爽やかな秋の朝日に包まれながら、俺はグラウンドで鉄棒にもたれてかかって佇んでいた。  
 1限目から体育で起き抜けの心臓がびっくりしたが寝ぼけた目を覚ますのにはちょうどいい。  
 教師の都合で急遽九組との合同体育が組まれていた。  
 トラックの対角を結ぶように作られた仮設のコースをクラスメートが駆けていく。100メートルのタイムを測っていた。  
 一度に走るのが二人だけなため待ち時間が異様に長い。  
 朝倉の消滅から2日が経っていた。  
 表向きでは朝倉は転校扱いとなりクラスからも姿を消した。  
 突然の引越しにみんな例外なく驚いたが、さすがにハルヒは驚くだけでは納得がいかなかったらしく、朝倉の家まで出向いて探偵まがいの調査に付き合わされるハメになった。もちろん無駄足に終わったわけだが。  
 ハルヒは首をひねってばかりだったが、その気持ちは分からんでもないね。  
 わざわざSOS団に入って対抗心を煽るだけ煽っておきながら、何も言い残さず急に引っ越していったとなると訝しんで当然だろう。  
 
「引越しするから最後に何か面白いことをやりたかったんじゃないか。それが予定よりも引越しが早まって尻切れにになっちまったんだよ」  
 
 と、俺が適当に辻褄を合わせようとしたがしばらく腕を組んだままアヒル口だった。  
 ちなみに長門の処置によってハルヒはあの灰色の空間での出来事はすべて記憶から抹消されていた。都合よくあいつの中ではまっすぐ家に帰ってすぐ眠りについたという空虚な記憶に置き換わってるらしい。  
 それでも翌朝学校で俺の顔を見るなり、  
 
「あんな夢見るなんてあたし欲求不満なのかしら・・・・・」  
 
 なんて呟くもんだからドキッとしたがね。  
 記憶を潜在意識の中にでも退避させてたっていうのか。あの長門の仕事が不完全だったとは思えん。相変わらず常人離れしたやつだ。  
 
「おはようございます」  
 
 トレードマークの胡散臭いスマイルを浮かべて古泉が近づいてきた。  
 そういや、九組にはおまえもいたんだっけな。今の今まで気にかけもしなかったが。  
 半ズボン姿が異常に似合ってるじゃないか。気味が悪いくらいにな。  
 
「朝倉さんの件、本当に大事にならなくてなによりです。あれで世界改変が起こってしまっては全てが水泡に帰してしまいますからね」  
 
 昨日にも似たようなことを話したような気がするが。どうせならもっと鮮度の高い話題を持って来い。  
 
「話のとっかかりってやつですよ。本題はちゃんとあります。実はあなたに確認したいことがありましてね。常識からやや逸脱した内容かもしれませんが、どうか答えてくれませんか」  
 
 お前の話は常に常識から逸脱してると思うんだが。まぁいい、話してみろ  
 
「この二週間。僕は確かに古泉一樹たりてましたでしょうか」  
 
 了承はしたがいきなり飛ばしてくるね。なんだそりゃ。ワケが分からん。  
 
「いえね。どうもここ二週間くらいの記憶があいまいでしてね。実は自分がいつ何をしたかはっきり思い出せないんですよ」  
 
 若年性健忘症でも患っているんじゃないか。  
 
「断片的には思い出せるんですが、歯抜けのような状態でしてね。しかし、木曜日から今日にかけての記憶はクリアなんですよ」  
 
 三日以上前のことなんて思い出せなくても意外と普通なんじゃないか? 現に三日前の三食のメニューをすぐに全部列挙しろなんていっても無理な話だ。  
 
「あなたのおっしゃることは分かります。しかし、それとは別にもう一つ気になることがありましてね。クラスメートの話によると二週間ほど前に僕はあなたのクラスの担任である岡部教諭に職員室まで行ってなにやら直訴したらしいんですよ」  
 
 岡部に何の用事があったって言うんだ。  
 
「今の僕には想像もつきません。ただ聞いた話では、なぜ僕の座席が五組にないのかと直談判したらしくてね。さらに驚くことにそのとき自分の名前を古泉純一郎だと言い張ってたらしいんです。全く自分でも呆れる話ですが」  
 
 そう言えばちょっと前、休み時間に五組の教室をお前がちょろちょろしてた時期があったが、あれと関係あるのか。  
 しかしお前が首相とは笑える話だね。SOS団では太鼓持ちのお前の役回りだがトップに立ちたい願望でもあるんだろうよ。  
 
「朝倉さんがSOS団に入団したとき、自己紹介をした記憶があるんですが、ちなみに僕はそのとき何て言ってましたか?」  
 
 悪いが覚えてないね。お前の言動をいちいち気に留めておくほど暇じゃないってのもあるが、あの時は俺は朝倉の登場に気を取られていたからな。  
 ハルヒも朝倉をどうイジろうかで頭の中がいっぱいだっただろうし、そもそも朝比奈さんはお前のプロフィール自体をご存知ない可能性がある。下手すりゃその質問には誰も答えられないんじゃないか。  
 そういうと、古泉は珍しく真剣な顔で考え込んだ。  
 
「実はね。今回の朝倉さんの件は我々機関が黙って看過できるものではなかったんですよ。僕が然るべき判断と報告を行っていれば間違いなく何らかのアクションを起こしたはずです。」  
 
 古泉は一旦切って女子が行っている50メートル走の方を見やった。ちょうどハルヒが快足を飛ばしてぶっちぎりでゴールを切ったところだった。  
 
「涼宮さんに刺激を与えるという思惑は機関の方針と相反するものですから」  
 
 そうは言っても俺が見る限りでは先週から今週にかけてお前に特別な違和感はなかったぞ。古泉節も全開だったしな。  
 しかしお前の話をまとめるとここ二週間限定で自分の頭がマイルドな感じにイカれてたってことになるな。  
 古泉の表情に若干笑みが戻る。  
 
「そうなんですよ。で、その二週間という期間なんですがね。朝倉さんがSOS団にいた時期とぴったり一致するのは偶然でしょうか」  
 
 答えようのないことを相手に聞くのはよせ。  
 
「ここからは推測するしかないんですけどね。朝倉さんが機関の妨害を回避するために僕を操作した可能性があります。」  
 
 朝倉がお前を厳重にマークしてたってか。自意識過剰なんじゃないか?  
 
「しかし、本来の僕の人格を生かしたまま都合のいいところだけ操作するのは思いの他難しく、人格が安定するまで数日を要した。こうだとしたら僕の奇行も説明がつきます」  
 
 正直どうでもいいことだね。もしその通りだとしても、朝倉が消えた今となっては真実は闇の中だしな。終わりの無い推理ゲームは一人で楽しんでくれ。  
 古泉は手のひらを軽く上げてそれ以上は黙った。  
 
 俺のことを殺そうとして犯そうとして、最後になって告白してきた朝倉涼子。  
 展開の順序を真逆に入れ替えて演じてみせた珍しい愛憎劇の主人公との思い出は、良かった出来事と怖かった出来事が半々ってところだが、決して性根は悪い奴じゃなかったと思ってる。  
 好奇心が湧くと歯止めの利かないクセがあるが、彼女が特別な能力を持たなかったとしたらその悪癖だって性格を彩るアクセントに過ぎなかったかもしれない。  
 朝倉が本当に人間だったら・・・、なんて秋らしく感傷に浸るのは俺のキャラじゃないな。やめた。  
 青空を見上げるとジェット機が飛行機雲を描いていた。鮮やかな青と白のストライプは朝倉のイメージカラーに映る。  
 なんとなく高い空に向かって笑み返して、俺はかったるい体育の授業に戻っていった。  
 
―完―  
 
 

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