目が覚めた時、俺はまだ夢の続きを見ているのかと思った。そこは見慣れた俺の部屋ではなかった。  
明らかに洋館の一室、しかも俺は床に敷かれた藁の上で寝ていた。すぐそばにはバカでかいベッドがある。  
 雪山同様またどこかの思念体がちょっかいを出してきたのかと思いながら、藁まみれの体を起こした。  
情けない話だが、こうなると単なる一般人である俺には手出しのしようが無い。またか、困った時の長門頼み。  
すまないな、しかしどこにいるんだあのヒューマノイドインターフェースは。  
探しに行こうかと思いつつ、ふと俺の左手に眼が止まる。見た事も無い文字らしきものが、左手甲の部分に刻まれている。  
部屋の状況、左手の文字。あるものを連想しかけたその時、部屋のドアが開いた。  
そこには一生忘れる事のできない女が立っていた。  
 涼宮ハルヒだ。ただし。顔はハルヒなのだが、いつもとは様子が違う。  
服装は見慣れた北高のセーラー服ではなく、濃いグレーのプリーツスカートに白いブラウス、さらに黒いマントを羽織っている。  
最大の違いは髪の毛がブラウンっぽいショートに黄色いカチューシャではなく、ピンクがかったブロンドのロングだった。  
 
 「キョン!あんたあたしの使い魔のくせして、ご主人さまより遅く起きるってどういう了見してんのよ!!  
 そんな駄目な使い魔は朝ごはん抜きだから!!」  
 高らかに飯抜き宣言された瞬間に俺の腹がぐぅ、と情けない音を立てた。反応良すぎだろう、俺の体。  
 「お、おいハルヒ」  
 「ご主人さまでしょ!ご・主・人・さ・ま!!」  
 ナカグロで強調せんでも。  
 「まったくご主人さまの名前を呼び捨てにするなんて、礼儀知らずの使い魔は調教の必要があるわね」  
 つかつかと鏡台そばのチェストに歩み寄ったハルヒは、なにやら細長い物体を持って戻ってきた。っておい。  
 「乗馬用の鞭よ。これぐらいじゃないと馬鹿な使い魔の調教にならないわよね」  
 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。朝倉以上に怖いぞ。  
 「逃げるな!こら!!」  
 相変わらず良いのか悪いのか分からない俺の運動神経はハルヒの振るう鞭の初撃を避けた。  
まぁ避けた後は朝倉の時と同じように不恰好に仰向けで四つんばい。  
 「調教なんだからおとなしく殴られなさい!!」  
 「んな事出来るか」  
 俺は素早く体勢を立て直し、寝床のそばに立てかけてあった剣を掴むと脱兎のごとく逃げ出した。  
このハルヒが「ロック」を使えないことを願いながらドアノブを捻る。開いた。よし。  
 「待ちなさいバカキョン!!」  
 さすがに鞭を振りまわすハルヒに言われて待てるわけも無い。剣の柄を握る。左手の魔術文字が輝き、体が軽くなる。  
これまでの人生で出した事もないような超高速で一気にリードを広げた。  
 目指すはヴェストリの広場。逃亡途中の廊下の窓からあの幻獣が広場の片隅にいるのが見えたからだ。  
そこにいるはずだ、タ…いや長門が。  
 
 「……」  
 いた。いつもどおりに分厚い本を膝に広げる少女の姿がそこにあった。  
違うのはパイプ椅子ではなくウインドドラゴンの幼生を背に座っているぐらいか。  
俺はその少女に近づきながらずっと手に持っていたままだった剣を背負った。声をかける。  
 「おいタバ…じゃない、長門」  
 「…何?」  
 眼鏡を外し、かすかに首を傾ける。間違いなく長門だ。  
 「これは何だ?雪山の時みたいな攻撃なのか、それとも改変世界か?」  
 「どちらでもない。ここは涼宮ハルヒの無意識域に構築された物語世界。  
 われわれは意識をコピーされ、物語内の登場人物に挿げ替えられている。  
 現実世界には何ら影響は及ぼさない」  
 「われわれってのは団員の事か?」  
 「SOS団を中心として交友関係のある人間はコピーされている」  
 タバ…いや、長門は傍らの風竜を指差した。  
 「きゅい?」風竜がこっちを見た。  
 「あなたの友達」  
 たしかに言われて見れば、この風竜の顔、どことなく谷口に…ってマジか。  
 「記憶がそのままなのは…」  
 「そう。あなたとわたしだけ」  
 その時、視界の片隅にパタパタと駆け寄ってくる人影が。ハルヒが追いかけてきたのかと一瞬びびったが、  
朝比奈さん、あなたはここでもメイド服なんですか。  
 「あ、キョンくん、最近厨房の方に来ないから心配してたんですよ」  
 「あ、いえいえ、全然大丈夫ですよ朝比奈さん」  
 俺の言葉に不審げに目を眇める朝比奈さん。そんな表情は似合いませんって。  
 「どうしていつもみたいにみくる、って呼んでくれないんですかー」  
 おいおいどんな設定に、ってそうか、このメイド…  
 と、今度は一転うるうるした瞳で上目遣いに俺を見つめる朝比奈さん。それ反則です。破壊力あり過ぎます。  
 ふと後頭部に長門のマイナス5度くらいに冷え切った視線を感じる。  
 「あんたまたメイドにちょっかい出してんのね!!」  
 やべ、ハルヒまで来やがった。とにかく、背負った剣の柄を左手で握る。  
さっきと違って背負った分だけちょっとだけ刀身が抜けた。はばきの部分がカタカタと動き出し。  
 「やあ、あなたですか」  
 インテリジェンスソードはお前か古泉。しゃべりは得意そうだが、まったくどうしようもないねこりゃ。俺は一目散に走り出した。  
 「こらキョン!!」  
 「キョンく〜ん」  
 「…」  
 
 そうして世界は続いて…行きませんっての。  
 

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