「今日は全員でコスプレをするわよ!」
大きな段ボール箱を抱えてハルヒが部室に入ってくる。放課後どこに行ったかと思えば、衣装会社から借りてきたらしい。
「ちょっと待て。俺と古泉も着替えるのか?」
確かに毎回朝比奈さんにばかりしてもらうのは忍びないし、長門のコスプレだって見てみたい気もする。しかし男がバニーだのメイド
だのの格好をするなど、変態以外の何者でもないぞ。古泉は知らんが、俺にそんな趣味はない。
「そんなワケないでしょバカ。あんた達の分もちゃんと用意しているわよ。」
そう言ってハルヒは俺に衣装を押し付けてきた。どれどれ、和服に笠に模造刀だと。どこのサムライだオイ。
「私達はここで着替えるから、あんた達はトイレにでも行って着替えてきなさい」
こうして俺と古泉は部室から締め出される。やれやれ仕方ない、行くか古泉。ところでお前の衣装は何だ?
「トレンチコートと十手です。何だか妙な組み合わせですね・・・?」
古泉も首をかしげる。まあどんな格好でも、お前はツラがいいから似合うだろうよ。
トイレで着替えて部室に戻ると、ようやく理解した。部室に入ると真っ赤なジャケットに黄色のネクタイを締めたハルヒと、
黒のスーツに帽子を目深に被った長門がいる。そしてサムライの俺が揃えば、日本が誇る人気アニメのドロボウとその仲間達の完成である。
「一度このハデなジャケット着てみたかったのよね!」
結局それがしたかったんかい。お前が着るのは勝手だが、わざわざ全員巻き込むなっての。
ということは、古泉は彼らを追いかける警部で、朝比奈さんは主人公がゾッコンな女キャラクターか。朝比奈さんはボディラインが強調
されたセクシーな格好で、スカートを抑えてもじもじしている。朝比奈さんでも充分魅力的だが、どうせなら朝比奈さん(大)に着てほしかったぜ。
「・・・」
長門はガンマンの格好でいつものように本を読んでいる。男装とは残念だな。しかし何か楽しそうだ。古泉も横で十手をひらひら振ってるし、お前ら
コスプレ願望があったのか?俺はこんな時代錯誤の格好、今すぐやめたいのだが。
「ダメよキョン。今日の活動はこの格好のままするのよ。」
まあ予想はしていたがな。部室はクーラーないし、涼しいからいいか。そう思いながら席に戻ろうとした時、俺は突如猛烈な既視感に襲われ、その
まま机に突っ伏した。何だこの感じ、とても嫌な予感がする。
「キョン・・・?ちょっとどうしたのよキョン!?」
「大丈夫ですかぁ・・・キョンくん・・・」
ハルヒと朝比奈さんが駆け寄ってきた。ダメだ、何故かは分からんが、今この2人に近寄られるのはとても危険な気がする。俺の中で何か別のキャラ
が目覚めようとしている。コスプレの影響か。もしやそこの模造刀で2人を襲ってしまうかもしれん。ダ・・・ダメだ・・・耐えるんだ、俺・・・
しかし俺の努力は虚しく、俺の中で何かが覚醒してしまった・・・
「しら・・・」
「え、何?」
「白布返し!」
それは一瞬の出来事だった。俺は目にも留まらぬ早業で2人を襲ったかと思えば、その衣服の上からパンツとブラジャーだけを奪い去るという神業
をやってのけたのだ。自分でも何が何だかさっぱり分からん。目の前では下着を盗られたハルヒと朝比奈さんが、真っ赤になって俺を睨んでいる。
「キョ〜ン〜。一体何のつもり〜」パキッポキッ
「キョンくん・・・冗談にしてもひどすぎますぅ・・・」ブルブル
ヤバイ、滅茶苦茶怒ってる。何とか言い訳をしなくては・・・
「いや、こ、これはな・・・命を懸けたその刹那に魂の炎が燃え上がった結果であってだな・・・」
何言ってるんだ俺はーっ!!!!
「ふざけんなこの変態!!」
「返して下さい〜!!」
ハルヒのヒザが飛んでくる。ああ・・・今度こそ死ぬかもしれないな・・・
10分後。気の済むまで俺を痛めつけたハルヒと朝比奈さんは、トイレに入って下着を履き直している。俺は大の字になって天を見ながら、長門に訊いてみた。
「長門、一体俺に何が起こったんだ?」
長門は冷ややかな目で俺を見下ろしている。もしかして怒っているのか?
「コスプレ違い。あなたは涼宮ハルヒが演じる主人公の仲間になるはずだったが、別のアニメの変態キャラクターになって
しまったと思われる。この2名のキャラクターの容姿は酷似しており、あなたの性質に近しい後者があなたの中で覚醒した。」
ちょっと待て。俺に変態属性はないぞ。いくらなんでも下着をぶんどるなど、健全な男子の欲望の範囲を完全に超えている。
「あなたのせいではない。アニメであなたの声を担当した声優が、そのキャラクターの声も担当したことで、偶然的に近しいものとなってしまった。」
やれやれ、仕事選べよ杉田。
「しかしここで疑問が発生する」
何だ
「あなたは私の下着を盗らなかった。一体何故?」
ああ、それはな
「『未だ熟して至らず』だからだ」
何言ってるんだ俺はーっ!!!長門が涙目になって肩を震わせている。違うんだ長門、これはだな・・・
「分かっている・・・あなたは悪くない・・・しかし・・・しかし・・・」
そう言うと長門は走って部室を出て行った。帽子でよく見えなかったが、泣いていたかもしれん。ついでに出て行く際に、俺を思い切り踏んづけて、
オマケに手にしていたモデルガンを投げつけてきた。本物だったら撃たれていただろうな・・・
それからしばらく、俺が女子部員に口を利いてもらえなかったのは言うまでもない。