さてさて、こう改まって話そうとすると何から話せばいいのか分からなくなって困りますね。  
話すべきことと話したいことが必ずしも一致するわけでもありませんし。  
まぁ話のネタには事欠かかないのは幸いです。  
ただ惜しむらくは、時間がもうあまりないってことですかね。  
 
 
『古泉一樹の述懐』  
 
 
では順を追って、まずは出会った頃からにしましょうか。  
 
前にも言った覚えがありますが、あの時は本当に驚きましたよ。  
え? ははは、酷いですね。僕だって驚くこと位ありますよ。  
嘘じゃありませんよ。  
例えばあなたと涼宮さんが閉鎖空間に行ってしまった時なんて、言い表せない程ビックリしました。  
ついでに二人とも無事戻ってきた時は更にビックリしたわけですが。  
比喩でもなんでもなく声にならない位に、ね。  
正直なところ我々機関の人間も朝比奈さんも、長門さんでさえも戻って来る確率は絶望的だと思っていましたから。  
だから是非ともどうやって戻って来たのか教えて頂きたかったのですが、まだ駄目ですか。  
おや、真っ赤になってそっぽを向いてしまうなんて、余程大胆なことをなさったのですか?  
……冗談ですよ、冗談。  
まぁ方法はどうであれ、僕らにとってはあなた方が戻って来たという事実だけで充分です。  
 
 
おっと話が逸れてしまいましたね。  
ええとどこまで話しました?  
 
ああそうそう、出会った頃でしたっけ。  
 
 
高校生になった涼宮さんが何やら始めそうだ、と情報が入り機関に言われて転校してきた初日でした。  
教室でこれからの事を考えていたら、当の観察対象者本人が僕の元に来て、  
 
「あんた誰? どこから来たの!?」  
 
なんて言ったからには口から心臓が飛び出すかと思いましたよ。  
一言二言で済んだから良かったものの、あのままあの頃の涼宮さんの眼力で詰問されていたら僕でも誤魔化しきれなかったでしょうね。  
更に追い討ちのように放課後に、  
 
「まあ合格よ謎の転校生くん! ようこそSOS団へ!」  
 
と言われた時には正直諦めの境地に達していたかもしれません。  
その後ロクに挨拶もなしに部室までもの凄い力でネクタイを引っ張られましたし。  
ああ、分かって頂けますか?  
え、あなたもされたのですか成る程……。  
あのパワーは事前に予備情報がなければとてもじゃないけど耐えきれるものじゃありませんね。  
その点、僕はあなたに比べればマシだったと言えるのかもしれません。  
 
それで部室前でどうにか身なりを整える時間は与えられたのですが、正直それどころではなかったのですけどね。  
部室の扉を開けられた時の僕は必死で平静を装っていましたけど、内心驚愕していました。  
 
僕だけならまだしも、あの頃は敵対関係とまではいかなくとも要注意すべき相手だった未来人の朝比奈さんと、未来人よりは多少の接点はあるもののこれまた得体の知れない情報統合思念体のインターフェースの長門さんが同じ部屋にいたんですから。  
しかもその全員が涼宮さんによって集められた、と。  
厳密言うと長門さんは違ったようですが、結果としてそこに涼宮さんの意志が介在したので同じようなものですよ。  
ただ、末端の人間である僕でさえその事実に対して信じられないような衝撃を受けたのですから、機関の上の人間たちは阿鼻叫喚の惨劇だったようです。  
コレは一体何事だ、もしかして涼宮ハルヒが自身の力に気付いてしまったのではないか。  
究極的には世界を作り直す為に準備をしているのではないか、とまで勘繰ったそうです。  
 
ああ、あなただけは別でした。  
その時既に報告は受けていたものの、調査によって本当に只の一般人であることが判明していましたからね。  
……そんなに拗ねたような顔しないで下さいよ。  
 
あの時も言いましたが、それが逆に不思議だったというのも事実です。  
今思うと、あなた以外だと違和感を感じてしまいますけど。  
 
それから文化祭に向けての映画の撮影もありましたね。  
「朝比奈ミクルの冒険 Episode 00」でしたか?  
あなたには「問題ないでしょう」と言いましたが、実は僕も機関も少々混乱していまして。  
まさか涼宮さんに僕や朝比奈さんや長門さんの素性がバレてしまったのではないか、とね。  
よくよく考えてみればそんなことが涼宮さんにバレていたのなら、そもそも映画撮影なんてまどろっこしい手段を使う筈ありませんが。  
有無を言わさずいきなり部室に連れ込んで、  
 
「全てまるっとお見通しなんだからさっさと吐きなさい!!」  
 
なんて言うに違いありません。想像出来るでしょう?  
まぁその頃には機関も涼宮さんの傾向をある程度把握していたので、結局しばらくは様子見という形で落ち着きました。  
流石に朝比奈さんの目からレーザーやら単分子カッターやらライフルダートやらマイクロブラックホールやらというのは想定の範囲外だったようですが。  
なんとかあなたがオチをつけて下さったおかげで無事収拾がついてよかったですよ。  
 
 
夏休みに孤島での合宿などという、非常に健全な高校生らしいことも経験出来ました。  
今思うと殺人事件は少々やりすぎだったかもしれません。  
アレは涼宮さんを退屈にさせない為のサプライズパーティーのつもりでもありましたが、実は僕の願望も多分に入っていました。  
その為に少しばかり無理を言ってしまいましたが。  
機関のお偉方に、僕も高校生らしいことがしてみたい、ってね。  
 
しかしあれ程あっさりと解決されるとは僕は落ち込みましたよ。  
夏休み前から僕なりに練りに練った自信作でしたからね。  
本来の計画では、最後の最後にネタばらしをして皆さんの驚愕の表情を写真にとる予定でした。  
いやはや、僕としたことが涼宮さんを侮っていたようです。  
……違いますね。僕が侮っていたのはあなたでしたか。  
あの時の推理はなかなかに見事なものでしたよ。  
どうですか? 今度文芸部の機関誌を作る際はミステリーを書かれてみては?  
じゃあ、って僕が恋愛ですか。それは謹んで辞退させて頂きます。  
僕には涼宮さんを満足させるような恋愛小説を書くことなど出来そうにありませんから。  
残念なことにね。  
 
え? 僕が涼宮さんを好きだったか、ですか?  
……そうですね、多分好き、だったんでしょうね。  
いやいや、そんな顔をしないで下さい。  
あなたが気に病むことではありません。  
どちらかというとLoveよりむしろLikeでしたし、はっきり言ってしまうと最初の頃は憎んでさえいたと言っても過言じゃなかったものですから。  
おや、意外そうな顔ですね。  
まぁ少し考えて頂きたいのですが、その頃の僕はまだまだ大人になりきれていない単なる中学生ですよ。  
いきなり世界を救うの為の超能力を授かっても両手をあげて喜べるのは最初のほんの数日間だけです。  
 
おっと、つい本音が出てしまいました。  
はは、確かに数日間は喜んでいたのは認めます。  
仕方がありませんよ。  
その頃の僕は御他聞に洩れず、れっきとした男子中学生だったのですからね。  
 
突如自分に備わった不思議な超能力。  
そしてその力は今にも崩壊しそうな世界を守る為のモノだった、と。  
 
物語としては、まぁ三文小説ですね。  
恥ずかしながら、僕にもそんな三文小説に憧れる位に甘酸っぱいセンチメンタルな時期がありました。  
 
だけど三文小説と違った点は、主人公が初めからその力が何の為に与えられ、誰の為に行使するか理解してしまったということです。  
 
その直後は苦痛の連続でしたよ。肉体的にも精神的にも。  
あの頃の涼宮さんはひたすら鬱屈の塊で毎晩毎晩あの閉鎖空間を発生させていたのですから。  
当然僕は不眠不休で神人を狩りに駆り出され、毎回何とか無事に戻って来れましたが、大変でした。  
ベットするのは自分の命と自分の世界だというのに、勝っても得られるモノは何もなし。  
それにいつまで続くのか分からない。  
始まりはあるもののゴールの見えない過酷な長距離走のようなものでした。  
逆に僕の方が先にストレスで参ってしまうのではないかと我ながら心配でしたよ。  
 
そしてそのストレスを与えているのが誰なのか、考えるまでもなく理解していました。  
僕のやり場のない不満が涼宮さんに向かうのは必然でした。  
 
でも悲しいかな同時に僕は理解していたのです。  
涼宮さんが何故あのような閉鎖空間を発生させるのか、を。  
 
度重なる閉鎖空間でのやりとりを経て、不満と理解、二律背反する感情に葛藤していました。  
 
でもある日を境に僕は変わりました。  
そのきっかけと言えることがありましたから。  
 
その日は涼宮さんの精神状態がとても、それまでからは信じられない位落ち着いていました。  
激しく吹き荒れていた台風が、突然熱帯性高気圧に変わったかのように。  
 
恐らくジョン・スミス氏ことあなたが朝比奈さんと過去に遡った日でしょうね。  
あの、七夕の日です。  
 
その夜にも閉鎖空間が発生したのですが、いつものソレとは違いました。  
神人が暴れる灰色の閉鎖空間ではなく、なんとも言葉にしがたいのですが、そう、優しかったというのが一番近いかもしれません。  
全てを包み込むような慈悲と愛情が綯い交ぜになったような……ああ上手く言えなくてすみません。  
でもやはりこればかりは説明しきれるものではないので。  
 
とにかく、その時からです。  
僕の抱いていた不平不満の一切合切が全て消えて涼宮さんへの共感に変わったのは。  
 
言うなれば僕と涼宮さんは戦友のようなものです。  
僕が一般兵卒で涼宮さんが指揮官と言ったところでしょうか。  
兵卒は唯一無二である指揮官を知っているが、指揮官は兵卒を大勢の部下の中の一人としか認識していないということです。  
 
……あ、誤魔化しているのがバレてしまいましたか。  
やれやれ、なんだってあなたはいらないところで鋭い洞察力を発揮しますかね。  
困りましたねぇ。  
そうだ、それではこうしましょう。  
 
 
それは禁則事項です。  
 
 
あははは、失礼、僕も一度位は使ってみたかったんですよ。  
長門さんだって使ったのですから、同じSOS団員として僕も使って然るべきでしょう。  
え? なんで知っているのかですって?  
機関の力を見くびってもらっては困りますよ。  
……いや、すみません冗談です。  
長門さんから聞きました。頬を赤らめた長門さんから、ね。  
あれ、なんで即座に嘘と言い張るのですか?  
今更僕が嘘を言う必要などありませんよ。  
認めたくないのならそれはそれで結構です。  
が、一つだけアドバイスさせて頂くなら、月夜の夜道には気を付けた方がよろしいかと。  
 
 
あ、やれやれですか。  
いやぁ、すっかり見慣れてしまいましたね。その仕草。  
 
 
はい? 後悔、ですか……。  
しているといえばしているし、していないといえばしていませんね。  
さっきも言いましたが、涼宮さんに出会った頃、いや、正確には涼宮さんに力が発現した頃は後悔の連続でした。  
先ほども言ったようにね。  
自分の命と引き換えに世界を守る。  
押し付けられたように言ってしまいましたが、一応選択肢は与えられていましたよ。  
実際コトの重大さを理解していかなった僕の選択が愚かだったのかどうかは、今では分かりません。  
でも、あの時あの選択をしていなかったらあなた方とは出会えなかったわけですし、そういう意味では後悔はしていません。  
これは嘘偽りも誤魔化しもない僕の率直な気持ちです。  
 
でも、今はもっとあなた方とあの頃と同じように、ずっと一緒にいたいと思ってしまっているから後悔しているということかもしれません。  
あ、これは後悔じゃなくて未練ですね。  
 
 
おや? 残念なことに、そろそろ時間切れ、のようです。  
 
ああ、そんな目で見ないで下さい。  
先程も朝比奈さんや長門さん、それに涼宮さんにまで泣かれて僕の繊細な心は張り裂けそうなんですから。  
その上あなたにまでそんな顔させてしまったら僕は安心して天国に行けそうにありません。  
 
 
ではお願いが一つだけ、あるのですが聞いて頂けますか?  
 
ご存知の通り、僕はひねくれ者でして本当に心許せる間柄の友人というものがいなかったもので。  
実の両親でさえここまで近しい関係を構築出来ずにいました。  
機関の人間は色々な意味で、仲間、とは呼べるのですが。  
 
そんな僕ですが、差し支えなければ、その、なんと言いますか、誠に申し訳ないのですが……。  
 
っ!?  
 
……ええ、そうです、その通りです。  
 
…………親友、と呼ばせて頂いても、よろしいでしょうか?  
 
ああ、……ありがとうございます。  
 
こんな時に、なんですが……嬉しい時に流れる……泪はこんなにも……こんなにも心地いいものなのですね……。  
 
 
……ふう、見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。  
これで、思い残すことは……ないこともないのですが、まあ、贅沢を言うわけにもいきませんからね。  
ああ、すみません、もう本当に限界のようです。  
 
あの、出来れば部屋を出る時には振り返らないで頂けますか?  
 
僕はこれから消えます。  
文字通り、ね。それこそ跡形もなく。  
規定事項だったんです。力の代償として。  
正直死ぬのは怖いですよ。まあ、痛みがないと分かっているのが救いと言えます。  
だからこそ少なくとも、今はまだこうしていつも通りを装えるのですが。  
 
 
ただ、「その瞬間」は僕にとっても全く未知のものになりますから、もしかしたらもっと見苦しい姿をお見せしてしまうかもしれません。  
お願いです。僕の最後の矜持です。  
最後の最後までSOS団のあなたの言うところの、ニヤケスマイル担当でいさせて下さい。  
せめて僕に与えられ、こなしてきた役割位は全うさせて下さい。  
我侭ばかりですみません。  
代わりと言っては何ですが、あなた方に幸多からんことをお願いしておきますから。  
 
 
あ、最後に一つだけ。  
 
 
 
 
……本当に、本当にありがとうございます、キョン君。  
 
 
 

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