さて、俺は長門の家でコロッケを作ってる。
しかし意外だな。 長門が料理が苦手とは。
「カレーとケーキなら作れる…」
でもカレーは完成品を温めてるだけだから実際はおかずを一品も作ってない。 あ、千切りキャベツは別だ。
「そう」
「とりあえず昔からの知り合いに聞いたところ、この曲を聴きながらコロッケを作るといいらしい」
俺は家から引っ張り出してきたラジカセをチラリと見た。 中にはある曲のカセットっが入っている。 よく俺も持ってたものだ。
「……がんばってみる」
「じゃあスイッチ入れるぞ」
はぁいラジカセのスイッチオン。
チャンチャチャチャチャンチャチャチャチャンチャチャチャ
イントロが流れて曲が始まった。
『いーざ進めーやーキッチーン』
…長門、別に行進しながら作らなくてもいいぞ。
「…そう」
『めーざすーはジャーガーイモー』
…長門、それはジャガイモじゃなくてトロロだ。
「…分かった」
『茹でたーら皮をむいーて』
…長門、バナナの皮をむいてどうする。 あと茹でてるのもトロロだ。
「…」
『ぐーにぐーにーとーつーぶせー』
…長門、皮を潰してどうする。 コロッケには使わんぞ。
「…分かった」
『さぁ勇気を出しー、みじん切りだ包丁ー』
…長門、包丁をみじん切りにしてどうする。
「…特に意味はない」
「そうか」
「そう」
さぁ続きだ。
『たーまねーぎー目にしみてーもー、なみーだこらーえてー』
「玉葱の構成情報を一部改変…」
「長門、何やってんだ?」
「何でもない」
ふと見るとすでに玉葱がバラバラになっていた。 いつの間にやったんだ? まぁ、下のまな板もバラバラなんだがな。
『炒めよーうーミンチー、しーおこしょうでー』
…長門、その緑の粉は何だ?
「抹茶」
「うまいと思うか?」
「……多分」
『まぜたーなーらー、ポーテートゥ、丸ーくー握れー』
楽しそうに混ぜてるところ悪いが、このミンチも混ぜてくれ。
「分かった」
『小麦粉ーたーまごにー』
…長門、卵の殻は混ぜないでくれ。
「卵の殻は栄養価が高く…」
「そういう問題じゃなくて食感と味の問題だ」
「………」
『パン粉ーをーまぶしてー』
…長門、それは… もはや何も言うまい。
「何か問題でも?」
「いや、ちょっとした妄言だ」
『揚げればーコロッケだーよ』
カラリと狐色に揚がったコロッケが彩りも鮮やかなお皿の上に盛り付けられていく。
「うん、これはうまそうだな」
「たっぷり作った。 しっかりと味わって欲しい…」
『キャベツーはどうしたー?』
「大丈夫、それも用意してある」
そう言って長門は山盛りの千切りキャベツを出してきた。
「それでだ長門、箸はどうした?」
「………」
長門はまばたきを数回してじっと俺を見た。
「……こう」
長門がコロッケを手に取り、2口3口とほおばった。 サクサクと聞こえのいい音が静かな部屋に響く。
そのまま長門は俺のほうに向かって…
唇と唇が触れ合った。 そのまま長門は… うおっ、舌を入れてきた。
「ほむぅ、ふっ、むぐ…」
長門が舌でコロッケを送り込んでくる。 味が分からないのはコロッケが無味なのか、それとも他の感覚で脳がいっぱいいっぱいになってるかのどっちかだ。
俺も負けじと長門に舌を入れる。 口の辺りからくちゅくちゅと卑猥な音が漏れる。
「ん… んふ、んあ…」
コロッケの事をも忘れて口内の感覚に酔いしれていると、長門は急に唇を離した。
俺も未知の感覚に呆けていたが、長門の顔もほんのりと赤くなっていた。 元々白い肌が、一層赤さを引き立たせる。
「……次」
そう言って長門はまたコロッケをほうばる。 やれやれ、こりゃしばらく帰れないな。
これから先のことは省かせてくれ。 おそらくベタなエロゲの世界が展開されてたんだろうが、イマイチ憶えてないんだ。
おそらくコロッケに何か長ったるいよく分からん成分が入ってたと長門は言ってたが、
ただ朝にリビングで2人して素っ裸で寝てた事と、起きた時に息子が悲鳴を上げたくなるくらいジンジンしてた事だけは憶えている。
そのまま衣服を整え、時計をみるなり学校にダッシュするハメになった。
何とかギリギリで教室に入り、自分の机で動物園の昼間のコアラのようにぐったりしていると、後ろからハルヒが話しかけてきた。
「ねえ、キョン! 昨日こんな話を聞いたんだけどさ」
「たのむから某狙撃主のオウムのように騒がないでくれ。 今は本気で疲れてるんだ…」
「何よその例え。 まぁいいわ、心して聞きなさい。 男って初体験を済ませた次の日にはホルモンの関係で鼻の血管が浮き出るんだって!」
な、何だって!? 俺は思わず鼻を押さえた。 俺がマヌケじゃないのは国木田も鼻を押さえていた事から確かだろう。
「え、キョン、ええええ? そ、そういう事よ! そういえばアンタ昨日有希と…」
「いや、その、何だ、単にコロッケを食べさせてもらっただけだぞ」
別に嘘は言ってないぞ。 記憶のうちでは、だがな。
「ふぅーん、コロッケねぇ…」
ハルヒは子供が新しいイタズラを思いついたような顔をして
「そんなに食べたいんだったらあたしが作ってあげてもいいわよ?」
は? 俺は脳内に朝倉でも発生したのかと思った。
「あたしもそろそろ新しい味のコロッケを作りたいだけなんだからね。 その時は呼んだげるからアンタも胃を洗って待ってなさい!」
あぁ、そうさせてもらうよ。 だが流石に胃洗浄は勘弁して欲しいぜ。
もちろん、その日のうちにハルヒの家に連行され、コロッケを食べさせられたのは言うまでもない。