結局、単独暴走を起こした朝倉涼子の処分は消去ではなく修正という判断を下した。 
 
 有機生命体らしく表現するのならば「抹殺」ではなくて「更正」。 
 
 朝倉涼子という人物をまるごと消去するには情報量が多すぎる上に、彼女と関係を持つすべての人間の記憶を改竄することはあらゆる意味でリスクが大きすぎた。 
 
 彼女は平素から社交的な行動をとり続けていたため、誕生からの3年間で人間が為す対人ネットワークの一部として強固に組み込まれていた。 
 
 彼女を半端に消去するだけでは不整合が時系列に沿って等比級数的に増殖し、やがて失踪が事件として歴史に刻まれることが予想される。 
 
 よって混乱を回避するために彼女を世界に残す処置しか選択肢がなかった。 
 
 謀略は失敗せども存在は残った。彼女はこれを見越していた可能性も完全否定できない。 
 
前日までの基幹的な記憶情報をサルベージした上で、暴走行為に関する一部記憶のみを削除。人格形成構造を1年半巻き戻して人間で精神に該当する部分を不穏な行動を画策する前の状態に修正した。 
 
 ちなみに、この判断は私の独断。 
 
 バックアップのメンテナンスと定義すれば私の権限内の行為であるため逐次報告の必要は発生しない。 
 
 必要のない報告によって上層部を無用に扇動することはなかった。 
 
 
 
 しかし、この一連の方針、措置が逆に裏目に出ることになる。 
 
 
 
 変化の観測されない涼宮ハルヒに対して、単純観測だけではこれ以上の情報は引き出せないと考える派閥が力を拡大し、情報統合思念体の内部勢力図は大きく急変することになる。 
 
 想定外の出来事。 
 
 上層部は単純観測を取り止めて、涼宮ハルヒに微弱な刺激を与え始める採択を行った。 
 
 指針概要は、涼宮ハルヒへの直接的なコンタクトではなく、「キョン」という愛称で呼 
 
称されている男子生徒、涼宮ハルヒの注目人物へのアプローチ。 
 
 故意に三角関係を創出し、涼宮ハルヒの感情を励起させよ。 
 
 以上が上から降りてきた新しい任務。ただし主務を任されることとなったのは私ではなく朝倉涼子だった。 
 
 人間として情緒豊かな人格を持つ方がより適任という判断から彼女が選出された。 
 
 つまり私はメインからバックアップへと降格。 
 
 あの時、彼女を抹殺していればこんなことは起こらなかった。 
 
 判断ミス。 
 
 これを言語化するならば「忌々しい」という形容詞がもっとも適切であるように思う。 
 
 そう……実に、忌々しい。 
 
 
 
 
 
***************************** 
 
 
 
 
 
 「えー? それじゃあSOS団の活動に出られなくなるってこと? 有希、マジで言っ 
 
てんの?」 
 
 
 
 常日頃からリアクション過多のハルヒが一段と大きな声を出した。驚く気持ちは分かるが、今の声グラウンドでシフトノック中の野球部の連中まで聞こえてるぞ。 
 
 対照的に長門は微動だにせず、一呼吸置いてから江戸時代のからくり人形を思わせる動きで首肯した。 
 
 爽やかスマイルを顔に貼り付けながら堂々と遅れてきた古泉が俺の対面に着席し、今日はUNOでも始めようかとした時に椿事は起こった。 
 
 長門は脇目もくれず読み耽っていたハードカバーを閉じるとおもむろに立ち上がり、ハルヒの方を向き直った。部活の途中でこいつがアクションを起こすなんて、SOS団結成以来のことなんじゃないか。 
 
 然るべき一団の注目を一身に浴びた長門は、 
 
 
 
「一身上の都合で明日から授業終了後すみやかに帰宅しなければならなくなった。」 
 
 
 
 いつもの淡々とした調子で日常をぶち壊す声明を行った。 
 
 リアクションは四者四様だ。 
 
 ハルヒはさっきみたいに仰天し、古泉は眉を2ミリほど吊り上げ、朝比奈さんはおろおろするだけだった。 
 
 俺か? 当然驚いたさ。SOS団が成立するためには一人も欠けることなんて許されないと信じていたから尚更だ。ハルヒのように無駄に騒いだりはしなかったけどな。 
 
 藪から棒にどうしたんだ。お前のことだからまさか冗談を言ってるとは思わんが、あまりにも唐突過ぎるぞ。期間限定で来れないってことなのか? 
 
 
 
「……分からない。ただ、今SOS団を退団するわけではない。しばらく休部扱いにして 
 
欲しい」 
 
 
 
 黒飴のような鈍色の光を放つ瞳でまっすぐに俺の目を見据える。 
 
 俺の勘違いかもしれんが、無表情の中に一抹のやりきれなさが見え隠れしているような気もしないでもないのはなぜだ。 
 
 
 
「立ち入ったことは聞かないわ。団員のプライベートは尊重したいもの。しばらく来れな 
 
くなるのは残念だけどね。」 
 
 
 
 憮然としながらも、ハルヒは意外とあっさりと認めた。 
 
 気のせいかもしれんが、やけに長門には当たりがソフトで理解があるじゃないか。 
 
 俺のプライベートも同じくらい尊重してもらいたいもんだね。 
 
 そんな戯言を考えてる間に長門は無駄のない動きで帰り支度を終えて足早にドアに向う。 
 
 今まで身辺で大きな動きがあるときは何かしらの形で事前にコンタクトがあったが、今回はそれがない。俺にも明かせない何か特別な事情があるのかもしれん。 
 
 
 
「また来いよな。みんな待ってるぞ。」 
 
 
 
 それでも少しでも長門を留めたい俺はまともに言葉を選べないまま背中に一言声を掛けるのが精一杯だった。 
 
 ちくしょう。役立たずの右脳が気の利いた台詞を寄越さない。 
 
 長門の足が止まる。リアクションは相変わらず首関節を覆う筋力を解いただけのような単純曲げ運動のみ。 
 
 長門は振り返らないまま、驚くほどあっさりと部室を去っていった。 
 
 
 
 長門が休部宣言をしてから三日目。 
 
 失ってから初めて分かることがあるなんて月並みな台詞を言うなど不本意極まりないが、長門がいかにかけがえのない存在だったかを実感したね。 
 
 読書にしか関心のない長門は限りなく空気に近い存在だったが、いかに俺が無意識に長門を目で追っていたか分かる。 
 
 主を失った椅子を網膜に写しこむ作業を馬鹿みたいにこの三日間で何回繰り返したか分からない。 
 
 誰も居ない部室を訪れるとそこはかとなく寂しい気分になるし、この取りとめもない活動に終止符を打っていたあいつの合図がないと帰るタイミングがつかめない。 
 
 長門、お前はSOS団の活動を仕切っていたんだな。 
 
 俺だけではなく団員全員のリズムが完全に狂ってしまっていた。 
 
 あれから個人的に長門のマンションを訪れて、改めて真意を聞き出そうとも試みたが、 
 
 
 
「事情はあるけど、今は言えない」 
 
 
 
 と、インターホン越しに門前払いをされてしまった。何も言えないとなればあれこれ聞かれるだけ辛いってもんだ。 
 
 全く納得が行かんのは確かだが、これ以上行動しようにも自分ができることの限界を理解する冷静さも持ち合わせていた俺はせめて時間を置くことにした。 
 
 しかし長門の休部は一体誰が作ったストーリーなんだろうね。 
 
 宇宙人、未来人、超能力者、異世界人。 
 
 いずれもハルヒがSOS団に望んだ面子だ。 
 
 未登場の異世界人が加わるならまだしも、メンバーが減るなんてありえないんじゃないか。 
 
 
 
「長門さんの上で何かしらの動きがあったと考えるが妥当なところでしょう。ただし、僕 
 
もここにきてメンバーが減るのは予想外です。これは僕の推測ですがね、近いうちに入団者が現れるんじゃないでしょうか。能動的にか受動的にかは分かりませんがね。」 
 
 
 
 坂を下りながら歩く古泉の横顔はいつもの胡散臭いスマイルを引っ込めて、代わりに真剣さを五割増で表出させていた。 
 
 あたりは真っ暗だ。帰る機会を逸した俺達はずるずると下校の放送が聞こえるまで部室に留まっていたからな。 
 
 秋分の日も過ぎて日の長さは確実に短くなっていた。夜になると急に肌寒くなり夏服を着てることを後悔する。 
 
 朝比奈さんを一人置いて帰るのは憚られるような気がしたが、本人の堅い見送りによって着替えてから帰ると先に送り出されてしまった。 
 
 ちなみに、無責任王者のハルヒは部室に来るなりインターネットをカチカチやると早々に飽きたのかとうの昔に下校済だ。 
 
 
 
「俺としてはメンバーは長門以外考えられん。」 
 
 
 
「あなたの言うのも尤もです。一見まとまりのないような集まりですが、さまざまな意味 
 
でバランスが取れていましたからね。涼宮さんも今の状態に納得しているはずがない。そうなると欠けたピースはどういった形で埋まるのか。興味深い展開ですね」 
 
 
 
 興味深いの一言で片付くようなことならいいがね。正直長門が不在だと次に超常現象が 
 
起こったときに誰を頼ったらいいんだ。不安なことこの上ない。 
 
 俺には百害あって一利なしだ。波乱の幕開けのような気すらするね。 
 
 
 
 
 
 長門の電撃休部宣言から四日目。 
 
 長門の居ない部室は無性に居心地が悪いことは分かっていながらも習慣とは恐ろしいもんで、かったるい掃除当番を終えた俺は半ば無意識に移動し、気が付けば部室で朝比奈さ 
 
んの淹れてくれたほうじ茶を啜っていた。 
 
 相変わらず面子はしっかり揃っている。この珍妙な集まりに他人に誇れるもんなど何一つないと疑いもしなかったが、出席率の高さだけは大したもんなんじゃないだろうか。 
 
程よい温度のほうじ茶が喉に染み渡る感覚に酔いしれながら、そんなどうでも良いような発見をしたとき、部室にドアのノックが響き渡った。 
 
 
 
「誰っ? 有希なの?」 
 
 
 
 弾かれたように反応し、一番奥の机からキノコ好きのヒゲ親父のお株を奪うかのようなダッシュでドアに取り付いて乱暴にドアを引いたハルヒだったが、 
 
 
 
「……、朝倉さん?」 
 
 
 
 意外な来訪者に戸惑う。しかし、戸惑ったのは朝倉も同じだったらしく、勢いに気おされたのか軽くホールドアップのような状態で固まっている。 
 
 
 
「えーーっと。ごめんなさい。SOS団の部室はここでよかったかしら?」 
 
 
 
 何のことはない、宇宙人が空けた穴はもう一人の宇宙人が埋めることとなった。 
 
 
 
 
 
「それじゃ、我がSOS団への入団志望を聞かせてもらおうかしら?」 
 
 
 
 戸惑いを見せたのは出会い頭の3秒くらいだろうかね。 
 
 ハルヒは朝倉を迎え入れると新しいおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいでいた。 
 
 入団には厳しい適正検査をパスする必要があるとかのたまって、大層に面接の真似事なんぞ始めやがった。お前自身が最も人格適性検査が必要な人物だってことを分かった上で言ってるんだろうな。 
 
 
 
「キョン君がクラスで話してるのを聞いたんだけど・・・。」 
 
 
 
 朝倉はチラッとこちに目をくれて切り出すとすぐに正面に向き直って続ける。 
 
 
 
「休日に街を探索してるそうじゃない。不思議探索っていうのかしら。夏休みには南の島に合宿に行ったっていうし、そういうの楽しそうだなぁって。」 
 
 
 
 まともに付き合う必要などないのに、言葉遣いは普段通りなものの、まるで就職活動中の女子大生のように朝倉は姿勢を正して行儀良く椅子に腰掛けて受け答えた。 
 
 進行の流れというものを完全に無視したハルヒによるいんちき面接の内容の詳細などこの際どうでも良い。思いつきでやってるのが丸分かりだ。 
 
 お前は単に面接官ごっこをやってみたいだけなんじゃないのかという台詞も喉まで出掛かっていたがなんとか飲み込んだ。 
 
 俺の注目は100%朝倉に向いていた。 
 
 無理もない。ほんの数ヶ月前に俺はこいつにワケの分からない理由でワケの分からない世界でワケの分からない能力によって殺されかけたんだから。 
 
 
 
 才色兼備という言葉がそのまま当てはまる彼女は一年五組の委員長であり、男女問わず高い人気を誇る。 
 
 物腰は柔らかく、誰にでも分け隔てなく笑顔で話しかけ、細かいところにもよく気が付く世話好きな性格の持ち主とくるもんだから、その存在感は教師を上回るといっても過言ではないだろう。かくいう俺も世話になったのは一度や二度ではない。 
 
 しかしこれは彼女の表向きの顔だ。 
 
 彼女の正体は宇宙の彼方から人間とコンタクトをとるためにやってきたヒューマノイ 
 
ド・インターフェイスで、その実体は情報統合思念体と呼ばれる概念的な存在、らしい。 
 
 まぁ、早い話が長門と同タイプの宇宙人ってことになる。 
 
 入学早々異空間に拉致られた俺はアーミーナイフというやけに原始的な凶器によって彼女に殺されかけたが、長門の救出によって九死に一生を得た。朝倉は長門との超次元ガチバトルの末に破れ、長門によって更正させられることとなった。 
 
 ごく普通の民間人に過ぎん俺に何をどう更正したなど分かるはずもない。 
 
 ただ、実際それからは朝倉は何もなかったように振る舞い、ただのクラスの人気者に戻った。俺を特別意識しているようなこともなかったことを考えると、長門の言ったことはやはり本当のことだったんだろう。 
 
 こいつが自発的に俺の生活範囲内に介入してきたのはあの事件以来だ。嫌でもあの殺害未遂事件がフラッシュバックする。 
 
 健康的な笑顔で白い歯を見せながら健全に振舞う彼女の横顔を眺めながら、俺は緊張していた。 
 
 
 
「うーん……。」 
 
 
 
 とりとめのない問答をひとしきり終えると、ハルヒは椅子の上で胡坐をかきながら腕を組んで意味もなく考え込んだ。 
 
 
 
「よしっ。採用! ちょっとまとも過ぎて面白みに欠けるけど、委員長っていう属性もお 
 
いしいしその笑顔が良いわ。古泉君、入団手続きをお願い。」 
 
 
 
「ご存知かとは思いますが、一年五組の古泉純一郎です。不肖ながら副団長を任されています。どうぞよろしく。」 
 
 
 
「あ、あのっ。二年の朝比奈みくるです。よ、よろしくお願いします。」 
 
 
 
 取り決めもされていない入団手続きをうまいこと握手だけで手軽に済ませた古泉に続いて朝比奈さんが朝倉と握手を交わす。 
 
 笑顔で採用かよ。スマイルなら古泉で間に合ってるだろう。 
 
 
 
「あんた分かんないの? 万人の心を奪うようなこの癒しの笑みの価値がっ。」 
 
 
 
 ハルヒは椅子から降りると朝倉の背後に回りこみ、側頭部を鷲づかみにして朝倉の顔を強引にこちらに向けさせた。さすがに一瞬表情が引きつったのを見逃さなかったが、朝倉は俺と目が合うとアイドル顔負けの微笑を俺に照射した。 
 
 
 
「よろしくね。キョン君。」 
 
 
 
「あ、ああ……。こちらこそ。」 
 
 
 
「こら、キョン! ちゃんと握手なさい。先輩ぶって横着してるんじゃないわよ。」 
 
 
 
 的外れなことを言うハルヒだったが、ここで拒否するのも不自然だろう。 
 
 朝倉はハルヒに拘束されているので身動きが取れない。俺が歩み寄るしかなかった。 
 
しかし、極度の緊張せいか思うように身体が動かん。ふと気が付くと手のひらが脂汗で 
 
ぐっしょりだった。慌てて制服でぬぐう。 
 
 長門の言葉をよく思い出せ。目の前の人物は『あの』朝倉涼子とはつながりを持たない別人なんだ。何も怖がることはない。長門の言葉を信じろ。 
 
 念仏のように自己暗示をかけた俺は、なんとか不自然さを悟られずに朝倉と握手を交わし終えた。 
 
 体温が伝わってくる。手に触れた女の子特有の柔らかい感触は人間そのものだった。 
 
 それをやはりというべきか、意外というべきか自分でも分からなくなるくらい俺は混乱していた。 
 
 
 
 朝倉を迎えてのSOS団は活動初日目がスタートした。と言っても、やる事は変わらんのだがね。 
 
 ハルヒはネットサーフィンをしたり、何か思案したりしてくだらんことを思いついては 
 
俺を呼びつけ、朝比奈さんは専属メイドとしてお茶をおいしく淹れることに勤しみ、俺と 
 
古泉は暇つぶしにゲームに興じるだけだ。全く変わらん。 
 
 ただ朝倉が俺と古泉のゲームに積極的に加わってきたこと以外は。 
 
 
 
「ねぇねぇ。これってどんなゲームなの? 男子がやってるの時々見るけど。」 
 
 
 
「・・・・・・、ああ。カードゲームだよ。カードに数値が書いてあるだろ? カードをキャラ 
 
クターに見立ててこの数値を比べて対戦するんだ。まぁ、この他に細かいルールは山ほどあるんだが。」 
 
 
 
 面接によって俺と古泉の対戦が中断していたが、それが再開される前に朝倉は意外にもカードゲームに興味を寄せてきた。 
 
 部外者には受け入れがたいこの部室の空気もなんのその、持ち前の人当たりの良さで 
 
早々に打ち解け始めた。 
 
 
 
「興味があるようでしたら是非お教えしますよ。正直二人で対戦するのには飽きてきたところですから。」 
 
 
 
「うんうん、教えて。この記号は何を意味するの?」 
 
 
 
 軽薄な古泉の発言を真に受けて朝倉は机に腰掛けて本格的にルールを覚え始めた。 
 
 それ自体は問題ないが、わざわざ俺の横にびったりとくっつくようにして座るのはなぜだ。教えてるのは古泉だぞ。 
 
 
 
「ね。キョン君が持ってるその絵札はどうやって使うの?」 
 
 
 
 そう言って不意に朝倉が俺が持っているカードを覗き込んできた。肩と肩が軽くぶつかるほど近距離に接近する。 
 
 振り向けば息の掛かるような距離に朝倉の顔があった。ばっちりと目が合う。 
 
 反射的な防衛本能によって一瞬身体が強張ったが、清潔感のあるミント系リンスの芳香の中に女子独特の甘い香りを見つけると、今度は俺の男の本能がすぐさま警戒を解いた。 
 
 自分で言うのもなんだが、慌しい。 
 
 朝倉とこんなにも接近したのは初めてだが、谷口がAAランクプラスと評するだけあってその容姿には非の打ち所がない。 
 
 枝毛など一本も無さそうな艶やかな黒髪のロングヘヤー、凛とした線の濃い眉、まだあどけなさは残るものの強い意思を湛えた大きな双眸、たしなみ程度に化粧の乗った瑞々しい肌、唇。か細くて上品な輪郭。 
 
 国民的美少女コンテストに飛び入りで優勝できそうだ。・・・・・・、かなり俺のストライク 
 
ゾーンかもしれん。 
 
 
 
「キョン君?」 
 
 
 
 反応のない俺を訝しむ朝倉を見て我に返る。 
 
 
 
「えーっと、何だっけか。ああ、この絵札はだな補助的な役割を持ってて・・・」 
 
 
 
 思わず見惚れてしまった醜態をなんとか取り繕おうと、古泉の役どころを奪ってルールの説明を始める。 
 
 朝倉は何事もなかったように耳を傾けてくれているが、正面の古泉は意味ありげにニヤニヤと笑っていた。腹が立つが言い訳が思いつかん。 
 
 朝倉は記憶力が良く、一通り説明を聞いただけでルールをほとんど覚えてしまい、早速模擬線に入った。 
 
 初めてだから補助が欲しいと朝倉から提案があり、座席の配置からして自ずとその役目は俺が務めることとなった。 
 
 しかし朝倉は序盤こそ俺にあれこれ意見や判断を求めたものの、それ以降は自分の采配で順調に古泉を追い込んでいった。 
 
 古泉の持ち札が分からんので奴が手を抜いているのか、朝倉が異常に強いのかははっきりしない。 
 
 
 
「キョン君。このカード次に出そうと思うんだけど」 
 
 
 
 朝倉はいらずらっこが悪巧みを思いついたように内緒話の格好で俺に耳打ちしてきた。息が耳に掛かってこそばゆい。 
 
 いいんじゃないか。そうすりゃ強いカードが更に強化されて鬼キャラになる。局面から考えてもう古泉に反撃手段はねぇだろうよ。 
 
 朝倉が突然部室に現れた直後は身構えたが、こうやって一緒にゲームをするとやはり年相応の女の子にしか見えん。 
 
 無邪気で無防備に振舞う朝倉に、俺は殺人未遂を起こした『あの』朝倉を重ねることを止めていた。 
 
 そして程なくして勝負は決した。 
 
 
 
「参りました」 
 
 
 
 形としては惨敗の古泉だが、平然とした調子で負けを認めた。 
 
 くそっ、表層にしつこく貼り付いたニコニコスマイルが邪魔で予定調和なのか地なのかが分からん。 
 
 
 
「やったぁ。キョン君! ありがとう」 
 
 
 
 朝倉はまるで女子同士とはしゃぐようなノリですがり付いてきた。俺の腕を取る格好となり距離がゼロになる。またもや朝倉との接近最短距離が更新されることとなった。 
 
 
 
「いやぁ、初めてとは思えないカードさばきでしたね。これなら次からはサシで勝負できるんじゃないでしょうか。」 
 
 
 
「ねぇ。次はキョン君と対戦してみたい」 
 
 
 
 古泉に担がれて勢いづく朝倉は腕を取りながら軽く揺すってきた。 
 
 かわいい女子にこんな風にお願いされて冷たくあしらうことができる人間はもはや男ではないだろう。 
 
 断る理由がみつからん。俺は、やや圧倒されならがも了承しようとしたときだった。 
 
 
 
「キョン!」 
 
 
 
 窓際から鋭い声が飛んできた。 
 
 何が気に入らんのかハルヒが腕を組みながら仏頂面でこっちを睨んでいた。 
 
 
 
「ホームページのバックグラウンド変えるわよ。今すぐやってちょうだい。」 
 
 
 
「いきなり呼びつけてやる程のことか。画像さえ用意してくれりゃ今日中にやっておく 
 
よ。」 
 
 
 
「こういうのは思いついたときにやるのよ。デザインなんて思いつきで成り立ってると言っても過言じゃないわ。」 
 
 
 
 どこかの著名な芸術家なり建築家の格言にあるならまだしも、お前の勝手な思い込みじゃ説得力の欠片もないぞ。 
 
 そうは言いつつもこいつが言い出したら聞かんからな。重い腰を上げて緩慢な動作でパソコンに向かった。 
 
 俺が立ち上がってマウスを握るまで、ずっとハルヒと朝倉は真正面から目線をぶつけ合っていた、らしい。 
 
 数日後になってから古泉から教えられた。漫然としていた俺に知る由などなかったがね。 
 

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