いつも通り退屈な授業を寝つつ流しつつやり過ごすうちにホームルームは  
 終わってしまい、あとは我らがSOS団の活動に向かうことになったわけだが、  
 その日ハルヒが発した言葉は意外なものだった。  
『キョン、今日はあたし用事あるから先に帰るわ。他の  
 団員にもさっきの昼休みにそう言っといたから』  
珍しい。未だ開発されてないという永久運動機のように毎日部活(いや団活か?)に  
 精を出すハルヒが「今日は休み」なんて。  
『あたしだって色々やることあるの。年中暇そうにしてる誰かさんと違ってね』  
 悪かったな。  
『ま、そういうわけで今日はみくるちゃんの淹れるお茶は無し。  
 残念?キョン』  
 当たり前だ。とは言え、この団長様の決定に逆らえたことなどほぼ記憶にない。  
 ハルヒが帰ったあと、俺も帰り支度を始めた。気がつけば、周りは皆、部活なり何なりと  
 それぞれの居場所に向かってしまい教室には俺と国木田と谷口(今トイレ行っている)しか  
 残っていない。  
 たまにはクラスの友達と帰るのも悪くないか。  
 
 
『谷口また彼女と別れたらしいよ』  
 国木田が鞄に教科書やらノートやらを詰めつつ切り出した。  
『懲りん奴だ。大方また長続きしてないんだろうな』  
 いつものことながらアホ谷口はこれで何度目か数えるのもアホらしいくらいの  
 別れを味わったわけだ。  
 やれやれ。  
『いや……実を言うとね、谷口から堅く口止めされてるんだけど……』  
 ん?どうした国木田?いやに真剣な顔して。  
『あのね、谷口、涼宮さんに振られてから付き合った女の子と別れたきっかけは…  
 …ほとんど谷口から別れ話を持ちかけてるんだ』  
 何だそりゃ?初耳だぞそんなこと。  
『それはまた谷口がカッコつけるために言ったデマなんじゃないか?』  
『僕も最初はそう思ったよ。だけど、こないだの休みに駅で女の子を連れ歩いてる  
 谷口を見かけたんだ。結構可愛かったよ。で、陰から見てたんだけど……でも何か雰囲気  
 が暗くて、谷口が「もう終わりにしたい」って彼女に言ったんだ』  
 妙だな。あの谷口がましてや可愛い女の子を自分から振るなんて  
 天変地異が起きるんじゃないか?  
『それで、相手の女の子は泣きながら走り去ってちゃったんだけど……  
 それから、帰ろうとしてた谷口に見つかっちゃったんだ』  
 不可解だ……俺は国木田に先を促した。  
『で、谷口と喋りながら歩いてたんだけど、谷口がさ  
 「俺、やっぱり涼宮のことが  
  忘れられないんだよ。見事にフラれたっつーのに。  
  だから他の女の子と付き合おうとしてもよ、  
  うまくいかねぇんだこれが」  
 って言うんだ』  
 あの谷口が、まさかそんな悩みを抱えてたとは……  
 呆然と立ち尽くす俺に、舞台に舞い戻ってきたのは正にその悩める親友だった。  
 
その悩める親友は噛み締めるように、およそ次のようなことを言った。  
 『涼宮を……大切にしてやってくれ。なぁ、キョン、頼む』  
 『谷口……』  
 谷口の真情のこもった願いに、俺はしばし二の句が継げなかった。ま  
 さかこんな真剣な谷口を見ることがあるなんて、  
 商店街の福引きで特等のハワイ旅行を当てるより珍しいかもしれない  
 ……などと返答をごまかしてもいられない。  
 間違いなく、今俺は岐路に立たされてる。  
   
 とてつもなく重要な。  
   
 『お前が涼宮にゾッコンだってのは、このクラスのみんな分かってるんだよ。もしマジで  
  違うってんなら、ここでハッキリしてくれ。……じゃないと、浮かばれねーじゃねえか。  
  涼宮にフラれた男の代表としてよ……。キョン、どうなんだ?』  
 すると、今まで静観していた国木田までが、  
 『僕が言うのもなんだけど、谷口のためにもけじめをつけて欲しい。谷口だって苦  
  しんでるんだからさ』  
 と詰め寄る。  
 ああ、それは痛いほどわかるさ。だからこうして今までの人生で最大の告白ショーを  
 やらかそうかとしてるんだ。二人の親友って観客の目の前でな。  
 『俺は……最初は、ハルヒのことはハタ迷惑な電波女くらいにしか思ってなかった。  
  しかもSOS団とかいうバカげた名前の組織に勝手に入団させられたりして、いい加減  
  にしやがれってのが本音だった』  
 けれど、  
 『アイツと色んなことやってくうちに、不思議と楽しいって思うようになった。アイツ  
  は俺がむかし憧れてたものを、今でも純粋に追いかけてる。そうさ、楽しいんだ。  
  楽しくて仕方ないんだ。だから、俺はハルヒのことが――――――』  
   
 その時、ガタン、と教室のドアの外側から物音が聞こえた。  
 誰かそこにいる?……ってオイ!あの走り去る黄色いリボンの女子生徒はまさかっ……!?  
 『あちゃー。今マジでいいとこだったのに……』  
 オイ谷口、どういうことだ?  
 納得のいく説明してもらわんと殴るぞ。……いや、とっさに教室の外に誰がいるのか  
 わかるとパニクって、もうすでに掴みかかっているけどな。  
 『いやーだからさ、いい加減こういうのはハッキリさせた方がいいと思ってよ。  
  そしたらさ、お前のお仲間の古泉ってイケメン野郎が  
  「良い手があるんですが、いかがでしょう」  
  なんて言うもんだからさ。国木田にも応援頼んでこうしてキョンの告白を直接涼宮に  
  聞かせてやろうってことになったわけなんだなこれが』  
 じゃあ何か、あの谷口の「涼宮が忘れられなくて新しい彼女を作れない」ってのも、  
 このこっ恥ずかしい告白を促すの為の方便だったのか。  
 『いや、キョンそれは――――――』  
 『ああそうだ。こうでも言わなきゃお前のホンネなんか到底聞けないしな。でも  
  お陰でレアなもの聞かせて貰ったぜ』  
 古泉め、明日どうなるか思い知らせてやる。とりあえず谷口と国木田を軽くノシて、  
 俺達は家路につくことにした。  
   
 明日以降ハルヒとマトモにツラ合わせられる自信はミジンコ程もないまま、な……  
 
 『じゃ、キョン僕たちはこっちだから』  
 ああ。また明日な。明日からのハルヒとの対応を苦慮しつつ谷口と国木田をあとにした。  
 
 
 
 
 
『……谷口、これでよかったのかい?キョンを素直にさせようとして小細工したの  
  は確かだけど、  
  「涼宮さんが忘れられなくてあたらしい彼女を作れない」  
  のは本当だったんでしょ?』  
 『アイツらの為っつっても、キョンにアホな手回しやっちまっんだから大人しくパンチ  
  の一発くらい受けてやろうじゃねえか。それに、アレがマジだって知られたら  
  キョンと涼宮が後味悪くなっちまうしな。これでいいんだ』  
 『谷口……何かいつになくカッコいい』  
 『「いつになく」は余計だ。さあて、明日からもまたあのバカップルを見守ってやるか』  
 『そうだね』  
 『あーやっとこれで新しい彼女作れるってもんだぜ』  
 『ガンバ、谷口』  
 
 
 
 
   
 
 『……キョン、あとは頼むぜ』  
   
 帰り道、風邪引いているわけでもないのに、なぜだか突然くしゃみが出た。  
 

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