「「王様だーれだ!」」
記念すべきSOS団初の夏合宿2日目の夜、俺達は王様ゲームに興じていた。
『王様ゲーム』
多丸圭一さんの別荘での合宿2日目、突然の台風で外出もままならなくなってしまった俺達は
地下の遊技場で1日遊んで過ごした。
夕食後はハルヒの命により王様ゲームが開催され、SOS団の面々はハルヒの部屋の中、
ベッドを2つ繋げた上で輪になってクジを引いていた。
王様ゲームといえば、命令がだんだん過激になっていく、青少年にとってはお楽しみのゲーム、かと思っていたが、
ハルヒの出す命令は意外にもまともで、せいぜい『後ろを振り向きながら「大好き」と言う』程度だった。
俺はといえば、まあそれなりに楽しかったし、これも青春の一ページか、くらいにしか考えていなかったのだが。
「おや、今度は僕が王様のようですね」
古泉か。こいつも無難な命令ばかり出してたな。今度は何にするんだ?
「そうですね・・・そろそろ少し盛り上げていきたいところですね。
1番が2番の頬にキスをする、というのはどうでしょう?」
最初に爆弾を投下したのは古泉だった。
いやいやいやちょっと待て。何を言い出すんだ。お前はそんなキャラだったか?
問題があるんじゃないか?何かいろいろと。
「夜も更けてきましたし、頬にキス程度なら別に問題はないでしょう。それで、あなたは何番ですか?」
「俺は・・・」
俺は自分の引いたクジを見た。
「2番だ」
2番だと?ってことは俺が誰かにキスをされるのか。古泉ではないからハルヒか長門か朝比奈さんだよな。
王様が2番にキスをする、という命令じゃなかったのは古泉に残っていた一抹の良心の現れか。
「おや羨ましい。むしろ僕に感謝してもらいたいほどですね」
やかましい。この薄笑いエスパー少年め。
「私は4番よ。1番はだれなの?」
ハルヒは何故か不機嫌そうだ。妙なことに巻き込まれてないんだからもう少し喜べばいいだろうに。
「あの、1番はわたしみたいです・・・」
朝比奈さんが1番のクジをぴらぴらさせていた。
朝比奈さんだと?俺はあからさまに動揺した。
「いや、それは・・・色々と問題が・・・」
「意外ですね。あなたなら喜ぶかと思ったのですが。それとも朝比奈さんでは不満ということでしょうか」
いや決してそんなことはないしむしろ是非お願いしたいところではあるんだが如何せん俺達はまだ高校生であり
ゲームだからといって無理矢理キスをさせるなんてことは俺が良くても朝比奈さんは承知しないだろうししかも・・・
なんてことをモノローグしていると、朝比奈さんがこっちを見つめているのが目に入った。
「・・・キョンくん、わたしじゃイヤなの?」
「いっいえ、決してそんなことは!」
俺は慌てた。朝比奈さんが涙目になってるじゃないか。誰だ朝比奈さんを泣かせた野郎は。
考えてみればこんなチャンス滅多にあるもんじゃないんだ。
朝比奈さんもそれほど嫌がっているわけでもなさそうだし、ここは王様ゲームのテンションにまかせて
彼女の愛らしい口付けを頂いてしまって何の不都合があろうか。いや、ない(反語)。
「朝比奈さん、本当にいいんですか?」
「は、はい。王様の命令ですから・・・」
何て健気な。上の人の命令には無条件で従うように教育でもうけてるんだろうか。
こうして俺は朝比奈さんの口付けをありがたく頂戴することになった。
断っておくが、命令だから仕方なく、なのだ。
朝比奈さんが俺のとなりに座って真剣な顔をする。
「キョンくん、行きますよ」
「は、はい、お願いします」
朝比奈さんの唇が近づいてくる。考えてみれば変な光景だ。
ベッドの上で2人がキスをしようとしていて、それを女2人男1人がじっと見守ってるんだからな。
「何もたもたしてんのよ!たかがゲームなのよ。ちゃちゃっとやっちゃいなさいよ!」
ハルヒの怒声にも後押しされ、朝比奈さんのやわらかい唇が俺の頬に触れた。
ちゅっ
正直、たまりません。
朝比奈さんはさっきから顔を赤くしてうつむいてしまっている。
ゲームとはいえ申し訳ないことをさせてしまったのだろうか。俺のせいではないが。
あとで古泉をボコボコにして差し出しますから元気出してくださいよ。
「キョン!いつまでボケっとしてるの!さっさとクジ引きをするわよ!」
ハルヒが目をギラギラさせている。
もうちょっとまてよ。この感触を記憶に焼き付けておきたいんだからさ。
「ふん、どうせそんなのすぐ忘れちゃうんだから」
ハルヒが意味深なことを言う。何考えてるんだ?
「では次の王様を決めましょうか」
古泉がクジを持ち、俺は王様ゲームも佳境に入ってきたな、なんてことを考えながらクジを引いた。
む、1番か。ここしばらく俺に王様の番がまわってこない。
古泉はまた何かをたくらんでいるかもしれんし、ここは長門か朝比奈さんあたりに王様をやってもらいたいところだ。
そういえば長門はまだ1度も王様になってないな。
「私が王様よ!」
ハルヒが満面の笑みをたたえてクジを高々と掲げた。星マークがついている。
よりにもよってこいつか。俺が疲れるやつはよしてくれよ。
「涼宮さんですか。これは楽しみですね」
「ふふふ、やはりSOS団団長たるもの、常に命令する立場にいるのは当然よね。さてどうしようかしらね・・・」
ハルヒがメンバーをぐるっと見渡す。
ん?今古泉とハルヒがなにか合図を送り合ったような気がするぞ。アイコンタクトみたいな。
「決まったわ」
ハルヒがこっちを見ている。とたんに冷や汗が流れた。
とてつもなく嫌な予感がするぞ。なんかこう、蛇に睨まれた蛙のような。
「1番が王様にキスをするのよ。しかもほっぺになんていう生やさしいものじゃないわ。
口と口をしっかり合わせて舌も入れること。最低でも10秒はしてもらうわよ!」
「待て!」
俺は脊髄反射的に叫んだ。
「何故俺がお前とディープキスをせにゃならんのだ!」
「あら、キョンが1番だったの?奇遇ね」
何が奇遇だ。今絶対古泉の合図で俺の番号を知っただろう。
ハルヒ専用のイエスマンにクジを持たせたのは失敗だった。俺としたことが。
「まあキョンでいいわ。さあ、命令に従ってもらうわよ」
ハルヒが迫ってくる。俺は身の危険を感じた。
「断固拒否する。 ゲームで、しかも人前でそんなことができるか」
焦るあまり、俺は自分もきわどい発言をしていることに気付いていなかった。
「ふーんそう。でも王様の命令は絶対なのよ。どうしても嫌っていうなら実力行使しかないわね」
ハルヒの目が危険な輝きを放った。
「2番と3番!キョンを取り押さえなさい!」
古泉が俺の右腕を、朝比奈さんが左腕をつかんで押さえつけた。
「命令ですから仕方ないですね。大人しくしていてもらいますよ」
「ふぇ・・・王様の命令です」
古泉は笑顔に似合わず馬鹿力だし、朝比奈さんを振り払うことなどできない。
俺は無力にも取り押さえられてしまった。
「さあ行くわよ。覚悟はいい?」
いいわけないだろう。俺のファーストキスはこいつに奪われてしまうのか。
いやまて、閉鎖空間の中での1回があるか。でもこいつがそれを覚えているかは定かじゃないな。
そんなことを考えてる間に、ハルヒの顔が近づいてくる。
やめろ、冷静になれ!
「んっ・・・」
ハルヒの唇と俺の唇が重なった。あのときと同じ感触だ。
「ん、ふぅ、んあ・・・」
そのまま舌を割り込ませてくる。
気付けば古泉と朝比奈さんは手を放していた。その気になればハルヒを簡単に振り払える。
しかし俺は、あまりの気持ちよさにそんなことは考えられなくなっていた。
自分の舌も動かし、ハルヒと舌を絡める。
「ん、ぅん、ふぅ」
俺はハルヒとのキスに夢中になっていた。
「ふふ・・・ごちそうさま」
ハルヒが唇を拭う。
気付けば俺とハルヒは10秒どころかたっぷり1分以上唇を重ね合っていた。
「いやあ、いいものを見せてもらいました」
元凶である古泉はさわやかに笑っている。
「キョンくん、凄かったです・・・」
朝比奈さんはさっきから赤かった顔をさらに真っ赤にしてうつむいている。トマトのようだ。
長門は・・・
「・・・」
こいつは相変わらず無表情だな。冷静な長門を見ているうちに、
アドレナリンが出っぱなしだった俺の頭も少しずつ冷えてきた。
このままゲームを続けていったらえらいことになる。
ハルヒは望む限り王様の地位に居続ける可能性が高いし、
こいつの命令はどんどんエスカレートしていきそうな気がする。何故か対象は俺限定で。
俺は長門に近づき、ハルヒに聞こえないようにそっと耳打ちした。
「なあ、頼みがあるんだが」
「・・・なに」
「次のクジ引き、どうにかして俺を王様にしてくれないか?」
「・・・・・・・・・」
長門は俺をじっと見つめた後、
「わかった」
と短く返事をした。
やれやれ、これで大丈夫だ。王様命令でさっさとこのゲームを終わらせてしまおう。
長門が何か言いたげな目でこっちを見てるような気がするが、
こいつに任せておけば大丈夫だ。何しろクジ引きの女神だからな。
「キョン、何やってるの!さっさと次いくわよ!」
ハルヒがハイテンションで叫ぶ。次も王様になる気満々のようだ。
残念だったなハルヒ。こっちには長門がついてるんだ。
「「王様だーれだ!」」
・・・俺が引いたクジは3番だった。どういうことだ?
長門がミスをするなんてことがあるのか?まさかハルヒの変態不思議パワーが長門の能力を上回ってしまったのか?
「うーん残念。王様は誰?」
ハルヒが周りを見回す。王様はハルヒでもないのか。
「僕でもないようですね」
「わたしでもないです・・・」
古泉と朝比奈さんでもない。ということは・・・
「私が王様」
宇宙人製のアンドロイドが星マークがついたクジをかかげていた。
俺は絶句した。長門が俺の指示に従わなかった。
いや別に俺は長門の主人でもなんでもないんだが、さっき長門は確かに「わかった」と言った。
俺は長門を全面的に信頼していたし、こいつは俺に嘘をついたことは一度もなかった。
どうなってるんだ?
「そういえば有希が王様になったのは初めてね。何を命令するの?」
ハルヒが身を乗り出す。
そうだ、問題は命令の内容だ。しかし長門なら安心だろう。
ひょっとしたら俺の代わりにゲームを終わらせてくれるつもりなのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
長門は数秒間の沈黙のあと、
「3番が王様を抱く」
と言った。
空気が凍り付いた。
ああ、あれだよな。抱くってのは軽く抱きしめることだよな。
この妙な雰囲気に流されたんだな。長門も結構かわいいとこあるな、うん。
「違う」
長門は俺の希望をうち砕いた。
「抱く、というのは単なる抱擁を意味しているのではない。
私の命令は、文字通り性行為を指している。具体的には、3番の男性器を王様の女性器に挿入する」
ああ頼むよ長門。なんで3番が男だって確信をもってるんだよ。
しかも女性器があるなら王様じゃなくて女王様じゃないか。
俺の頭は現実逃避を始めていた。
「な、なに言ってんの!そんなことできるわけないでしょ!」
ハルヒが怒鳴る。
「王様の命令は絶対。さっきあなたがそう言った」
長門が淡々と告げる
ああ、長い夜になりそうだ。
<とりあえず終わり>