「ふう、相変わらず女の子っぽくないって言うか、飾り気が少ない部屋よね。  
 もっとこう、枕元で意味深に伏せられた写真立てだとか、夢見る甘いポエムを綴った秘密のダイアリーだとか、  
そういったお客が気になる目を引くアイテムを置いておく事も時には重要よ?」  
 わたしの部屋に入るなり、ハルヒが部屋を漁りだしつつ訳のわからない事を言い出す。  
 いったいどんな時が訪れたら、そんなやらせアイテムが重要になるのか教えてくれ。  
 
 本棚を物色していた手を止め簡易机を引っ張り出し、勉強机の椅子からクッションを奪い取るとベッドに寄りかかるようにして床に座る。  
 それにあわせてシャミセンがゆっくりと起き上がると、ベッドから飛び降り、わたしの横を抜けて部屋から出て行ってしまった。  
「でもまあ、そんな事はどうでもいいわ」  
 シャミセンを見送りわたしが扉を閉めると、ハルヒは今までの探索行為をあっさりと切り捨てた。  
 どうでもいいのなら最初から探索するな。  
 
「さて、約束どおり悩みを話してもらうわよ。  
 折角こうして女同士のサシなんだから、いっそ腹を割くぐらいの勢いで全部すっきり白状しなさい!」  
 腹を割いてばらすのか。そんな事をしたら普通の人は死ぬぞ。  
 今のところそんな事になっても生きてそうな知り合いは……えと、一人しかいない。  
 
「……まぁ、いきなり話すとは思ってないわ。でもその態度、どこまで持つかしらね」  
 わたしが黙秘の態度を取る事ぐらいわかっていたのか、ハルヒは悪の女幹部の様な笑いを漏らしながら手元にバックを手繰り寄せると  
中から微妙に可愛くないアヒルのイラストが散りばめられた黄色いパジャマと、色とりどりのカクテル缶を数本取り出した。  
 いったい何を始めるつもりなんだ。  
「何って、秘密をわらせる方法ベストスリーと言えば、やっぱパジャマパーティーに酔った勢いでしょ!」  
 残った一つが何なのか凄い気になる。  
 
「ハルヒ。お前、孤島の一件で禁酒を誓ったんじゃなかったのか。  
 あと声が大きい。頼むから今が夜中で、隣の部屋で妹が寝ている事を理解してから行動してくれ」  
「あ、ごめん。妹ちゃん起こしちゃまずいよね」  
 とりあえずこんな時間にわたしの家族に無断でお前がここに入り込んでいて、さらに目の前に酒がおいてある時点で、  
妹どころか誰一人として起きてきてもらうのはまずい。  
 それは納得したようで、ハルヒはテンションを少しだけ下げるとおもむろにトレーナーを脱ぎ始めた。  
 
「ほら、キョンもパジャマに着替えなさいよ」  
 生憎とわたしの寝間着はTシャツと短パンである。つまり今している格好こそ、わたしの正式な寝間着姿だ。  
「何言ってるのよ。パジャマパーティーにTシャツなんて邪道よ。ほら、これ貸してあげるから」  
 わたしの分まで持ってきてたのかよ。やけに準備がいいな。  
 仕方なくTシャツを椅子に脱ぎ捨て、オニギリとネコを掛け合わせた前衛的な生物が描かれたパジャマに着替える事にした。  
 
 
- * -  
 絶対に話してはならない秘密というものは存在する。  
 例え酒を飲んで思考力が落ちようが、パジャマパーティーという状況に気分が高揚してようが、その秘密の価値は変わらない。  
 よって、どんなにハルヒが聞いてこようとも、再改変の事だけは秘密にしなければならなかった。  
 
 
「こんなに一所懸命頑張ってるって言うのに、何で未だに宇宙人も未来人も超能力者も現われてくれない訳!?  
 絶対、世の中間違ってるわよ! キョンもそう思うでしょう!?」  
 ……幸か不幸か、今のハルヒにとっては既にどうでもいい事なのかもしれないが。  
 小さな声で叫ぶという器用な事をやってのけつつ、ハルヒは八本目になる缶のプルタブに手をかけていた。  
 かなり理性が落ちているようだが、それでも騒いだらいけないという部分だけは律儀に守っているのはえらい。  
 高校生の特技として口外できない内容なのが悔やまれる。  
 
「だから朝比奈さんや長門や古泉で我慢しろって、前から言ってるじゃないか」  
 わたしも負けじと八本目となるマルガリータのフタを開けて一口飲む。  
 宇宙人の長門に未来人の朝比奈さんに超能力者の古泉までいるというのに、お前はいったい何が不満だというんだ。  
「そりゃね、みくるちゃんたちもかなり面白いわよ。それは認めるわ。でもやっぱ宇宙人よ、宇宙人っ!」  
 生憎SOS団には宇宙人も未来人も超能力者も間に合ってるんだ。どうせなら異世界人とかにしろ。  
「異世界人かぁ。でもさ、そもそも異世界ってどんなよ。剣と魔法が飛び交うファンタジー?」  
 いや、それは連れてこられた異世界人が困るだろ。この世界を見たら水や空気が汚れてるって怒るぜきっと。  
 もっと近いところにしておけ。はにかんで微笑む長門がいる世界とか、それぐらいの。  
「うーん、異世界の定義に関しては一考の価値ありね。来年の新入生勧誘と共に次回の議題にしましょう」  
 そうだな。っと、ちょっとすまない。お花畑にラフレシアを摘みに行かせてくれ。  
 
 行ってらっしゃいとハルヒに見送られ、わたしは上機嫌で部屋を後にした。  
 
 
 
 絶対に話してはならない秘密というものは存在する。  
 例え酒を飲んで思考力が落ちようが、パジャマパーティーという状況に気分が高揚してようが、その秘密の価値は変わらない。  
 よって、どんなにハルヒが聞いてこようとも、再改変の事だけは秘密にしなければならなかった。  
 
 ……と確か誓ったはずが、気づいたら洗面所の前に立っていた。  
 ヤバイ、かなり酔っていたようだ。正直部屋で何を話していたかあまり覚えていない。  
 背筋に冷や汗をかきつつ、洗面所で顔を洗い頭をすっきりさせ、さらに台所で氷を目に当て、ついでに口にも入れて氷をかじる。  
 時計を見れば午前一時。再改変まであと四時間弱。  
 今のところ未来人から突っ込みがないので問題ないのだろうが、こんな事していて本当にいいのだろうか。  
 とりあえずこれ以上飲むのは控えよう。  
 冷蔵庫から缶ジュースを数本取り出し、わたしは少し痛む頭を押さえつつハルヒの待つ部屋へと戻った。  
 
 
- * -  
 部屋に戻ると、ハルヒはベッドの上に仰向けに寝転がっていた。  
 微動だにしない中、胸元だけが小さな呼吸音にあわせて動いている。  
 
「何だ……寝ちまったのか」  
 ハルヒにしては意外にあっけない結末である。  
 再改変劇という真実までは行かなくても、近い回答をわたしから引きずり出すぐらいはしてくるのではと思い、ずっと警戒しながら  
ハルヒと会話していた。最後の酔いが完全に回ってぐたぐたになっていた部分はともかくとして、だ。  
 でもまぁ、これはこれで良かったと思う。最後にハルヒと二人で騒げた訳だしな。  
 すぅ、すぅと静かな寝息を立てるハルヒの顔を覗きこみながら、わたしはそんな事を考えていた。  
 
 不意打ちだった。  
 ハルヒが突然目を開きわたしの後ろ首に手を回す。そのままわたしの身体ごと顔をぐいと引き寄せると、  
「んむ…………っ!?」  
 再び目を閉じながらわたしの唇を強く、そして長く奪い取ってきた。  
 
 心地よい感触とハルヒ独特の匂いに酒臭さがブレンドされた状態で約一分。  
 そろそろ酒の匂いと呼吸困難で色々と表現したくない状況が発生しそうになりそうだと思っていたら、首筋にかかる力がふと抜けた。  
「…………っ、はぁっ!」  
 距離を置いてお互い息を吸う。二、三度外気を吸い呼吸が落ち着いてきたところで、わたしはハルヒに視線を移した。  
 
「い、いったい何のつもりだ」  
 それでも動揺を隠しきれず、わたしは唇を押さえながらハルヒに問いかけた。  
「……目を覚まさせてやろうと思ったのよ」  
 強い怒りに小さな悲しみを加え、初めて出会った頃の不機嫌さを浮かべながらハルヒは返してきた。  
「そりゃ、誰にだって人に言えない悩みはあるわ。わたしにだって多少はあるもの。  
 だからキョンがわたしに何を悩んでいるのか話してくれないのは、凄く寂しいけれど、それでも構わないって思ってた。……でも」  
 
 再びハルヒがわたしにしがみ付き、両手に力を入れて引き寄せてくる。  
 抵抗する間もなくハルヒをベッドとの間に挟みこみ、わたしたちはお互いの肩に顔をのせた抱き合う状態となっていた。  
「だったら……話さないって決めたんだったら、そんな痛々しい表情をわたしに見せないでよっ!  
 そんな姿だけ見せられて何もできなくて、それでわたしはどうしたらいいのよ! どうすればいいのっ!?  
 ……お願い、キョン。わたしに何もできないのなら、せめてわたしの前ではいつものキョンでいて。  
 いつもみたいに、何があってもあんたがいれば大丈夫なんだって、そう思わせて……」  
 
 枕元にあるスタンドミラーで自分の顔を覗き込む。いつもと変わらない見慣れた姿が覗き込み返してきていた。  
 さっき洗面所でも見たつもりだったんだが、わたしはいつの間に痛々しい表情を浮かべていたんだろう。  
 
「昨日よ。朝もそうだったけど、昼休みにあんたが教室に戻ってきた時はそれ以上だったわ。  
 その上部室に行ってみたら、有希も古泉くんも何だか様子がおかしいし」  
 あの二人の変化に気づいたのか。流石だな。  
「昼間にアレだけ騒いでも、今もこうして頑張ってみても、あんたから痛々しい表情がちっとも消えない。  
 もう訳わかんないっ! ……だから、キスしてやったのよ」  
 
 
 ……すまん、ハルヒ。お前に心配を掛けまくっていたようだな。それに関しては謝る。  
 古泉や長門の消沈状態もわたしのせいだ。その辺全部ひっくるめて俺は心から謝罪しよう。  
 本当に、悪かった。  
 
 
 
 ……だから一つだけ聞かせてくれ。  
 何でそこで、「キス」という選択肢がでてくるんだ?  
 別にお前に白雪姫だ Sleeping Beayty だとけしかけたヤツはいないよな?  
 
 相変わらず抱きついたまま、お互い視線どころか顔すら見えない状態で話が続く。  
 だからハルヒがその時どんな表情をしていたのか、わたしにはわからなかった。  
 いつもより半音ほど上がった声で、ハルヒは突然の事を言い出した。  
 
「何で……って、あんたが先にやったんじゃない。あの変な空間でわたしにキスした事、忘れたとは言わせないわよ」  
 
 
- * -  
「わたしは、元の世界に戻りたい。そしてまた、あいつらに会いたいんだ」  
「わかんない。あんた、現状に退屈してたんじゃなかったの?  
 全然楽しくないはずのSOS団でも、最近のあんたは特に楽しそうな表情してたし」  
 ああ、楽しかったさ。お前は知らないかもしれないが、世界は確実に楽しい方向へ向かっていたんだ。  
 しかもお前を中心にして、な。  
 
「ハルヒ。実はわたし、ポニーテール萌えなんだ。  
 いつぞやのハルヒのポニーテール姿、あれは反則なぐらい可愛かったよ。  
 わたしがこうしてポニーテールにしだしたのも、そんなハルヒみたいになれるかと思ったからなんだ……」  
 
 
 
 薄暗い灰色に沈む学校。外に出られない閉鎖された世界。  
 青白く光る巨人が暴れ、そこに人間は何故かわたしたち二人しかいない。  
 校庭までハルヒを連れて逃げ、わたしが微妙な告白をし、ハルヒに口づけしたあの日の出来事。  
 
 とっさに言葉が出なかった。普通ならどう考えたって夢だと思うだろ。  
 お前は思ったより常識人だって、ハルヒ専門のカウンセラー古泉だって言っていたぞ。  
 
「確かに夢だと思っていたわ。いえ、実際アレは夢だったのかもしれない。  
 キョンとわたし以外誰もいなくて、ただ巨人が暴れてる世界なんて、どう考えたって非現実だもの。  
 ……でもね、キョン」  
 ハルヒがわたしの身体ごとごろりと転がり、ずっと首にかけていたホールドを解くと少し離れる。  
 ベッドの上で横になりながらお互いを見つめる状態に持っていったところで、ハルヒは言葉を続けた。  
 
「どんなに不思議で、ありえない話であっても、少なくともあんたはわたしと同じ体験をしたハズなのよ。  
 だったらわたしにキスした事も含めて、あの時のキョンの行動はキョン自身が考えてした事になるわ」  
 妙に揺るがない自信を携え、瞳を銀河系なみに輝かせてわたしを攻めてくる。  
 いったいそこまで自信が持てるその根拠は何なんだろうね、いったい。  
 
 わたしがあくまでとぼけながら質問すると、  
「あの次の日、あんたが何気なく言った一言。それが根拠よ」  
 勝ち誇った満面の笑みは一つも崩れることなく、ハルヒはわたしの鼻先に指を突きつけて返してきた。  
 
 
 ──ハルヒ、似合ってるぞ。  
 
 
 頭の上で髪をちょこんと縛っていたハルヒに、わたしは確かにそう言った。  
 何気なく言った、ハルヒが確信しそうな一言といえば、まずこれしかないだろう。  
 というか、これ以外は夢見が悪いだなんだといった世間話だったはずだ。だが、  
「ちょっと待て。いくらなんでも髪型を褒めたぐらいで共通の夢を見たって言うのは、飛躍しすぎじゃないか?  
 その理論だと、全世界の理髪師は人の夢を見る事ができる超人になってしまうぞ」  
 わたしの突っ込みに、しかしハルヒは勝利を確信した帝国軍人のようなしたり顔を見せてきた。  
 今のどこにそんな要素があったのだろうか。  
 
 
「何言ってるの。確信した言葉は『似合ってる』じゃないわ。その前よ」  
 前? 前……って、わたし何言ったっけ?  
 
「あんたがわたしの事を『ハルヒ』って呼んだからよ。それでわたしは確信したのよ」  
 やっぱり気づいてなかったのねと言いたげな視線をわたしに投げかけ、ハルヒはどういう事か教えてくれた。  
 
「あの夢の中で、アンタは初めてわたしの事を『ハルヒ』って呼んだわ。それまではずっと『涼宮』だったのにね。  
 最初は場の勢いかなって思ってたけど、でもその後逃げるときも、校庭でアレした時も、ずっとハルヒって呼んでくれた。  
 正直言って嬉しかったわ。何となくキョンがわたしに近づいてくれた気がしてね。  
 だからあの時校庭で、わたしはあんたを信じて、そのまま……。  
 
 でも同時に夢なのかって思いもした。わたしの深層心理か何かが見せてる、わたしが望んだ夢なのかなって。  
 自慰で染めた、最高にして最悪の夢。こんな都合がいい事が起こるはずなんて無いって思った。  
 だって、あんたはわたしがいなくても楽しそうだったじゃない。部室でみくるちゃんとじゃれあっててさ。  
 あの時は、何だかもう全てがどうでも良くなった気がしたわ。  
 
 でも、次の日にあんたがわたしの事を『ハルヒ』って呼んだから。  
 それ以来わたしの事を『涼宮』って呼ばなくなったから、わたしは確信したの。  
 あれが夢だったかどうかはわからない。  
 でも、あの時のキョンはわたしの望んだ幻影なんかじゃなくて、本物のキョンだったんだって」  
 
 そこまで語りきり、ハルヒはそのままわたしをじっと見つめ続けた。  
 暖かいベッドに転がっているからだろうか。それとも酒気がまだ残っているからだろうか。その表情はほんのりと紅い。  
 
 
 この場において、これ以上無いぐらい最強のカードを出されてしまった。  
 ジョン=スミスの事だったら確実に聞き手に回るだけで済んだ。  
 たとえわたし自身に記憶があろうとも、三年前にハルヒと出会ったジョンは『男』のはずだから。  
 
 しかしこっちは言い逃れできない。改変範囲内、つまりアレは間違いなくわたしがした事になっている。  
 
 いつものようにごまかす事は可能だろう。その場合、ハルヒは多分ごまかされてくれる。  
 但し、それにはこの一年培ってきたハルヒとの信頼関係という、かけがえの無い大きな代償を払わねばならない。  
 ……全く『何が秘密が言えないならそれで構わない』だよ。  
 お前とわたしとの関係が本物なら、それなりのカードを出してみろとしっかり言ってきてるじゃないか。  
 そんなハルヒに、それでも何故か嬉しさがこみ上がって来るのを止められず、わたしはもう一度口づけで答える事にした。  
 
 
「……まいった。降参だ、ハルヒ」  
 口づけを終えると、私は両手をあげて敗北宣言した。  
 
「お前の考えどおり、わたしもアレを体験した。でもあの世界や巨人が何なのかは聞かないでくれ。  
 わたしに聞かれたって、明確な答えなんて出せるわけもないんでな」  
 実際、神人やら閉鎖空間やらが本当に古泉の説明どおりのモノなのか、わたしにはわからない。  
「それと何でわたしが言い出さなかったのは……あー、わかるよな」  
「わかんない」  
 わざわざ言わせる気か、このヤロウ。チクショウ、絶対それだけは言わないぞ。  
 
 そうさ、恥ずかしかったんだよ。主に最後のアレが。  
 よりにもよって女の、しかもお前とキスしただなんて、どの面下げてその当人に言えってんだ。  
 
 
 ああ、もう。さっきの二度のキスでわたしの萌え属性は本当に変化してしまったらしい。  
 ニヤリという表現がこれ以上なく相応しい笑いをみせるハルヒに思いっきり抱きつく。頭をぶつけないよう、互いの肩に頭をのせた。  
 驚きの声をあげさせる間も与えずに、わたしはハルヒの耳元に対し言葉を落とす。  
 
「ハルヒ……わたしの痛々しい気分は今でも晴れてないし、おそらく晴れることは無い。  
 でも、お前とこうしている今だけは忘れる。無理矢理にでも引っ込めて考えない事にする」  
「…………それで?」  
 どうやら悲鳴を上げたり抵抗したりは無しのようだ。その恩赦に感謝して言葉を続ける。  
 
「それに関係する事なんで詳しくは言えないが、わたしが今から言う言葉に対して、それに対するお前の明確な答えを、  
わたしは少なくともあと四時間は聞くわけにはいかないんだ。……だから、今すぐは答えないでほしい」  
 もしハルヒがわたしの想いに答えてくれたとしても、それがはたして本当にわたしに対してなのかはわからない。  
 改変前から持っていた気持ちなら、それはオリジナルのキョンに対しての気持ちになる。  
 ハルヒの本当の気持ちは再改変後でないとわからない。だから、今は聞いてはいけない。  
 
「…………それで?」  
 ハルヒがさらっと返す。さっきと同じ返しかよ。ちゃんと聞いてるんだろうな、お前。  
「わたしは宇宙人でも未来人でも超能力者でも、またそれに類するどんなものでもない。  
 どこにでもいるような、なんの隠し能力も属性もバックも持ち合わせてないただの女子高校生だ」  
 
 で、確かお前の流儀では顔の見えない電話でのソレは許せないんだったよな。  
 仕方なく頭を引き、お互いの鼻先がつくぐらいの距離でわたしはハルヒと向かい合った。  
 視線を一瞬も外さずに、ハルヒが見つめ返してくる。瞬きすらしてないのではないだろうか。  
 
「当然、お前の追い求めるものとはかなり違う、と思う。でも、あえて言わせてくれ」  
 一呼吸だけ言葉を溜めて、わたしは最後の一言を告げた。  
 
「好きだ」  
 
 
 なぁ、本物のキョンよ。お前とは後数時間で会う事になるだろうが、できることならいますぐ一つだけ答えてくれ。  
 Like が Love になっちまったのは、わたし自身の意思だよな?  
 
 
- * -  
 わたしの人生初にして最大の告白を受け止めながら、ハルヒは先ほどから全く変わらぬ表情で見つめ返していた。  
 ……本当に瞬き一つして無くないか、お前。もしかして止まっているのか?  
 とりあえずハルヒの頬を摘んで引っ張り、生存確認をしつつ夢の世界から呼び戻してやる事にした。  
「うが!? 何すんのよ、痛いわね!」  
 思いっきり頬を引っ張り返された。  
 
「それで、わたしは少なくともあと四時間は答えちゃダメなわけ? それってずるくない?」  
 頬をさすりつつハルヒは、わたしに向けて眉毛を吊り上げて聞いてくる。怒っているのは告白について、では無いだろう。  
「あぁ、すまない。でも、できれば次に学校であった時とかにしてほしい」  
 わたしにその機会があれば……だが。そう心の中で言葉を続ける。  
 ハルヒはじーっとわたしをたっぷり三十秒は見つめ続けると、やがて大きな溜息を一つ吐いた。  
「……はあ、わかったわ。あんたの勇気と言葉に免じて、今は言葉にしないであげる。それでいいわね」  
 ああ、ありがとう。わたしは素直にお礼を言おうとして、  
 
「んむぐぅ!?」  
 しかしハルヒに抱きつかれて再び口づけされた為、それは言葉にならなかった。  
 しかも今までの様に唇を重ね合わせるだけのものではない。ハルヒはその舌でわたしの唇をつっとなぞると、  
そのままゆっくりとわたしの口内へと差し込んできた。  
 くすぐったい感触を感じながらもわたしは受け入れ、その舌に舌で返す。  
 そのまま暫くの間、ちゅぷ、くちゅ、という互いの唾液をかき混ぜる音を頭の中に響かせた。  
 
 互いの舌から伝う銀糸を引きながら顔を離すと、ハルヒは勝気七割冗談二割の笑いを見せてくる。  
 そして最後の一割にありったけの愛情をのせて、  
 
「キョンの言う通りに、言葉にはしてないわよ。言葉にはね」  
 わたしを簡単に陥落させる言葉を、その態度で示してきた。  
 
 再び舌を絡めながら、パジャマの上から胸にそっと手を這わす。  
「んっ……ん、ん…………んっ」  
 ハルヒはわたしの手を感じながら、何故かさっきから背中をずっと撫で回してきていた。  
 もしかして……と思い、胸に触れていた手をハルヒの背中へ回すと、すっと背筋に指を這わせてみる。  
「っ! んんっ、んんんあっ!」  
 危うく舌を噛まれそうになり慌てて口を離す。どうやら背筋に指を這わすのが弱いようだ。  
 それならばと片方の手でハルヒを抱き寄せ、もう片方の手で背筋を思うがままになぞりまくってみる。  
「あひゃ! ははうん……だ、だめ……キョン! ソレ、くすぐった……ああ、んんっ!」  
 くすぐったさの中に何か別のモノを感じるのか、わたしの手から逃れようとハルヒが必死になって身悶えしだした。  
 なるほどな、お前が後ろに人を置かないわけだ。  
 もしわたしが授業中とかにハルヒの背中を突いたりしたら、さぞかし大変な事になっているんだろう。  
 
 例えばこんな風に突いたり、  
「ひゃうっ!」  
 ついーっと指を這わせたり、  
「あ、あひゃ、はあううんっ!」  
 肩甲骨の形をなぞってみたり、  
「こ、こら、キョン! 調子に乗る、んじゃああっ!」  
 両手でそれら全部を一気に試してみたりした日にはもう、  
「はっ、きゃうあぁああああ──────んっ!」  
 肩で息をするぐらい、とっても気持ちよくなっちゃうって訳だ。なるほど。  
 
 なんて勝ち誇っていると。  
「……調子に乗って、相手が勝ち名乗りなんてあげたときぃ」  
 ハルヒが胸のボタンの隙間からわたしのパジャマの中へさっと手を差し込むとがっしりと胸を掴みこみ、  
「ソイツは既に敗北してるのよっ! それそれそれそれ──っ!」  
そのまま五つの指を波打つように動かして揉みまくってきた。  
「ああああんっ!」  
「ぬっふーん。可愛い声あげちゃって、キョンったら激しい行為に弱いのね。変態ー」  
 だ、誰が変態かっ! ソレをいうなら背筋をなぞるだけで軽く逝ったお前こそ  
「勝てば官軍なのよっ! そーれそれそれそれえ────っ!」  
 空いてる手で器用にわたしの前をはだけさせ、そのまま両手でパンでも捏ねるかのように揉みしだく。  
 絶妙な力加減と、指がくすぐったく敏感な部分に当たって、正直、  
「くひゃあ、ちょ! そこはやめっ……ふぅあああああっ!」  
 勝負はあっさり同点にされてしまった。  
 
 
 互いに互いの弱点を突きながら、ゆっくりと服をはだけさせていく。  
 気づけばお互い最後の下着一枚しかはいてない姿で、しかもその下着すら湿り気をおびて横にずらされている状態だ。  
「やっぱキョンは胸が弱いのねぇ……ここを舐めるだけで、すぐに反応してる」  
 ソフトクリームを舐めるかのように、わたしの胸を、いや乳首をねっとり舐め上げてくる。  
 そのまま口に咥えて舌で転がし、子供のように吸い付き、軽く歯を立てて甘噛みしてくる。  
「あ……やめ、それ、良すぎる……だめぇ……」  
 身体よりも先に思考回路が殆ど逝ってしまっている。残っている部分で考える事はただ一つ。  
 
 どこまでもハルヒを感じていたい。  
 それだけだった。  
 
 横になったハルヒの両足を開き、その片方を抱きもう片方にまたがる感じで、ハルヒのあらわになった秘部に自分のをあてがう。  
「……何か、使う? ……わたしは……キョンなら構わないわよ……」  
 ハルヒはもし実際に視線が熱量を持っていたらミクルビームなんて目じゃないぐらいの高熱線でみつめてきた。  
「いや……それはやめとく。不思議探しはまだ続けるんだろ?  
 万が一ユニコーンに遭遇したときに、『キョンが純潔奪ったせいで近づけなかった!』とか言われても困るしな」  
「何よそれ……バカ」  
 どこまでも顔を真っ赤にしながら、それでもハルヒはいつもの百ワットの笑顔を浮かべてきた。  
 ハルヒと繋がりたくないと言えばウソになる。だがそれはハルヒの答えをちゃんと聞いてからにしたい。  
 だから、今は。  
「こっちのディープキスはまた今度って事で」  
「表現が卑猥すぎ……くぅん!」  
 お互い腰を動かしてすり合わせる。敏感なところが刺激され、その度に頭の中が真っ白になる。  
 やり方なんてわからない。ただ相手を気持ちよくできればそれでいい。  
 試行錯誤に互いが動き、やがて一つのリズムで動いていく。  
 
「うわ、何これ……凄い、気持ちいいっ……!」  
「わたしも、こんなに凄いの……初めてだ……っ!」  
 
 ハルヒが両手でシーツを力いっぱい握り締める。  
 わたしの開いた片手をその手に乗せると、ぎゅっと迷わず指を絡めて握ってきた。  
 
「キョン、キョン……! いいの、何だかいいの……気持ち良いだけじゃなくて、いいのぉ! ……ふうんっ!」  
「くうっ! ハルヒ……ハルヒ……っ!」  
 汗や、涎や、涙や、雫となって溶けてしまいそうな感覚。  
 手を繋いで、互いを触れ合わせている部分からひとつになる感覚。  
 気持ちいいじゃない、何かが『いい』という感覚。  
 
「あ、もうだ……白く、くる……いく……あ、ああああああああああああああ─────────っっ!!」  
 最後に発したのはどちらだったか。それとも二人だったか。  
 強く手を握りすり合わせながら、わたしとハルヒの思考が完全に真っ白となった。  
 
 
- * -  
「ねぇキョン……雪山での有希の話、あんた覚えてる?」  
 裸のまま並んで横になっていると、ハルヒがぽつりと聞いてきた。  
「雪山の長門って、どの話だ?」  
「有希が転校するとかいうやつ。集団催眠だっけ、アレのせいでどれが本当に話した事なのかあやふやなのよ」  
「……覚えてる。わたしが話したんだから」  
 
 長門が思念体に連れ戻される可能性がある。それをわたしは転校という形でハルヒに伝えた。  
 とぼけても良かったが、あの話の最後の約束はハルヒの心に深く刻み込んで欲しかったので、肯定した。  
 ハルヒは良かったと呟き、そして  
 
「……あれさ、本当に有希が転校でもめてるの?」  
 変な事を聞いてきた。イヤ、アレは間違いなく長門の話だが。だいたい長門で無かったら誰の話だっていうんだ。  
 ハルヒはうつむき、視線を外してくる。  
 
「…………もしかして、アンタじゃないかって、思ったの。……キョン、アレって本当はあんたの事なんじゃない?」  
 わたしだって? そんなバカな話……と呟いたところで、わたしはその先の言葉を飲み込んだ。  
 
 確かに、あの話は今のわたしに当てはまる。  
 かつての朝倉のように、そして懸案された長門のように。今回消えるのはわたしだ。  
 何てことだ。全く違う方向から、全くの勘違いで、ハルヒはいきなり大当たりを引き当ててしまった。  
 これもまさか、ハルヒが望んだからだというのか……?  
 
「言いにくいなら、今はいいわ。でも、これだけは答えて」  
 透き通るような声と、それに負けないぐらい純真さを浮かべた表情でハルヒがわたしの手を握ってきた。  
 
「…………あんたは、ずっとここにいるわよね?」  
 
 
 
「ああ、大丈夫だハルヒ…………キョンはずっと、お前のそばにいる」  
 
 わたしに言えるのは、それが限界だった。  
 
 
 
 午前四時。ハルヒが寝付いたのを見て、わたしは着替えを始める。  
 流石に汗まみれでシャワーでも浴びようと思ったが、何となく全身についたものを流し落としてしまうのをためらい、  
結局顔と手を洗う程度にした。  
 普段着でも良かったが、これも最後ならとこの一年なじんだ制服姿に着替え、髪を結う。  
 ハルヒに毛布をかけてやり頬にキスしてやると、ハルヒはにゃははと笑いながら毛布に包まりだした。  
 
 部屋を出て扉越しにハルヒを見る。  
 そのまま静かに、閉じる音が鳴らないように扉を閉めた。  
 
 
 玄関の外には長門が立っていた。  
「迎えに来てくれたのか?」  
「………」  
 無言で頷く。そうか、と一言だけいい、わたしは長門と公園へと歩いていった。  
 その際、ひとつ長門に頼み事をしておく。もしかしたら必要になるかもしれないのでな。  
「どうだ、頼めるか?」  
「わかった」  
 
 
 公園のベンチに座り、長門とその時を待つ。公園の大時計は四時五十分を指している。あと十分か。  
「何てゆーか、あんまり実感わかねえな」  
 そんな事を呟いてると長門が突然出口の方を向き、急に立ち上がるとそのまま走り出してしまった。  
「……何だ? おい長門、どうしたんだ?」  
 出口の先、丁度視界に入らない辺りから騒ぎ声が聞こえる。  
 何だ、ジョンが来たのか? そう思い立ちあがろうとすると  
 
「どきなさい、有希っ! わたしはキョンに用があるのッ!」  
 
 そんなドスのきいたソプラノボイスで長門を一蹴し、誰かが公園に入ってきた。  
 アヒル柄の黄色いパジャマのボタンを段違いにつけたまま、それでもカチューシャだけはしっかりつけて。  
 
「いたわね、キョン……どういう事だか説明してもらうわよっ! 今すぐ、ここでっ!!」  
 
 ハルヒがこれ以上なく本気で怒りながらわたしの前に現われた。  
 
「答えなさい。アンタ、何を隠してるの。いったい何を始めようって言うのっ!」  
 眉毛を逆三角形に吊り上げ、ハルヒが掴みかかってきそうな勢いでずかずかと近づくと、まさにそのまま掴みかかってきた。  
 セーラーの襟を片手でぐいと掴みねじりあげてくる。  
「何で四時間後なの! 何でアンタこんなところにいるの! ……何でわたしに黙って姿を消したのっ!」  
 空いた手でわたしの胸をどんどん叩きながら、矢継ぎ早に質問してくる。  
「何でみんながここへ来るのを止めるのよ……あんな苦々しい表情の古泉くんも、あんな沈痛な面持ちをしたみくるちゃんも、  
あんな自分に自信が無さそうな有希を見たのも初めてよっ! いったい何なわけ!? アンタ何をするつもりなのよっ!!」  
 
 わたしはもう驚きっぱなしだった。  
 ハルヒがここへ来たのも驚きなら、それを止めようとあの三人が来ていた事にも驚いていた。  
 
 
 溜息を一つ吐きわたしは覚悟を決める。  
 何、やばかったら再改変のときに一緒に記憶操作されるだろう。  
 そう考え、わたしはハルヒにこれ以上無いほどの真剣さをみせてやった。  
 
「……ハルヒ、よく聞いてくれ。今この世界は、実は一つだけ間違っている状態なんだ。  
 そしてもうすぐここへ、その間違いを正す為に一人の男がやってくる。……わたしはそいつを待っているんだ」  
「一つ間違ってる? 何それ、訳わかんない。ちょっとそんな冗談で……っ!」  
 ハルヒの言葉がそこで止まる。わたしの表情を伺い、冗談なんて何一つ言ってない事を感じ取ったからかもしれない。  
 
 
「……いいわ、あんたの戯言に付き合ってあげる。それで間違いって何よ。正しにくるって、誰が来るのよ」  
「わたしだよ、ハルヒ。実はわたしは本物のキョンじゃないんだ」  
「……本気で言ってるの、それ?」  
 ああ、本気も本気さ。だからこそわたしはお前の言う痛々しい表情を浮かべていたんだからな。  
 そう言いながら、わたしはポケットの中でアレを銀包装から取り出す。  
 
「信じられないわ。それで誰が来るのよ」  
「ジョン=スミスだ」  
「えっ?」  
 
 突然の名前に、ハルヒは怒りを忘れてぽかんと口を開いたまま静止する。  
 その隙にわたしはポケットから取り出したものを口に咥えると、ハルヒに口づけて無理矢理に飲み込ませた。  
 
 
「え、キョ…… 今、何を、飲ま……!」  
「すまない、ハルヒ。今までありがとう」  
 
 そして────さよなら。  
 
 
 
 ハルヒの口に入れた薬と共に、わたしはその言葉を飲み込ませてやった。  
 
 

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