気がつくと俺は制服姿で夜の学校にいた。
なんだか以前の出来事を喚起させるが、大きな違いがある。
一緒にいるのが長門だということだ。
「涼宮ハルヒがこの時空より消失した」
いきなりですね、長門さん。
俺としては、何で俺がここにいるのかの説明が欲しいんだが。
「あなたの力が必要」
それだけ言って、長門は目の前の扉を開いた。
「ちょっと待て、長門」
続いて入ると、そこは放課後の部室だった。
ハルヒがいて、長門がいて、朝比奈さんも古泉もいる。
そして、俺もいた。
ハルヒが良く分からないことに怪気炎を上げていて、俺と古泉がそれを適当に相手をしながらゲームをしていて、長門が読書をしていて、そんな俺たちの間をメイド姿の朝比奈さんがくるくると動いている。
それはSOS団の日常だった。
客観的に自分たちを見るというのはなかなかできない経験だな。
これが初体験ではない、俺も俺だが。
それにしても、これはいつなんだ?
記憶に一致するものがないんだが、まさか未来じゃないよな。
それに時間移動は、長門は無理だって言ってなかったか?
そのようなことを考えながらSOS団の面々を眺める。
本当に楽しそうだな。
古泉がニヤケ面をしているのはともかく、意外だったのは俺自身のことである。
結構、よく笑っているのである。
仏頂面が基本だと思ってたんだがな。
そんないらない発見もしながらSOS団の日常ムービーは流れていく。
様子がおかしくなったのは、そのハルヒのセリフからだった。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
活動終了の合図は長門がするものだ。
長門に目をやると、我関せずといった様子で読書を続けている。
「有希、帰らないの?」
「あと少しで読み終わるから」
「そう、じゃあ先に帰るわね」
そう言ってハルヒは出て行く。
身支度を整えた朝比奈さんと、古泉がハルヒに続く。
そんなハルヒ達に声をかけた奴がいた、俺だ。
「長門が心配だから、俺は残るよ」
はあっ?!
「そう、じゃあちゃんと送るのよ」
「ああ、わかった」
ハルヒ達が出て行って、あとには長門と俺が残される。
長門が本を閉じる。
「やっと二人きりになれたな」
俺は、長門の頬に手を添えた。
長門はうっとりと、その手に頬擦りをする。
その手を滑らせ、長門のあごを持ち上げる。
「長門、愛してる」
「わたしも」
そして二人はキスを交わした。
…………。
「これは何なんだ、長門?」
頭痛がしてきた。
そんな俺をよそに、もう一人の俺と長門は腕を組んで部室から出て行った。
「涼宮ハルヒは未来を観測しようとした」
返答になっていない返答をしたのは、俺と一緒に来た長門だ。
俺の後ろに、影のようにひっそりと立っている。
「涼宮ハルヒは、その性質上、未来を観測しようとした場合、予測したもの、希望したものを観測することになる」
意味がまったく分からないし、この状況の説明になってないぞ。
「彼女が望んだ事は現実になる」
「正確には、彼女の考える現実が現実になる」
つまり、まるっきり希望通りってわけじゃないのか?
「そう、だから彼女は、ここに来た」
やっぱり分からん。
「あなた達の会話が原因」
放課後の雑談を思い出す。
未来をハルヒが知りたくなるような話題……、まさかだが。
「結婚の話か?」
「そう…」
別に大した話じゃない。
大物女優が結婚した話をしていたら、古泉が、俺に結婚するならどのような女性が良いかと聞いてきたのだ。
まあ、俺は結婚なんて未来の事は、未来にならなきゃ分からんなどと、適当に答えていたのだが…。
………ちょっと待て。
ということは、ここは未来で俺と長門はあのような関係になるのか?
「ここは涼宮ハルヒが創造した未来から過去に時間軸を遡ったもの」
ええと、つまり…。
「彼女は、あなたがわたしと結婚すると考えた。そしてその未来を創造した。ここはその未来の過去」
かなり混乱しているが、ここはハルヒが創った世界ということでいいのか?
「それでかまわない」
まあ、キャラが違いすぎるよな、安心したような残念なような…。
「残念?」
その質問はノーコメントということで。
「で、そのハルヒは?」
「この時間軸上のどこかに存在する。捜索を開始する」
それからは、もう大変だった。
場所は部室だったり、帰り道だったり、長門のマンションだったりした。
どの場所だろうと、この世界の俺と長門は甘酸っぱい初恋物語を演じてキスシーンでしめてくれるのだ。
そして俺の横には長門本人がいるのだ。
その長門は淡々と、
「次に移動する」
とだけで、何を考えているのか良く分からない。
本当に勘弁してくれ。
しかし、しばらく見ているうちに、この世界の俺たちのキャラクターがわかってきた。
長門はとことん乙女で、俺はひたすらに王子様なのである。
大体が困っている長門、助けに来る俺という図式である。
現実には逆なんだが。
あいつの中じゃ俺たちの関係はこう見えてるのかね。
それにしても妹が読んでいるような少女まんがみたいな展開の連続は、あいつの恋愛観が反映されているのか?
もっと、とんでもない恋愛観を持っていると思ったのだが、これじゃ、まるで小学生だ。
この世界の俺と長門がキスを交わす。
「次に移動する」
気が遠くなるほどの回数のキスシーンを見ながら一つ疑問に思う。
俺は何のために連れてこられたんだ。
そもそも、俺が気づいたら学校にいた理由を、まだ聞いてない。
「次に移動する」
朝比奈さんの時間移動と違って酔いそうな感覚の混乱は起こらない。
長門が言うには、実際に移動しているわけではないらしい。
今度の俺たちはどこかに腰をかけている。
長椅子がいくつも並び、窓には色とりどりのステンドグラスがはめ込まれている。
隣に座っている長門に話しかける。
「なあ、長門…」
「しー、式はもう始まっている」
長門は人差し指を唇に当てそう言った。
「な、何を……?」
そんな俺にもう一度同じポーズをした後、正面を向いた。
パイプオルガンの音が響く。
長門らしくない動きに動揺しながら、長門の視線をたどる。
白のタキシードを着た俺がいた。
周りを見回して状況を確認する。
ここは教会で、結婚式なのか。
新婦の入場。
予想通り、入ってきたのは長門だった。
純白の花嫁衣裳に包まれた長門は息を呑むほど可憐だった。
ステンドグラス越しに差し込む天使の階は、色鮮やかに真っ白な俺と長門を飾り立てた。
祝福する人々。
粛々と式は進む。
そして、誓いのキス。
今まで見てきたキスとは違うキス。
少し、あごを上げた長門のキスを待つ姿勢。
視線が吸い寄せられる。
そんな俺を我に返らせたのは、俺の制服の裾を軽くひく感触だった。
「長門?………!?」
自分の目を疑い、次に正気を疑った。
目を閉じて軽くあごを上げた長門の顔があった。
新郎の俺の前の花嫁衣裳に包まれた長門と同じ顔だ。
それが意味することが分からないなんてことはない。
ここに至るまで、この世界の長門が何度も見せていた顔だ。
キスを待つ長門の顔。
理解できるが、意味が分からない。
さらに、長門は追い討ちをかける。
「すき、だいすき」
「だから誓って」
閉じられた瞼はふるえ、頬が桜色に染まる。
俺の思考は狭窄し、長門だけしか見えない。
ああ、これは夢だ。
長門はこんな奴じゃない。
大体、学校に来るまでの記憶がないのも納得だ。
なんたって夢だからな。
だから、これぐらいの役得、いいよな。
長門の頬に手を添える。
その手に長門が手を重ねた。
「長門……」
顔を近づける。
その時、長門の向こう側にハルヒの姿を見つけた。
泣いていた。
すべてが祝福と歓喜に溢れている、この世界でたった一人だけ、どうすることもできずに泣いていた。
そして耐え切れなくなったハルヒは、ここから逃げ出した。
目が覚めた。
「ハルヒっ!」
俺は何も考えずに追いかけようとした。
「待って!」
長門がしがみついてくる。
制服の袖を力いっぱい掴んでいる。
「お願い。いかないで!」
それは叫びだった。
そうだ、夢じゃないなら長門の気持ちだって本物だ。
だけど……。
気づいてしまったから選ばないことは、もう出来ない。
「悪い」
俺は長門に背を向けて走り出した。
「ハルヒっ!」
教会から離れたところにある森の中で、ハルヒは泣いていた。
自分の肩を抱いて泣いていた。
「キョン!?なんで?あんたは有希のところにいなきゃ駄目でしょ!」
いきなり怒鳴られる。
おい、少しは人の話を聞け、大体なんでそうなるんだ。
「キョン、いつも有希のこと見てるし、それに有希、きっとあんたのことが好きよ」
知ってる、先程聞いたばかりだ。
「だったら何で?…………!」
そこまで言って、ハルヒはさらにぼろぼろと泣き出した。
おい、なんでだよ。
「現実で有希に負けてて、キョンが有希じゃなくあたしを選んで欲しいと思っていて、こんな夢見てオチがあたしを選んだあんた、ふざけないでよ」
「こんなんじゃ、あたし…………」
ハルヒを抱きしめる。
「ちょ、ちょっと離しなさいよ、馬鹿キョン」
暴れまわるハルヒを強く抱きしめながら、ハルヒの後ろ髪を掴んだ。
「髪、伸びたな」
ちょっと癖のあるハルヒの髪は、俺の指の間を水のように流れ落ちていく。
「前にも言ったけどな、俺はポニーテール萌えなんだ」
ハルヒの動きが止まる。
「お前の髪が、また結えるぐらいの長さになったら伝えたいことがあるんだ」
そう言いながら、ハルヒの髪を一つに纏め上げる。
意外と難しいな、これ。
「ポニーテールできるじゃない。何?聞いてあげるわ」
真っ赤な顔して言うセリフか、それ。
「俺はお前のことが――――――
教会は変わり果てていた。
荘厳に輝いていた塔は崩れ、ステンドグラスは全て砕け空虚な曇り空がのぞいている。
祝福と歓喜の世界は、もうどこにもなかった。
荒れ果てた教会の中、なんとか残っている椅子に鼠色の襤褸切れをもって有希は座っていた。
その鼠色の襤褸切れは、花嫁衣裳のヴェールの成れの果てだ。
鼠色の襤褸切れに黒い染みが一つ落ちた。
有希が泣いている。
また一つまた一つ染みが増えていく。
ポタポタポタ。
「私は全てを喪ってしまった」
染みが増えていく。
それでも有希は黒く染まった襤褸切れを手放すことはなかった。
話はここで終わる。
これからの話をしよう。
ここはSOS団の部室。
ポニーテールの団長様がご機嫌で何かを話していて、それを俺と古泉がゲームをしながら相手をしている。
そんな俺たちの間をメイド服の朝比奈さんが忙しく動き回っている。
そして、いつもの定位置で眼鏡をかけた長門が本を読んでいる。
終