「Y氏の覚醒」
僕は彼女のことが好きだった。そう、朝倉、朝倉涼子。席替えで運良く彼女の席の後ろだった僕は彼女のいい匂いをいつもかいでいた。
特段、香水をつけているようではなかったけれど、いい香りがした。変態じゃないぞ。彼女の笑顔、やさしさも好きだったから。
ところがある日、彼女は唐突に転校した。
「ホワッツ?!」
そのことを担任の岡部から聞いたとき、思わず立ち上がって叫んでしまった。おまけに引越し先すらわからない。僕はどうしても気になって、
朝倉のマンションに行った。何かわかるかもしれないからだ。するとあとから同じクラスのキョンと涼宮もやってきた。思わず物陰に隠れた。
なんであいつらまで来るんだ?
ピキン
その時だった。空間にヒビが入るような感覚を覚え、あの朝倉の香りがして、
「彼を、殺して。」
朝倉の声がした。
それからというもの、毎日のようにあの言葉が聞こえてくる。頭の中に直接入り込んでくるような、体の中になにかいるような。でも嫌な
感覚ではない。まるで朝倉とひとつになっているようだ。
そして、今、僕はキョンの下駄箱の前にいる。ポケットにナイフをしのばせ、
『放課後、誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て』
とかいたメモを持って。
放課後。僕はキョンを待った。遅い、何やっているんだ。少しイライラしていると、
ガラッ
ドアが開き、キョンが入ってきた。
「キョン!!悪く思うなあ!!」
僕は猛然とナイフを構え突進する。
グサリ
キョンのわき腹を一突きした。グリグリと、ナイフをひねってやった。キョンは倒れた。
「やった!やったぞ!・・・ん?」
倒れたキョンの体が光りだした。そして、光の粒になって消えていった。
「な・・・なんだ??」
「・・・それは、フェイク。」
誰だ?!振り返ると、そこにはショートカットの小柄な北校生が立っていた。
「キミは・・・長門有希?!」
僕はアイドル研究部部員だ。この学校でアイドルになれる素質のある子ぐらい、あのアホの谷口より知っている。
長門有希は音もなく近づいてくる。
「あなたの体の中に入り込んだ朝倉涼子の情報因子が極小だったため、気づくのがおくれた。今から処置する。」
情報因子って?
長門有希が目前まで近づいてきた。僕は思わず後ずさりしようとしたが、体が動かなくなった。長門有希が手を伸ばしてきて、僕の顔を
アイアンクローのようにわしづかみにした。
「なぜこんな極小の情報因子であなたが操られたかは不明。しかし今から朝倉涼子の情報因子を消去する。同時に、あなたのここに至るまでの
朝倉涼子に関する記憶も消去する。」
長門有希は無表情でそう言った。
消去って、朝倉のこと忘れてしまうのか?嫌だ、そんなの嫌だ!
僕はいつにまにか涙を流していた。
「・・・安心して。」
えっ?
「あなたが朝倉涼子に対していだいていた感情までは消去しない。有機生命体にとってその感情は非常に大切なものと教えられている。」
なんだかよくわからない。誰に教えられたんだよ。
気が遠くなる。
気がつくと、教室の自分の席にいた。なんでこんなところに・・・、ずっと居眠りしてたのか?
「頭いてえ・・・」
なぜか頭が痛い。いつから寝てたんだろう。誰か起こしてくれよ。
前の席を見る。朝倉の席。
「朝倉も手紙くらいくれたらいいのに。」
僕はポツリとそう言い、家路についた。