「3番が王様を抱く」
「王様の命令は絶対。さっきあなたがそう言った」
俺は狼と化した長門に詰め寄られていた。
『王様ゲームU』
「待て長門、とりあえず落ち着け。冷静に話し合おう。な?」
「私は落ち着いている。あなたは指示に従えばいいだけ。私に任せて」
任せてなんて冗談じゃない。こういうのは男がリードするもんだ。
いや違う、間違えた。こういうことは互いの合意の上に行うべきものだ。
あれ、これもなんか違う気がする。落ち着け、落ち着くんだ俺。
「性行為は順序立てて行うことが重要。まず、3番が王様に口付けをする」
長門が顔を近づけてきた。俺は思わず後ずさりを・・・あれ。
体が動かない。
前に朝倉に殺されかけたときと同じだ。くそう、それは反則だろう。
やわらかい唇が重ねられる。いや、やめ、
・・・
「一般的に、挿入の前には愛撫と呼ばれる作業を行い、互いの性的興奮を高め合うことが多い。
よって、3番が王様の身体を触る」
て、手が勝手に、
・・・
10分後、情けないことに俺の性的興奮はもう既にMAX爆発寸前になっていたが、
長門は容赦無しに次の命令を出してきた。
「標準的な方法に従い、衣服を着用しないで性行為を行う。3番が王様の服を脱が」
「駄目!それ以上はダメよ!」
我慢できなくなったのか、ハルヒが俺達を無理矢理引きはがした。
ちなみにそのとき、俺の手はパジャマの中の長門の胸と下半身をしっかり触っていて、
長門も俺の下着に手を突っ込んでいた。
「今は私が王様。あなたには私の行動を止める権利は無い」
長門は明らかに不満そうだ。
「あるわ。いい?王様がしていい命令は2つまでなのよ。2つ目が終わった時点で王様の権利は消滅するわ!
SOS団団長命令によりこれ以上は禁止よ!」
なんだそりゃ。初耳だぞ。1つじゃなくて2つなのはさっき自分が命令を2つ出したらか。身勝手なやつめ。
と思ったが言わないでおく。この状況をどうにかするにはハルヒの言う通りにするのが得策か。
しかしそんな屁理屈で暴走状態の長門が納得するとも思えないが。
「・・・うかつ」
以外にも長門はハルヒの言うことを受けいれ、俺から離れた。
俺は安心して力が抜けた。このままだと長門と行くところまで行ってしまいそうな気がした。
ハルヒの無茶な意見に救われたな。
俺の表情から何を読みとったのか、長門がこっちを見て言う。
「安心して。既に私達の性的興奮は十分に高まっている。次の命令で性行為を行える」
いやあの、そういうことじゃなくてですね。
「ふん!そんなことさせるわけにはいかないわよ!」
ハルヒの表情を見てまた不安がよぎった。
ひょっとしたら、俺が痴態を晒すのが先延ばしになっただけかもしれない。
・・・もう十分晒している気もするが。
『ぱっぱっぱぱぱぱやっぱぱぱらぱっぱっぱっぱぱー』
古泉の携帯が突然鳴り出した。
「すいません、ちょっと失礼」
古泉が窓際に近づき電話に出る。
ふと朝比奈さんを見ると、耳に手を当てて何かに気付いたような表情をしている。
長門も透き通った目で天井を見上げていた。この感じは見覚えがあるぞ。まさか。
「もしもし、ええ、はい・・・何ですって?もしもし?もしもし?」
電話が途中で切れたらしい。
「ちょっとこちらへ来て頂けますか?」
古泉が手招きをしている。俺はゲームの休憩を宣告し、窓際に駆け寄った。
「まずいことになりました」
古泉が小声でささやく。なんとなく想像はつくが言ってみろ。
「大規模な閉鎖空間が発生しました」
はあ、またか。しかし今回は元はといえばお前のせいだろう。責任持って何とかしろよ。
「僕としては涼宮さんとあなたに少々楽しんでもらうだけのつもりだったのですが・・・
長門さんがあのような行動に出るとは予想外でした。涼宮さんのイライラは現在頂点に達しています。
しかし、今大事なのは閉鎖空間が発生した場所なんです。」
「場所?どういうことだ」
「カーテンの隙間から外を見てください。涼宮さんに気付かれないように」
カーテンを少しだけ開き、窓の外を見る。俺は自分の目を疑った。
灰色の空。遠くの森で立ち上がっている巨人。
「閉鎖空間・・・」
「その通りです。この島全体を覆うように閉鎖空間が発生しています。我々は今その中に閉じ込められているのです」
「ちょっと待て。お前はともかく、何故俺達まで空間の中にいるんだ」
「一般人が何かの拍子で閉鎖空間の中に入ってしまうことはたまにあります。
しかし今回のように一度に何人もが閉じ込められるのは極めて珍しいケースです。
おそらく、閉鎖空間に自由に出入りできる僕が発生地点にいたことや
長門さんが先ほど行った情報操作の複合的な影響で、この部屋にいる全員が空間に入ってしまったのでしょう」
何てこった。ただのゲームではすまなくなってきたな。
「脱出の手はあるのか?」
「簡単ですよ。王様になった人が涼宮さんに命令すればいいんです。
ゲームを終了して、今日はもう解散する、とね」
そんなことでいいのか?ハルヒの願望を聞いてやった方がいいような気もするが。
俺がそう言うと、古泉はふふっと笑った。
「この状態で涼宮さんを王様にするのは極めて危険です。考えてもみてください。涼宮さん自身もこの空間の中にいます。
今の状況は、以前あなたと涼宮さんが2人で閉鎖空間に閉じ込められたときとほぼ同じなんですよ。
涼宮さんは今、新しい世界を構築しようとしているんです。外にいる神人を僕が倒したところで、それは止められません」
だから何だっていうんだ。
「涼宮さんが次に王様になったら何を命令するか。いくらあなたでも想像がつくでしょう?
そしてその命令を実行した結果、彼女がこちら側の世界に満足してしまったら・・・
僕たちは二度とこの世界から出ることはできませんよ。それどころか、現実世界が崩壊する恐れすらあります」
俺は唖然とした。次のクジ引きで、ハルヒは今まで以上に強く王様になりたいと願うだろう。
ハルヒが望めばそれは現実になる。世界はこの新しい空間で埋め尽くされてしまうというのか。
「大丈夫ですよ。次は僕が王様になります」
何だって?
「僕は超能力者ですよ。閉鎖空間の中ではたいていのことはできます。クジの操作など朝飯前です。
涼宮さんはああ見えてルールを順守する人です。その彼女が、王様の命令は絶対であり
命令には2つまで絶対に従わなくてはいけない、と決めたんです。
僕が王様になって、2つ目の命令でゲームを終了させれば、彼女は必ずこの空間を正常に戻しますよ」
古泉に任せておけば大丈夫、ということか。俺はため息をついた。
ん?2つ目の命令?
「待てよ、お前が次に王様になったとして、1つ目は何を命令する気なんだ?」
「いえ、次の回はですね。僕も王様の権利を行使したいと思っているんです。今度は自分の為にね」
古泉が笑顔をこちらに向けた。
「先ほどのあなたたちを見ていたら、僕もちょっと精神が高揚してしまいましてね」
その瞬間、全身に鳥肌が立った。古泉が男のくせに艶っぽい表情でこっちを見ている。
脂汗が流れる。前から怪しいと思っていたが、まさかこの野郎は・・・
「たいした命令ではありません。きっとあなたも満足させられると思いますよ」
俺は光の速さで後ろに下がり、古泉との距離をあけた。
俺の全神経が警報を発している。こいつを王様にしてはいけない。
世界は救われるかもしれんが、俺が心に一生ものの傷を負うことになりかねん。
「心配しないで」
うわっ。びっくりした。気配を殺して後ろに立たないでくれ。長門よ。
「次も私が王様になる。あなたを彼の好きにはさせない」
何て頼もしいセリフだろう。そうだ。長門が王様になればいいんだ。
長門も1つ目の命令でさっきの続きを要求するかもしれないが、
このホモ野郎の餌食になるよりはるかにマシだ。
その後2つ目の命令でハルヒを止めてくれるんだろ?
「その必要はない。今回は私もこの空間内に存在している。前回と違い、情報統合思念体は
私を通じて涼宮ハルヒの情報を受け取り続けることができる。進化の可能性は失われない」
え、あの、長門さん?
「それに」
長門は心なしか頬を赤らめたような気がした。
「あなたと2人、この空間で倒錯した関係を続けるのも悪くない」
・・・・・・
ダメだ。やはりダメだ。長門も王様にさせられない。この灰色の世界でずっと過ごす羽目になる。
俺は現実世界にまだそれなりの愛着があるんだ。
「長門さんは王様にはなれませんよ。仮にも僕は、涼宮さんに力を授けられた超能力者です。
閉鎖空間の中では僕の力は長門さんを上回ります」
「・・・私の情報操作能力の方が上」
古泉と長門がにらみ合いを始めたとき、ハルヒが叫んだ。
「ちょっと!いつまで3人でこそこそ話してるのよ!
まさか私をはめようとして打ち合わせしてるんじゃないでしょうね!」
違うんだハルヒ。俺達はたった今敵同士になったんだよ。
ハルヒの怒鳴り声に従い、俺達は再びベッドに戻り、円陣を組んで座った。
俺は気を落ち着けて、考えを整理することにした。
しなければならないことは分かっている。
ハルヒが王様になれば世界が崩壊。
古泉が王様になれば俺が餌食に。
長門が王様になればこの空間に監禁。
この状況を打開するために、俺がするべきことは1つ。
自力で王様になるしかない。
超能力者がどんなインチキをしようが、宇宙人が何を情報操作しようが、
空間の創造主がどんな変態パワーを使おうが、
それをはねのけて王様になる。そしてこの狂ったゲームを終わらせる。
それしか道はない。
「間を空けてしまって失礼しました。それではゲームを再開しましょうか」
さっきの様に、古泉がさりげなく5本のクジを持った。
「待て」
俺は古泉を制止する。
「お前は何をするかわからん。クジは朝比奈さんに持ってもらう」
「おやおや、信用ありませんね」
クジを持たせただけでそいつが有利になりそうな気がする。
ここは、俺と同じように何の力も持たない普通の人間である朝比奈さんにお願いするしかない。
・・・この集団って普通の人間の方が少数派なんだな。今更だが。
「わ、わたしですかあ?別にいいですけど・・・」
朝比奈さんが古泉からクジを受け取った。他の連中も同意したようだ。
3人とも、誰がクジを持っても自分の優位に変わりはないと思ってるんだろう。
俺にはそんな余裕はない。王様になる可能性を少しでも上げておかなくては。
ハルヒが場を取り仕切る。
「さて、では次のクジ引きを始めるわ。今回は、私が合図するまで自分の引いたクジを見ちゃ駄目よ。
その方が盛り上がるんだから。ま、どうせ私が王様になるんだけどね」
相変わらず凄い自信だな。こいつの場合、その根拠のない自信が現実になってしまうんだから恐ろしい。
「さ、キョン、あんたからよ」
最初に引かせてくれるのか。ありがたい。
「ど、どうぞ」
朝比奈さんがクジを俺の前で広げた。
途端、空気が変わった。
左右から凄いプレッシャーを感じる。
長門を横目で見ると、口を高速で動かしている。
古泉を見ると、左手がうっすらと赤く光っている。
朝比奈さんがカタカタと震えだした。
当然だ。俺も寒気がする。宇宙人と超能力者がその力を全力で使っているのだ。
もうこの部屋は完全に異空間化しているんじゃなかろうか。
お前らハルヒに気付かれる心配とかちょっとはしろよ。
「何やってんのキョン!さっさと引きなさいよ!」
平気そうな顔をしているのはハルヒだけだ。
ここがハルヒが造り出した空間の中だからなんだろうな。
俺は深呼吸し、5本のクジを見つめる。
このクジ引きに、世界の運命と俺の貞操がかかっているのだ。
確率は5分の1、いや多分それ以下。
しかし失敗は許されない。
・・・
・・・・・・
ダメだ。さっぱり分からん。ていうか俺に分かるわけないか。
目を閉じた。
昔の偉い人も言っていた。考えるな、感じるんだ。
・・・・・・・・・・・・
俺は目を開けた。腹をくくるしかない。
「これだ!」
俺は、自分の勘を信じてクジを引き、記号が書いてある部分を手で握って隠した。
やるべきことはやった。後は運を天に任せるのみだ。
他の3人がクジを引くときには、部屋に満ちている異様な空気はますます濃くなっていた。
朝比奈さんは目に涙を浮かべながら汗をダラダラと流し、
俺も今すぐ部屋を飛び出したい衝動を抑えるのが精一杯だった。
クジ引きが終わっても、部屋はまだ緊張感に満ちていた。
といっても実際に緊張していたのは俺だけか。
ハルヒ、古泉、長門は余裕の表情をしている。それぞれが自分の勝利を確信しているんだろう。
「みんな引いたわね。じゃあ合図したら自分のクジを見るのよ。
ふふっキョン、覚悟はできてるわね?」
ああ、できてるともさ。もうなるようになれ。
「いくわよ。せーの!」
自分が引いたクジを見る。
・・・・・・・・・4番。
俺は絶望的になった。駄目だったのか。
もう世界は終わってしまうのか。俺の純潔は散ってしまうのか。
周りを見回した。誰が王様になったんだ。
そこで俺は意外な風景を見た。
・・・古泉の顔から笑顔が消えている。
長門は一件無表情だ。しかし俺はそこから驚愕の色を読みとった。
ハルヒは呆然としながら自分のクジを見ている。
この3人は当たりを引いていない。
ということはまさか・・・そんなことが・・・
俺達の視線はある1名に集中した。
「えっと、私が王様です・・・」
朝比奈さんが持つクジには、確かに星マークが記されていた。
朝比奈さんが王様?何故朝比奈さんなんだ。
人外の3人が全力で王様になろうとしたのに、未来から来たということ以外は普通の人間である
朝比奈さんがどうやって当たりを引き当てたんだ。わけがわからない。
「みくるちゃんが王様?何で私じゃないのよ、もう。
・・・まあ仕方ないわね。何を命令するの?」
ハルヒはさらに不機嫌になったようだが、朝比奈さんが王様になることを認めたようだ。
こいつは自分で決めたルールを必ず守るってのはどうも本当らしいな。
「あ、ええっと・・・」
朝比奈さんは救いを求めるように俺の方を見た。
まさかこんな展開になるとは思わなかったが、これはチャンスだ。
さっきの話し合いには参加していなかった朝比奈さんだが、閉鎖空間の発生には気付いているらしいし、
世界が崩壊するようなことを望んだりはしないだろう。
俺は朝比奈さんに、必死で目線のメッセージを送った。
お願いします。空気を読んで下さい。このゲームを終わらせましょう。
俺の目線をとらえた朝比奈さんは少しの間きょとんとしていたが、
やがて、何かに気付いたようにぱっと明るい表情になった。
やった、伝わった。さすが朝比奈さん。もう大丈夫だ。
朝比奈さんは軽く息を吸い、最後になるであろう王様命令を発令した。
「えっと、みんなで一緒にやりましょう!」
・・・はい?
「あの、だから、参加できるのがキョンくんと2人だけだと寂しいからみんなで・・・」
ななななな何を言ってるんですかあなたは。俺の視線から何を読みとったんですか。
朝比奈さんは「これであってますよね?」とでも言いたげな表情をしている。
ハズレですよ。大ハズレです。
寒気を感じて振り向くと、ハルヒが不敵な笑みを浮かべながら近づいてきていた。
「ふふ、キョン、今の聞いた?知ってる?王様の命令は絶対なのよ!」
や、やばい。おい古泉。助けてくれ。
「命令では仕方ありませんね。無力な僕はただ指示に従うのみです」
古泉も俺の方へ近づいてきた。
ダメだ。長門、お前だけが頼りだ。どうにかしてくれ。
「・・・大丈夫。体力は私が補給する。心行くまで性交を行って」
長門はまたとんちんかんなことを言っている。
俺はハルヒに押し倒された。
よ、よせ、やめろ、う、うわああああああああああああああああああああ!
ここから後は後日談だ。合宿から帰る船の甲板で、俺は古泉の話を聞いていた。
ハルヒは朝比奈さんとはしゃいでいるし、長門は相変わらず本を読んでいる。
ちなみにあの後の阿鼻叫喚の地獄絵図は思い出したくもない。ていうか最後の方は記憶も曖昧だ。
「なあ、あのとき何で朝比奈さんが王様になったんだ?」
「僕達3人が全力で他の人が王様になるのを阻止しようとしたため、誰も当たりを引くことができず、
結果的にクジを引かなかった朝比奈さんが王様になってしまったわけです。予想外の展開でした」
そんなものなのか。超能力者の力もたいしたことないな。
古泉が俺に何かをしたのかは意図的に聞かないことにした。記憶がないのは神の救いだと思いたい。
古泉が話を続ける。
「ゲームの結末に深く満足した涼宮さんは、自分からゲームの終了と解散を申し渡しましたよ。
閉鎖空間は綺麗に消滅しました。あなたが頑張ってくれたおかげで世界はまた救われたわけです。
感謝していますよ」
何が感謝だ。そもそもの元凶はお前じゃないか。
「おや、あなたも結構楽しんでいたように見えましたよ?」
ん、まあそう言われてみればそうかもな。最後のクジ引きは人生最高のギャンブル気分だったしな。
結果オーライってやつかな。うん。
ケツが若干痛い気がするのは俺の気のせいだよな。な?
<おわり>