- * -  
 未来人からもらった睡眠薬を飲み、ハルヒはわたしに身体を預けて深い眠りに落ちている。  
 その温もりを一秒でも長く、少しでも多く感じようと、わたしはハルヒをただ抱き続けた。  
 このわたしの世界を終焉させる男が、ハルヒのジョン=スミスが公園に訪れるその時まで。  
 
 気づくと長門が立っていた。来るときに頼んでおいたアーミーナイフを持っている。  
「朝比奈さんに教えたんだな」  
「……」  
 ハルヒを抱いたまま、少しだけかがんで長門と目線の高さを合わせる。  
「罰だ。代表してお前にやるから、だまって受けてくれ」  
 そう言って長門の唇に小さく唇を当て、少しだけ甘噛みしてやった。  
 顔が離れ、少しだけ目を開きながら唇を押さえる長門に告げる。  
「よくやってくれた。会って聞いたかもしれないが、朝比奈さんはお前たちに感謝していたよ。もちろん、わたしも」  
 
 わたしは片手でアーミーナイフを受け取るとポケットにしまいこむ。  
 そのまま長門の頬を軽く撫で、頭に手を置いた。  
「後は頼む。辛い事を頼んですまない」  
 首を小さく振り、長門が短く否定を示す。  
「……それじゃ頼むぜ」  
 手をそっと離すと長門は小さく頷き、声なき言葉を呟くと公園の外へと歩いていった。  
 それが「さよなら」でなかったのだけは読み取れた。  
 
 
 少しして、北高の制服を着た男がわたしの前に現われた。  
 こいつがわたしのオリジナル……だよな? あまりの普通さ平凡さに思わず突っ込みたくなる。  
 仕方なくわたしはその男に問いただしてみることにした。  
 
「……お前がジョンか。なんだか冴えない男だな」  
「ハルヒに何をした」  
 問いには答えず、その男はあからさまな敵意を向けてくる。  
 どうやらジョン──つまりキョンであり、わたし自身で間違いないらしい。  
 
「大丈夫、眠ってもらってるだけさ。これからの事をハルヒに見られるのは、わたしにとってもお前にとっても宜しくないだろ」  
 抱いていたハルヒを傍のベンチにそっと寝かせながら、ぶっきらぼうに答える。  
 目元に光るモノをぬぐってやり、最後にもう一度頬をそっとなでた。  
 
 
 そのままゆっくりとキョンの方を向く。キョンは既に鈍色の金属光沢を放つ銃をわたしに向けて構えていた。  
「あの時の銃、か。……これを向けられた時、お前もこんな気持ちだったのか。長門……」  
 呟いてわたしが、いや目の前のキョンが消失させてしまったあの長門をふと思い出していた。  
 
 
「ジョン。……お前、ハルヒが好きか」  
 わたしはキョンに聞いてみた。わたし自身は既に答えを出し、その答えをハルヒに告げた。  
 はたしてコイツはどうだろうか。  
 ハルヒを異性として捉えてきたこのキョンは、はたしてハルヒの事が好きなのだろうか。  
 
 キョンは少しの間だけ動きを止めると  
「……ああ。俺自身まだよくわかってないが、多分、好きなんだと思う」  
 いかにもキョンらしい答えを返してきた。  
「そう」  
 十分だった。身体は違うけど、わたしはお前と同位体になる。だからその心はよくわかる。  
 わたしは少しだけ微笑むと、キョンの構える銃の射線軸上からハルヒを外すように、ゆっくりと動いていった。  
 そしてポケットからあのアーミーナイフを取り出し見せつける。瞬間、明らかにキョンの顔色が変わった。  
 当然だ。持っている自分が見てもぞっとする。  
 かつて二度にわたりわたしの命を狙った、あの朝倉のアーミーナイフ。  
 一つだけある仕掛けが施されているが、それ以外は全く同じものなのだから。  
 
 
「どうした、撃たないのか。お前がわたしを撃たなきゃ、わたしがお前を殺す」  
 そういって挑発するも、キョンは撃つ事を躊躇う。まぁ、普通はそうだよな。  
 わたしだってきっと躊躇うさ。  
 でも、お前はもう躊躇っちゃダメなんだ。そんなのはあの日に捨てると決意したはずだ。  
 わたしはナイフを握り締めながら、にっこり笑って話しかけてやった。  
 
「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」  
 なるたけ軽い笑顔をみせ、一度目の朝倉の台詞で斬りつける。  
「長門さんを傷つけるやつは許さない」  
 なるたけ深い笑顔をみせ、二度目の朝倉の台詞で斬りつける。  
 
「ジョン、今の気分にはどっちの台詞がお望みだ?」  
 あの時の記憶を呼び覚まされたか、キョンの表情がみるみると変わっていく。  
 それでもまだ、キョンは引き金を引かなかった。何でそんなに躊躇うんだ?  
 
 もしかして……キョンはわたしが誰かとか何も知らされていないのか?  
 だとしたらキョンに撃たせるのはわたしの役目になる。  
 わたしは期待外れと感じた視線を放ち、仕方なくキョンの、わたしの一番痛い部分を突きつけてやった。  
 
「……ここまで挑発してるのに、まだわたし撃つのを躊躇ってるのか。やれやれ、期待はずれもいい所だな」  
 そう言い捨てるとキョンに近づく。銃を構えなおすがおそらくただの牽制だろう。  
 わたしはここぞとばかりにキョンの頬を思いっきり叩いてやった。  
 
「ふざけるな! 言ってやるが、その気持ちは優しさなんかじゃ決してない。  
 今のお前は、ただ自分可愛さにダサい臆病風にふかれてるだけだ!」  
 
 思い出せ、お前が背負っているのはお前自身の事だけじゃないはずだ。  
 
 
「お前がその銃を撃たないってことは、お前は自分の感情を抑えながらその銃を渡してくれた長門の事も、  
胸に悲しみを抱きながらここへお前を連れてきてれた朝比奈さんの事も、全く信用してないって事になるんだ!」  
 
 そうだろ。今のお前の行為は、あの消失した長門すら裏切っている。  
 そういえばあの時も、結局わたしは撃たなかったんだったっけ。銃を拾い引き金を引いたのは長門本人だ。  
 淡々としていたが、あれは自分自身に決着をつける為だったのではないだろうか。  
 ならばわたし達も自分自身で決着をつけなければならないだろう。  
 
「その銃は時空改変のプログラムに過ぎない。本物の銃じゃない事はお前が一番よく知ってるはずだ。  
 その銃すら撃てないって言うんだったら、そもそもお前はあの時Enterキーを押すべきじゃなかったんだ。  
 そしてこんな馬鹿げた設定や怪しげな陰謀が渦巻く混沌とした世界じゃなく、あの長門が作った優しい世界の中で、  
みんなと仲良くただ平和に過ごしていればよかったんだよっ!」  
 
 宇宙人、未来人、超能力者、そんな連中がいる世界のリスクもあの時考えたよな。  
 だがキョン、お前は自分でこっちを選んだんだ。  
 こっちのメンバーこそが、お前の本当の仲間たちだったから。  
 
「お前、長門が処分されるかもと聞いた時、ハルヒをたきつけてでも救いだすと言ったよな。  
 立派な決意だが、あの後雪山でお前はいったい何をした?  
 始めて会った時からずっと、お前は朝比奈さんを魔の手から護ってみせると思ったよな。  
 じゃあ朝比奈さんが誘拐された時、お前はいったい何が出来た?  
 自分には何の力も無いとかただの一般人だとか、そんなベタな言い訳で自分を言い聞かせるだけで、  
お前は何もしてないじゃないか!」  
 
 お前の考えなんて手に取るようにわかるよ。  
 お前が今まで口にした事、してきた事だって、わたしには全部お見通しなんだ。  
 お前がどんなに自分の無力さに苛立ったかも、そんなことを考えている間にも、他の団員達が危険に見まわれる行動を  
起こしているかもと何となく感じ、柄にもなく時に眠れぬ夜を過ごしたかも。  
 
 何せキョン。わたしはもう一人のお前なんだから。  
 自分の一番痛い所は、自分が一番よく知ってるさ。  
 でも、だからこそあえてお前に言ってやるよ。  
 
「結局お前は全て他人任せで、ただ楽しい所だけを味わいたかっただけなのさ。  
 あの時のハルヒや、冬の時の長門の様に、自ら動いてみようだなんて事は無い……退屈な男さ」  
 
 そんな事は無いよな? そんなのは気分が落ち込んだ時とかにだけ時々思う、ただの気の迷いだよな?  
 自分の内面とこうしてサシで語り合えるなんて、めったに出来ない事だぜ?  
 たしかに今回みたいにどろどろした話が年中続くのは勘弁してほしいけど、でももう少しぐらい、  
お前を慕う連中の苦労を背負ってやろうぜ。  
 わたしがこの三日間で感じ取った、お前に対するみんなの思いを破格のサービスで教えてやるから。  
 
 だから、さ。  
 
 
「ハルヒや長門や朝比奈さんや古泉に甘えるのも、いい加減にしろっ! ジョン=スミスっ!」  
 
 
 全てを言い切った直後、わたしはこの三日間の記憶を情報化したナイフをキョンに突き立てる。  
 これでわたしの思い出は全て本物に渡ったはずだ。後は。  
 
 直後自分の腹に軽く、それでいて全身に響き渡る一撃を受けていた。  
 
 
- * -  
 その瞬間、一瞬にして視界が白く輝きだした。  
 
 
『そういうあんたはどーなのよ。男作って楽しめとかいうなら、あんたが作って試してみなさいよ』  
『何言ってんだ、お前は俺的ランク外だぜ? って冗談冗談。俺は友人は全部ランク外扱いにするって掟を立ててんだよ』  
 
『あぁ、その『総理』って書いてあるケーキがわたしからのだ』  
『わたしがお嫁にいけなかったら、キョンさんずっと一緒にいてくれますか……』  
 
『キョンは昔から変な女だったからねぇ。でもさ、涼宮さんとは気が合うんじゃない?』  
『どーしてもっていうなら、あたしでもいいけどさ。それともまさか……キョンみたいな平々凡々が好みなの?』  
 
『メガネない方が可愛いぜ。わたしにはメガネ属性なんて無いしな』  
『お譲ちゃん一人かい? お譲ちゃん一人でストーブ持って帰るの、つらくないかねぇ』  
 
『涼宮さんは、あなたを選んだんですよ。女性同士でも子供ができる世界なら、何も問題ありません』  
『バニーガールよっ! あぁ、安心して。別にあんたには色気なんて無いものねだりしないから』  
 
『谷口ッ、国木田ッ! 男子連れて教室を出ろッ! 今すぐ急げッ!!』  
『これからはあなたに涼宮さんへの連絡とか任せるわ。女の子同士、仲良くしてあげてね』  
 
『キョン、じゃんじゃんボールあげていいわよっ! 阪中さんたちもね! わたしが全部叩き込んであげるわっ!』  
『やぁ、キョンちゃんとそれに相手にされないお友達たち、いらっしゃ〜いっ!』  
 
 
 
 蚕の中に逆立ち状態で閉じ込められたらこんな気分になるだろうか。  
 
 
『──おつかれさま、キョン』  
 
 
 
 天地もわからずただ情報と衝撃の濁流に飲み込まれ、わたしの意識はゆっくりと途絶えていった、  
 
 
 
 
- * -  
 
 ……俺が女性となって過ごしていたらしい四日足らずのあの改変劇は、こうして元の姿へと戻った。  
 
 あのキョンが俺に刺したナイフは長門が作成したもので、あいつが体験した数日間の記憶を受け渡すというものだった。  
 正直言ってこっ恥ずかしい記憶のオンパレードだ。  
 古泉に抱かれ、長門を抱き、朝比奈さんに口づけ、ハルヒと……えっと、いろいろだ。  
 気持ちはありがたいが処理に困るぞこれ。特にハルヒの部分。  
 あんなの知った後じゃ、まともにハルヒの顔を見る事もできない。  
 それもあって、またあいつの記憶でここを見たからもあり、俺は朝っぱらから例の屋上へとやってきていた。  
 
 見晴らしも、吹く風も、今の俺にはとても心地よかった。  
 
 
 
 改変中の記憶は、俺以外は誰にも残らなかったらしい。  
 再改変を行った長門ですら、その事実を含めて記憶がしっかりと改ざんされていた。  
 次に朝比奈さん(大)にあったら、今回の事を詳しく聞こうと思っている。  
 話してもらえるかわからないが。  
 
 
 
 結局あの騒動で残ったのは、あいつが触れていった他のメンバーとの思いだけのようだ。  
 だが、俺はその気持ちが残った事こそ一番重要だと思う。  
 だってそうだろ?  
 あいつは必死になってこの世界を戻す為、そして俺を復活させる為に一生懸命に生きたんだ。  
 
 
 
 なあ、キョン。お前はもしかして俺の中で生き続けてるのか?  
 もし生きてるんだったら、どうかそこで見ていてくれ。  
 俺も少なくとも、お前のハルヒに対する告白には負けないぐらい頑張って生きていってやるから。  
 
 
 
 そしていつの日か、ハルヒが全てを自覚したらみんなに語ってやろうと思う。  
 
 
 
 
 
 
 
 お前という存在が、確かにいたと言う事を。  
 
 
 
 
- * -  
 
「見つけた! 探したわよ、キョン!」  
 
 やれやれ。今一番顔を合わせたくない、騒がしいヤツに見つかったようだ。  
 さて俺はどこまで照れずに向かい合えるだろうね。  
 向こうからづかづかと近づいてくる気配に、なるたけ平常心を持って俺は振り向いて見せた。  
 
「どうした、ハル……」  
 と、突然ネクタイを掴まれて顔を引き寄せられる。良く見たら凄い怒りの形相だ。  
 
 何だ何だ、何があった。俺が問いただそうとした時、ハルヒは最大級の音量で告げてきた。  
 
「……わたしは認めないッ! 認めないわよッ! ふざけんじゃないわよ、キョンっ!  
 あんた、わたしや有希ッ! みくるちゃんッ! 古泉くんッ! それにみんなの事、全部バカにしてんのッ!?」  
 
 な、ちょ、ちょっと待てハルヒ。許さないって、いったいぜんたい何の話だ。  
 俺の戸惑いにハルヒは全く耳を貸さず、ただひたすらに、心にまで響く大声で叫び続けてきた。  
 
「うるさいっ!! キョンッ! あんたが、──────」  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「──あんたが勝手に消えて『はいお終い』だなんて終わり方、わたしは絶っっっ対に認めないんだからあぁっ!!」  
 
 
 
 
 
 
 ────その瞬間、一瞬にして視界が白く輝きだした。  
 
 蚕の中に逆立ち状態で閉じ込められたらこんな気分になるだろうか。  
 天地もわからずただ情報と衝撃の濁流に飲み込まれ、わたしの意識はゆっくりと途絶えていった、  
 その時。  
 
 
「………っざけんなあぁ────────────────────っ!!」  
 
 全ての思いが一つになったような咆哮を聞いた、気がした。  
 
 
 
- * -  
 何もない真っ白の世界。先ほどまでの喧騒が全く感じられない静寂。  
 そこにわたしは立っていた。  
 
 
「……よう、キョン」  
 白い静寂を破り、後ろから声がかかる。振り向くと、そこには本物のキョンが立っていた。  
「お前と少し話がしたい。いいか」  
「……ああ」  
 
 キョンはわたしの顔を見て、髪へと視線をのばし、身体の方へ軽く落としてから、再び顔に目線を戻してきた。  
「全く、そんな格好してるから全然気づかなかったぜ。……まさかお前が俺の女版だったとは驚きだ」  
 肩をすくめてキョンが語りかけてくる。  
 いったい何がどうなっているんだ。この白い世界は何なんだ。なんでわたしとお前がこうしているんだ。  
「ああ、この状況か? 今この世界の外では長門が改変してる最中のはずだ」  
 ……そうか。それならいい。わたしが消えるのももうすぐって事か。  
 わたしは自分の身体を見つめ、そして白い天を仰いだ。  
 
 
「お前は、消えないよ」  
 そうキョンは呟いた。……って、何だって? 今、お前は何て言った?  
「お前は消えない、そう言ったんだ」  
 キョンはわたしをじっと見つめながら話してきた。その顔には、これ以上無い優しさが浮かんでいる。  
 
「確かにお前がキョンとして生きた世界は消える。お前もキョンではなくなる。だが、それだけだ。  
 お前は消えない。改変後の世界で、お前はキョンではなく、また誰の代わりでもない、お前として生きてもらう事になる」  
 話が全く見えなかった。いったい何がどうなったらそんな話になるのだろうか。  
 いくらなんでもわたしが存在してたらまずいだろ。  
「何でだ?」  
「いや、だって……」  
「仕方ないだろ。これは団長以下長門、古泉、朝比奈さん、そして俺とSOS団全員の意見なんだから。もう誰にも覆せねえよ」  
 お前も? 何でお前まで反対するんだ。お前が一番わたしを消さなきゃならない存在のはずだろ。  
 そう聞くと、キョンは逆にちょっとだけ機嫌を悪くした表情を浮かべ、わたしの事を指差して返してきた。  
 
「あんな言われっ放しで勝手に逃げられてたまるか。誰が臆病風に吹かれた退屈な男だって?  
 そこまで言うなら俺の記憶から知るんじゃなく、お前自身の目で確かめさせてやる。…………だから、消えるな。  
 それと、やれ消えるだ消失だとお前は言ってるけど、俺の記憶があるんならちゃんと覚えておけ。お前は前にこう言ったハズだ」  
 キョンは指してた指を引っ込めると腕を組み、ちょっとだけ偉そうな雰囲気を見せて言ってきた。  
 
「ハルヒは何があろうが、人が死ぬなんて事絶対に望まないって」  
 
 
 
 孤島でわたしが古泉に言った台詞だ。  
 …………そっか、そう言えば、そうだったっけ。  
 
「だから消失は諦めろ。どんな姿になろうとも、キョンはハルヒには逆らえない運命なのさ」  
 何度も封印しようと思ったあの口癖と共に、キョンは少しだけ自虐的に微笑んできた。  
 
「……っは、ははっ、ははははははははははっ! そうか。ハルヒが望まないのか。それじゃ確かに仕方ないな」  
「ああ、仕方ないだろ?」  
 わたしに合わせてキョンも笑ってくる。  
 そうだな、仕方ないな。そう何度も言いながらわたしはただ笑い続けていた。  
 
 
「お前の持つ俺の記憶は全て封印させてもらう。その代わりとなる記憶や環境は再改変にあわせて用意される。  
 ただ……お前はハルヒや俺と同級生にはなれない。訳あって別の学年になる。自覚はないだろうが、それは覚悟してくれ。  
 その上で、お前は四年ぐらい前から今日までの間で好きな時点から、こちらの世界で暮らしてもらう事になる。  
 四年前以上はちょっと無理らしい。どこぞのハレハレ神様が次元断層を作っちまってるんでな」  
 そうか、やっぱりわたしの記憶は無くされるのか。  
 ……それは、わたしという存在がここで消失するという事とどう違うんだろうな。  
 
「無くなるわけじゃない、封印だ。消去されたら復活しない。だが封印は解ける可能性がある。  
 ……いいか、封印されたら忘れてしまうだろうが、それでも心にしっかりと刻んでおけよ」  
 キョンはわたしの肩を掴むと、まさに心に刻み付けるかのように語りだした。  
 
「ある条件を満たせば、お前と長門、古泉、そして朝比奈さんの記憶の封印は解ける。  
 その時点でハルヒの封印は解けないが、望むのなら長門に頼めば何とかしてくれるはずだ」  
 で、その条件とは。  
 
 
「……鍵をそろえよ、だ。意味はわかるな? 期限はない」  
 
 
 鍵をそろえよ……。それはまた難しい条件をつけられたものだ。ハルヒと学年違いでこの条件か。  
 朝比奈さんと同じならいいが、更に離れるとちょっときついかもしれない。  
 だが、確かに鍵をそろえられる状況でなければ、ハルヒやみんなとあの部室にいる状況が起こせないのなら、  
この記憶はそんなわたしの人生にとって必要ないものとなっているのだろう。  
 
 
「以上、説明は終わりだ。あとはお前がどこからスタートするか、だ」  
「……できる限り、一番過去から頼む。記憶ぐらい自分で作りたい」  
 わたしは即答した。中学ぐらいからスタートになるが、わたしの時間が長い方が可能性は増える。  
 と同時に、わたし自身がゆっくりと輝き始める。銃を喰らった時とは違い、暖かい感じに包まれてる気分だ。  
 
 
「──悪かったな。今回は俺のせいで──」  
 光の渦の外で、キョンが何かを言っている。  
 
「戻ってきたら、おごってやるから──」  
 キョン……わたしは、あの場所へ戻ってこられると思うか?  
 
 
「ああ、それは大丈夫だ。何せお前は──────」  
 
 
 
 全ては、そこで途切れた。  
 
 
 
 
- * -  
 サンタクロースをいつまで信じていたかなんていうことは、今のわたしにとってたわいもないどうでもいいような話だった。  
 北高へ続くクソ長い坂を登りつつ、これをあと三年は繰り返さなければならないのかと、わたしは入学早々憂鬱な気分に陥っていた。  
「……なんたってこんな学校選びやがったんだ、あいつは」  
 高校を選ぶ動機として普通一般人があげる内容は『成績があっている』『進学に便利』『スポーツが強い』などなど色々あるだろう。  
 だがわたしがこの高校を選んだ理由はそんなありふれた理由ではなく、ただ一つのとんでもない理由だった。  
 
「北高は楽しい」  
 
 そうあいつに聞かされたからである。  
 今思えば、あいつは自分だけがこの坂を登っているのが悔しくて、わたしにあんな事を言ったのではないかと思う。  
 少なくとも三%ぐらいはあるはずだ。  
 その証拠に、あいつは北高の正門でニヤニヤ笑いながらへばって登校するわたしの事を見ていやがった。  
 
 
「ようこそ北高へ。その表情だと楽しいハイキングだったようだな」  
「……これで北高が楽しくなかったら、本気で殴るからな」  
「それなら大丈夫だ。何せここにはあんなヤツが非公認部を作って騒がせているからな」  
 
 そう指差された先を見ると、黒いバニーガールの格好をした女性がチラシをまきながら教師風の男達から逃げ回っている姿があった。  
 これ以上無いほど衝撃的なファーストコンタクトだ。  
 
「な、何なんだアレ……」  
「お前と同じ変な女だ。まああっちの方が次元的に上位種になるけどな」  
「変な女言うな。わたしが変なら『生き別れの兄妹みたいだ』と言われてたキョンも変だって事になるぞ」  
 憮然とした態度で返すと、キョンは軽く笑ってから  
 
「あぁ、確かに変かもしれないな。なんせあんなヤツが団長を張ってる部活に一年もいるんだからよ」  
 
 キョンはそれでもバニーガールの事を何か楽しそうな目で見つめていた。  
 
 
 キョンは中学時代の先輩だが、何故か気兼ねなく話ができてしまう人だった。  
 よくキョンの教室に押しかけては一緒に遊んでたもので、上級生に気後れせず突撃する姿に『変な女』扱いされるほどだった。  
 全く何て失礼な話だ。  
 
 
「……キョン、なんだかいい顔してんじゃん。それもアレのせいか?」  
「ああ、多分な。何だったら」  
 そう言ってキョンはさっきからバニーガールがばら撒いているチラシと同じものを渡してくる。  
「入学式後にこの場所、文芸部に来てみろ。この学校を選んで間違いじゃなかったってイヤと言うほどわかるから」  
 
 どう斜め読みしても怪しい集団が怪しい事を募集してるようにしか思えないチラシだ。  
 まあ団長からしてアレじゃ、怪しい集団以外に形容しようがないがな。  
「ふうん……SOS団ねぇ」  
 だが、そんな集団がどれだけ楽しいのか思いっきり気になるのも事実だ。  
 
 
「キョンもここにいるのか?」  
「ああ、放課後は大体そこだ」  
「わかった。暇見て覗きにぐらい行かせて貰うよ」  
 
 わたしはもう一度だけ教師と生徒会に追い掛け回されるバニーガールの姿を見つめる。  
 ……確かに、楽しそうだな。そう思っていると、キョンが最後に一言告げてきた。  
 
 
「そうそう。部室に来たら『異世界から来た新入生です』ってアイツに言ってやれ。きっと一発で気に入られるから」  
 そういうキョンの表情はこれ以上無いぐらい優しい笑みを浮かべていた。  
 悪い事は言わん。お前はそーいうキャラじゃないからやめとけ。  
 
 
 
 やれやれ。  
 わたしはキョンに手を振りながら呟いていた。  
 
 
 

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