「はぁ……」
俺は、長門有希のマンションの部屋で、長門と向かい合って座りながら、垂直に立てたら月まで届いてしまうんじゃないか、と思えるぐらいに、深い深い溜息をついた。
「「飲んで」」
長門が、湯飲みを二つ差し出した。
頼む、同時に喋らないでくれ。頭が混乱する。
「そう」「では」「交互に」「話すことにする」
どう?といった具合に、やはり同時に長門は首を傾げる。
「……長門、『バキ』って漫画知ってるか?」
長門は同時に首を振った。そうか、さすがの統合思念体のインターフェイスも、漫画は守備範囲外か。というか、四歳児と新生児に読ませられる漫画ではないな。
「気にしないでくれ、ただの連想だ……有希の方から説明してくれるか、一応」
長門――今度は、片方だけ――が頷いた。
「情報統合思念体は、第一優先観察対象を、涼宮ハルヒとあなたの、二人にした。これからは、私はあなたの担当として、あなたの観察に専念することになる」
俺の観察?無理な願いと知りつつ、この場を和ませようと、俺はギャグを放つ。
「俺の風呂もか?なんてな、冗談――」
真顔で長門有希はコクリと頷く。冗談――ですよね?
「入浴時のあなたも、興味ある観察対象。実は、昨日から既に観察は始めていた。あなたは風呂場で×××を行っていた。それからベッドでは、寝る前にまた×××を二回行い……」
一体俺のプライバシーはどこに消失したんだ――と、だらだらと冷汗を流す俺をよそに、長門は平然とお茶をすすった。
「そのため、涼宮ハルヒの観察は、新しく派遣されたインターフェイスである――」
長門の横にいる、長門――そっくりの、統合思念体が作ったインターフェイスがペコ、とお辞儀する。
「この妹が行う。名前は、長門、有芽」
有芽、アメか……統合思念体がお天気からネーミングをとっていることは分かった。
「識別上の必要から、有芽の髪型はポニーテール」
長門妹――有芽――が、頭をふりふりする。確かに、後ろでは縛った髪が揺れているが、ポニーテールと言うよりは、それを途中でちょん切った感じだ。
「胸の大きさは、Aカップに増量された」
ぽっと有芽が頬を染めて俯く。いまさらAAからAになっても……すいません、何でもありません。
「状況に応じて、うさ耳の装着も可能」
有芽がちょこんとバニーの耳をつける。一体全体、何の役に立つんだ、それ?
「聴覚が100倍になる」
「…………」
パン
――と手を打ち合わせてみた。
「っ!!」
うさ耳の有芽が、座った姿勢のまま20センチほど飛び上がり、そのまま床に転がってぴくぴくと震えている。
「す、すまん、大丈夫か、有芽!!」
――と叫んだのが悪かった。
「えううう……!!」
有芽はさらに涙をぽろぽろと流し、自動小銃の弾を避けるサミル・セイフのように、ごろごろと床を転がりまわる。
「…………(ブチ)」
長門有希が、冷静に有芽のうさ耳をむしりとると、無言で部屋の隅にぶん投げるた。有希は、ひざの上で震えて泣いている有芽のちょん切れポニーの頭を、優しくなでなでする。
「…………やさしくしてあげて」
ぎろりと有希が殺意を込めて俺を睨んだ。すまん、本当にすまん。全面的にすまん。俺はただ平身低頭して謝るのみだ。
「有芽は、SOS団の新入生メンバーとして入団し、涼宮ハルヒの監視にあたる」
「………ぐす」
涙目の有芽は、俺が小一時間頭を撫でてやると、ようやく泣き止んで、識別できるかどうかぐらいの笑顔になった。
続かない