「──《神人》。涼宮さんの世界への不満の現われ、退屈な日常の破壊を司る影」  
 閉鎖空間に古泉のあくまで静かな声が響く。ただ普通に話しているだけなのだろうが、その声は俺たちに十分届いていた。  
「涼宮さんのストレスによって生み出される、現世の破壊神」  
「格好つけた御託はいい。それで、この力で本当に倒せるんだな?」  
 全身に紅い光を纏い、俺は空を駆りながら神人へと向かっていた。  
「ええ、僕の全てを以って保証します。あの神を倒せるのは、あなただけが持つその紅い力のみです」  
 何で俺しか持ってない力で倒せるのが保証できるんだろうね。お前もそう思わないか。  
 俺は隣で空を併走する北高の制服を着た長髪の美少女──ぶっちゃけ朝倉だが──に尋ねた。  
 
「本当、どうしてかな。とりあえず試してみるわね」  
 そう言うと朝倉は車道に降り立ち、両手を巨大な光の刃に変化させる。  
 地面すれすれをなぎ払い、辺りの街灯を片っ端から切り倒しつつ『呪文』を唱えて情報操作を加える。  
「行って」  
 小さな掛け声にあわせ、街灯が次々とロケット花火のように神人に向かって飛んでいった。  
 更に朝倉自身もその飛ばした街灯を次々と渡って神人へと近づいていく。お前は何処の暗殺者だ。  
 結局数十発の街灯ミサイルも、その後の朝倉の両手を触手に変えた驚異的な突貫攻撃も、神人には全く効かなかった。  
 
 仕方なく俺は最初に古泉から言われたように、自分の紅い力を朝倉に送り込むイメージを思い浮かべた。  
 朝倉の両腕が今の俺と同じようにだんだんと紅く輝いてくる。  
 
「不思議な力ね……何だか冷徹で、全てを拒絶しているって感じかな」  
 呟きながら前髪を十本程度むしり、紅い力を髪の毛に流し込むと空中に撒く。  
 再び『呪文』を放つと髪の毛は赤い光を纏ったまま、その一本一本が全てアーミーナイフへと形をかえた。  
 空中で勝手に狙いを定めると、朝倉の号令で神人の太もも目掛けて全てのナイフが飛んでいく。  
 神人へと吸い込まれるように消えていき、神人の太ももが深紅の閃光と爆発を起こして吹き飛んだ。  
 
「どいてろ、後は俺がっ!」  
 朝倉が離れたのを確認し、俺は速度を増して神人の胸元へと突撃、一瞬にしてその身体を貫いた。  
 そのまま頭の頂点に移動し、一気に股下までもう一度貫いて通る。  
 勢いあまって地面に突撃かけそうになった時、真横から朝倉がもの凄い速度で走りより俺をひっ捕まえると  
そのままの勢いで神人から一気に離脱した。  
 
 足をもがれ、真っ二つとなった神人が街中へと崩れ落ちていく。  
 空へと手を伸ばすが、それもすぐに光の砂塵と化していった。  
 
 俺の人生初の神人戦は、どうやら勝利を迎えたようだ。  
 
 
- * -  
「いや、これ以上無いぐらい素晴らしい戦いでした」  
 俺を閉鎖空間が開くこの場所へ連れてきた『だけ』の古泉は、惜しみない拍手と共に俺たちを迎えてきた。  
 
 
 閉鎖空間が発生する場所は『組織』でも押さえられるらしい。だが、その中へと突入するのは俺の力だ。  
 目をつぶって手を差し出す古泉を目にし、このまま放置して帰ってやろうかと思いもした。  
 実際二歩ほど後ずさった。  
 だが、世界崩壊の危機だなんだと言われたら少しぐらい覗いてみたくなるのが男ってもんだろ。  
 仕方無しに俺は古泉を連れて閉鎖空間へと突入したのだった。  
 
 ちなみに朝倉は俺の力を借りる事で自分だけでこの閉鎖空間に入ってこられるらしく、  
「もう、遅いよ。涼宮さん風に言うなら罰金かな」  
 と既に閉鎖空間で待っていた。  
 そして、相変わらずのトンデモ説明と実体験を経て今に至る、と。  
 
 
「どうですか、お茶でも。お疲れになると思い、冷たいハーブティを淹れてきたんですよ」  
 俺と朝倉はコップを受け取りお茶を飲む。うん、やはり朝比奈さんには遠く及ばないな。  
「そうですか。……始まります、空を」  
 古泉が空を指し示すと同時に灰色の空間にヒビが入る。  
「閉鎖空間の終焉です。ちょっとしたスペクタクルですよ」  
 言葉に合わせてドーム状の世界が崩壊し、灰色の空間の裏から色彩豊かな空間が顔をのぞかせ始めた。  
 
「ありがとうございました。あなたのおかげで、涼宮さんのストレスはまた一つ発散されました」  
 ストレスねぇ。つまりハルヒを退屈させたり怒らせたりしたらコレが起こるって事か。  
「そうです。そしていつかは世界が入れ替わる……かもしれません」  
 そんな言葉を聞きながら、俺は崩れ行く閉鎖空間を見つつ古泉謹製のまずいお茶をすすっていた。  
 
「……今度、朝比奈さんにお茶の淹れ方を教わる事にします」  
「なら次はあたしが淹れてくるわね」  
 どっちも好きにしろよ。  
 
 
- * -  
 他称グレートマジンガー。他称ジェッターマルス。他称バビル2世。  
 何だかもーどうにでもして〜といいたい他称ばかりが増えていく。本当どうしたらいいんだこれ。  
 
 俺は前を行くハルヒをぼんやり眺めつつそんな事を考えていた。ところで俺は何でハルヒと帰ってるんだろうね。  
 答えは簡単、それこそ残り四人の陰謀だからだ。  
 
 
「あんたさ、自分がこの地球でどれだけちっぽけな存在なのか自覚したことある?」  
 ハルヒが突然切り出した。というか何の話だ。  
「わたしはある。忘れもしない、小学生の六年生の時……」  
 たまには突っ込みに答えろという俺の突っ込みすら完全に無視し、ハルヒは語り始めた。  
 
「家族みんなでコミケに行ったのよ」  
 行くな。わずか十秒でしんみりとした空気が台無しになった。  
「わたしは同人誌なんかには興味無かったんだけど、会場に着いて驚いた。見渡す限り人だらけなのよ」  
 まあそういう場所だしな。  
「会場中に黒ゴマみたいな人間の頭がびっしり蠢いてるの」  
 暫く黒ゴマが食えそうになくなった。  
「日本の人間が残らずこの空間に集まってんじゃないかって思った」  
 それはある意味間違ってない。あそこにはある種の人間が日本中から集まっている。  
「親父に聞いてみたの。ここにはいったいどれだけの人がいるんだって。  
 ざっと見て今日は十万ぐらいかなって親父は答えた」  
 三日開催すれば二、三十万だ。どうにかならないのかね、あの動員数は。  
 
「わたしはそんな会場のちっぽけな一人で、その会場中の人も実は総人口の一つかみでしかない。  
 それなのに、何だか奇妙奇天烈な宇宙人、未来人、超能力者もびっくりな連中が粒ぞろい」  
 とりあえずお前がいったい会場の何処で何を見てきたのか知りたくなってきたぞ。  
「それまでわたしは自分がどこか特別な人間なんだと思ってた」  
 間違いなく特別だ。その思考なんか特別すぎて誰もついてきてない。  
「家族もクラスも、世界で一番面白い人間が揃ってるんだって思ってた。でも違った。  
 世界で一番楽しいと思ってたクラスの出来事も、あの混沌に比べたらなんて事は無い普通の出来事だった」  
 そりゃ比べる相手が悪い。どれが大きい秋刀魚かと聞いているのに、ナウマンゾウを指してるようなものだ。  
 
「そして気づいたの。世の中こんなに人がいるのなら、どこかにわたしよりすっと普通じゃなく面白い人生を  
送っている人間がいるはずだって」  
 いるのは確かだ。だがそいつらはその楽しい分大切な何かを確実に削っているぞ。  
 例えば社交性が少ないとか、突然胸をもまれる人生だとか、常に笑顔でイエスマンであるとか、突然殺人鬼になるとか。  
「そして思いついた。楽しい事は待ってるだけじゃやってこないんだって」  
 同人作家を目指そうと言い出さなかっただけ褒めてやりたいが、生産性が限りなく乏しい団の団長とどっちが社会の役に  
立っているのかと考えると、ハルヒの事を手放しで褒める事ができない気がするのは気のせいか。  
「実際わたしなりにいろいろやってみた。でもダメ。……そうしてわたしは高校生になった」  
 
 なるほど。あの行動派オタクたちを越える面白パワーが欲しくて「宇宙人×未来人×超能力者」の三倍満だったわけか。  
 とりあえずお前の親父さんに会わせてくれ。そして俺が受けたしわ寄せの分、一発ぐらい殴らせろ。  
 家族でいくならおとなしく吉野家とかにしておけよと俺は声を大にして言いたい。  
 
 
- * -  
「お帰り、お疲れさま」  
 家に帰ったら朝倉がいた。どういうエロゲー的展開だこれは。何なら雪の日にベンチで寝転がるぞ?  
「思念体と連結解除されたから、寮を追い出されちゃって」  
 あのマンションってインターフェースの寮だったのかよ!?  
 何でそんな微妙に庶民的なんだよ情報思念統合体。つーか長門が住んで無かったか?  
「長門さんはサポーターだから」  
 なら一緒に住めばいいだろ。さいわい長門はモノを持たない人間、いまならどんな家具でも置き放題だ。  
 
「……四六時中ポーカーフェイスの同居人が観察日記持って見つめてくる家で、あなた普通に住める?」  
 悪かった。そりゃ確かに無理だ。  
 
「だからここに住む事にしたの。朝比奈さんたちからの許可は下りてるわ」  
 あー、そういえば俺の家族って朝比奈さんの派閥が用意したとか言ってましたっけ。  
 あまりに最近色々な事があってすっかり忘れていた。  
 
「やった〜お姉ちゃんがふえたよ〜。きれいなお姉ちゃんでよかったねぇキョンくん」  
 よかったぞ妹よ。ところでお前の本当のお姉さんについて、後でじっくり聞かせてくれないか。  
「みくるちゃんのこと? だめ〜、それきんそくじこ〜」  
 それだけ言うと妹は笑いながら階段を登って部屋へ逃げ込まれてしまった。  
 
「そういう訳だから、よろしくね」  
 いくらなんでも自由すぎるだろ、この展開は。  
 こうなったら誰でもいい。代価は払うから、俺に安息の地を与えてくれ。  
 俺は天におわす様々な神様仏様(ハルヒ神は除く)に、思いつく限りの祈祷を行っていた。  
 
 
 
「おかわりいる?」  
「背中、流してあげようか」  
「まだ布団とか用意できてなくって。ねえ、一緒に寝ていいかな」  
 
 
 
 ……俺の理性が持っている間に、早いトコ頼む。  
 
 

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