1/
私、ミヨキチこと吉村美代子は恋をしています。
相手は、お友達のお兄さん。
あの人はもうすぐ高校二年生。
私より5つも年上だけど、私は本気です!
五年生ももうすぐ終わりの三月のある日、
私は今日も、親友の家、すなわち彼の家でお喋りしていました。
彼に関する情報を得ることができるのも重要だし、
運がよければ、彼に会うこともできる。
それに、私は単純に、この小柄な友人と大の仲良しなのです。
「でね〜、ユキちゃんったら、キョンくんの言うことだけは聞くんだよ〜。
ミヨキっちゃんはどう思う〜?」
彼女は兄のことをキョンくんと呼びます。
初めてこの家にお邪魔した頃は、お兄ちゃんと呼んでいたと思うんだけど、
いつのまにか、この呼び方に変わっていました。
以前、その理由を尋ねた時には、
「お兄ちゃんじゃなくて、キョンくんって呼べば、
妹じゃなくて、一人の女の子として見てくれるかなって・・・
な〜んてね、てへ♪」
なんて言っていたけど、もしかして彼女も・・・まさかね。
2/
「おいっ、シャミセンはどこ行った?」
・・・びっくりした。彼が突然部屋に入ってきました。
「も〜、キョンくん。女の子の部屋に入る時は、
ちゃんとノックしなきゃ駄目だよ。
そんなんじゃ、ハルにゃんやみくるちゃんに嫌われちゃうぞ〜」
頬を膨らまして、講義する親友。
「なんでそこで、ハルヒの名前が出てくるんだよ。
それにあいつはともかく、朝比奈さんとお前に対する態度が同じなわけないだろ。
彼女に接するときは、俺は常にジェントルマンだ。で、シャミは?」
「シャミだったら、お隣のルリちゃんとどっか行っちゃったよ」
ルリちゃんというのは、確か裏のおうちの黒猫さんです。
「ああ、またか。最近仲いいな、あいつら」
「うん、このあいだもシャミとルリちゃん、プロレスみたいに絡み合ってたよ〜。
シャミはちょっと疲れた顔してたけど、ほんと仲いいよね」
それって、プロレスじゃなくて、こうb・・・
同じことを想像していたのか、彼と目が合いました。
・・・恥ずかしい。顔が赤くなる。
「おほんっ。まあ分かった。俺はあいつを探しにいくよ」
なんとか話題を戻す彼。
「これからハルにゃんたちとお出かけじゃなかったの?」
「そのお出かけにシャミセンが必要なんだよ。長門のお達しでな。
じゃあ俺行くわ。ミヨキチもごゆっくり。じゃなっ」
そう言って部屋から出て行く彼。
うふっ、声かけてもらっちゃっいました。ラッキー。
「よかったね〜、ミ〜ヨちゃん。」
いつのまにか彼女が、にやにやしながらこっちを見ている。
いや、にやけているのは、私もか・・・。
「なっ、なにがかな?」
どもってしまいました。
「別に〜。去年の春休みには、デートまでしたのに、
最近のミヨキッちゃんは、随分弱気だな〜って」
やっぱりわが親友は侮れない。見抜かれてたんですね・・・。
3/
去年の春休み、私は勇気を振り絞って、彼をデートに誘いました。
もちろん、真っ正直には無理だから、映画の年齢制限という理由をでっちあげて。
その結果、R−12指定の映画がB級ホラーしかなくて、随分とがっかりしたものだけど、
あれはあれで面白かったし、彼にしがみつけたのは、思いがけない幸運でした。
その後寄った、お洒落な喫茶店では、彼が私のことをかわいいと言ってくれたし、
あのデートは、去年一番の思い出です。うふふ。
「ま〜た、ボーっとしちゃって。駄目だよミヨちゃん。
ミヨちゃんが手をこねこねしている間に、キョンくんってば、
ハルにゃんやみくるちゃんとどんどん仲良くなってるんだから。
最近は、なんか有希とも怪しいし・・・」
そうっ、その名前です。さっきから何度も話題になっている彼女たち。
彼が高校に入って、SOS団とかいう団体に入ってから、
私との時間はどんどん減ってゆき、その代わりに彼女たちとの時間が増えました。
おまけに、この前、冬合宿とやらの写真を見せてもらったけど、
彼女たちはその・・・とっても美人でした。
頭に思い浮かべるたびに、とても不安になります。
やっぱり、私じゃ子供過ぎるのかな、とか。
もう高校生だし、やっぱりエッチなこととかもしてるのかな、とか。
はあ、また不安になってきました。
「大丈夫だよ。ミヨキチ、元気だして。私はミヨキっちゃんの味方だから。
大丈夫。鶴屋さんに聞いたけど、キョンくん、まだ誰とも付き合ってないって。
ミヨキっちゃん可愛いし、私より大人っぽいし、まだまだチャンスはあるよ」
励ましてくれる彼女の声がうれしい。
不安はたくさんあるけど、あきらめたくはないです。
ほんと、がんばらなきゃ。
その後、親友と二人でおしゃべりして、帰ってきた彼から、
お土産に美味しいシュークリームをもらって、その日は家に帰りました。
*
4/
僕、北高アイドル研究部に属する山根は、恋をしていました。
相手は、クラスの委員長。学年でもトップクラスの美少女で、
成績優秀、品行方正。それに、とてもいい匂いのする女の子。
僕は、高校三年間を、このような天使と共に過ごせることに感謝し、
この身を、彼女を陰ながら見守ることに捧げようと決意していたのです。
しかし、そんな彼女が、突如転校したのが、去年の梅雨。
わずか二ヶ月あまりで、天使を失い、失意のどん底に落ちた僕は、
その行き場のない情熱を「朝比奈みくるにご奉仕され隊」や、
「長門有希の冷ややかな視線を浴びる会」に傾けようと努力しました。
しかし結局は、彼女のいい匂いを思い出しては、溜息をつく一年だったのです。
しか〜しっ!!
いままさに、僕は僕の新しい天使、ニューヒロインを発見しました!
新しい写真集でもチェックしようと、
本屋への道を急いでいたその時、僕は、彼女を見つけ、
優しい委員長に、突然ナイフで刺されたかのような衝撃を受けました。
年のころは13、4歳でしょうか。愛くるしい顔立ち。
大人っぽさを感じさせながらも、まだどこか幼い容貌。
完璧だ!!彼女こそ、僕が新たにこの身を捧ぐべき相手。
この機を逃してはならない。
もう朝倉さんの時のような後悔はしたくない。
さあ、行くんだ山根!彼女に声をかけるんだ!!
*
5/
その日は、とても気持ちのいいお天気で、出かけるにはもってこい。
私は、彼と接近するいい作戦はないかなと、
とりあえず本屋さんに行くことにしました。
小さく鼻歌を歌いながら、いろいろと作戦を考える私。
また、年齢制限を口実に映画にでも誘おうかな。
そうすると、今度はR−15か。
でも、そうすると、彼は保護者扱いになっちゃうのかな。
彼氏と彼女はやっぱり無理?
私も15歳で通用するかな、などと考えていたとき、突然声をかけられました。
「こ、こんにちはお嬢さん。き、き、君のお名前はなんて仰るのでしょうか?」
変な言葉遣いの、変な男の人だ。
どうしよう。多分、高校生だと思うけど、こういう人に話しかけられると困ってしまいます。
このあいだも、お母さんと一緒にお買い物に行ったら、
少しはぐれた際に、中学生くらいの男の子に話しかけられました。
その場は、お母さんがやってきて、何とかなったけど、
私一人では、こういうときに上手く対処できません。どうしよう。
「あ、怪しいものじゃないんだ。僕は、県立北高校の人間で、
君があんまり可愛かったものだから、ちょっと、おおお話を聞かせてもらいたいなって」
どうしよう、どうしよう。こんな時には、どうしたら・・・。
視線を彷徨わせていると、そこに、彼の姿を見つけました。
な、何でこんなところに。うれしい。うれしいんだけど、どうしよう、どうしよう。
こんなところ見られたくない。助けて。助けてください。
その時、ふとこの前みたドラマのワンシーンが頭に浮かびました。
そうして私は、彼の方に、駆け寄り・・・。
*
6/
俺は、SOS団の雑用係としての職務を忘れ、のんびりと街をぶらついていた。
しかし、だ。運命の神様ってヤツは、俺に対しては、だいぶ厳しいようで、
今日も今日とて、俺を厄介ごとに巻き込んでくださった。
せめて、ツンデレであることを祈るぜ。運命の神様よう。
ことのはじめは、本屋の前で、ハルヒに会ったことだった。
それ自体は、珍しくても、決してありえないことではない。
一応、中学の学区は違えど、同じ高校に通うクラスメイト。
近くの駅前で会うことは、可能性としては、多少なりともあるだろう。
本屋での遭遇も、まあ平穏なものだった。
なにやら怪しげなオカルト雑誌を立ち読みしていたハルヒが、
コミックコーナーでの立ち読みを終え、移動しようとしていた俺を見つけたのだ。
ルソーの一件で、阪中と仲良くなったおかげか、その時のハルヒの機嫌は上々で、
10分ほどバカ話をしたあと、俺たちは別れた。
きっかけは、駐輪場まで来て、自転車の鍵を失くしたことに気がついたことだったのだろう。
ああ、我が事ながら、なんてドジなんだ、俺!
慌てた俺は、来た道を引き返し、先ほどの本屋の方へと向かった。
そして、俺はその二人を発見したのだ。
うちのクラスの山根と、あれは・・・ミヨキチだ。
何やってるんだ、あの二人。
そうして、二人との距離が数メートルまで近づいたとき、
ミヨキチが突然こちらへと、走ってきた。
そうして、俺の腕をとりながら、とんでもないことを言ってのけたのだ。
「こ、この人が私のか、か、彼氏です。だ、だから、そういうのはやめて下さい!」
ミヨキチ、赤面。俺、呆然。山根は硬直。
静止したままの俺たちを動かしたのは、小さな金属音だった。
音のした方を見ると、俺の自転車の鍵。おおっ、こんな所に。
そして、視線を上げると・・・
涼宮ハルヒがそこにいた。
7/
「キョン、その女・・・誰?」
いつもとは違い、静かな口調が逆に恐い。
「はは〜ん、こいつが国木田の言ってた中学時代の女?
見たとこ、中一か中二って感じだし。
中三と中一のカップル・・・まあ、ありえるわねぇえ」
ご、語尾が。あれ、なんで俺、震えてるんだ。
神様、俺、何か悪いことしましたか?
あ〜、そっか。神様はハルヒか〜。じゃあ俺に優しいはずはねえな・・・ははっ。
乾いた笑いを浮かべつつ、現実逃避する俺。
隣では、ミヨキチが俺の腕につかまったまま涙目になっている。
そ、そうだ。まずは誤解を解かなければ。
「ハ、ハルヒ。この子とはお前が思っているような関係じゃなくてだな。
そ、そう!妹の友達なんだよ。妹の。大人びて見えるけど、まだ小学生だ。
嘘だと思うなら、妹を連れてきて証明してもいい」
「そう、小学生・・・そっかぁ、小学生か〜。
へぇ〜・・・ってなお悪いわよっ!こぉのあっほんだらけぇっ!!
まさか小学生に手を出すなんて、信じられない!
このヘンタイ!エロキョン!ロリキョン!!」
ち、違うんだハルヒ。俺とミヨキチはあくまで健全な関係であってだなっ。
恋人同士なんかでは、決してない。
「へぇ〜、じゃあその腕は何なのよ」
そうだ、腕を組んだままだった。さあ、ミヨキチ、腕を放すんだ。
さあ、さあ、さあっ!・・・あれ?
腕を更に、ぎゅっと巻きつけられる。えっと・・・。
「あ、あなたこそ、彼の何なんですか?
わ、私達はちゃんとしたお付き合いをしています。
もし何か言いたいことがあるなら・・・あるんなら、
まずあなたが、彼の何なのかをはっきりして下さい!」
あの、ミヨキチさん?
*
8/
言ってしまいました。自分でも信じられない。
突然現れた女の人は、とてもキレイでした。
そして、彼の言葉で、彼女が「ハルヒさん」なんだと気がつきました。
実物は、こんなキレイな人だったんだ。
とてもキレイで、とても怖かった。
この人に彼を取られてしまうかもしれない。
この人になら、取られても納得してしまうかもしれない。
だから、言いました。負けたくなかったから。
あなたこそ、彼の何なの、って。
私の質問が予想外だったのか、ハルヒさんはしばらく沈黙した後、
彼の方を睨んでから、帰る、と言って去っていきました。
隣には、呆然としたまま固まっている彼。
変な男の人は、いつの間にか消えています。
私は、何も言えません。
しばらくして、再起動した彼は、自転車の鍵を拾い、私に話しかけました。
「送るよ。もう帰るだろう?」
生気のない声。私は頷くしかありません。
帰り道、私は彼に嫌われたんじゃないかって、怖くて怖くて、
一言も口を開けませんでした。
*
9/
週が明け、登校した俺は、予想通りの光景を目にする。
ハルヒ、お前は強力な妖怪か何かか?
目に見えるんじゃないかという、強烈な負のオーラ。
あまりに恐ろしくて、とてもじゃないが近寄れないと判断。谷口の席に避難した。
「なあ、キョン。今度はなにやったんだ?
半径3メートル以内に入っただけで、生気を吸い取られそうだぞ、ありゃ」
「さあな、何のことだかさっぱりだ」
一応、とぼけておく。
「しらばっくれても無駄だぜ。原因は、コレだろ?」
何やらA4くらいの印刷物を手渡される。
「な、何だこりゃっ!!」
ミヨキチの写真がナンバー付きでサムネイルのように何十枚も。
しかも、何枚かには、俺の顔まで写ってるじゃねえか!
うおぉ〜っ、腕組んでるのまであるぞ。
「ああ、それなら山根が配ってたんだ。
なんでもアイドル研究部の見つけた次期スター候補だとか言って、
写真販売の募集を始めたそうだ」
や、や、山根〜。あとで〆る。
「ねえ、キョン。この子、うちの学区の子だよね?
確かまだ小学生だったと思うけど、こんな子にまで手ぇ出してんの?
僕、流石にそれは不味いと思うんだけど」
国木田、聞いてくれ。これは全くもって誤解なんだ。
「まあ、僕はいいとして。涼宮さんはどうするわけ?
みんな、キョンに何とかして欲しいと思ってるんだけど」
はは、それでか。さっきから何だか、痛い視線を感じるのは・・・はあっ。
結局、その日はハルヒから話しかけてくることはなく、
短縮授業にも関わらず、途中であいつがいなくなったこともあって、
なんとか放課後まで乗り切った。
とてつもなく気が重いが、あいつらに相談してみるか。
朝比奈さんは頼りにならないが、古泉とは利害が一致するはずだし、
長門なら、力になってくれるはずだ。
むやみに頼りたくはないが、しょうがない。
10/
「予想外でした。全くの想定外です」
いきなりなんだ、古泉。あと顔近いぞ。
「いえ、予てから疑問に思っていたのです。
涼宮さんをはじめ、大変魅力的な女性たちから、
アプローチをされているにも関わらず、あなたがなびかないわけを」
アプローチってなんのことだ。
まあ、あえてその前提を認めれば、俺が揺らがない精神力をもった男だからだろうな。
「ひょっとしたら、女性には興味がないのかと、
少々期待していたのですが、まさか小学生がお好みとは・・・残念です」
無視かよ。というか、いま不気味な発言があった気がするのは、俺の気のせいだよな。
もういいっ!この似非スマイル野郎に頼ろうとした俺が馬鹿だった。
朝比奈さん、すみませんがお茶をください。
はいはい、すませんね。いつもいつも。
さて、とりあえず心を落ち着かせ・・・って苦っ!!
あ、朝比奈さん?
「どうしたんですか、キョンくん?
お茶、ちゃ〜んと飲んでくださいね。
あと、私、その女の子のこと詳しく聞きたいなぁ〜」
一見、いつも通りの笑顔を浮かべる朝比奈さんだが、
その背後からは、何と言うか、とても、黒い・・・。
ああっ、戦うウェイトレスも、ついにフォースの暗黒面に落ちたんですね。
こうなったら、長門だ、長門。頼む、何とかしてくれ。
「私も、朝比奈みくるに賛同する。その少女との関係の説明を要求したい。
もし、音声による伝達が不可能なら、この前の恋愛小説の続編として書くといい。
私も、期待している。さあ、書いて」
書いて、って長門さん・・・。俺の、俺の味方はいないのか!!
「やっほ〜、鶴にゃん登場!あっそびに来たよ〜!!」
おおっ、救いの女神が。
「あっれ〜、キョンくんじゃないか。はは、聞いてるよん。
たしかに未来人か宇宙人か、決めといたほうがいいかもよっとは言ったけど、
まっさか、小学生を選ぶとはね〜。私、めがっさ驚いたよっ。
いや〜まったく、面白いな〜、キョンくんはぁっ!」
ははっ、そうだった。この人は、こういう人だ。こうなったら!
「あの、生徒会に、この間の資料、返してなかったよな?
俺、行ってくるわ。じゃあ、鶴屋さん、ごゆっくり〜」
俺は、逃げた。
11/
部室から逃れた俺は、資料を持って、生徒会室へと向かう。
そこで俺は、意外な人物に声をかけられた。
「やあっ。彼女は元気かい?」
コンピ研の部長である。彼女って誰だ。
ハルヒのことですか?俺は別にあいつの彼氏ってわけじゃないっすよ。
「隠さなくてもいいじゃないか、この子だよ。この子」
と言って、部長氏が取り出したのは、朝見たのと似たような用紙。
えっと、ミヨキチはなぜ、メイド服を着ているんですか?
というか、どうして上級生のあんたまで、ミヨキチの写真を。
「おおっと、しまった。普通のを見せるはずだったのに。
これはだね、アイドル研究部、略してアイ研の山根くんという男に頼まれてだね」
や、山根〜。またしても。絶対、後で〆る。
「そもそも、我がコンピ研とアイ研は、数代にわたる付き合いで、
彼等が資料を提供し、我々がそれを加工することで・・・って、あれどこ行ったんだ?」
とりあえずは、生徒会室だ。
迎えてくれたのは、喜緑さんだった。俺が資料を渡すと、
「お話は聞いています。災難でしたね。
私は、立場上、あなたを積極的に応援することはできませんが、
うまく解決することを祈っています」
そんな言葉をかけてくれるのは、あなたくらいですよ。
ありがとうございます。その心遣いだけで、十分です。
そこにドアの開く音がする。入ってきたのは、長身のハンサム野郎。
「ああ、君か。ふむ、彼と少し話がある。外してくれたまえ、喜緑くん」
相変わらずの渋い声ですね。会長さんよ。
喜緑さんが出て行ったのを確認すると、会長は鍵をかけ、
携帯灰皿とタバコの箱を取り出した。
「で、話ってなんですか?」
一応、敬語で尋ねる。
「そんな怖い顔すんなよ。話は古泉から聞いてる。
また面倒なことに巻き込まれたみたいだな。
まったく、あのニギヤカ女のせいで、お互いに苦労するな」
会長は深い溜息と共に、紫煙を吐く。
まさか、こいつに同情されるとはね。
「今回は、俺の出番じゃねえが、こっちにとばっちりが来ないとも限らん。
それにまあ、俺たちゃ一応、同士だしな。愚痴ぐらいは聞いてやるよ」
そう言って、タバコを一本こっちによこす会長。
初めて吸うタバコは、とても苦い味がした。
*