浴衣姿の長門と並んで地べたに座るという、ただそれだけのことが、なぜだか妙に心地  
よい。  
 今は夏、学校から少し離れた川沿いでの夏祭りに来ている。ハルヒたちも近くに居るは  
ずなんだが、三十分ほど前から離れ離れになっちまってな。人ごみに慣れて居なさそうで、  
さらに興味を惹かれたものに何も言わずひょこひょこ近づいて行ってしまいそうなのが他  
でもない長門で、だから俺はその小動物系のちょこまか動く少女が迷子にならないよう、  
付かず離れずついていたわけだ。そうしたら案の定、気が付いたらハルヒ達とはぐれてい  
たってわけ。  
 
 表向きは、そういうことにする。  
 ホントのことを言えば、ま、意図的にはぐれたんだがな。  
 
 
  ***  
 
 
 はぐれる前、まだ五人でかたまって歩いていたときのこと。  
 
「長門、人ごみ、大丈夫か」  
「……だいじょう、ぶ」  
 俺の右隣で、正面から来る人の波に身体を揺られながら、長門は答えた。浴衣も慣れない  
だろうし、全然大丈夫そうに見えない。ハルヒは先陣を切って、朝比奈さんの腕を引っ張り  
ながら波に逆らってずいずいと進んでいる。時たま振り返って、「はぐれたら承知しないわ  
よ!」などと叫んでくるのだが、まあはぐれるのは時間の問題だろうと思っていたさ。ちな  
みに小泉は、ハルヒと朝比奈さんにぴったりくっついて歩いており、わかるだろうがつまり、  
ハルヒ達が通ったあとにわずかな時間残される空間を利用して、苦労することなく歩いてい  
るわけだ。コバンザメのような姑息な手段をとりやがる。  
 
 さて。  
 俺だって、後先考えずに行動したくなることはある。  
 ハルヒから、俺の手元は見えないもんな。  
 
「長門」  
「なに」  
「……ほら、手かしな」  
 歩きながら、きょとんとした顔で俺の顔を注視してきた。さてはこいつわかってないのか  
俺の意図が。ちくしょう、恥ずかしいじゃないか。  
 だから俺は悔し紛れに、降ろされている長門の手を無理やり取ることにした。抵抗された  
ら止めればいい。  
「はぐれたらこまるからな」  
 俺に手を引かれたまま、そして人ごみに身体を揺られながら、ちょっと考えるそぶりをみ  
せ、それからこくんと頷きを返してきた。と、長門は俺を握り返す手を一旦緩め、俺の指の  
間に指を絡ませてきた。お互いがお互いの手の平を握り合うような、よくカップルがやって  
いるアレだ。  
 正直、女の人とこのタイプの手のつなぎ方をするのは初めてだったわけで……顔が赤くな  
るのが自分でわかった。……長門、このつなぎ方、知ってたのか。  
「……」  
 長門は答えない。いじらしいことこの上ない。  
 
  ***  
 
 
 長門と手をつないだまま、波を割ってどこかへ進むハルヒ達に遅れぬようくっついていく  
という絶え間ない努力をしていた俺なのだが、長門と手をつないでいるというそれだけで、  
なんだかもう着いて行く必要を感じなくなってしまった。いや、正確にいうなら、つまり長  
門と二人でこの祭りを楽しみたいと……思ったわけだ。  
 
「あー、長門、その、なんだ」  
 なんというかだな、ここは日本で、地続きだから、例えはぐれたとしても絶対どうにかな  
る。ハルヒ達がどこに向かってるのかいっこうにわからんし、人ごみを無理やり分けて進む  
のも疲れた。長門、嫌ならいいのだが、はぐれたことにして意図的にハルヒ達と離れてだな、  
俺達二人でいろいろ見て回らないか──  
「そうする」  
 俺が言い終わらないうちに、長門はくるりと振り返り、俺の手を引っ張って今来た道を物  
凄い勢いで戻り始めた。……ハルヒ以上の速度で、今度は人並みをずいずいと追い抜いて進  
んでいく。俺はと言えば、まわりの人にもみくちゃにされながら長門に手を引っ張られるが  
ままにされている。──さっきまでと立場が逆だ……。  
 
「長門っ! ながっ……おいっ! もう少しゆっくり──」  
 俺の声が聞こえたのか、ペースを落としてくれた。やれやれ。  
「長門よ、せっかくなんだから、歩くことも楽しもうぜ、二人なんだし」  
 そういいつつ、俺は空いていた左手で携帯の電源をひそかに切った。邪魔者の介入は阻止  
するに限る。後のことは後で考えよう。  
 
 
 そこからはもう、ひたすら楽しいだけである。ゆっくり歩いて出店をちょこちょこ覗き、  
射的で百発百中で商品をゲットする長門や、イカ焼きを口の周りをベタベタにしてうまそう  
にほおばる長門や、わたがしのできる様子に目を丸くして驚いていた長門、マジックを披露  
していた若者に「詐欺」とつぶやく長門、などなど、長門百景とでも言おうか、とにかくい  
ろいろな長門を拝むことができた。  
 途中、輪投げの輪が地球の物理法則を無視した飛び方をしたり、俺が引いたくじが三回と  
も一等賞(でかいくまのぬいぐるみとミニ電子ゲーム機、戦艦のプラモが当たった)だった  
り、軍手を丸めた球でのストラックアウトでマトの後ろのテントに穴があいたり、ダーツで  
全部ド真ん中に当てられたり、不思議なことがたくさん起こったが、ま、今日くらいいいだ  
ろう。  
 
 あちこちで入手した商品の詰まった袋を抱えた浴衣な長門の横顔は、無表情ながら楽しそ  
うだった。俺は俺で、口の周りをベタベタにした長門を見て思わず吹き出したり(あろうこ  
とか長門はそれでぷうとほっぺたを膨らませた)、やれやれと父親のような気分で口を拭い  
てやったり、真剣にマトを狙う幼稚園児を穏やかな気持ちで眺めたり(隣の長門もこのとき  
すごくいい表情だった)、ま、童心に返って心から祭りを楽しんだわけさ。  
 
 
  ***  
 
 
 ちょっと休憩、と、道を外れた芝生の上に並んで腰をおろした。近くの出店で飲物を買っ  
た直後である。そろそろ祭りも終盤、人の数も減ってきた。川べり。対岸に見える夜景が川  
面に写っている。  
「久しぶりだ、祭りでこんなはしゃいだのは」  
「わたしは初めて」  
「楽しいか?」  
「……楽しい。でもちょっと疲れた」  
 ま、あれだけはしゃいでたもんな。長門表情解析専門家の俺にはわかる。  
 
 と、こつんと右肩に重みがかかった。長門が頭を俺の肩に預けていた。  
「……寝ても、いいぞ」  
「……このままがいい」  
「……そうかい」  
 俺は長門の頭に手を乗せると、その細い柔らかい毛を楽しんだ。  
「……たのしい?」  
「ん?」  
「かみのけ」  
「ああ……うん、気持ちいい、かな」  
「……わたしも」  
 
「……寝ても、いいぞ」  
「……寝て欲しいの?」  
「……いや……ただ、まあ……お前の寝顔を見てみたくてな」  
「……それなら、家に泊まりにくればいい……」  
 
 驚いた俺は、長門の顔を覗き込む。  
 まぶたが半分ほど閉じた、酩酊したようなぼんやりとした視線が俺を捉えた。  
 
 
 かわいかった。  
 
 
 首に腕がまわされたと気が付いたのは、長門がそうしたその一瞬後である。長門はそのま  
ま体重を俺に預け、俺はそれに従って芝生の上にゆっくりと倒された。  
 きゅう、と、首にまわされた腕に力が入る。  
 長門は相変わらずぼんやりとした視線のまま、  
 顔を近づけ、  
 
 俺の、  
 ──に……  
 
 ──をして……  
 
 
  ***  
 
 
 こいつを絶対に離したくないと、俺は思った。俺の上に乗っている長門の腰に手を回すと、  
自分の中に取り込もうとするかのように、力の限り、抱き締める。そのまま、一度、二度、  
三度、長門にされたことをし返す。長門は長門でそれを返す。  
 
 しつこいまでにお互いを貪り合い、そのまま俺達は、  
 
 
  ***  
 
 
  対岸で打ち上げられた花火が、豪快な音と共に、川面に反射して光った。  
 
 

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