「ふえぇ。じゃあ、死んでくださぁい!」  
俺を教室に呼び出した朝比奈さんは、情報結合とやらで空間を閉鎖し、教室に他の人間が出入り  
できないようにした。そしてその上で、俺を殺害せんとナイフを構えている。  
しかし俺の記憶が確かなら、俺が知っている朝比奈さんは、ふわふわしていて、それでいてどこ  
となく危なっかしさを兼ね備えた未来人だったはずだ。  
それがどこでどう狂ったのか…。  
 
本来、物語のお約束であれば、今から3日前に遡るなどと続くはずだが、今回はそういうわけ  
にはいかない。  
どう説明すれば理解してもらえるかわからんが、とりあえずここで回想シーンだ。  
 
 
 
あれは12月18日だった。いや、正確に言えば、新年の合宿旅行から帰った後、朝比奈さんと  
エラーを修正するために時間溯行をした12月18日と言うべきか……。  
──俺は、長門によってもたらされた大規模な世界の改変の後始末をして、そして朝比奈さん  
(大)と共に、元の時間軸へと戻ったはずだった。  
だが、俺は気がつくと自分の部屋のベッドに腰掛けていた。  
 
突然1人で帰還してしまい、俺が背負っていたはずの朝比奈さんはどうなったのか、そして真冬の  
はずが、やけに暖かい空気はいったいどうなっているのか、皆目見当がつかなかった。だが、そう  
いった違和感がありながらも、時間移動のショックが抜けきれないからだろうと、自分を納得させ  
ようとした。他にも部屋のカレンダーが去年の4月のままだったが、それを見てもなお信じること  
が出来なかった。  
その上、疲れがピークに達しており、その日はまともな思考もできず、そのまま寝床に入ることに  
した。  
 
そして、翌日、目が覚めてダイニングに降りてテレビをつけた。すると、季節は春で、現在は4月  
の初旬だ。  
俺は唖然としたね。またいつかの8月のようにループしたのかと思ったもんだ。それにしちゃ、中  
途半端な日だけどな……。  
もちろん疑う理由はあったんだ。俺は両親から怪訝な顔をされながらも、今日が高校2年の春では  
なく、高校1年の入学式だという確定情報を得たのだからな。  
そんなのは嘘だと言って欲しかったがな。  
そんな願いもむなしく、どうやらまた1年をやり直すことになりそうだ…。  
取りあえず、学校に行くとしよう。  
 
                 *  
 
「これからこの部屋が我々の部室よ」  
ここまでは1年前と同じ、と言いたいところだが、いきなり違った。  
1年前に長門が座っていた席にいたのは、なんとクラスメイトでもある朝倉涼子だった。性格は  
変わらないが、文芸部員としてポエムを作っていたらしい。  
そこをハルヒに乗っ取られたのだが、ここは1年前の長門と同じように、まったく抵抗の様子も見  
せずに、ハルヒに部室を貸し与えることを了承した。  
奴が宇宙人だとしたら、それを待っていたんだからな。当然だと言えよう。  
 
「キョンくん。よろしくね」  
ウィンクをして、微笑む朝倉。  
さすがに、谷口の勝手格付け美少女ランキングAAプラスだけのことはある。  
何も知らなければ、男ならのぼせ上がってしまいそうな笑顔だが、こいつに殺されかけたことのあ  
る俺としては、素直に笑顔を返せなかった。  
 
そして翌日、部員候補を捕獲するため、ハルヒが徘徊しているので、しばらく朝倉と2人でハルヒの  
到着を待った。  
俺は警戒心を滲ませていたが、朝倉はそんなことなど毛ほどにも考えていないのか、屈託のない表情で、  
話しかけてきた。しかも、明るく優しくそして気遣いを見せながらの会話で、俺もいつしか警戒心を  
どこかに置き忘れたように、朝倉と会話をしていた。  
「ねえ、キョンくん。涼宮さんとはやっぱり付き合ってたりするの?」  
「滅相もない。誰がそんな根も葉もない噂を流しているんだ?」  
「谷口くんが最初に言い出したんだけど、クラスのあいだでも結構噂になっているわよ。端から見れば、  
仲良さそうに見えるもんね。あなたたち」  
 
谷口の野郎。今度、靴の中に画鋲を入れておいてやる。  
「それこそ言語道断だと言っておこう。冗談じゃない。あんな傍若無人な女に惚れる男がそうそういる  
わけがない。むろん俺も然りだ」  
「そう?じゃあ、あたしにもチャンスはあるのかしら」  
「え、なんて言った?今何か言ったか?」  
「ううん。なんでもない」  
少しはにかみながらかぶりを振る。そして柔らかな微笑みを浮かべた。  
俺でも、コロっと参っちまいそうになる笑顔だ。本当にまた俺を狙ってきたりするんだろうか?  
とてもそうは見えないがな。  
だがこの態度が、こいつのフェイクだという可能性もある。念のため、警戒は忘れないようにして  
おくか……。  
 
              *  
 
「やあごめんごめん!遅れちゃった!捕まえるのに手間取っちゃって!」  
と、ハルヒが部室に連れてきたのは長門だった。  
「………なぜ?」  
こいつも性格は一緒だな。  
「紹介するわ。長門有希ちゃんよ」  
有希ちゃんか。なんか新鮮な響きだな…。無味無臭といった雰囲気のある長門も、ちゃんづけをする  
だけで、感じ方がこんなに柔らかくなるとはな…。  
…などと、新しい発見にほうっとしている場合じゃない。お約束の質問をしておかねばな。  
「それで、長門か。なんでこの子なんだ?」  
「この子、かわいいけどすっごく無口なのよ。この子のクラスメイトに聞いたけど、1日で話す言葉が  
一言か二言程度なんだって。クールよクールビューティーよ」  
だからどうしたんだ。まったくわけがわからん。それにしても、朝比奈さんじゃないと理由もこん  
なに違ってくるのか……。  
 
「しかもそれだけじゃないのよ」  
ハルヒは、長門の後ろに回り込み、やおら胸をわしづかみ……はできないな。とにかくつまんだ。  
「………!?」  
「ほら、この子こんなに胸が小さいのよ。貧乳よ貧乳。突起がなかったらどっちが背中かわからない  
ぐらいよ。ツルペタね」  
といいながらも長門の小さな胸を揉みしだく。  
 
ハルヒ、お前は絶対に長門にケンカ売ってるだろ?見ろよ、長門なんか表情はそのままなのに、青  
筋が立っているぞ。  
そんな様子が少しも気にならないのか、それとも脳が知覚しないのか、ハルヒの手はのたうち回る尺  
取り虫のように蠢き続ける。しかも今度は制服の裾から手を入れて直接中をまさぐっている。  
すると、しだいに長門の息が荒くなり、吐息が漏れてくる。そして熱を持ったうつろな目をしていた。  
俺は止めなきゃいかんのだが、その光景に見入ってしまった。  
──正直たまりません。  
そんな2人を、朝倉が顔を赤くして、それでも手で覆いながらも目はばっちりハルヒのセクハラ行為  
を注視している。興味津々といったふうだ。  
それにしても、朝倉ってこんなキャラだっけ?  
 
ハルヒは長門の胸をなおも揉みながら、話を続ける。  
「かわいいけど、無口で貧乳。今は貧乳キャラがトレンドなのよ。こういうキャラこそ我々の活動に  
必要なマスコットキャラだわ」  
どんなクラブだよ。それと、そんなに貧乳貧乳と繰り返すな。本人が気にするぞ。  
だが、長門にはそんなハルヒの暴言も耳に届かないようで、顔を真っ赤にして、ハルヒのなすがまま  
にされている。  
それにしても…、俺の知っている無表情な長門と比べると、あきらかに感情表現が50%は増量し  
ているように見える。もしあいつなら、たとえハルヒに胸をこねくりまわされても平然としているは  
ずだからな。もちろん、ハルヒも俺もそんなことはやったことがないからな、本当はどうなるのかわ  
からんが…。  
しかしこちらの長門は、ハルヒに解放されたとたん「ほうっ」と息を吐き、今も顔を火照らせている。  
茫然自失といった様子で、妙に色っぽい。  
それにしても、あまりにも俺の知っている長門と違いすぎる。これは何を示しているのだろう。ハル  
ヒを除いて他の連中も何かが違う。それに朝倉と長門が宇宙人キャラだとすれば、未来人はどうなる  
んだ?  
 
──そうだ、未来人であるはずの朝比奈さんはなんで登場しないんだ?未来人もハルヒが望むところ  
ではなかったのか?  
「おい、お前はロリ巨乳キャラをマスコットとして迎え入れるつもりじゃなかったのか?」  
「なあに?あんた、そんな性癖があったの?とんだ変態だわね。巨乳ならあたしと涼子がいれば十分  
じゃない」  
「お前たちが大きいのは認めるが。決してそれは巨乳じゃ……うわ!まて、やめろ。俺が悪かった。  
お前と朝倉は十分巨乳だ。俺が保証してやる」  
あっさり負けを認める俺。  
「わかればいいのよ」  
と、ハルヒと朝倉は顔をほんの少し赤らめていた。  
結局朝比奈さんの勧誘を提案できずじまいだった。そもそもこの学校にいるんだろうな。不安になっ  
てきたぜ。  
 
              *  
 
数日後、ハルヒと長門がバニースーツを着て、校門でビラを配るという一大イベントも、長門の胸が  
小さすぎて、バニーの胸の部分がペロンとはだけてしまう、というハプニングが起こったものの、  
ハルヒのとっさの行動で、衆目にさらされることもなく終了した。  
そして今、SOS団のアジトでは、長門がウェイトレス姿で団員たちにお茶の給仕を行っている。  
これは新鮮だ。長門がミニスカウェイトレスの衣装を着るなんて、想像もしていなかった。だが、  
非常によろしい。眼福眼福っと。。  
そして長門は給仕が終わると、ハルヒに指示されたウェイトレス姿のまま本に読み耽っていた。  
団長席の方を見ると、ハルヒは部室に元からあったパソコンをいじっているし、朝倉はポエムを作っ  
たり、経済情報誌を読むなどしていた。  
 
「ねえ、キョン。こっちに来てSOS団のホームページをつくりなさい」  
へいへい、と俺は団長の命令通り、団長席に着き、ハルヒの指示に従った。  
「ほら、キョン。そこのHTML、記述が間違っているじゃない。だから表示がおかしいのよ」  
などと、やけに俺の背中に自分の体を密着させて指示を出す。  
密着している部分から、柔らかな感触伝わってくる。うーむ、こいつは結構胸があるな。などと、  
感心している場合ではない。  
あのー、ハルヒさん?そんなに押しつけられると、俺も困ってしまうんですが……。  
「いいじゃない、別に減るもんじゃないし。あたしのような美少女の近くにいられて、光栄だと  
思いなさい」  
自分で言うな。つうか、減るんだよ。俺の精神力が…。  
すると──それまで沈黙を保っていた朝倉が、もう我慢できないといった表情で口を開いた。  
「涼宮さん、ちょっとキョンくんにくっつきすぎじゃない?そんなに近づかなくても指示は出せ  
るでしょ?」  
なにか怪しい雲行きだ。晴天から集中豪雨になりそうな雰囲気だ。だが、逃げ場はない。  
「別にいいじゃない。キョンなんか鼻の下を伸ばして喜んでいるんだし」  
ほら、そこ違うでしょ、といってさらに俺に密着してくる。  
「そうなの?キョンくん!」  
お、俺はそんな顔をしていない!本当だ!  
長門、お前も何とか言ってくれ。  
「彼はわたしと密着したいと言っている。だからあなたは離れるべき」  
な、何を言っているんだ長門!燃えさかる炎にガスタンクをぶち込むまねをするなんて!  
「キョン」  
「キョンくん」  
「………」  
(3人合わせて)「誰と密着したいの?」  
すでに矛先が違うだろ…。  
お前ら、3人で俺を困らせようとしているだろ。  
 
              *  
 
 
日にちはさらに進んだが、俺は癒しキャラの朝比奈さんがSOS団に入団してこないものかと、プレシオ  
サウルスのように首を長くして待ち望んだ。  
しかし俺の期待とは裏腹に、後日SOS団に合流したのは、朝比奈さんではなく古泉だった。  
そして例によって、ハルヒが鋭いんだかそうでないんだかわからないような団の活動趣旨を宣言  
するわけだ。  
「宇宙人や未来人や超能力者や異世界人を探し出して、一緒に遊ぶことよ!」  
……何か、余計なものが混じっているな。異世界人はいないだろう。まあ、ちょっとぐらいの違い  
もあるもんだしな。  
というわけで、結局、朝比奈さんを欠きながら、SOS団としてスタートを切ることになってしまった。  
実に残念だ。いずれ俺の手で朝比奈さんをこの部室に連れてこよう。  
 
ところで古泉はどうだったかって?こいつはほとんど変わりなかったさ。ある一点を除いてはな……。  
既定事項では、古泉にはホモ疑惑が向けられていたので、俺はそれとなく尋ねてみた。  
「違いますよ。僕は男性には興味がありません。僕の対象となるのは12歳以下の女性だけです」  
ある意味、より悪化しているようにも思える。っていうか、俺の妹が対象に入っちまうじゃないか!  
これからあるだろう野球大会や合宿では、俺の貞操でなく、妹をペド古泉の毒牙から守らねばなら  
なくなりそうだ。  
やれやれだ。  
 
          *  
 
ここからは多少話を端折って説明しよう。  
先日行われた不思議探索。このSOS団では初めての開催となったが、ここで経験したことは俺にとって  
予想だにしない衝撃だった。  
午前の部では、俺の両脇をハルヒと朝倉が固め、逃げ出したくなるような雰囲気のもとで、なんの成果を  
得られることもない探索に明け暮れた。  
そして、午後。くじ引きの結果、俺は長門と組むことになった。ハルヒはアヒル口をして不満そうだった  
が、黙殺しておいた。  
そして、1年前にも座った川沿いのベンチで、、長門から未来人宣言をされたのだ。だが、俺もそれ以  
前に朝倉から長門ばりの宇宙人宣言を受けたときは、キャラが違うものの、何とか冷静でいられた。  
もちろん命を狙われることもなかったしな。  
しかし、今回は違う。本来なら未来人は、朝比奈さんの役回りではなかったのか?それを長門が食っ  
た状態になっている。  
朝倉、そして長門のキャラ設定が、少しずつずれているような印象を受ける。  
ただし、朝倉にしても長門にしても、彼女たちから受けた説明は俺の記憶している1年前の長門と朝比奈  
さんのそれとほぼ同じ内容だった。  
 
ついでに、その後に古泉からも超能力者の説明を受けたが、それは1年前とまったく同じだったので、  
適当に流しておく。  
それにしても、どうなっているんだ?もはや俺の頭では理解不能だ。  
誰か答えを知っている奴がいたら教えてくれ。絶賛募集中だ。今なら金一封を進呈したい気分だぜ。  
 
              *  
 
そしてさらに数日後、朝の登校時、俺の下駄箱から1通の紙片が舞い落ちた。俺は人目をはばかって、  
休み時間にトイレの個室で開封したところ、それには放課後俺の教室で待ってます、という文言が綴  
られていた。  
便せんに書かれてあったその文字には、俺には見覚えがあった。紛れもなく朝比奈さんの丸文字だ。  
だが、なぜだ?まだ俺たちは面識がないはずだ。  
それとも彼女が異世界人という設定なのか?  
取りあえず行ってみよう。朝比奈さんの誘いを断るわけにはいかん。  
 
              *  
 
そして、ようやく長い回想が終わって、冒頭のセリフが来るわけだ。  
彼女に似合わない物騒な行動に、俺は呆然として二の句が継げなかった。ようやく朝比奈さんが登場  
したと思ったのもつかの間、未来人でも異世界人でもなく、朝倉のバックアップとして今まで稼働し  
ていて、しかも情報統合思念体急進派の指図によって、俺を殺そうとしている。  
俺は無性に悲しくなった。彼女に命を狙われるような世界は間違っていると思った。  
「あの、朝比奈さん。どうして俺を殺そうとしているんですか?」  
俺は体が動かないながらも、朝比奈さんを説得するため、唯一動く口を使った。  
「すみませぇん。でもこうしないとわたし叱られちゃうんですぅ」  
と、かわいらしい話し方とは裏腹に、ナイフを右手に持ち、俺の息の根を止めようと、こっちに向かっ  
てくる。  
 
タッタッタ……ツルッ、ズデーン。  
朝比奈さんは、自分で作った空間の障害物に足を取られて、見事につまずいてひっくり返った。  
どうやらここは元の朝比奈さんと一緒だな。何故か安心してしまった。俺の命が助かったわけではないが。  
長門と思い比べて見ると、朝比奈さんはとても万能宇宙人には見えない。せいぜいがハルヒにいいように  
もてあそばれる運命にある、無力な未来人だ。  
「ふみぃーん。いたいですぅ」  
まだ痛そうにしているが、自分の職務を思い出したのか、再びナイフを振りかざした。  
「キョンくん覚悟ですぅ」  
だが、あまり恐怖心はなかった。この後誰かが助けてくれるだろうという安心感と、いくらすごんでも  
まったく迫力のない朝比奈さんが相手では恐怖の感じようがない。  
 
その時、空間の一部に裂け目が入り、次第にそれが大きくなって、ついには崩壊した。  
そして朝比奈さんは恐怖に震えている。実に自分に自信のない宇宙人だ。  
「一つ一つのプログラムが甘いわ」  
朝倉涼子だった。  
「情報封鎖も甘いわね。だからあたしに気づかれるし、進入を許すのよ」  
「じゃ、邪魔するんですか?」  
「あなたはあたしのバックアップのはずでしょ」          
「あ、あなたの思い通りにはさまさせせん。わたしが彼を殺して見せましゅ」   
どこかで聞いたようなセリフだが、はるかに物騒だ。  
「うん、それ無理」  
このセリフ、いつか敵側として聞いたな。今度は味方でよかったぜ。  
「じゃあ、消えなさい。情報連結解除、開始」  
憐れ朝比奈さんは、砂のように風のように消え去ってしまった。  
長門と朝倉の時とは違って、あまりにあっさりだった。  
 
「キョンくん。無事でよかった」  
彼女の俺を見つめる潤んだ瞳は、虚構ではなく真実の輝きを彩っていた。  
朝倉は本当に俺のことを心配してくれているんだ。そう思うと、これまで疑っていた俺の態度が  
申し訳なくなってくる。  
朝倉は教室の再構成を完了すると、俺に抱きついてきた。  
「お、おい」  
「ごめんね。でもあなたが無事なことがわかって、とってもうれしくて。それより、あたしのバック  
アップのせいであなたにこんな目に遭わせてごめんなさい」  
長門と違って、俺にまっすぐに気持ちをぶつけてくる。こういった相手は今までいなかったタイプ  
だから、どう答えようか一瞬躊躇した。  
「そんなことないぜ。俺はお前にとても感謝している」  
俺は彼女の気持ちを傷つけないため、できる限りの笑顔を見せてそう伝えた。  
「もうこんなことはないと思うけど、もしもあったとしても、絶対あたしが守るから安心してね」  
「ああ、頼りにしてるぜ」  
「うん、まかせといて」  
やっと彼女も微笑んでくれた。思わずみとれるほどの良い笑顔だった。  
ただ、この体勢はまずい。顔が近すぎるし、こんな状況を誰かに見られでもしたら間違いなく誤  
解される。  
「でね、キョンくん。こんな時に言うのもどうかなって思ったんだけど、聞いてくれるかな」  
俺は首肯した。  
「あのね、あたしキョンくんのこと……」  
 
ガラッ  
「わっすれっもの」  
このタイミングでは行ってくる奴は、また谷口か?  
「あ、あんたたち…なにしてんのよ!!」  
ハルヒかよ!  
よりにもよってこいつか……。あの世のばあさんが手招きしそうだ。  
「え、えーと…これはだな…その……」  
まずい、あまりの状況に何も言い訳が思いつかない…。  
「なにかますいことでもあるの?涼宮さん。あたし、キョンくんに告白していたところなんだけど」  
な、なんてことを言うんだ!朝倉。  
「な、なんですって?涼子、キョンのこと好きなの?やめときなさい。後悔するわよ」  
「なんで、あなたにそんなこと言われなくちゃならないの?」  
どうでも良いが、俺を挟んでの険悪な会話はやめて欲しい。心臓に悪い。  
まるで第3次世界大戦が起こりそうなほどの雲行きの怪しさだ。  
 
だがハルヒは、こいつにしては珍しく動揺している。当然だ。ハルヒの一方的な主張に反論できる奴  
なんて、そうはいない。  
「そ、それは……」  
「それは?」  
ハルヒは顔を真っ赤にしながら言った。  
「あ、あたしもキョンのことが好きだからよ!!」  
な、なんだってー!?  
「そう、じゃああたしたちはライバルね」  
おいおい、なんでそうなるんだ…。  
「キョン!」  
「キョンくん!」  
 
「どっちが好きなの?」  
もう、勘弁してください…。  
 
            *  
 
結局2人からの告白は保留にしておいた。俺にはまだ決められん。それにこの世界のこともあるしな。  
そう、この世界の異変のことについては、不本意ながら、解説好きのハンサム男に助言を求めること  
にした。  
 
俺は、これまでのことをかいつまんで古泉に話した。もちろん時間移動をする前のことからだ。  
俺の話を余さず聞くと、少し思案顔になったが、その瞬間に結論が出たようだ。  
「本当に興味深い話ですね。もしあなたのおっしゃることがすべて本当ならば、我がSOS団に涼宮さん  
が望むものがすべて揃ったことになります」  
どういうことだ?  
 
「そうですね。じゃあ、こういったのはどうでしょうか。あなたは日本人ですね」  
当たり前だ。実はアメリカ人だったなんてことはねえよ。  
「そうですね。ですが、あなたが外国に行けばどうでしょうか?そこの人たちからはどう見られますか?」  
そりゃ外人に見られるだろうな。  
「そういことです。つまり、あなたがいた世界とは別の世界にたどり着いてしまったのだとしたら、  
その世界ではあなたは異世界人と言うことになります」  
俺が異世界人だと?どういうことだ?つまりこの世界は、俺が元いた世界とはまったく別の世界だと  
いうのか?  
 
「そう考えるのが一番可能性が高いんじゃないでしょうか。あなたからうかがった話では、人物とそ  
の役割にそれぞれズレを生じていたり、設定は同じでも、性格や性質が若干変わっていたりと、涼宮  
さんの起こした力とは思えない違いが生じています。突き詰めてみれば、そう考えるのが妥当なのでは  
ないでしょうか?」  
……なんてことだ…。では、俺は元の世界には戻れないのか?  
「わかりません。あなたがこの世界に来てしまってのは、時間移動中だということですから、そういった  
不安定な空間にいたことが、この世界で涼宮さんが望んだことを実現しやすくしたものだと思われます。  
ですから、あるいは元の世界の涼宮さんが強く願うか、それとも再び時間移動のような不安定な空間に滞  
在するか、どちらにしろ、確率的には雲をつかむようなものだと思った方が良いかもしれません」  
そして古泉は立ち上がり、去っていった。  
 
信じがたい話だが、そう考えてみればすべてのつじつまが合う。朝倉が復活して、長門の役割を食ってる  
なんて、どう考えてもハルヒが望むわけがないからな。  
奇しくもSOS団には宇宙人未来人超能力者、そして異世界人が揃ったことになるのか……。  
 
*  
 
さて、俺は元の世界に戻れるのか?それともずっとこの世界にいることになるのだろうか。  
考えたところでまるでまとまることはない。  
「あっ、いたいた、キョン!なにしてるの?みんなで買い出しに北口駅に行くわよ」  
「キョンくん一緒に行きましょ」  
「……行こ」  
 
まあ、いいさ。今はこいつらとSOS団の活動を楽しむか。  
それぐらいの余裕があっても良いよな。  
 
 
おしまい  
 

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