明日から新学期という日の夜、長門有希から突然電話がかかってきた。
『私の能力が消えつつある』
!?……どういうことだ?情報なんたら思念体の意志なのか?
『……そう。私の逸脱行動に対しての制裁措置。涼宮ハルヒの観察任務は、別のインターフェイスに引き継がれる』
まさか、朝倉涼子みたいに消されたりはしないよな?
『大丈夫。普通の人間として存在を維持することはできる……あなたみたいに』
そうか……なんにせよ、お前が消されたりしなくてよかった。
『…………』
長門?どうした?
『……能力を失うことが、なぜか不快ではない。原因は不明。……わたしが能力を失ったら、あなたが守ってくれる?』
前に、朝比奈さんが、『長門さんは、わたしみたいに、キョンくんに守ってもらいたいんだと思います……』と言っていたのを思い出した。
「もちろんだ、長門。俺が全力でお前を守るさ」
『……ありがとう。また、学校で』
切れた。
ハルヒが消失したときの、文芸部員の長門有希が頭に浮かぶ。
普通の人間になった長門って、やっぱりあんな感じだろうか。
――守ってやりたい。長門を。
そのとき、本気でそう思った。
俺は、ホームルームもそっちのけで、文芸部室に急いだ。ドアノブに手をかける。心臓が高速で打ち鳴らされているのが分かる。
ドアを開けた。
俺は、ふと息を飲む。
いた。
そこには、パイプ椅子に座って、一心に分厚い本を読みふける、小さな長門の姿があった。
少し髪が長いような気がする。その髪を、後ろで一つにまとめて、ポニーテールをちょん切ったような髪型になっている。
俺の趣味に合わせた――とかじゃないな、多分。妄想を振り払う。
「……長門」
長門は、読んでいた本から目を上げた。
「その……これからもよろしくな。お前は――俺が守るから。できるかぎり」
「…………」
あれ?反応がない。というか、俺を見る目が、なんというか、初対面の人間を見るような目なのは何でだ?
はっ!
長門は記憶を持っていないのか?ハルヒが消えたときみたいに!?
「あなたのことは知っている……重要な観察対象。……大切な…………エラー発生、修正。
しかし、わたしが対処できないような危機に際して、あなたの能力でわたしを守るのは、物理的に不可能。
……わたしがあなたを守ることになる可能性が高い……全力を尽くす。……エラー発生、修正」
だって……お前、能力がなくなったって……昨日電話で……
「昨日の時点で存在していないために、わたしはあなたに電話をしていない。
あなたは単なる観察対象……エラー……大切な観察対象……エラー……大切な、ひと……
これ、わたしのアドレス……。その、時間があるときに、かけて……エラー発生、修正不可……」
わけがわからん。目の前の長門は、どこかもじもじとしたように、自分の携帯をそっと差し出した。
と、いきなりドアが開いた。
そこに入ってきたのは、長門有希だ。え?長門がふたり?どういうことだ?
「それは、妹。名前は、長門有芽」
ながと、あめ?有るに芽で、あめ?統合なんたら体のネーミングは、お天気関係ばかりか?
長門有芽は、ほんのかすかに赤くなって、ぎこちなくお辞儀をした。
「はじめまして……長門、有芽……です……」
そこで、長門妹は、言葉を切った。
顔をはっきりと赤くして、続ける。
「その……お兄ちゃん、とよんでもいい?……許可を」