「キョンくん、あっさだよー!」  
 ベッドの中でぬくぬくと永遠の常春王国を構築していた俺に対し、そんな甘ったるい声と共に突然重みがのしかかる。  
 しかし毎日毎日同じようにどすどす乗っかられていた為、今ではボクサー並に鍛え上げられた俺のマッスル腹筋は  
その程度の重さではびくともしないようになっていた。いくら妹が飛び跳ねようとも無駄な事だ。  
 
「ウ〜ッ、リョンちゃんお願〜い!」  
「うん。……えいっ」  
 可愛らしい言葉とは裏腹に先ほどの倍以上の重みがのしかかり、俺の永遠の常春王国はあっさり瓦解した。  
「ぐぶほぉっ! な、何だあっ!?」  
 布団から顔を出し重さの元を見ると、いつも通りの妹とシャミセンに加え朝倉までが乗っかっている。  
 そりゃいくらなんでも重量オーバーだろ。悪いが俺の積載量はそんなに多くない。  
「あら、失礼ね。そんなに重くは無いと思うんだけどな」  
 そう言いながら朝倉は妹と共に身体をゆすってくる。重、重、重、重、重、重、げふっ。  
 はい降参します、白旗あげます、素直に起きます、永遠の常春王国はここに無条件開国宣言を致します。  
 だから俺の上からどいてください。いやマジで。  
 
「やった〜。キョンくんおきたよ〜」  
 妹が飛び降り、下で準備する母親に向かって叫びながら部屋を出て行く。  
 朝倉も俺から降りると、しわの入りかけた制服のスカートを軽く伸ばして整えなおす。  
 やがて満足するとこちらを振り向き、何がそんなに楽しいんだか屈託のない笑顔で聞いてきた。  
「どう、しっかり目覚めた?」  
 あぁおかげ様でなコンチクショウ。もう少しで色々なものが飛び出るところだったぞ。  
 いくら一人一人はそれなりでも、二人と一匹合わせればかなりの重さになる事を理解してくれ。  
 今夜お前らには毛利元就の三本の矢のエピソードを教えてやるから、正座してしっかり聞くように。  
「それってアレよね。一本のナイフでは折れるけど、三本のナイフなら折れないっていう」  
 ナイフ一本でも十分折れねえよ。つーかお前の単位は全部ナイフなのか。  
 俺は今すぐ青い鳥捜索の旅に出発したくなった。  
 
- * -  
 教室に入るとハルヒの不機嫌オーラが俺の事を出迎えてくれた。  
「……あえて聞くが、どうした。そんな暗黒面を身体中からかもし出して」  
「あえて聞くな」  
 取り付く島なしか。そんなに日常がつまらないのかね。  
 俺なんてこの一週間で生活環境から人生観まで、今まで歩んできた平々凡々な人生が既に遠い過去に思えるぐらい  
大幅に変わっているのだが、もしよかったら俺と人生代わってくれないだろうか?  
「お断りよ。あんたの人生なんて、あたし以上に退屈でつまらなそうだわ」  
 あっさりと断られてしまった。せめて朝倉ぐらい引き取ってもらいたかったのだがな。  
「何言ってんの。唯一の身寄りとして遠縁で頼られてるんだから、ちゃんと大切にしてあげなさい」  
 ……既に情報操作済みかよ。全く誰の陰謀なんだろうね、これは。  
 
「あぁ、それとこれだけは言っておくわ。いくらあんたが心身共に健康で、そんな健全たる思春期を送る男子にとって  
至極当然のように湧いてくるであろう人間の三大欲求に駆り立てられたとしても、涼子は今やSOS団の団員。  
 ……手を出したら当然死刑だからね」  
 どうやら面白属性に面白同居人のうえ、いつの間にやら死亡フラグまで立っているらしい。  
 
 なぁ、誰か本当に代わってくれないか?  
 今なら俺の面白三大属性に何と朝倉と妹もつけて、赤字覚悟なこのお値段で進呈しよう。  
 俺は窓の外を見ながら、和やかに登校してくる生徒諸君に向けて溜息と共に呟いた。  
 
 
- * -  
 昼休み。俺は朝比奈さんに呼ばれ、SOS団が今なお不法占拠する文芸部室を訪れていた。  
 部屋に入ると心の天使朝比奈さんが、朝比奈さんに似た感じのOLと共に至上の笑みを二倍にして出迎えてくれた。  
 
「……えっと、とりあえずどちら様でしょうか?」  
 この場において何よりも一番の疑問点となる、謎のOL風な女性に尋ねる。  
 女性は俺の前に一歩出てくると  
「始めまして、朝比奈みくるの姉です。キョンくんのお家の事を、色々と担当させて頂いております」  
 そう言って朝比奈さんに負けない白い可憐な手を差し出してきた。  
 
 朝比奈さんのお姉さん──通称『朝比奈さん(大)』は、朝倉の事について俺に説明する為訪れたという。  
 わざわざこんな部室まで足を運ん頂いて、本当にご苦労さまです。  
「キョンくんが朝倉さんを支配下に置いてしまう事は、わたし達にとっては想定された事象でした。  
 その結果、朝倉さんが家を追い出される事もです。何せわたし達は未来のキョンくんから聞いていましたから。  
 そこで未来のキョンくんの指示通り、わたし達は朝倉さんをキョンくんの家で預かる事にしたんです」  
 今この瞬間、俺の殴りたい人物リストに『未来のキョン』という二人目の名前が記されたのは言うまでもない。  
 ちなみに一人目はもちろん『ハルヒの父親』である。  
 
「……キョンくん、未来のあなたが告げていった言葉を覚えていますか」  
 朝比奈さん(大)はふと真剣な眼差しを浮かべて聞いてきた。  
 えっと、その時が来たら躊躇うな、お前の全力で対応しろ……でしたっけ。  
「はい。わたし達の派閥は……いえ、古泉くんの『組織』や長門さんもです、わたし達人間にはサポートしかできません。  
 どんなに権力とかがあろうとも、最終的にはキョンくん、あなたに全て頼らなくてはならないんです。  
 こんな事言えた義理ではないのですが……頑張ってください。この世界の全ては、キョンくんにかかっています」  
 
 どうやら俺は、いつの間にやら勇者にジョブチェンジしてしまっていたらしい。  
 個人的には勇者の傍で「ああっ、アレは!」「知ってるのかキョン!」といった解説キャラあたりが望ましかったのだが。  
 しかし、だ。  
 
「キョンくん……わたし、キョンくんを信じてますから」  
 朝比奈さんズにそう言われてやる気ゲージが溜まらない男子がいるとすれば、そんなのは全く以って以下略だろう。  
 もちろん俺は以下略でも以下略でも、ましてや古泉でもないので、心のやる気ゲージはマックス値まで溜まっていった。  
「任せてください」  
 
 後にして思えば軽率な答えだったと思う。  
 もしこの時何を任されたのかを知っていたならば、俺はもう少し躊躇っていた事だろう。  
 
 それでも朝比奈さんの願いを断る事なんてしなかっただろうがな。  
 
 
- * -  
 教室に戻るとハルヒがブルマ姿で憮然としていた。  
 朝から更に増して不機嫌オーラ全開だな。いったい何処の惑星の正装なんだ、それは。  
「小惑星134340番」  
 冥王星かよ。そんな時事ネタで答えるな。  
「……ねぇ、みくるちゃんの次の衣装、何がいいかしら」  
 何を着せても似合うと思うが、あんまり泣かすなよ。  
 それだけ告げると俺は席に着き、さっきまでのハルヒのように頬杖をついて外を眺めた。  
 朝比奈さん(大)に言われた事を考える。未来にいったい何が起こるというのだろうか。  
 
「何よ、そっけないわね」  
 俺のあまりの態度にハルヒが興味をしめしてくる。まあな、最近色々あって疲れてるんだ。  
「色々って? あんたまさかわたしに内緒で面白い事してんじゃないでしょうね」  
 俺は窓の外を眺めっぱなしなんでハルヒの顔はわからない。  
 が、言葉のニュアンスでなんとなく目を輝かせ始めている事だろうという事はわかった。  
 
 はっはっはっ、面白い事ならたくさんしているぞ。  
 お前は知らんかもしれんが、実は俺は今週に入って二回も世界を救っているんだ。  
 という訳で少し休ませてくれないか。伝説の勇者だって疲れたら宿屋に泊まって体力回復するもんだろ。  
「…………何それ、ゲームか何かの話? はあ、期待させないでよバカ」  
 百%混じりけ無しに失望の気持ちを上乗せし、ハルヒはつまらなさそうに告げてきた。  
「本当、退屈」  
 最後にぽつりと、そんなぼやきと共に。  
 
 
 その日のハルヒはとにかく荒れに荒れていた。  
 放課後、部室に来るなり着替えるからと俺を追い出し、ブルマ姿からバニーガールへジョブチェンジ。  
 そのまま朝比奈さんの髪を淡々といじくっている。長門は何事もないように本を読み、古泉は朝倉とのオセロ勝負で  
黒星を地道に増やし、俺はそんないつもの光景を机に突っ伏しながら眺めていた。  
 
 その日のハルヒはとにかく荒れに荒れていた。  
 それさえ目をつぶれば、この世はある意味、平和だった。  
 
 
- * -  
 家に帰り、夕飯を食い、風呂に入り、妹と朝倉を部屋から追い出し、ようやく就寝する。  
 どうでもいいがあの二人は何で俺の部屋にたむろうんだ。二人で遊ぶならどっちかの部屋に行けよ。  
 そう思いながら深い眠りにつき、次に意識が戻ったのは  
 
「キョン……起きてキョン…………起きろってんでしょうがっ!」  
 そんなハルヒの罵声がけたたましく耳に響き渡る状態だった。  
 
 
 どうやら俺とハルヒは制服姿で学校の校庭に倒れていたらしい。  
 空を見上げれば灰色の空、空気の違う感覚が肌にあたる。  
 そして決定的なのは、校舎を中心に学校を不可視の壁が囲っているという事実。  
 ────閉鎖空間。  
 まさしくこれはあの時味わった閉鎖空間と同じ状態だった。  
 
「ハルヒ、ここには俺たちだけか。朝倉の姿は見なかったか」  
「見てないわ。……何で涼子がいると思うわけ?」  
 何となくだ、深い意味は無い。俺はそれだけ答えた。  
 これが本当に閉鎖空間なら朝倉が来ていてもおかしくないのだが、あいつはここへは来ていないのだろうか。  
 
「ハルヒ、職員室だ。外に連絡できるか確かめる」  
「……冷静ね、あんた」  
「世界を二度ほど救ってるって言っただろ?」  
「バカ」  
 そう言いながらもハルヒが俺の手を握ってくる。ハルヒでも不安という感情はちゃんと心に持っているらしい。  
 悪くない、俺はただそう思った。  
 
 職員室で電話を確かめ、学校中を走り回り、屋上から街を見渡す。  
 そこには人ひとり、明かり一つない、暗い灰色の街並みが眼下に広がるだけだった。  
 朝倉の姿も見えない。これは本格的に二人だけで閉じ込められてしまったようだ。  
 
 行くあても無いので部室に戻り一息つくと、ハルヒは他も見てくると飛び出していってしまった。  
 果たしてこの状況、どうしたものか。  
 窓の外に広がる灰色の空間を見つめながら考えていると、ふとそんな中で何かきらっと光るモノが見えた。  
「……何だ?」  
 俺がそう思っている間に、その光る物はもの凄い勢いで近づいてくる。  
 とっさにヤバイと判断し射線軸から離れると、その光る物体は窓をぶち破って部室内へと突撃してきた。  
 そのまま物体は長机と衝突、あわれ長机は激しい音と共に真っ二つに粉砕されてしまう。  
 物体は更に床に衝突し、その身を半分ほど埋め込む事でようやく動きを止めた。  
 
「な、な……何だあっ!?」  
 瓦礫と化した机をどかし床を見ると、どこかで見たようなアーミーナイフが一本、床に突き刺さっていた。  
 つまり窓を破り、机を粉砕し、床に埋まるぐらいの勢いでナイフが飛んできたと言う事だ。  
 こんな超人魔球を投げるナイフ使いなど、俺の知る限りでは一人しかいない。  
「……朝倉から、なのか?」  
 渾身の力を込めてナイフを引き抜いてみてみると、刃の部分に「パソコンON」と掘り込まれている。  
 指示通りにパソコンの電源を入れてみると、いつものOS起動画面に移行せず、真っ暗の画面に文章が打ち出されてきた。  
 
 
YUKI.N>見えてる?  
 長門か?  
 
YUKI.N>  
 ……ディスプレイの向こうで頷かれてもわからないぞ。  
 
YUKI.N>( ゚ω゚)( -ω-)( ゚ω゚)( -ω-)  
 いや、だからって無理に表現しなくていいから!  
 俺は緊張の糸がぷっつり切れた状態で、頭を抱えながら次の言葉を待った。  
 
YUKI.N>現在、朝倉涼子の力を借りて通信している。キーボードコネクタを挿入するのに大変だった。  
 ……時間が惜しいので、今は全ての突っ込みを流す事にする。  
 
YUKI.N>( ´・ω・`)ショボーン  
 突っ込まれたいのかよ!? あぁもう頼むからとにかく話を進めてくれ!  
 
YUKI.N>現在、こちらの世界にあなたと涼宮ハルヒは存在しない。  
YUKI.N>傍にいる古泉一樹の伝言を伝える。  
YUKI.N>● <恐れていた事が起こりました。前に話した世界の入れ替わりです。  
YUKI.N>● <涼宮さんはその世界こそ、真の世界としようとしているのです。  
YUKI.N>● <……僕としてはもっと涼宮さんや、あなたと、そうあなたと深く深く関わりたかったのですが。  
 やめろ、気持ち悪い。  
 
YUKI.N>わたし個人もあなたにもう一度会いたいと思っている。朝倉涼子も朝比奈みくるも心配している。  
MIKURU.A>きいぼおどで もじおうつのは むずかしいです  
YUKI.N>涼「ちょ、キ、キーボードに、あまり、刺激をあた、た、たあああっ!」  
YUKI.N>この通り、みんな心配している。  
 ……いったいそっちが今どんな混沌状態なのか、その方が心配になってきた。  
 
YUKI.N>その世界に入れるのは涼宮ハルヒとあなただけ。朝倉涼子の力でもナイフ一本が限界だった。  
 つまり、俺が何とかするしかないって訳か。  
 
YUKI.N>わたしはあなたから教わった事をまだ実践してない。それにもっと教えて欲しい。  
YUKI.N>あなたの行為、特に性生活に関して観察するのは、わたしにとっての使命。  
YUKI.N>また、わたしの家に  
 何だかやる気ゲージがぐんぐん削られている気がする。  
 微妙に元の世界へ帰りたくなくなってきているのは俺のせいじゃないよな。  
 
 
YUKI.N>seven deadly sin.  
 
 そこで文字の表示が止まる。数秒後画面が切り替わり、OSの起動画面が現れた。  
 タイムオーバーのようだ。同時に部屋の中が青白く染まりだした。  
 ……違う、窓の外から青白い光が差し込んでいるんだ。つまりこれは────っ!  
 
「キョン! 何かでたっ!」  
「逃げるぞハルヒっ!」  
 扉を開けて叫んできたハルヒを捕まえ、俺はわき目もふらずに廊下を疾走した。  
 直後に部室が爆音と共に青白い光に吹き飛ばされる。やばい、校舎の中じゃ逃げるに逃げられない。  
 ハルヒの手を握ったまま、一階まで階段を駆け下りる。ハルヒが何か言いたげだが今は無視した。  
 目の前の窓を開けるとそのまま飛び越え、ハルヒを連れたまま中庭から校庭へと一気に駆け抜ける。  
 そして校庭の中央辺りまで逃げてきてから、ようやく俺は足を止めて後ろを向いた。  
 
 先ほどまで俺たちがいた旧校舎部室棟は、青白い巨人──《神人》によってほぼ半壊状態となっていた。  
 
 
「キョン……あれ、何? 何だか悪いやつじゃないって感じがする……」  
「悪いヤツだ」  
「え?」  
 俺が明確に言い切ったからだろう。ハルヒは少し驚いた表情で見つめてきた。  
 そういっている間に神人が更に二体、姿を現し始める。  
「あれは俺たちの世界を壊し、新たな世界を産み出そうとするモノ……言うなれば『七つの大罪』だ」  
「……キョン。あんた、何、言ってるの?」  
 ハルヒは本当に何言ってんだこいつというような目を向ける。後一歩で哀れみになりそうな、そんな目だ。  
 
「何って、これは『お前の夢』だろうが。今の世界に満足しないお前が、あの七つの大罪をうみ出した」  
 これは夢と言う事にする。ハルヒは意外に現実主義者だと古泉は言っていた。  
 だったらこんなランチキ騒動、どう考えたって夢だと信じてくれるだろう。  
「わたしが……あの巨人を?」  
「そうだ、『七つ』の大罪を現す巨人だ」  
 ちなみにさっきから七つ、七つとしつこく言ってるのは、神人が『七体』しかいないとハルヒに思いこませるためだ。  
 あんなのが無尽蔵に生み出されたら命がいくつあっても足りやしないし、例え数量限定でも水滸伝一〇八星とかと  
繋がったりした場合には、俺は世界を捨ててでも迷わず逃げるを選択するだろう。  
 
 長門が最後に告げた言葉、『seven deadly sin』。アレがなければ俺はハルヒに『十戒』と言うつもりだった。  
 今より三体も多い。ふざけたやり取りだったが、最後のはまじめに感謝する。  
 ただいくら三体減ったといえど、朝倉のサポート無しで七体相手に勝てるとは、正直俺も思ってない。  
 さてこの絶対的戦力差、どうしたもんかね。  
 
「キョン…………わたし、あれが敵には思えない」  
 そりゃそうだ。あれはお前が世界の改変を望んでいる為に現れた破壊神なのだから。  
 だがな、ハルヒ。お前にとってたとえあれが救世主であっても、俺にとっては世界を滅ぼす敵でしかないんだ。  
「世界を滅ぼす……ううん、きっとみんな帰ってくるわよ」  
 違うんだ。それはあいつが生み出す『別の』みんななんだ。そいつらは俺たちの知るみんなじゃない。  
 
「あの巨人七体を全て倒せば元の世界、俺が負ければあいつらの作る新世界だ」  
 アレをすべて倒す事でお前は目が覚め、世界は元の姿に戻る。これはそういう仕組みなんだ。  
 そういう事にしろ。納得しろ。でないといつまでたっても元の世界に返れないだろ。  
 
 無意味に準備運動を始める俺に対し、ハルヒがどんどん可愛そうな人を見ているような顔になる。  
「……キョン。あんたの言う事が本当だとして、いったいどうやってアレを倒すつもりなのよ。  
 あんなの、どう考えたって軍隊レベルの出番じゃない」  
 ああそうだな。お前の言う通り、確かに軍隊の出動要請がいる。だがそれで呼ばれる軍隊は自衛隊や国連軍じゃダメだ。  
 神人と戦える力を持つメンバーで構成された軍隊でないとならない。  
 
 この空間に入れるのは俺とハルヒだけ。  
 神人と戦えるのは俺と朝倉が使える紅い力だけ。  
 つまりその二つの条件を満たす連中に出動してもらうしかない、と言う事だ。  
 
 覚悟は決めた。躊躇いはしない。  
 やれやれと毒づきながらも元の世界に戻る為、俺の考えつく限りの全力で相手しよう。  
 
 
「……だからここに誓おう! いつか必ず、俺がこの時代の俺を救いに来る事をっ!」  
 
 
 その宣言と共に、閉鎖空間に数多くの紅い光が現れた。光は七体の神人目掛けて走り、それぞれ攻撃を開始する。  
 俺の素っ頓狂な言葉を心底可愛そうな瞳で見ていたハルヒは、突然の紅い光の登場に驚き、やがて目を輝かせて興奮しだした。  
 
「な、ちょ、キョン、何か紅い虫がいっぱい出た! 凄い凄い、紅い虫たちが巨人と戦ってる!」  
 ……頼むから虫って言うな。  
 ああ見えてもあれは全部『俺』だ。但し未来からやってきてくれた、な。  
 そう言いながら、俺もまた紅く光り始める。  
 
「うわ、何!? キョンまで紅く光って! どういうこと!? アンタ実は虫だったの!?」  
「どうやらお前の夢では、俺は宇宙人で未来人で超能力者なヒーローらしい。全く夢だからって無茶しすぎだぜ」  
「え、え、えええええ──────────っ!?」  
 もうハルヒは興奮しっぱなしである。その証拠に鼻の穴を大きくして息を噴出し、両手をぶんぶん無意味に振っている。  
 
「でもまあ、せっかくの夢だ。やるならとことん楽しもうぜ。  
 お前もヒロインらしく、その辺で何か適当に祈ったりして大逆転の奇跡の力でも起こしてろ」  
 俺はそれだけ告げると、一度ハルヒの上空をくるりと回ってから神人アタックを開始した。  
 
 
 果たして、こんなちゃちなヒロイックサーガな理由で騙されてくれるかね。そう思いながら。  
 
 
- * -  
 その後の展開は、あまりにあまりな内容なので簡潔に語ろうと思う。  
 あの後六体まで倒したところで、神人たちが突然合体しだし超巨神人となった。  
 それに対し、ハルヒはハルヒで『メチャクチャ楽しい』と思う力を具現化した、白く輝く大剣を俺に託す。  
 神人が『ストレス』の象徴なら、この剣は『爽快』な気分の象徴だ。  
 結果、俺がその大剣で超巨神人を一刀両断にぶった切り一件落着。  
 閉鎖空間にひびが入り、ドームが砕け、その輝きと共に世界はうっすら白く染まっていった。  
 
 そんな白く染まり行く世界の中で、何故か力を使い果たした俺は、ハルヒに優しく抱きかかえられていた。  
 それからの事は全く覚えていない。  
 気づけば俺はベッドから落ちた格好で目が覚めた。  
 
 
 
 ……本当だぞ。  
 
 
- * -  
 翌日。  
 精魂ずたずたのぼろぼろ状態で一睡もできず登校した俺は、席に着くなり思いっきり机に突っ伏した。  
 ちなみに一緒に登校してきた朝倉も何だか疲れきっているようで、俺と全く同じように机に突っ伏している。  
 昨日こいつに何があったのかそれはそれで気になるところだが、そこに触れたら色々と最後のような気がする。  
 また今度お互いが回復したときにでも聞いてやろうと考え、今は触れずにそっとしておく事にした。  
 
「おっはよう、キョン! メチャクチャすがすがしい朝よね! どう、元気?」  
 そりゃすがすがしいだろうよ。お前はただ適当に祈って剣を出しただけだもんな。  
 俺はハルヒに振り向きもせず突っ伏したまま答えてやった。  
「全くこれっぽっちも元気じゃねぇ。昨日最悪な悪夢を見たからな」  
 その後も全く眠れやしねえし、今日ほど学校を休もうと思った日は無い。  
「ふぅん」  
 ハルヒはカバンを机に置くと、俺の傍へと歩いてくる。すぐ横で気配がするが、それでも俺は動かない。  
 ぶっちゃけ言うと全身筋肉痛で指一本動かすのも辛いのが現状だ。  
 
「キョン」  
「何だ」  
 ハルヒはぐったりと突っ伏す俺の肩をそっと撫でると、俺が聞き取れるギリギリの小さな声で言ってきた。  
「おつかれさま」  
 
 
- * -  
 その後のことを少しだけ語ろう。  
 
 古泉は俺に会うと軽く会釈をしてきた。  
「あなたには感謝すべきなのでしょうね。涼宮さんは全て夢だと信じたようです」  
 さて、どうだろうな。夢だったと信じている、と思わせてるだけかもしれないぜ。  
「それでもです。あなたにまた会えて、僕は本当に嬉しく思っています」  
 古泉はとても爽やかに告げてきた。  
 
「ところで。そろそろあなたにはしてもらわなければならない事があります」  
 何だ、いきなり。  
「涼宮さんが生み出した閉鎖空間の処理をお願いしたい」  
 どういうことだ。あんなに晴れ晴れとしていたのに、またどこかで発生したのか?  
「いいえ。──処理してもらうのは、過去に生み出された閉鎖空間です」  
 
 ずっと気になっていた部分だった。  
 古泉の言う三年前のXデー以降、閉鎖空間の発生があの一回だけだったって事は無いはずだ。  
 だが、神人を倒せるのは俺の紅い力のみ。では俺が処理したあの一回以外の閉鎖空間はどうしていたのか。  
 
「……つまり俺に過去に行って、今この時間までに発生してきた全ての神人を倒してこいと、そう言うのか」  
「はい。何しろあなたにしか倒せませんから」  
 しれっとした顔で告げてくる。くそっ、そんな大変な事を今まで黙ってたのはどうしてだ。  
「もちろん、改変に賛成されないようにする為です。先に知ってたらモチベーションが下がっていたでしょう?  
 朝倉さんは過去へ同伴できるみたいです。どうかこの世界を救ってください、我らが勇者様」  
 俺は殴りたいリストその三に『古泉一樹』の名を迷わず書き記した。  
 
 
 昼休み。長門は相変わらず文芸部部室で人が殺せそうな分厚い本を読んでいた。  
「なあ、俺や朝倉みたいなインターフェースは他にもいるのか?」  
「あなたは特別。でも朝倉涼子レベルならけっこう」  
 本から目を離さず、長門は淡々と答えてくる。  
「そいつらに、またお前が狙われたりする可能性はあるのか?」  
「だいじょうぶ」  
 そこで長門はこちらを見つめてくると  
「わたしは負けない」  
 昨日の朝倉の事は聞かないことにした。  
 
 
「ふぇ、キョ、キョンくん……わたし、もう会え、ないかと……ふぅええええっ!」  
 朝比奈さんに啼きながら抱きつかれ、俺は改めて戻ってこれたんだなと自覚した。  
 その後朝比奈さんはご機嫌なハルヒにつかまり様々なコスプレ衣装を着せられる事になる。  
 家に帰ると家族と朝比奈さん(大)がクラッカーを鳴らし、豪勢なパーティ料理で出迎えてくれた。  
 朝比奈さんも呼ばれ、家の中は久しぶりに朝比奈三姉妹並んでの大はしゃぎ状態となっていた。  
 
「……コネクターはイヤ……コネクターはイヤ……あぁごめんなさい長門さんそれだけは……」  
 ……こっちは後で色々と慰めてやる事にしよう。  
 
 
 さて、栄えあるSOS団第二回目の集会だが、何故か四人が揃いも揃ってキャンセルしてきた。  
 いったい何の企みだと考えながらも、俺は仕方なくハルヒの事を一時間前から集合場所で待っていた。  
 さて今日は何を話してやろうかね。どうせ今日はハルヒのおごりだ。  
 朝比奈さんの次の衣装や、団の方針など話す事は色々ある。  
 だが俺は今回の件で一つだけ決めた事があった。  
 
 俺が宇宙人で未来人で超能力者である事。  
 それだけは、金輪際二度とハルヒに言わない事を決めたのだった。  
 
 

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