19/  
 
あの時も、すっきりとしない気持ちでここに寝転がっていた。  
あの時、あの文化祭のあと。秋の午後。  
 
 
あの時は、どうしてモヤモヤがなくなったんだっけ?  
 
キョンだ。  
 
今は、どうしてモヤモヤしてるんだっけ?  
 
キョンだ。  
 
 
キョン。キョン。キョン。キョン。キョン。キョン。  
 
そう、全部あいつのせい。  
目を閉じると、女に腕を組まれて鼻の下を伸ばしてるあいつのマヌケ面が浮かんでくる。  
 
なんで、私があのバカのせいでこんなに憂鬱な気分にならなくてはいけないの?  
私は、天下のSOS団団長、涼宮ハルヒ様で、あいつは団員その一に過ぎない。  
 
でも、この憂鬱を吹き飛ばしてくれるのは、今回もキョンな気もしていた。  
 
 
何? 足音が近づいてくる。足音は、私のすぐ側で停止した。  
キョンかしら。私は目を開く。  
 
 
そこにいたのは、予想外の人物。  
私は少し驚いたが、気持ちを落ち着かせて、嫌味な口調で聞いてやった。  
 
「ミヨキチっていったかしら? 私に何のよう?」  
 
 
 
*  
 
 
 
20/  
 
ハルヒさんは、私がここにいることに少し驚いたようでしたが、  
すぐに言葉を投げて寄こしました。  
 
「ええ、あの時はご挨拶できなくてすみません。私は、吉村美代子と申します。  
ミヨキチと呼んでいただいて結構です。今日は、先日のことを謝りにきました」  
 
「そう。私は涼宮ハルヒ、って知ってるみたいね。で、謝りにって何を?」  
 
「はい。先日、私は嘘をつきました。私が彼と、お兄さんとお付き合いしているって  
言ったのは・・・嘘です。すみませんでした」  
そう、あの言葉は私が勝手にいったこと。ですから、そこははっきりしなくてはいけません。  
 
「そうなの。まあ、私には関係ないけど、そんなことを言いにわざわざここまで来たの?  
まったく、ご苦労なことね」  
 
そう言いながらも、ハルヒさんの顔にはわずかに安堵の色が見えます。やっぱり・・・。  
だからこそ、私はこのことを言っておかなくてはいけません。  
 
 
「ええ、でもそれだけではありません。お兄さんとお付き合いしているというのは、  
確かに嘘です。でも・・・でも、私が彼を、す、好きだというのは、本当です」  
・・・言えた。 初めてはっきりと口にすることができた。  
 
驚き、固まっているハルヒさんを見つめながら、私は続けます。  
「でも、彼が私をどう思っているかはわかりません。誰か他に好きな女性がいるのかも・・・。  
ただ、彼とあなたは、何か特別な関係に、私には見えました。  
・・・だから、もう一度聞きたいんです。あなたに。  
あなたは、彼の何なんですか? お願いします。教えて下さい」  
 
 
 
*  
 
 
 
21/  
 
私とあいつの関係。そんなのは決まりきっている。あの時は、いきなりだったので  
はっきりと答えられなかったが、ちょっと考えてみれば簡単な質問だ。  
 
「私は、絶対たるSOS団団長で、あいつは、団員その一で雑用係。それだけだわ」  
 
ところが、思わぬ反撃がかえって来た。  
「なら、私が彼と、お、お付き合いしても問題ないですね」  
 
「だっ、駄目よ。だめだめ! そういうのは駄目!」  
 
「なぜですか?」  
いつのまにか、彼女、ミヨキチの方が落ち着いている。  
 
「ふ、風紀が乱れるから、団員間の恋愛は禁止しているの。だから・・・」  
 
「団員間の、ですか? なら私は関係ないはずです」  
気弱そうな少女だと思っていたが、私が押されているなんて・・・。  
 
「ん゛〜、私が駄目といったら駄目なの。とにかく、そういうのは禁止!」  
自分でもわかる。まるで出鱈目な子供の論理だ。  
私、なんで、こんな出鱈目なことを言ってるんだろ。  
 
 
「・・・どうしてですか? もう一度だけ、聞かせてください。  
あなたの本当の気持ち、本当の言葉で。そうでないと私、納得できません」  
 
本当の、気持ち・・・。  
 
 
22/  
 
本当の気持ちって言われたって・・・。  
 
キョンはキョンであってキョンでしかない、なんてトートロジーで誤魔化すつもりはない。  
ないけど、絶対的な解答を、私は持ち合わせてなどいない。  
だってそうでしょ? 教室の前の席にいるクラスメイトを指して  
「そいつはお前にとって何なのか」と問われて何て答えればいいっていうの?  
 
・・・いえ、これも誤魔化しね。私にとって、キョンはただのクラスメイトじゃない。  
ましてや単なる「団員その一」でもなく、かといって「宇宙人」「未来人」「超能力者」でもない。  
あるはずがない。あいつは単なる「一般人」だ。  
「無口キャラ」でも「萌えマスコット」でもない。「謎の転校生」ですらない。  
ならなぜ? なぜ、私はあいつと一緒にいるの?  
 
 
思い出しなさい。あの夜見た夢を。なぜ、私はあの日、ポニーテールにしてきたの?  
そう、わかってた。本当は、あの日・・・キョンが「似合ってるぞ」って言ってくれた時から。  
 
 
「・・・キョンが、好きだから」  
 
そうなんだ。ずっと前から、心のどこかでブレーキをかけてた。認めるのが怖かったから。  
その先を考えるのが、怖かったのだ。あいつは、私のことをどう思ってるのか。  
 
私は、SOS団団長としてじゃなく、一人の女としても、  
あいつと一緒にいられるのかって。  
 
 
でも、やっと認めることができた。  
やっぱり、気持ちを曖昧なままにするのは、私らしくない。  
気付けてよかった。認めることができてよかった。  
 
それが出来たのは・・・。  
 
「部室」  
 
「えっ?」  
ミヨキチは、突然の発言の意図がわからないようだ。  
 
「あいつは部室にいるわ。あの窓の部屋。表札がついてるから、すぐ分かるはずよ」  
 
・・・そう、この子のおかげ。  
 
 
23/  
 
「ハル・・・涼宮さん。それは、どういう・・・?」  
さっきとはうって変わって、遠慮がちな口調ね。  
 
「ハルヒでいいわ。勘違いしないでよね。  
あいつを、あんたに譲ったわけじゃない。これはお礼よ、お礼」  
自分の気持ちに気がつかせてくれた、ね。  
 
「仮にあんたたちが付き合おうが、何だろうが、最後にはあいつは私のものよ。  
・・・私はね、欲しいものは、どんなことをしても手に入れる女なのよ!」  
 
はっきりと言い切って、にぃっと笑う。  
そう、私はいま、笑えている。さっきまで、あんなに憂鬱だったのに。  
きっかけをくれたのは、ミヨキチだったけど、  
やっぱり私を笑わせてくれたのは、あんただったわよ、キョン。  
 
うん。これが私。私が一番好きな、涼宮ハルヒだ。  
 
 
私は、さっきから圧倒されているミヨキチに言ってやる。  
「さあ、行きなさい」  
 
「で、でも、本当にいいんですか?」  
ま〜だ、控えめな態度。さっきの強気な子はどこ行ったのかしら?  
 
「あたしがいいって言ってるんだから、いいのよ。ね、小さなライバルさん」  
 
その言葉をどう受け取ったのか、彼女ははっとしたような表情を見せたあと、  
大きく頷いて、旧館の方へと走っていった。  
 
 
その背中を見送りながら誓う。  
 
「さあ、キョン。明日から覚悟してらっしゃい。  
私から告白するなんて、プライドが許さないわ。  
必ずあんたを私にベタぼれにして、あんたの方から、大好きって言わせてやる!!」  
 
 
太陽は、決意を新たに、明日に備えてその身を翻した。  
空は、朱い。  
 
 
 
*  
 
 
 
24/  
 
いつまでここにいればいいんだ?  
 
俺は、部室で一人、自分でいれた不味い茶をすすっていた。  
ハルヒは今日も来ていないし、古泉は例のバイト。  
長門は朝比奈さんを連れて、どっか行っちまった。  
 
出て行く前に、あなたはここにいて、と俺に言い残してからな。  
あいつに、あんなに強い口調で言われると、俺も残らざるをえない。  
 
しかしな〜、もう完全に夕方だぞ。  
一体いつまで待ってりゃいい?  
 
 
と、その時、部室の方に歩いてくる足音がした。続いて、控えめなノックの音が響く。  
古泉か朝比奈さんあたりが戻ってきたのか?俺は、どうぞ開いています、と声をかける。  
 
「・・・失礼します」  
か細い声と共に入ってきたのは、なんと吉村美代子、ミヨキチだった。  
なぜ、キミがここにいるんだ? WH〜Y?  
 
「こ、こんなところまでお邪魔してすみません。  
お兄さんにどうしてもお話したいことがあって・・・」  
 
すまん、正直に言おう。ここまで言われて、俺にも事情が大体飲み込めていた。  
俺は、確かに鋭いほうではないが、そこまで鈍感でもない。  
このあいだのことだけならともかく、それまでのミヨキチの態度を鑑みれば、  
まあ、分からない方がおかしいのかもしれない。  
 
「まず、先日のことをお詫びしたくって・・・。  
勝手なことをいってしまって、本当にすみませんでした。許して、くれますか?」  
OK、OK。確かにびっくりしたが、あのくらいなら、  
ハルヒなんかに比べりゃ可愛いもんだ。気にしてないよ。  
 
 
「あ、ありがとうございます。でも、あんなことを言ったのには、わけがあるんです。  
そのことを、お兄さんに伝えたくて・・・」  
ミヨキチは真剣だ。かわいい顔が、緊張でこわばっている。  
 
そう。実際ミヨキチはかわいいのだ。  
こんな美少女に好意を寄せられて、嬉しくないわけないさ。  
でも、考えてみろよ。この子はまだ、小学5年生だぜ。そんな風には、とても見られない。  
 
ミヨキチは、妹の親友。俺にとっても妹みたいなもんだ。だから・・・  
 
「わ、私は、お、お兄さんのことが・・・」  
彼女は泣きそうな顔をしている。  
 
なあ、俺。こんな小さい子に、こんな辛い思いをさせてもいいのか?  
俺の方から、やんわりと否定してやった方がいいんじゃないか?  
そう決意した俺は、ようやく口を開いた。  
 
「なあ、ミヨキチ。お前の気持ちは「やめて!・・・・・・やめて下さい」  
 
 
 
*  
 
 
 
25/  
 
彼が何を言おうとしているか分かったから、私は思わずそれを遮りました。  
 
「わかってたんです。お兄さんが、私のことを、どう見ているのかも。  
いまの私では、だめだってことも。でも、その言葉を直接聞かされるのは  
・・・耐えられそうにありません。いまの私は、まだ弱くて、子供だから」  
 
「ミヨキチ・・・」  
 
「だから・・・だから、待っていてください。  
私、早く大人になって、ハルヒさんみたいに、  
お兄さんに見てもらえるよう女になれるよう、がんばりますから!  
だから、待っていてください!!」  
 
 
いまはまだ、遠く届かない夢だけど、きっと、そんな未来を掴んでみせる。  
 
 
お兄さんは、しばらく戸惑っていたようですが、  
最後には頷いて、優しくこう言ってくれました。  
 
「わかった。ただし、ハルヒみたいになるってのは勘弁してくれ。  
あんな迷惑なやつは一人で充分だ」  
私たちは、どちらともなく、笑ってしまいました。  
 
 
夕陽の射す教室で、最後に私は切り出しました。  
 
「最後に、ひとつだけお願いしてもいいですか?」  
 
「お願い? まあ、無茶なことじゃなければな。で、なんだそのお願いって?」  
 
「はい・・・」  
 
 
私は、親友の言葉を思い出す。  
 
「お兄ちゃんじゃなくて、キョンくんって呼べば、  
妹じゃなくて、一人の女の子として・・・」  
 
 
「私も、お兄さんのこと、キョンくんって呼んでいいですか?」  
 
 
 
*  
 
 
 
26/  
 
それから俺がなんて答えたかって?  
そいつはご想像にお任せしよう。  
 
 
ただ、今回の一件で、ひとつ分かったことがある。  
俺は以前、ミヨキチを評して、  
あと五年も待てば朝比奈さんの対抗馬になるかも、と言ったよな。  
ありゃ間違いだった。  
 
五年も待たなくて、いいかもな。  
全く女ってのは怖いぜ。  
 
 
なあ、封印していたあの言葉。  
もう一度だけ、使わせてくれないか? いいだろ?  
 
 
ふぅ〜、まったくやれやれだ。  
 
 
 
"You may call me..." End  
 
 

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