「それにしても、お祭りとはやはり、いいものですね」  
 
 神社や寺というものは祭のシーズンを迎える度に息をふきかえしたように活気づくものだ。現に今、名もなき寺が黒い頭の浴衣姿で覆い尽されている。  
 右や左に所狭しと立ち並ぶ屋台を背に、焼きそばやたこ焼きをつつくなんていうのは正に祭の醍醐味であろう。  
 宣伝広告でありながら図々しさを感じさせない夜店の提灯と、ソースが焼けるような鼻をくすぐる香りは誰ともない人達の財布の紐を緩ませる。  
 「祭りよ!!」などという述語も動詞もなく、同じ日本人であっても理解に遠い一言から始まったSOS団の今日の活動も、中々どうして悪くないものだ。  
 
 「初めてお前と好みが合ったな、俺も祭は好きだ。」  
 
 喜ばしき今日の活動の主催者である我が団長は猫の様に絶えずはしゃぎ周り、その世話係である我が団のメイドさんはあちらこちらに引っ張られている。  
 もう一人の我が団の生きる置物は俺達の横で七皿目の焼きそばをつついている。そして今しがた話かけてきた我が団の副団長はいつもと変わらぬ面で俺の横に供えている。  
 やはり祭の背景に男は着物に女は浴衣といった服装がまた映えるな。しかし長門は一体どこから浴衣なんて手にいれたんだろうか、知るよしもないな。  
 
 「どうです? 僕は、たまにはこういった息抜きもいいと思いますが?」  
 そうだな、これを平和と呼ばずして何を平和と言うんだ。  
 ハルヒの奴も、年に一度くらいは良いことをするようにしてるのかもしれんな。  
 「それで、どうなんですか涼宮さんとはこの頃。」  
 どうって……どうもこうもないぞ。ハルヒは只の団長だし、俺は只の可哀想な団員だ。なにもない。  
 「またまた……そんなことを言わずに、僕や朝比奈さんとしては涼宮さんとあなたが」  
 「やめろ。こういう平和を前にして自分や誰かの利益を目先につけたような話はやめろ。」  
 「……そうですか、そうですね……今日という日も後僅かですし、今日はこの話はもうしません……申し訳ありません」  
 そうさ、こういった純粋な楽しみや喜び、子供の頃の郷愁を思い出させるような神聖な空間に……人間の汚い利益争いの欲なんて持ち込むのは禁止だ。  
 なあ、長門? 金儲けよりも、客の喜ぶ顔が見たいと思ってる人達が作った焼きそばはうまいだろ?  
 「……ん……にゃに?」  
 飲み込んでから喋りなさい。  
 
 
 
 宴もたけなわと言った所か。夜店に集う黒い頭の数もめっきりと減ってきた。淡い髪色の小さな女の子はまだ食う気のようだが。  
 お前は胃袋まで宇宙なのか……? と言っても、あながち否定されなさそうな所が怖いな。  
 
 そうこうしている内に、年頃の若い男女より数倍は楽しんだであろうハルヒが陸上選手のように奥から駆けてきた。後ろの世話係も少し遅れて。  
 
 「あ〜楽しかった〜!! キョンも一緒に来れば良かったのに!」  
 遠慮しておこう、下手なマラソンランナーでも追い付けないようなハルヒに俺がついていける訳がない。  
 「ふみぃ〜……もう歩けませんよぉ〜……」  
 おめでとうございます、朝比奈さん。あなたは今日だけで陸上部の合宿と同レベルの試練を乗り越えたんですよ。  
 「……おいしい」  
 そうか長門、焼きそばおいしいか。でもせめて二皿目でおいしいと気付くようになろうな。  
 そうすれば屋台のおじさんも、お前がパシリにされてるんじゃないかなんて杞憂な心配しなくて済むからな。  
 
 「さて……涼宮さん、今日はまだ何かあるようですね?」  
 そう言って古泉はいらんスマイルを二割増しにした。  
 
 「そうよ、流石に古泉君は分かってるみたいね。実は今日はね……」  
 ハルヒが語調と声量をすぼめると、自然に皆が顔を寄せて聞きいった。  
 
 「……流星群が見れるのよ!!」  
 
 
 
 森に包まれているようで事実、空が大きく見える神社の裏には既に大きな人だかりが出来ていた。俺達五人は、いや、ハルヒは少し見やすい位置を無理矢理確保した。  
 ……全く、声を小さくして皆を引き付けてから大声を出すというのは新手の嫌がらせか?  
 もしそうならベストアイデア賞は総舐めだろうがな。まあそれが栄誉となるか恥となるかは俺の知るところじゃない。  
 
 「シッ……! キョンごちゃごちゃうるさい! ……そろそろよ……」  
 なあハルヒ、俺が力の限り叫んでも流星群はバックギアに入れて後進なんかしやしないぞ?  
 
 「ちょっと……ロマンチックですねぇ……」  
 「八百年に一回らしいですからね、我々がその日を迎えられるということは、身にあまりある栄誉ですね。」  
 「……おいしい」  
 最後の一言は空耳として、確かに俺達が今ここにいることは数えきれない確率の上に成り立っていることは分かる。  
 それがロマンチックか栄誉かは個々の思想だから俺には侵すことのできないものだが、そう思って見たほうが幾分も美しく映えるもんだろう。  
 「……来るわ……みんな、目凝らしてなさいよ……!」  
 はいはい、できればそれはあそこにいる老夫婦に言ってやれ。  
 
 「あ……」  
 ん? 今光ったか? ……誰だ? 思わせぶりなことをする狼野郎は……  
 
 ――ドサッ  
 
 ん……? お、おい……どうしたんだ……?  
 
 暗闇の中に目を凝らして音のしたほうを見ると、そこにはうつ向きに倒れこんだ長門の浴衣姿があった。  
 
 「あ……光った! 光ったわ!」  
 それどころじゃないだろ! ……と言いかけて、隣にいた俺以外にまだ誰も長門の状態に気付いていないことに俺は気付いた。  
 とりあえず俺は冷静を取り繕って長門の胸を抱いて人影のないベンチまで引き寄せた。  
 「長門!」  
 「…………」  
 「長門!!」  
 「…………」  
 元々白い長門の肌は、いつものような淡い紅色を染めずに漂白したような更なる白をかもしだしている。  
 瞳を閉じて返事をしない肉体に声をかけるのは無力感があり、更に返事をしないことが俺を焦らせた。  
 不衛生な屋台での食中毒や、肉体を越えた食い過ぎなど、色々な事を考えているうちに後の三人が駆け付けた。  
 「ちょっとキョン…… !……って、有希!? 有希……どうしたの……!?」  
 「な、長門さん……!? 長門さんが……!?」  
 流石の超能力者と未来人と神も、団きっての万能置物の異変に動揺した。  
 「ハ、ハルヒ……長門が急に倒れて……」  
 かくいう俺も動揺していた。朝倉の槍で腹を貫かれても、足を切断されても、顔色一つ変えなかったあの長門が倒れるなんて前代未聞な事実に。  
 
 
 携帯でハルヒが救急車を呼んでから三分もしただろうか。もう見れないのではないかと思いかけていた長門の瞳がうっすらと開いた。  
 「…………あ……?」  
 「ゆ、有希……? 有希っ……!!」  
 「な、長門さんっ……!」  
 「一体どうしたんだ!?」  
 「…………」  
 
 「……………………………………………貧血」  
 
 だいたい話は分かった。長門が目で送ってくれた合図は「涼宮ハルヒがいるため此処では説明できない」というものだということが。  
 俺は自分の長門感情理解システムにちょっとだけ自尊し、長門をゆっくりと立たせた。  
 まだふらつく様子を見せる長門には、いつものような完璧超人といった風貌は全く見受けられない。むしろ気と心臓の弱い女の子だ。  
 風邪をこじらせたかのように顔を紅に染めて熱っぽい目が中空をさまよっている。  
 「俺は長門を送る、ハルヒは救急車が来たら適当な言い訳しておいてくれ」  
 そういうなり、想像した通りにハルヒが噛みついた。  
 
 「なに言ってんのよ! 救急車に乗せたほういいわ! それに送るなら私も行くわよ!」  
 「ハルヒ、急な貧血そこらで救急車に乗せられて、一躍の時の人になるのは長門が可哀想だろ?  
 それに暗い夜道で俺は二人も守れない、分かってくれ  
 そして古泉、お前は男として二人を送り届けろ。必ず誰かを一人にすることの無いようにしろ、いいな?」  
 俺があるがままの正論を述べると、古泉も状況を理解したのか戯言をぬかすことなく了承した。しかしハルヒは食い下がる。  
 「ちょ、ちょっと……! なに勝手に話進めてんのよ! く、暗い夜道でキョンが有希にいたずらするかもしれないじゃない! だから私も」  
 「言葉に気をつけろ……! いいか、長門は今、不安定なんだ。下手に不安にさせるような事を言うな。  
 それにお前が立派な団長なら、自分も含めて団員皆が無事である選択をするんだろう、違うのか?」  
 「…………分かったわよ。 みんな! 今からキョンの言う通り行動しなさい!  
 有希……? 無理しないで……ね? 身体よくなったら連絡して……」  
 ふむ、なんだかんだ言っても今まで友達がいなかっただけあって、俺と朝比奈さん以外の友人には気を遣うようだ。  
 初めてお前の良いところを見た気がするな。  
 「よし、そういう訳で、また明日。  
 長門、大丈夫か? 歩けるか?」  
 「……ゆっくりなら……肩を貸して欲しい……」  
 この時に俺が確認できたのは、ハルヒがとても心配そうで、それでいてちょっと羨ましそうな顔をしてたことくらいだ。  
 しかしそれは別の話だがな。  
 
 
 寺や神社などは都市部から幾分か離れた場所にあるのが定常だ。タクシー乗り場など近くに無く、バスや電車の時間も過ぎている現状はあまりに辛いものだった。  
 災難は重なるように、長門の容態は少しも良くならなかった。元々華奢な身体を大きく揺らし、肩で呼吸しているのを見るのは辛かった。  
 
 「ふう……長門、鍵を」  
 「浴衣……袖……入ってる……」  
 とうとう単語しか話せないくらい具合が悪くなってしまったようだ。このドアを開けたらまず俺は何をしたらいいんだろうか、と急に不安になった。  
 
 ――ガチャ  
 
 鈍い音を立てて味もそっけもないドアを開けた。電気をつけて、とりあえず長門を寝かせた。  
 建てつけのいい押し入れから布団を引っ張りだして、またとりあえず長門を寝かせた。実際、それ以上のことなど思い付きもしない。  
 長門は大きく息をしながら、紅に染まる頬をたゆませて布団の中で大きく大の字を作っていた。  
 俺は何をしたらいいのか解らないまま、冷水で冷やしたタオルをそっと長門の上に乗せた。  
 もしかしたら、ハルヒを連れてきていたほうが良かったかもしれない。救急車に乗せていたほうが良かったかもしれない。  
 そんな後悔だけが口の中で噛みきれずにもがいていた。  
 
 「……によるシステムエラー……生命反応の……停止……の電波……要請を……思念体……に」  
 はっと顔を上げて長門を見据えた。長門が何か言ったような気がした。と、途端に長門から肌に感じられるほど出ていた熱が消え失せ、呼吸が停止した。  
 
 「……長門……?」  
 
 殺風景な部屋には返事を返すものはいなかった。俺はまるで、それだけはしてはいけないということをやってるような気分で、長門の脈をとった。  
 急に冷えた手首に触れること……一分……二分……涙が目に溜って前が見えなくなっても、長門の血管はピクリともしなかった。  
 「お、お前……宇宙人だからそういう完璧な芝居できるんだろ……? なあ……もういいから……目を開けてくれよ……!!」  
 
 「……泣いているの……?」  
 
 長門の声が聞こえたような気がした。気がしたのかどうなのか解らなかったが。  
 
 ――――――――  
 
 
 
 
 
 ――――――――  
 
 「そのだな……まず……説明してくれ」  
 「分かった」  
 死んだ人間が生き返るって話がでるなんてのは映画や漫画、小説の中で著者が造り出した自分の欲の現れだ。  
 あの時言い残した一言をどうして伝えられなかったのだろう。あの人は死んでなお私を許してくれたのだろうか。  
 そんな終わりのない人々の疑問に終止符を打つために人間が都合良く考える蘇生。そんなもんはありゃしない、そいつが人間ならな。  
 そう、そいつが“人間”ならな。  
 
 「今夜地球近辺を通過した流星群の中に強力な磁力性をもつものを観測した。  
 私や朝倉涼子のようなヒューマノイド・インターフェースは基本的に情報統合思念体の送るエネルギーにより活動している。  
 自己の判断により食物から熱エネルギーを摂取することも許されてはいるが、情報統合思念体が電波として送るエネルギーに比べれば微量にも満たない。  
 通常状態での活動下の0〜250%以内の状況に置いては情報統合思念体から送られるエネルギー量が底をつくことはほぼ有り得ない。  
 しかし今回、先にも説明した様にあの流星群の中に太陽を上回る強力な磁力性を持った流星が存在し、地球上空を通過したこと。  
 それと情報統合思念体がエネルギーを送る時間帯が一致したことにより、情報統合思念体から送られるエネルギーの電波が強力な磁力に歪められて内容不明の電波に改変された。  
 私は情報統合思念体からの送信だと考えたために警戒せずのその電波を受信した。その結果、生命反応、通信機能、肉体に対し甚大な被害を被った。  
 その修復の為に情報統合思念体に通信を試みたが、通信機能が大破していたためにかなりの時間がかかってしまった。  
 あとは情報統合思念体にアクセスし始めると同時に生命反応を一時的に停止させ、情報統合思念体の復帰プログラムを待った。  
 それが今回の経緯。」  
 
 ――――だそうだ。何が言いたいのか少しだけ分かる様で、しかし説明しろと言われたら全く解らない。  
 一日二日サボった後の数学の授業のような話だな。  
 画面の前のアンタが理解できることを期待するよ。俺には説明は無理だ。  
 
 「とにかくまあ……もう大丈夫なのか……?」  
 「……大丈夫」  
 「……そうか、なら俺はそろそろ」  
 「じゃない……」  
 「……は?」  
 「だいじょばない……だ、だいじょ……だいじょぶない……」  
 「…………」  
 「だ……だいじょうぶじゃない」  
 「…………」  
 「齟齬が発生した」  
 「咬んだだけだろ」  
 
 「……長門、やっぱりそろそろ帰らないと、親が心配するからさ……」  
 「…………」  
 「な、もう一人でも大丈夫だろ……? ちゃんと暖かくして寝るんだぞ?」  
 「…………」  
 
 ――ガチャ  
 
 「じゃあな、鍵はここに置いて」  
 「待って……」  
 「……?」  
 「せめて……私が眠るまでは……傍にいてほしい……不安だから……」  
 「…………」  
 
 ――バタン  
 
 「…………」  
 「……少しだけだぞ?」  
 
 ――コクリ  
 
 「…………」  
 「…………」  
 「……スゥ……スゥ……」  
 「……ムニャムニャ……」  
 
 ―――――――――――  
 
 
 
 
 
 ―――――――――――  
 
 ――ババッ  
 
 体内時計がAM7:00を観測した瞬間、目を瞑ったまま反射的に俺の身体は、妹のフライングボディアタックを回避する姿勢をとり、かつ反撃できる体勢を整えた。  
 しかし今日は妹のドロップが無いようだ。珍しく寝坊か?  
 そんな場合は、兄の俺が優しく起こしてやるべきなのだろうが……それは漫画の中のシチュエーションだ。  
 朝の二度寝の時間は妹の成績より貴重だというのはもう六年は前に気付いてる。  
 男ってのは毎日起こして貰ってても自分からは起こしてやらないような自分勝手な存在なのさ。  
 
 目を瞑ったままそれだけのことを考えて、また俺は床に敷かれた布団に潜って抱き枕を引き寄せた。柔らかい感触が俺を睡眠へと誘う。はずだった。  
 
 抱き枕……? 床に敷かれた布団……?  
 
 訝しんだ俺が目を開けるとそこには……  
 
 ――――――――  
 
 
 
 
 ――――――――  
 
 「キョンもとうとうプレイボーイか……羨ましいぜっ!!」  
 “とうとうプレイボーイ”という言葉の使い方は変だし俺はプレイボーイでもなければタラシでもないぞ、谷口。  
 「だってお前、涼宮と仲いいじゃねーかよ」  
 いいわけじゃないが、悪い訳でもない。しかしそれがプレイボーイと呼ばれる経緯になるというのが分からんな。  
 それにあまりそういうことを教室で言うな。  
 「それにあの朝比奈みくるさんと話までできて! 俺ならそんなの即心停止、いやもしかしたら、脳死も有り得るぞ!」  
 そうか、それは良いことを聞いたな。今度朝比奈さんに紹介してやる、骨は拾ってやるからな。  
 「極めつけは……お前、今日……長門有希と一緒に登校してたろう……?」  
 うっ……し、しかしそれはちゃんとした経緯とちょっとした不注意が産んだ産物であってだな……別に他意があったわけじゃない……  
 しかしまさか、家に制服を取りに行ったとこに長門がついてくるとは思わなかったな……  
 「もしそうだとしてもだ! あの長門有希だぞ!? 座右の銘が完全無視みたいな奴がお前と一緒に登校するなんてのは……」  
 違うな、座右の銘は栄養過多か暴飲暴食だな。  
 「ああああああ、俺も涼宮と……朝比奈さんと……長門と……ヤリて〜!! も〜ヤリて〜よ〜!!」  
 ご愁傷様、古泉なら貸してやるから何時でも言ってくれ。それとな……背後を気にしないと長生きできんぞ。  
 「はっ? 後ろ……? 後ろがどうかし……涼みぐふぅ!!」  
 
 ご愁傷様。  
 
 ―――――――――  
 
 
 
 
 
 ―――――――――  
 
 「は〜い静かに、じゃ今日は51ページのレッスン1からね」  
 
 ――ツンツン  
 
 なんだハルヒ、どうした? 因みにつつくのは構わないが芯はしまってからつつけ。  
 「ヒソヒソ(有希はどうなったの? 学校には来てるの?)」  
 「(長門なら来てるぞ、というかお前は長門の登校姿を見ていないのか。ウンウン、それは良いことだ。)」  
 「(なによ良い事って?)」  
 「(なんでもないさ。)」  
 「(怪しいわね……それより昨日はちゃんと送ってやったんでしょうね!? 有希に変なこともしてないわよね!?)」  
 「(大丈夫だ、俺の一晩かけた懇親的な介護によって長門は今日学校に来れるんだからな。)」  
 「(一晩……? ちょっとキョン……まさか一人暮らしの女の子の家に泊まったの!?)」  
 ん……こ、これは失態だ……下手な言い訳をしたらまた閉鎖空間かもしれんな……  
 
 「(いや、あの後、長門が熱出してな、大変だったんだ……お前も呼べれば助かったんだが、夜中に一人歩きをさせるのは危険だと思ってな……すまん)」  
 「(……そう、まあそれなら仕方がないわね……けど、私なら大丈夫だから呼んでくれても良かったのに……そんなに気つかわなくてもいいわよ!)」  
 ふむ、「ハルヒの身を案じるフリ」という選択肢を俺のハルヒ不機嫌対策用コマンドに組み込んで置こう。これは使える。  
 間もなくしてチャイムが鳴った。  
 
 「有希っ! 大丈夫だった!? ほんとに心配したんだからっ!!」  
 「……大丈夫……心配かけてごめんなさい……」  
 「有希はキョンと違って大事な団員の一人なんだからね! なんか少しでも体調悪いとか頭痛いとかあったら言わなきゃダメよ……!?」  
 団員でなければ俺は一体なんなんだ? しかし、ハルヒが長門に抱きついているのを見るのは久しぶりだな。  
 どうも長門は人に関心がないように見えるが、ハルヒには何故かちょっとだけ心を開く時があるんだよな。普通なら長門はごめんなさいなんて言わん。  
 「それと、キョンに変なことされなかった?」  
 「……抱き枕にさr」  
 「待て待て! あれは条件反射と不可抗力の産物だ。誤解するな、そしてハルヒは何も気にするな。」  
 「なによ抱き枕って?」  
 「なんでも」  
 「ない」  
 「…………」  
 
 頼むから長門、お前自らハルヒが閉鎖空間を起こしそうな行動はやめてくれ。お前がとめなきゃ誰が止め……まあ、俺か。  
 「いやはや、キョン君の懇親的な介護を一晩もですか……これは僕も一度病気や怪我を煩わってみても」  
 そうだな、そうなったらいい病院を紹介してやるから行け。三年間は帰って来なくていいぞ。  
 「……いやはや」  
 「…………」  
 ……この時は、古泉の一言が後のヒントになるなんて思いもよらなかった。  
 
 
 
 前編 終わり  
 

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