「キョンくん今週の土曜日暇かな?暇だったら、めがっさいいところに案内するから、あたしと  
デートしないかい?」  
 
俺はいつものように、放課後のSOS団部室で古泉とチェスを打っていた。ハルヒはパソコンとにら  
めっこ、朝比奈さんは何か編み物をしている。そして長門は六法全書を黙読していた。  
そんなときだった。我がSOS団名誉顧問であらせられ、良家のお嬢様兼学校きっての切れ者の鶴屋  
さんが、ノックをして部室に入ってきた。  
 
「やっほー、みんな元気してる?」  
爽やかな挨拶とともに鶴屋さんが部屋に入ると、メイド服姿の朝比奈さんがいそいそとお茶の用意  
をしている。鶴屋さんはその姿を愛でつつ、団長席まで行き、ハルヒと雑談を交わしている。数分  
のち、朝比奈さんからお茶を受け取り、のどを潤すと今度は朝比奈さんと談笑を始めた。  
今日はただ遊びに来ただけかと思っていると、朝比奈さんとの雑談が一段落したらしく、俺の席の  
横、つまり団長席の真正面に立ち、ニカッと笑いながら冒頭のセリフをおっしゃったのだ。  
 
俺は驚いたね。あまりにも驚いて、口に含んで味わっていたお茶を余さず古泉の顔に吹き出して  
しまったぐらいだ。別に古泉は気にしていないようだからかまわないがね。  
しかし、さらに驚いているのがハルヒだ。思ってもいない人から突拍子もないセリフが飛び出すと、  
ハルヒといえども唖然とするようだ。  
「ハルにゃん、ちょっとキョンくん借りるけどいいかな?」  
鶴屋さん、そこでなんでハルヒに許可を求めるんですか。俺はハルヒの所有物じゃありませんよ。  
 
あっけにとられていたハルヒも、鶴屋さんには何か考えがあるんだろうと察したのか、  
「いいわ、鶴屋さん。キョンなんかでよかったら、どんどん使ってちょうだい。掃除洗濯炊事、  
下働きでもOKよ。レンタル料はタダにしとくから」  
人をなんだと思ってるんだこの女は。俺を奴隷だとでも思っているのか?鶴屋さんもケタケタ笑って  
いないで、ハルヒを抑えてくださいよ。  
「ごめんよ、キョンくん。ハルにゃんと話してると、本当におもしろくってさ」  
ハルヒがおかしいのには同意しますが、俺はあなたのようには楽しめませんよ。  
 
「ところでキョンくんはOKかい?お姉さんとデートをしてくれるかな?」  
「別に用事はありませんから、いいですよ。ただ、どこに行くんですか?」  
 
「ホテルっさ」  
俺とハルヒがまたお茶を吹いちまった。標的はもちろん古泉だ。2度もスマン。  
「あれれ?キョンくんにハルにゃん。何を想像してたのかな?それともキョンくん、お姉さんといけ  
ないことをしたいのかな?」  
な、何を言い出すんですか鶴屋さん。とんでもないことを言わないでください。ハルヒなんか赤く  
なってわなわな震えてますよ。  
 
「冗談さ、キョンくん。キョンくんが想像しているようなホテルじゃなくて、れっきとしたシティホ  
テルさ。そこのランチでもどうかなって思ったのさ」  
さりげなく俺をけなしましたね。まあ、俺も一瞬想像しちまったけど…。  
「じゃあ、今週の土曜日にキョンくんの家まで迎えに行くから、その時またよろしくにょろ」  
じゃねー、といいながら鶴屋さんは去っていった。騒動の火種を残して……。  
 
「キョン。あんた鶴屋さんに何かしたら市中引き回しの上、打ち首獄門だからね」  
俺がそんなことするわけないだろ?朝比奈さんならともかく。それにお前は時代劇の見過ぎだ。  
普通の死刑からバージョンアップしてやがる。  
 
 
日は過ぎて、早くも約束の土曜日がやって来た。  
今朝は、妹に起こされるまでもなく自然と目が覚めた。よほど緊張していたんだろうな。この緊  
張感は、朝比奈さんとデートしたときとはわけが違う。なんといっても政財界にさえ力を及ぼすと  
いう鶴屋家次期当主とのデートだからな。  
俺は良家のお嬢さんとのデートということで、考えられる限りの上等そうな服を纏って、玄関で  
動物園の熊のようにウロウロしながら、鶴屋さんを待っていたわけだ。  
 
約束の時間ぴったりに、鶴屋さんの家の高級車が俺の家の前で止まった。こんなに高級そうな車は、  
普段見ることはないだろし、これを買うにはサラリーマンの給料じゃ数年分が必要だろう。  
俺はまさに度肝を抜かれて、鶴屋さんが俺を呼びにくるまで呆然としていたほどだ。  
迎えにきてくれた鶴屋さんは、思っていたほど服装は形式張っておらず、どちらかというとラフな  
出で立ちだと言える。そして今日も爽やかな、明るい笑顔を見せて、  
「キョンくんこんちわー。どうだい?今日もめがっさ元気そうだね」  
ええ、鶴屋さん。今日は誘っていただいてありがとうございます。  
 
車の乗り心地は最高だった。普段俺が乗っているものは本当に車なのかと疑いたくなるほどだった。  
運転手の腕もあるだろうが、加速も減速も実にスムーズで、乗員にはほとんどショックを与えるこ  
とはない。  
高速道を何本か乗り継ぎ、車が向かったホテルは、東京のトップホテルの地方支店版だった。  
そこは都市のターミナル駅からは少し離れているが、川沿いのなかなか環境のいいホテルだ。もち  
ろん俺のような一般庶民にはまるで縁はない。おそらく一生ないだろう。  
車を降りると、俺は鶴屋さんに案内されるまま、彼女の後ろをカルガモのようにひょこひょこつい  
て行った。  
さすがに鶴屋さんはこういった場所には慣れているようで、動作に迷いがない。もちろん通路を間  
違えることもない。  
 
彼女について行った先は、企業の発表会にも使用できそうな広大なホールだった。  
そこには何台かテーブルが分散しており、テーブルクロスがひかれた上には様々の豪勢な料理が並んで  
いた。  
鶴屋さんはランチと言っていたが、どうもバイキング形式のようだ。ただ、この会場にいる人間はどう  
見ても普通じゃない。彼らの持つ雰囲気が他とは違っている。よく見ると、俺にも見知った有名人とい  
うより政治家が何人かいた。何か非公式のパーティーだろうか。  
すでに食事は始まっているらしく、めいめいが皿に料理を取り、空いているテーブルに着いて談笑を  
しながら食事を始めている。  
ただ、鶴屋さんが会場にはいると、彼女はよほどの重要人物なのか、司会者から来場者に向けて紹介  
された。何故か俺までも一緒に紹介されたのが不思議でならなかったが…。  
 
「キョンくんも好きにとっていいからね。じゃんじゃん食べておくんな」  
しかし、そうはいっても俺のような庶民には場違いで、非常に居づらい。それに、周囲の見知らぬ  
人間から視線を受けているような気がする。これは鶴屋さんの連れだからということだろうか。  
俺は鶴屋さんの他に話すような相手もなく、1人片隅でもくもくと食事をしていた。  
それでも、ようやく少しはこの異様な雰囲気にもなれて、緊張感もほぐれてきたのか、料理に舌鼓  
を打つ余裕が出てきた。  
 
だが、それもつかの間、俺はかつて感じたことのある、肌を刺すような危機感を憶えた。  
「キョンくん、しゃがんで」  
誰かが俺に向かって叫んだ。だが、聞こえるかいなかの瞬間に、俺は頭を無意識のうちに下げていた。  
その刹那、ついさっきまで頭があった空間を何かが通り過ぎて、前にあったテーブル上の氷細工を破壊  
した。  
そのままいれば命がなかったかと思うと、背中を怖気が走る。  
俺は、すぐに姿勢を低くしながら柱まで走り寄って、それを背にしてしゃがんだ。  
辺りを見回してみても不審者は見えなかったが、俺に何かを飛ばしたと思われる方向に、よく俺の見知っ  
た連中が駆けていった。  
『機関』の森さんと新川さんだった。彼らもこの会場にいたのか。  
幸いにも鶴屋さんは無事のようだ。彼女はこれまでになく真剣な表情で、あたりを警戒しつつこちらに  
近づいてくる。  
 
もちろん会場は大混乱で、今も要人を、SPらしき黒服がガードしながら会場を出て行くところが見える。  
 
「キョンくん無事だったかい?めがっさごめんね、こんな物騒なところに連れてきてしまって…。こ  
んなはずじゃなかったのさ」  
「狙われたのは俺、なんですよね?」  
「詳しい話は後でするよ。まずはここを抜け出さないとね」  
 
俺は鶴屋さんについて、ホテルのエントランスへと向かった。その間にも警戒は忘れない。  
ホテルを出ると、鶴屋家専属の高級車が横付けされている。  
俺たちはそれに乗り込むと、車はすぐに発進した。そこでようやく人心地がついた。  
鶴屋さんは後で話すと言ったが、彼女は様々なことに思いを巡らせつつ、時折電話を掛けて、どこかと  
連絡を取っているようで、俺の質問には答えてくれそうにない。  
 
そこで俺も考えをまとめてみることにした。  
俺が狙われたのは間違いないだろう。そして犯人を追っていった人間は『機関』の所属員だった。  
この2つの事象だけでも、ハルヒがらみだろうという予想はつく。何故俺が狙われたのかは想像も  
つかないが……。  
だが、鶴屋さんはそもそもなぜ俺をあのホテルに連れて行こうと考えたのか?会場にいた連中も明  
らかに普通ではなかった。これもハルヒに関係しているのだろうか?  
 
俺が思索を続けていると、車は俺の家の門扉の前へと横付けされた。  
「キョンくん。本当は詳しい話をしなくちゃならないんだけど、あたしもこのあと純ちゃんと会って、  
今日の話をしなくちゃならなくなったんだ。この埋め合わせは必ずするからさ。だから、許してもら  
えないかも知れないけど今日のことは本当にごめんね。このとおりさ」  
「わかりました。俺も本当のことを知りたいですが、また今度にでも話してください。それにあなた  
のことは許すも許さないもないですよ。はなっからあなたを恨むなんてありませんから」  
 
「めがっさありがと。キョンくんはやさしいね。ハルにゃんがキョンくんを選んだのもわかるっさね。  
これなら、キョンくんがいればハルにゃんも安心だね。それとね、キョンくんを狙った犯人は捕まっ  
たから安心していいよ。それに当分キョンくんに護衛をつけてもらうから」  
 
最後にもう一度、ごめんねと言って鶴屋さんは車に乗り込んだ。  
 
翌日放課後になり、朝比奈さんに鶴屋さんの動向を尋ねてみたが、家の用事で2,3日学校を休むらしい。  
おそらく、昨日のことでだろう。  
鶴屋さんに話が聞けないとなると、残るはあのスマイル野郎しかいないな。  
 
活動中、ハルヒから鶴屋さんとの昨日のデートについて聞かれたが、俺はあたりさわりなく答えて  
おいた。だが、鶴屋さんが今日休んだことに妙な誤解をしたハルヒが、俺を生命の危機に陥れたが、  
古泉の取りなしでかろうじてそれを切り抜けた。  
SOS団の解散命令が下り、めいめいが帰り支度をしているところで、俺は古泉に目配せをした。  
古泉もわかりました。と言う表情を見せて、俺たちは中庭のベンチに向かい、そこで腰掛けた。  
 
「俺が聞きたいことはわかっているんだろうな。それと、昨日お前もあの場所にいたのか?」  
「ええ、森さん新川さん、それに機関の仲間とともにね。任務はあなたの護衛ですよ。昨日のことは  
我々にとって失策です。あなたが傷つかなかったことはもっけの幸いでしたが、騒動を防止できなか  
ったわけですからね。始末書ものです」  
 
わかった。では、本題に入ろうか。俺がそもそもあのホテルに連れられた理由はなんだ?」  
「あれはいわば、あなたのお披露目ですよ。涼宮さんのパートナーだと紹介したわけです。その理  
由は2つあります。涼宮さんのことは、世間では知られていないだけで、もはや国レベルの問題に  
なっているのです。もちろん世界を破滅しかねない方ですからね、当然です。その創造神だか破壊  
神をなだめ、導く存在があなただということなのです。あなたの存在を知って、いままで涼宮さん  
に関することで骨を折ってきた彼らも、さぞや安心したことでしょう。そしてもう一つは、あの場  
であなたを紹介することによって、あなたの今後の身の安全を図ろうと言うことです」  
古泉は一度中断してコーヒーを飲み、のどを潤すとさらに続けた。  
 
「あなたは涼宮さんにとっての安全弁なのです。ですが、涼宮さんを利用しようとする輩によって、  
あなたに身の危険がないとも限りません。ですから、あなたを国や企業、治安関係の役所の要人に  
紹介することによって、有形無形の保護が受けられるだろうと鶴屋さんは予測したのです。このこ  
とは他の様々な組織も監視していましたから、それらの暴走に対する抑止になるだろうともね。な  
ぜなら、あなたに万が一のことがあれば、仕掛けた組織はもちろんのこと、世界は確実に崩壊に向  
かうわけですからね」  
あのデートもどきにはそんな裏が隠されていたのか。しかし、おいおい、俺はそんなに大それた人  
間じゃないぞ。ハルヒにだって振り回されているだけだ。確かに破壊神の下僕のような扱いを受け  
てきたが……。  
 
「しかし、それならば、何故俺は狙われたんだ?お前の言い分が正しければ、俺を狙うのはおかし  
いだろう?」  
「ええ、まさにそれです。ですから鶴屋さんもこんなことは起きないと思っていましたし、我々に  
も油断があったのです。昨日我々がとらえた犯人は、完全にある組織の跳ねっ返りでした。その組  
織の意向を犯人は無視して愚行を犯したのです。ただ、この一件で他の組織が構成員を引き締めに  
かかっていますので、このようなことはまず起こらないでしょう。これはケガの功名と言えなくも  
ありません」  
古泉は幾分表情をゆるめて、苦笑らしきものを見せた。  
なるほどな。だが命のやりとりなんざはもうごめんだからな。これでなにも起こらないってんなら、  
これほど喜ばしいことはないな。  
 
「ところで、古泉。あの会場にはどれだけの偉いさんがいたんだ?」  
「そうですね。例を挙げれば、時の首相に某財閥系グループの総帥、警察庁長官に自衛隊の統合幕  
僚長ですかね。他にもたくさんの要人がいらっしゃいましたよ」  
それで鶴屋さんは純ちゃんといってたのか。なんだ、何でそこまで大事になっているんだ?ハル  
ヒは、そして『機関』とはいったいなんだ。  
 
古泉はほんの少しの鋭い視線を振り向けた後、従来の笑みを取り戻し、  
「その話をするには、3年前、そしてわれわれの『機関』設立のことからお話をしなければなりま  
せん。長くなりますが、いいですか?」  
ああ、聞こうじゃないか。今日はとことんな。  
 
「3年前、涼宮さんによる情報爆発が起こりました。それはあなたもご存じですね。その時、鶴屋さん  
はその鋭い直感力で何かを感じ取ったのです。能力者でもない鶴屋さんがそれを看破したのですから  
それには感嘆するしかありません。それを彼女は、現当主であるお父上に進言されたのです」  
再び、古泉は2度3度黒い液体を口に含み、自転車に油を差すように口を滑りやすくした。  
 
「実は鶴屋グループには、調査部というものが存在します。これは、そもそもは巨大すぎる企業グルー  
プの内情を探るための部署でしたが、政財界とのつながり上、あらゆる情報を収集する組織と化してい  
ます。鶴屋さんのお父上はそこに調査させたのです。そこが上げてきた情報は、能力者の大量増殖と  
いうものでした。ですが、原因である涼宮さんの存在はわかっていませんでしたので、調査を続行さ  
せつつ、善後策を講じられました。しかしながら、この問題にはかなり手を焼かれたのでしょう。  
なにしろおかしな力をもつ能力者がいますといったところで、まともに信じる者なんていませんからね。  
それでも日が経つに従って、市中で常軌を逸した事件が起こるようになり、ようやくことの重大性に  
気づいたわけです」  
 
よくしゃべる奴だ。この力の十分の一でいいから長門にやったらどうだ。でも饒舌な長門というのもそ  
れはそれで不気味かも知れないな。  
 
「鶴屋家と国、その他財界の重鎮などが協議した結果、組織されたのが我々『機関』です。その設立  
目的は、能力者の強制隔離と、配下の能力者を使った各種調査、そして設立後に判明した、能力者増殖  
の原因とされる涼宮さんの監視と、彼女を利用しようとする組織の監視と妨害です。ただし、『機関』  
は名目上は独立的な組織ですので、お互いに不干渉という暗黙の了解がなされています。そして『機関』  
には以前も言いましたように鶴屋家のほか、国や数十社の企業、その他各種団体から資金を迂回させた  
上で間接的に出資されています。おわかりでしょうか?涼宮さんの影響力はこれほどに大きいものな  
のです」  
俺は忘我の境地で、古泉の蕩々とした演説に耳を傾けていた。  
つまりたった1人の女子高生のハルヒによって、経済界や国まで振り回されていたのか。それだけじゃ  
なく、未来人も統合思念体のような超越者もそうだからな……。ハルヒ、おまえはいろんな意味です  
ごい奴だよ。ただ、尊敬をする気にはなれないが……。  
 
「それと、あなたにこれだけのことを洗いざらい話したのは、ひとつには僕たちからのお詫びのしる  
しです」  
 
俺はあまりの量の情報を堪能して、ベンチを立つ気力さえも失った。  
 
 
ここからは後日談だ。鶴屋さんからは数日後、謝罪と事件の説明を受けた。俺は気にしてませんよと言っ  
ておいたが、埋め合わせはするからと言ってその日は話を終えた。  
そしてさらに数日後、部室にやってきた鶴屋さんは、  
「ごめん、これ前に言ってた埋め合わせだから。今度はハルにゃんと一緒に行ってねー」  
と、ペアの宿泊券を置いていった。  
 
ハルヒがまた妙な誤解をしている…。  
 
──鶴屋さん、俺にどうしろっていうんですか?  
 
 
終わり  
 

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