翌朝、例によって俺を叩き起こしたのは、妹のフライングボディプレスであった。  
「キョンくーん、玄関に何か荷物が来てるー」  
何かって何だ、宅急便か。俺は昨夜あまり眠れてないんだ、寝かせろ。  
「んーん、いきなり置いてあったのー」  
何だそりゃ。  
しかたがないから起き出してみると、たしかに玄関前にカレー缶の山脈が。  
クイズ番組に応募して「カレー一年分」でも当てたか?ってなくらいの量だ。  
インド人もビックリだぞ、ドアを開けるのも一苦労じゃないか。  
 
しばし呆然と缶の山を眺めていた俺だが、どうもラベルに見覚えがある…  
そうだ、これはいつぞや長門ん家で食った、あの…  
と、その山脈の頂上に、分厚いハードカバー本が乗っているのに気がついた。  
手紙がはさんである。プリンタで打ち出したかのような明朝体が、わずかに三文字。  
 
「食べて」  
 
あー。はい、了解しました。了解しちゃいました。  
カレー・本・簡潔すぎる手紙の三題噺から出てくる答は、一個しかない。長門だ。  
詫びの品(の、つもりだろう)を黙って置いていくとは、お前はごんぎつねか。  
ひょっとしたら笠地蔵の方かも知れないが、そんなことはどうでもいい。  
当面の課題としてこれをどかさないと、我が家の外観が奇天烈きわまるのである。  
 
なぁ長門よ、きっとこれは宇宙的パワーで送りつけてきたんだろうが、出来れば  
もうちっと家の奥まで持ってきといてほしかったぜ、キッチンとかな。  
それにしても、カレーと本か。もう少し地球的な詫び方も勉強してくれよ。食うけどさ。  
 
 
何とかカレー缶を家の中へ運び終えて一息ついているところへ、呼び鈴が鳴った。  
お客か。滑り込みセーフだったな、カレー屋敷は見られずにすんだか。  
「あれー、みくるちゃんだー。キョンくん、みくるちゃん来たー」  
 
「お、おはようございます…突然来ちゃってごめんなさい…」  
わが妹を腰にまとわりつかせつつ登場したのは、マイハニーエンジェルじゃないか。  
いつもの俺ならここでニコニコなんだが、なにせ昨夜の今朝だ。どうにも顔が渋くなる。  
「えと、えと、クッキー焼いてみたんで、その、キョンくんにもどうかなぁって思って、あの」  
朝比奈さんも笑顔が硬いし、目が泳ぎまくっている。  
「お、お茶も淹れてきたんですよ?」  
妙にでかいバスケットだと思ったら、魔法瓶とティーセット一式持参ですか。  
 
いつもはわずらわしい妹だが、今日は間に陣取って動く気がないのがありがたい。  
三人(と一匹)のぎこちないお茶会は小一時間続き、昼飯の長門カレーに誘ってみたが  
それは固辞して、朝比奈さんはペコペコお辞儀しながら帰っていった。  
セロ弾きのゴーシュの「ねずみのおっ母さん」みたいだな、とちょっと思った。  
すいません朝比奈さん、あなたに怒り続けるのは本意じゃないんですが、  
ちょっと冷却期間を下さい。新学期には、また美味しいお茶を淹れて下さいね。  
 
 
どうにも気が晴れないな、こういうときはどうしたらいい?  
谷口でも誘って遊びに行こうかとも思ったが、あいつのことだ、春休みともなればまた  
埒もないナンパに勤しんで、撃墜マーク(ただし、される方の)を絶賛更新中に違いない。  
しばらく携帯をひねくり回していたが、やがて意を決した俺は、とある番号へ電話をかけた。  
 
 
「…何よキョン、そっちからかけてくるなんて珍しいわね」  
おぅハルヒ、お前、今日は午後ヒマだよな。  
「いきなり何よ、まぁ空いてるけど」  
じゃ、いつもの場所に二時な。  
「は?あんた何言って」  
デートしてやるっちゅーとるんだ。  
「ちょっと!えーと、ああああと一時間もないじゃない、女の子の身支度って大変なのよ!  
そ、そっちこそ呼びつけといて遅刻したら、獄門ハリツケだからねっ!じゃ後でねっ!」  
あたふたと電話は切れて、俺も溜息が一つ。これは正しい選択だったのかね。  
 
 
その日の午後は、もう無茶苦茶だった。  
遊園地で、絶叫マシン系ばかりハシゴした。強烈なGに翻弄されるのは快感だった。  
ゲーセンでは、体感型のレーシングゲームで派手にクラッシュして大笑いした。  
ハルヒの手をひっつかんで引き回すのは、今日は完全に俺の役回りだった。  
はじめはハルヒも戸惑っていたようだが、なぁに、もともとハルヒ好みの遊び方だ。  
ハルヒもよく笑ってくれたし、すごく楽しんでくれていた。と、思う。  
ずっと手をつないでいたような気がする。ずっと笑っていたような気がする。  
 
 
終着駅は、いつもの公園だ。これはもはや、帰巣本能かも知らんね。俺は鮭か。  
「で?そろそろ話を聞かせてくれてもいいんじゃない?」  
ベンチの隣に並んで腰を下ろしながら、ハルヒは尋ねてきた。  
「何のことだかね」  
缶の紅茶(何と驚いたことに、ハルヒのおごりだ)をすすりながら、俺はそっぽを向く。  
こういうとき、タバコが吸えればカッコがつくんだろうがな。  
「今日のあんたが普通じゃないことくらい、あたしにだって分かるわよ…  
ま、たまには引っぱり回される側になるのも楽しかったけどさ。  
あたしのキョ、おほん、あたしの知ってるキョンは、そんなにささくれてないわよ?」  
「別に何にもねぇよ。こんな日だってあるさ」  
悪いなハルヒ。お前にだけは、本当の理由を聞かせるわけにいかないんだよ。  
 
「しょうがないわね…団員のメンタルケアも、団長の仕事のうちか。  
今日だけだからね?」  
そう言うとハルヒは俺の頭蓋骨をガッシとつかんで、すごい腕力で引き寄せ、  
 
 
  イイ ニオイガ シマス  
  トテモ フカフカ デス  
  ココハ ドコノ オハナバタケ デスカ  
  ウソノヨウニ ココロガ マルクナッテ ユキマス  
 
 
…しばし忘我境をさまよっていたらしい。  
気付くと俺は、ハルヒの胸に頬を押し当てられる形で、ヘッドロックを極められていた。  
耳元で大きく聞こえるのは、はたしてハルヒの心臓の音か、それとも俺のか。  
ばばばば莫迦っ、何をする恥ずかしいじゃないか。  
「こら、頭をグリグリするなエロキョン!くすぐったいでしょーがっ!」  
そうは言うがなハルヒ、これはその、実に照れ臭い。  
こら、イイコイイコなんかしてくれなくていから!  
 
「男の人がね、頭ん中グルグルして訳わかんなくなっちゃってるときは、とりあえず  
こうしててあげるといいんだって、ばっちゃが言ってたのよ」  
そりゃ、いいばっちゃだな。よろしく言っといてくれ。  
俺も、何だかすっかり無抵抗になっちまった。  
情けない、同級生の女の子に抱っこされて、なに癒されちゃってるんですか俺は。  
とはいえ、ハルヒ解放軍は強力無比だ。昨夜から固くこわばっていた神経にドカドカ  
乗り込んできて、次々と武装解除してゆくのがよく分かる。  
頭の芯が重くしびれてきて、そういえば、今朝はろくろく寝れてなかったんだっけな…  
 
 
…  
 
 
ぽつり、と雨滴が頬を打ったような気がして目が覚めた。えっ、俺、寝てた?  
「あわ、わ、キョン、起きたっ!?」  
目を上げると、ハルヒが俯瞰の構図で何やらあわてている様子。  
何んてこった、俺は公園のベンチで、ハルヒの膝枕で寝コケてしまっていたのだ。  
空がすっかり赤く染まっているじゃないか。何時なんだよ今。  
 
あれっ、雨は?さっき、頬っぺたに何かポチって。  
「な、何のことかしら。雨なんか降ってないけどっ」  
ハルヒは、目をそらして口元を押さえた。顔が赤い気もするのは、夕陽のせいだよな。  
「…いつまで人の膝に安住してんのっ!さっさと起きるっ!」  
はいはい、すまんかったすまんかった。イヤちょっとホントに気持ちよくて。蹴るなよ!  
「うん、いつものキョンの目つきに戻ったみたいね。  
じゃあ、ここでサイコセラピストの出番はお終いかな。じゃ、あたしは帰るっ!」  
ハルヒは、何ともう立ち上がっている。マイペースなやつだ。いや、いつも通りか?  
「へらず口も、元通りねぇ?」  
ほっとけ。今日は、つきあわせて悪かったな。  
「この貸しは、高くつくわよ?おぼえてらっしゃい。  
だいたいねぇ、この新しい帽子にちっとも気付いてくれないってのは、どうなのよ?  
いつもだったら、銃殺刑ものだわ!」  
えーと、うん、可愛いピンクだなハルヒ。あー、すまんかった。  
「遅い!まぁ、今日は一周年記念の前倒しで、特赦にしてあげる。じゃね!」  
じゃあな。  
妙にウキウキとした足取りで遠ざかってゆくハルヒの背中を眺めながら、俺は手元を  
探ってみた。あれ、飲みかけの俺の紅茶は?ハルヒめ、捨てちまったか?  
 
 
昨日から続いた長い長い一日が、やっと終わろうとしているようだ。  
さて、俺も帰るか。何だかすっかり頭が軽くなった。  
ハルヒパワーも捨てたもんじゃないな、もっと平和利用の方法はないもんかね。  
 
 
そこへ、ふいに姿を現したのはSOS団のスマイル担当だ。  
「こんにちわ、いえ、そろそろ"こんばんは"かな。機嫌のいいところへ、すいません」  
お前のことだから、偶然通りかかったとか言っても信じてやらん。ずっと尾行してたな?  
「そんな人聞きの悪い。涼宮さんに護衛がつくのは、デフォルトなんですよ。  
ぜひあなたにお話ししたいことが出来たもので、護衛を交替してもらいました」  
まぁ聞こうか、何やらスマイルがいつもより曇ってるのは、芝居じゃなさそうだしな。  
 
 * * * * *   
 
いやぁ、天罰てきめんとは、このことです。  
涼宮さんに、みっちり焼きを入れられましたよ…いえ、本人に直接ではないんですが。  
 
実は、ついさっき、ここに閉鎖空間が発生していたんです。はい、この公園にです。  
まぁ、通常空間とは切り離されていますからね。ここではない「ここ」ですが。  
いえ、今日の午後の涼宮さんは、上機嫌そのものでしたよ?他でもないあなたに  
誘われたんですしね。閉鎖空間の発生は、あなたが寝ちゃってからです。  
涼宮さんは、あなたの変調に心を痛めておいででした…そうなんです、今回に限って  
閉鎖空間は「あなたのため」に作られたんですよ。これは凄い出来事です。  
 
驚きましたよ、空が突然あの色になったと思ったら、目の前のあなた達が  
消えたんですからね。もちろん実際に消えたのは、むしろ僕の方なんですけど。  
閉鎖空間に入るのは馴れてますが、閉鎖空間の方から迎えに来たのは初めてです。  
 
僕の頭上にいきなり出現した神人は、そのまま足を踏み下ろしてくるじゃありませんか。  
かろうじて回避しましたけど、さらに二歩三歩と僕めがけてドスドス踏みつけてきました。  
こんな、壊し甲斐のなさそうな開けた場所に現れてどうするのかと思ったら、  
この神人のターゲットは、何と僕だったんです。これは恐怖でしたよ?  
これまで神人というのは闇雲に周囲を壊すばかりで、何かしらの意思を示すというのは  
皆無でした。その神人が、明らかに僕を追い回しているんです。  
もし神人に目があったら、僕をじっと見据えていたことでしょう。それは怖すぎます。  
 
赤い玉ですか、ええ、なりましたよ?  
蚊をつぶすみたいに、両手でパチンとやられました。逃げましたけどね。  
反撃にうつる機会が全然なくて、仲間が来て倒してくれるまで逃げ回る一方でしたよ。  
そうそう、あの赤い玉になると、実は、僕たちどうしでも誰が誰だか見た目で  
区別はつかなくなるんです。なのに、あの神人は僕だけを追い続けました…  
いや、本当に肝を冷やしました。僕の髪、白くなってませんか?本当に?  
 
涼宮さんの表層意識はいざ知らず、あの神人は、あなたの心痛の下手人が  
僕だと分かっていたんだと思いますよ。  
いや、今回ばかりは、骨の髄まで思い知りました。あなたは、涼宮さんの神殿から  
棟続きの聖域だったんです。そこをけがした僕に、神罰がくだったんです。  
え、神様扱いですか?ええ、僕はまだそう思っています。本気ですよ。  
 
今回のことは、本当に反省しています。  
もう二度とあんなことはたくらみませんから、どうかお許し下さい。  
 
 * * * * *  
 
ふうん、忌憚のない感想を言ってやろうか。いい気味だ。  
「今日ばかりは、返す言葉もありませんよ。  
このままでは僕の気が済みませんから、どうぞ何なりとお申しつけ下さい」  
そうか、…じゃあ古泉、お前、次の団活で俺の次に集合場所に来い。  
物陰に隠れてて、俺が来るのを見計らって出てくるなんざ得意技だろ?  
「そんなのでいいんですか?」  
俺も、万年ビリには飽きた。いや、実際はハルヒを出し抜いて先に来たことも  
一度あったんだけどな、うやむやに俺のおごりにさせられちまってな。いいか?  
「ええ、もちろんですとも」  
 
そう言って笑った古泉の顔は、おそらく「屈託」という言葉からいちばん遠かった。  
お前、そういう笑い方も出来るんなら、ずっとそうしてろよ。  
 
 
「そうそう、またチェスの定石の本を買い込みましてね…」  
「ははは、性懲りもなく…」  
SOS団の初年度は、こうして暮れていったのだった。  
 
 
(了)  
 
 
 
【おまけ】  
「それにしてもあなた方、本当に白雪姫ごっこがお好きなんですねぇ」  
「そりゃ、いったい何のこった?」  
「いえ、お気づきでないならいいんです。聞き流して下さい、ははは…」  
 
 
 

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