ですよね。えっと……」  
「この国では王制を敷いておらず、よって王子と呼ばれる身分の人間も存在しない。表現として不適切」  
「あの、あの……」  
3人は困ってるし、それを見ているあたしも困っちゃう。えっと  
「あの、白馬の王子様っていうのは、女の子の憧れっていうか、運命の人っていうか、そういう人のことなのね」  
「そうそう、それよ!阪中さん!というわけで、有希。これはいわゆるひとつの比喩表現なのよ」  
「………」  
うまく伝わったかな?長門さんは無口だから、いまいちよくわかんないんだけど……  
「でも、そっか……白馬の王子なんてよく聞く単語だけど、実際に見たことないもんね……」  
あれ、涼宮さん……なんだかすっごくニヤニヤしてる?  
 
 
喜緑Side 3月15日 火曜日 PM2:45 部室棟1階廊下  
 
部活顧問をしている2年学年主任への議事録コピー受け渡しのため、ここまで赴くことになってしまいました。  
「昨晩はお疲れ様でした。ひさびさの閉鎖空間、しかも新タイプのものですからね。あなたの協力が得られて助かりました」  
「思ってもいないことを言うんじゃねぇよ。お前はうまくやったもんだな」  
「いえいえ、おそらく涼宮さんは僕にはたいして期待していなかったというだけのことだと思いますよ」  
「くだらん。俺にかかってる期待とやらを、お前に少しふりかけてやろうか」  
「ご冗談を。あなたの肩でなければそれは支えきれるものではありませんよ」  
前方から会話が聞こえてきます。  
声紋を照合するまでもありません。SOS団団員その1とその4の男性ふたりです。  
なにしろわたしはSOS団団員5人の居場所は常に把握していますから。  
会話の内容は14日に発生した次元断層内浸食性情報改変空間、彼らが呼ぶところの『閉鎖空間』についてのものですね。  
あら、そのうちのひとり、古泉一樹がわたしに気付いたようです。  
「おや、喜緑さん。こんにちは」  
そういって手をあげる彼に、わたしは表情を崩すことなく無言で会釈を返しました。  
彼らに必要以上に接近するつもりのないわたしは、自然にかつ速やかにその場を立ち去ろうと足を動かし  
 
そして、ふいにその動きを止めました。  
「?どうかしましたか?喜緑さん?」  
もうひとりの彼がわたしの突然の停止にいぶかしげな声をかけてきます。  
これはフォローをいれておかなくてはいけませんね。  
「いえ、なんでもありません。それでは失礼いたします」  
もう一度、平然を装いつつ会釈をし、その場を離れました。  
 
さて、先程感じたもの。  
本校舎方向から我々3人に対して一瞬、観察の視線を感知しました。  
我々、というよりも、わたしはたまたま視野に入ってしまっただけで、実際の観察対象は彼らふたりのようでしたが。  
視線の主は………確認終了、男子生徒1名。  
わたしのデータベースにある情報を多方面角度から検証するに、どうやら校内に存在する非公認組織の構成員としての活動のようです。  
情報統合思念体主流派の思惑からいって彼らに不要な危険が及ぶのは看過すべきではないですね。  
任務に支障をきたさないレベルで注意をはらっておくことにしましょう。  
 
 
阪中Side 3月15日 火曜日 PM2:50 SOS団部室  
 
コンコン  
ドアがノックされて  
「どうぞ!」  
涼宮さんがそれに元気な返事。ドアのすりガラスには男の人のシルエットが映ってるから、多分キョンくんか古泉さんだ。  
それで、開いたドアの向こうには、やっぱりキョンくんと古泉さんが立ってたの。  
「あれ、今日は阪中もいるのか……」  
「うん、お邪魔してるのね」  
「キョン。ちょうどいいところに来たわね!たった今、追試の内容が決定したところよ」  
「なんのことだ。小学生に虫眼鏡の構造を説明をするようなわかりやすさを俺は求めたいぞ」  
追試の内容?白馬の王子のことをしゃべってたんじゃなかったのかな、あたしたち?  
「くっだんないこと言ってんじゃないわよ!ホワイトデーのやりなおしのことに決まってんじゃない!  
んじゃ発表するわよ。  
キョンはいまから一週間以内に『白馬の王子様』を用意すること!」  
あ、キョンくん呆れ顔で固まってる。  
「どうしたの?わかんない?白馬の王子って言葉、聞いたことないの?」  
「少なくとも日常生活の中で聞いたことはねえよ。ここはいつからおとぎの国になったんだ?」  
そうだよね。いきなり『白馬の王子を持ってきて』って言われても困るよね。  
わーっ!これってあたしのせいなのかな!?  
「あの、涼宮さん、あんまり無茶言ったら、かわいそうなのね、キョンくん」  
あ、あたしが止めなきゃ、涼宮さんを。  
「いいのよ、阪中さん。  
キョンはバレンタインに手作りケーキをみっつも貰ってるんだから、王子だろうが太子だろうが、それぐらいはもってこなきゃバチがあたるってもんだわ」  
「王子ってのは菓子とトレードが成立するほど、価値が下落しちまったのか」  
「いいから下っ端団員は素直に団長の指示に従うの」  
だめだよー、あたしにはパワフルな涼宮さんにブレーキをかける力なんてないよぉ。  
「ほら、キョン!いつまでもここにいないで、さっさと白馬の王子を探してきなさい!時は金なり、って格言を胸に刻みなさい!」  
「あぁっ、もう!わかったよ。とにかく探してくりゃいいんだな」  
 
「ごめんね、キョンくん。あたしがね、余計なことを言っちゃったみたいなのね」  
部室を出て行っちゃったキョンくんをあたしは追っかけて、それで謝ったのね。  
だってどう考えてもあたしが変な種を蒔いちゃったみたいだもん。  
「気にすんな、阪中。なに言ったのかは知らんが、あいつの妄言は日常茶飯事だ。誰かに影響されて、その回数が減ったり増えたりはしねぇよ」  
キョンくんは、まったくやれやれだ、とか言いながら、それでもあたしのことを責めたりはしなっかたの。  
優しいね。さすがは涼宮さんの王子様なのね。  
「しっかし、白馬の王子様ねぇ。どうしたもんか………」  
本当、困っちゃったのね。  
キョンくんはああ言ってくれたけど、やっぱり悪い気がするし、なにかお手伝いが出来たらいいんだけどな。  
 
 
阪中Side 3月18日 金曜日 AM11:40 北高グラウンド  
 
とか言ってたんだけど、3日経ってもなにもできてないのね。あーん。あたしの役立たず……  
今は4時限目の体育。今日は前にやったのと同じで走り高跳びをやるんだって。  
あ!忘れてた!前のときの記録用紙、あたしが預かってたんだ!今日持ってこなきゃいけなかったのに……  
あたしは慌てて教室に取りに戻ったのね。  
1年5組の教室は3階にあるから大変。急いで、急いで、急いで……  
到着!  
ドアを勢い良く開けて!  
 
なぜか教室には男の子がふたりいたの。  
「な?」  
「い?」  
? ? ?  
あたしの頭の上をハテナマークがくるくる空中遊泳。  
え?なに?どういうこと?えっと、6組で見かけたことがあるような?ふたりが、なぜか授業中に5組の教室にいて?キョンくんの机の中に手を入れてる?  
……………って  
「な、なにやってるの!」  
あたしの声にびっくりして、その男の子二人は手を付いてた机をガタッて揺らしたの。  
二人は、バツの悪い顔っていうのかな、見られちゃいけないものを見られたって顔をしてる。  
うん、やっぱりキョンくんの机になにか悪さをするつもりだったのね。許せないよ。  
あたしはとにもかくにもキョンくんの机を守ろうと、そのふたりの傍に駆け寄ったのね。  
慌てて手を引き抜こうとして揺り動かされた机から一枚の写真がひらりと零れ落ちた。  
「これって……」  
映ってるのは……  
「ゲッ!見んな!」  
朝比奈先輩!しかも、下着姿!どうしてこんなものが!  
多分、場所は部室だ。朝比奈先輩は照れもなんにもない感じで着替えの最中みたいな姿で映ってる……  
つまりこれって盗撮写真!  
「おい、痛い目見たくなきゃ、黙ってろ」  
「なに言ってるの!効かないのね、そんな脅しなんか!」  
本当はすっごく怖いんだけど、男の人二人の相手なんて……  
でも、負けられないよ。友達のためだもん、とっても大事な。  
「そうかよ」  
正面のひとりがあたしの口を手で塞いだ!?  
「ン!?」  
なにするの、て叫びたかったけど、声は外に漏れてくれなかった。というより、まともに唇を動かすことも出来ないよ!  
あたしが手を使って抵抗する前に、二人はそれぞれ一本ずつあたしの両手を取り押さえたの。  
「ケッ、大人しくしてりゃ、こんな目にあわずにすんだのによぉ」  
あたしの後ろにいる、もう一人が空いた片手を、あたしのブルマの中に入れて!  
やめて!お尻、さすらないで!  
「ンー!ンー!」  
「都合の悪い場面を見られた女生徒をふたりがかりで襲う。品がありませんね」  
「ンー!?」  
「な?」  
「い?」  
いきなりあたしたち3人以外の声が聞こえたから、びっくりしたのね、あたしも二人も。  
「まあ、自分たちの撮った盗撮写真を使って他者に濡れ衣を着せようなどという人達に品位を求めても仕方ありませんね」  
えっと、あたしが入ってきたドアのところにね、ひとりの女の人がいたの。  
 
 
喜緑Side 3月18日 金曜日 AM11:50 1年5組教室  
 
先日SOS団男子部員を監視していた男子生徒と同組織に所属する生徒2名が、1年5組教室において不審な行動をとっているのを感知しました。  
案外すぐに痺れを切らしたものです。  
例の組織に釘を刺しておく丁度いい機会ですね。  
情報操作によって、わたしが変わらず授業に参加しているかのように教室内全員の認識をごまかしたのち、退出。  
そして今、わたしは1年5組の教室にいるというわけです。  
現状確認。  
教室内では女生徒がひとり、不可抗力によってくだんの二人と接触してしまったようですね……  
暴行を受けていますが、まだ致命的な被害には及んでいません。  
かといってけっして許されるものではありませんが。  
「誰だ、テメェ」  
「生徒会書記を務めています、喜緑と申します」  
生徒会、という単語を出した途端、男子生徒二人に動揺がはしります。  
なにかと便利ですね、この肩書きは。  
 
「あなたがたは『朝比奈みくるファンクラブ』のメンバーですね」  
 
「ンーっ!?」  
女生徒が意外な単語の登場に驚きの反応を示しています。  
それは男子生徒二人にしても同様のようで、なぜ自分達のプロフィールをわたしが把握しているのか理解できないご様子。  
せわしなくキョロキョロと視線を動かし、お互いの顔と教室内に歩み寄るわたしとを交互に見ています。  
恐らく今回の行動の動機は彼に対する嫉妬からきたもの。  
盗撮写真を彼の机にしのばせて、なんらかのきっかけで彼の立場を失墜させるつもりだったんでしょう。  
「さ、速やかにその子を開放してもらえますか。これ以上はお互いのためになりませんよ」  
わたしがそう言った途端でしょうか、一人が彼女の手を離したかと思えば、そのままわたしに掴みかかってくるじゃありませんか。  
わたしは微笑みを崩すことなく、手近な机を右手で掴みますと、それを使って片手で軽く彼の体をなぎ払わせてもらいました。  
ごかっ、と思いのほか大きな音をたてて男性の体が右方向に進路変更し、そのまま床につっぷしてしまいました。  
意識消失。右側頭部及び右肩部に打撲。  
有機生命体に致命的な打撃を与えないよう力はセーブしましたし、彼の行いを思えばその程度のダメージは我慢していただかないと……  
机を振り回したために散乱してしまったその中身、それらが散らばる中、わたしはもう一度彼らに要請をしました。  
「その子を開放してください。今ならおとがめなしで済ませてさしあげます」  
?  
気のせいか、目の前の男女二人の顔から血の気がひいています。  
やだ。わたし、怖い顔をしているわけでもないのに、一体どうしたんでしょう。  
わたしはいつもどおりの微笑みを一切崩さず、優しく提案しているというのに……  
「わかったよ」  
男子生徒が掴んでいた女生徒の手首と抑えていた口元から手を離し  
「あ」  
気が抜けたのか、女生徒はその場に腰をついてへたりこみました。  
男子生徒はそのまま無言でもう一人の体を抱えると、教室を退去していきます。  
そうそう、伝えておかなければいけないことがありますね。  
わたしは床に落ちた写真を回収しつつ、その背中に声をかけました。  
「あなたがたが所属するクラブ、本日をもって同好会扱いにしておきます。  
書類上の活動内容から逸脱した行動をとった場合、生徒会からそれ相応の介入をさせてもらいますので心得ておいてくださいね」  
 
 
阪中Side 3月18日 金曜日 PM12:00 1年5組教室  
 
「あなたがたが所属するクラブ、本日をもって同好会扱いにしておきます。  
書類上の活動内容から逸脱した行動をとった場合、生徒会からそれ相応の介入をさせてもらいますので心得ておいてくださいね」  
横でこの言葉を聞いたとき、あたしはこの生徒会書記さんがなにを言ってるのか全然わからなかったの。  
だって、こんなことをしておいて、同好会に格上げだなんて絶対おかしいもん。  
「なんで……」  
「非公式クラブのままでいられるよりもいっそ同好会にしてしまった方が、生徒会がその手綱を握りやすいんです。  
暴走を防ぐためにもそうしたほうがいいと判断しました」  
書記さんはあたしの疑問に先回りして理由を説明してくれた。  
でも、やっぱり、なんかやだな……  
「それに同好会昇格によって彼らが得することはありません」  
?  
どうしてだろう?  
確かに同好会には部費の支給も、部室の配当もなかったはずだけど、それでも堂々と活動できる理由ができちゃうわけなんだし……  
「彼ら『朝比奈みくるファンクラブ』、書類上の活動内容は『送風機あるいは扇風機の研究』と記入しておきますから」  
「はい?」  
扇風機?  
「つまり『ファン』の『クラブ』になってもらいます。  
それ以外の活動は一切認めません」  
ファン……ファンとファン、ファン違い……  
「あ……あはは……」  
駄目……あんなことがあったのに……おかしくって笑いがこらえられないよ……  
「ファンとファン……ファンとファンって……アハハハハ……」  
「さ、あなたも授業中ですよね。わたしも付いていってあげますから、先生のところに行きましょう」  
「は、はい……アハハハハ……」  
あたしは書記さんに支えられて、立ち上がったの。  
顔色ひとつ変えないであたしの机を振り回したときは怖いひとなのかも、って思っちゃったけど、なんだかお茶目なひとなのね。  
ファンとファン……  
あ!これって使えるかも……  
あたしは床に落ちてる記録用紙を拾いながら、思いついちゃったのね、アイディアひとつ……  
よーし、早速キョンくんに相談してみよう!  
 
 
阪中Side 3月21日 月曜日 PM2:10 SOS団部室  
 
というわけで、週末明けの月曜日なの。  
あたしとキョンくんはそれぞれが持ってきたクーラーボックスから一杯のシュークリームを取り出して机の上に積んでいったの。  
「ちょっとキョン、これなに?」  
涼宮さんが目を丸くしてる。  
だって、50個くらいあるもんね、このシュークリーム。  
「昨日、阪中の家で阪中の母親に教わりながらつくったシュークリームだ」  
「キョンくんの手作りなんだよ」  
あのね、あの後キョンくんに「手作りのお菓子を贈ってあげると、皆喜ぶんじゃないかな」って相談して、日曜日にうちでつくってもらったの。  
あとね、ちょっとした仕掛けも仕込んでね。  
「キョン。あたしは『白馬の王子様』を持ってこいっていったのよ。こんなもんで誤魔化されるとでも思ってるの?」  
「……わたしはこれでいい」  
「ちょっと有希!なに、もう食べちゃってるのよ!?妥協は禁物なのよ。待ちなさい!」  
「おいしい」  
早い早い。長門さん、もう3個目……  
「ハルヒ、俺も『王子』は用意ができなかった。そっちは自分で調達してくれ。  
だがな、一応『白馬』の方は持ってきた」  
「へ?どういうこと?」  
さあ、きたきた。いよいよ『王子様』が『白馬の王子様』にランクアップする時なのね。  
 
「シュークリームのひとつに当たりクジを入れてある。それを引き当てたやつには『白馬スキー場』の招待券をプレゼントだ」  
 
「白馬……スキー場?」  
涼宮さんがあっけにとられたみたいな声をあげてる。  
「白馬…日本アルプス最北部に位置する白馬連峰の…通称…  
……1998年長野冬季オリンピック……開催地として有名…  
これには入ってない」  
長門さんがシュークリームを口いっぱいに頬張りながら、『白馬』の説明をしてくれたのね。  
そう、お馬さんのほうが用意できないなら他の『白馬』を用意したら、ってキョンくんにいったのね、あたしは。  
白馬と白馬、白馬違い……涼宮さんは気に入ってくれるかな?  
「おもしろいじゃない、キョン。  
ま、今回はこれで許してあげるわ。  
さ、そうと決まれば食べまくるわよ。ほら、みくるちゃんも。早くしないと有希に当たりクジ取られちゃうわよ」  
「ふえー。この中から、一個だけですかー」  
よかった。涼宮さん、納得してくれた……  
「阪中、ありがとうな」  
「いいよ、キョンくん。もとはといえば、あたしのせいみたいなものだし……」  
それにキョンくんは大変だもんね。  
なにせここは、白雪姫とシンデレラと人魚姫がひとりの王子様を取り合ってるような場所だし。  
だから、負担の大きい王子様に親切な魔法使いがちょっとおっせかいをやいても許されるよね。  
「ちょっと阪中さんもぼーっとしてないで、一緒に食べましょ」  
「え?でも、あたしはホワイトデー、関係ないし」  
「いいのよ!こういうのはみんなでワイワイ楽しむべきなのよ」  
アハハ、本当にここは楽しい場所なのね。  
涼宮さんと友達になれて良かった!  
 
 
 
うん、良かった。  
ここまでは良かったはず……  
えっと……これで、あたしの口の中に当たりクジの感触がなければ、本当に良かったのに……  
 
「もうちょっとで全部なくなっちゃうわよ。ちょっとキョン、本当に入ってるんでしょうね?」  
「当たり前だ。文句言わずに全部食え」  
「ふう、もう食べられません……」  
「………」  
 
えっと、困っちゃったのね。これってどうしよう……  
 

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