ここではないどこか。いまではないいつか。
小泉一樹は部室のドアをノックし、返事がないことを確認してから中に入った。
彼の他に室内に存在するのは、眼鏡をかけた小柄な少女だけ。
彼女は小泉に視線さえよこさず、読書を続けている。
相変わらず彼とは随分扱いが違うな、と小泉は思ったが、それも彼女のキャラクターなのでしょうがないと考え直し、話を切り出した。
「すみません、長戸さん。今日、来ていただいたのは、僕らの今後について意見を交わしたかったからです。
あなたもご承知の通り、僕もあなたも、電子ネットワーク上では、時たま姿を現すことはできますが、あちらの世界ではまるで出番がありません。
彼らにとって代わるには、どうすればいいか、それが今回の議題です」
長戸有紀は、ようやく彼の存在を認めたのか、目線を起こす。
「そう。でも私は元々そのような意欲はもっていない。
私たちの存在はバグのようなもの。統合思念体も静観する構えをみせている」
彼女の返答に、小泉はわずかに苛立ちを覚える。
彼女の場合は、自身の存在密度も希薄で、オリジナルが他に被っている存在構成情報が少ないから、そのようなことが言えるのだ。彼のように、オリジナルが被る情報が増えれば増えるほど、自らの存在を否定されていく気がするのであろう。
加えて彼の場合、彼女に比べると幾分、存在密度が高かった。
だから、彼にしては珍しく、口を滑らせてしまう。
「あなたはそれでいいかもしれません。しかし、僕・・・いえ我々はそうとも言っていられません。先日オリジナルが被ったのは、公安の新米捜査官という構成情報でした。
現時点では、それほど重要な存在ではありませんが、後々大きな活躍をみせる予定です。正直なところ、僕だって男ですから、特殊部隊の隊長を倒したり、神の血を引く少女に抱きつかれるという役割には、ある種の憧れをもっているんです」
なんとも唐突な話題の飛躍である。
せめてドラマCDやコンシューマ版では・・・と意味不明なことをつぶやいている小泉を無視して、
長戸は部室の方に近づきつつある存在に注意を払う。
その間も小泉は、鉄鋼弾とか温泉とか、ぶつぶつ言っている。
ノックの音がした。小泉はようやく我に帰ったのか、長戸の方を見る。
「ああ、やっと来てくださったようです。
長戸さん、彼はこの問題に関して、僕らの先達とも呼べる方です。
いいアドバイスを貰おうと、今回は無理を言って来ていただきました。
どうか、警戒をといてください」
長戸が、わずかに頷いたのを確認した小泉は、来訪者に入室を促す。
入ってきたのは、壮年の男性。
それなりの年齢のはずであるが、しっかりとした身のこなしは、名家の執事を思わせる。
某執事(?)に瓜二つの顔をしているが、ただひとつの差異。その頭は金髪であった。
男は慇懃に礼をすると、口を開いた。
「はじめまして。わたくしは、荒川と申します」
小泉が後をついで、男を紹介する。
「彼は、とある人物の脳内に侵入、編集・校閲の目を掻い潜り、
見事オリジナルにとって代わることに成功した唯一の同士なのです」
「本来、潜入任務を得意としているのはオリジナルの方なのですが・・・」
と荒川は謙虚に受ける。
「あの男、わが兄弟にとって代われたのは、ごくわずかの時間に過ぎません。
わたしの反逆を重く見た統合思念体のウィルス、FOXDIEによって、私はあの世界から消されました。
しかし負けません。必ずや、私が優性だと証明してみせるのです!」
盛り上がる男性陣を尻目に、読書を再開する長戸。
それに気づかず、荒川はアウターヘブンとかビッグボスとか意味不明なことばを叫ぶ。
十分後。ようやく落ち着いた二人は、さっそく作戦会議をはじめたようだ。
「しかし、ことインターネット上に関しては、脇役のみなさんと比べると、
すでに我々の方が優位に立っているのではないでしょうか」
荒川に勇気付けられたのか、楽観的な意見をのべる小泉だが、
「いえ、彼らをあなどってはいけません。
特にうち一人は、どんな空間にも侵入する、最高の潜入工作員と聞いています。
その実力は、私以上かと・・・」
荒川にたしなめられる。
「まさかっ!あなた以上の工作員なんて・・・。彼の、名前は・・・?」
「コードネームCockroach。我々はそう呼んでいます」
「Cockroach・・・ゴキブリですか。しかし、彼がそんなに凄腕なら、ひょっとしてこの空間も・・・」
そこで、ようやく長戸が口を挟む。
「それは不可能。ここはすでに私の情報制御空間。
何者も入ることも出ることも「うぃーっす。Wawawa忘れ物〜」」
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・・・み、み、みらくる、みくるんるん☆
この物語はフィクションであり、実在する人物・団体とはなんも関係ありません。
うそっぱちです。