―――思い、想い、未来―――
さて、何から話せばいいのだろうかね。
季節は春にまだなりきらない感じだ。現在は3月。
終業式という一環をあと一歩で迎える俺達に追い討ちをかけるがごとく涼宮ハルヒの横暴は続いていた。
黒いオセロを置くと、古泉は相変わらずむかつく笑顔を見せながら
「さて困ったものですね」
などと白を黒に返していく。
相変わらず弱いな、と俺は右上端を取り、左上から一気に一列を取り返した。
このいつもとなんら変わりのない光景―――正しくはハルヒに振り回されない光景が―――時を刻んでいた。
オセロの音と長門が本をめくる音が聞こえている。
さて、まぁSOS団の人数としては2名足りず、その2名は天使と悪魔ほどの差があるのだが。俺にとっては天使しか待ち望んでいないといえよう。
悪魔ことハルヒが珍しくも手料理を振舞ってくれるという。おそらく朝比奈さんが連れて行かれたと見て間違いない。
めずらしい事だが、あいつの手料理は2回目だな。
あまりにもほのぼのとしていて、SOS団がジャンル変更したのかと思うのだが、それはハルヒのいないほんのひとときであるのはいうまでもないのだ。
そんな平凡な時間がハルヒという竜巻によって吹き飛んだのもすぐだった。思ったとおりというか、冬の鍋も美味かったなぁとしみじみ思いながらハルヒ特製夕食セットをいただいた。
そこは重要ではないので想像で補ってもらいたい。
買い物時の朝比奈さんの様子を楽しげに語るハルヒ。
「…でね〜買い物途中みくるちゃんったら泣き出しちゃって」
お前が何かしたんじゃないのか。
「知らないわよ、なんか追い詰められたような顔してたし」
朝比奈さんの顔が曇っていた。
その後に、悲しいこと一個で泣かないようになりなさいよね、と微妙にトーンを下げて言ったハルヒがなんだか印象的だった。
ただひとつ突っ込みたいのは、この夕飯が俺のおごりという点だろうか。何故俺がハルヒにお金を渡すという役になっているのか不思議だが、これが役割と化している以上仕方ないのか。
さてやっとだが本編に入ろう。今回は俺が今の食事の後食器洗いという役割を与えられ、部活のメイド天使と二人1階の水道口まで食器洗いに出かけた一コマである。
「キョン君、お手伝いすいません」
歩いている途中でさりげなく口を開いて朝比奈さん。いえいえ、あなたが一人水洗いするなんて持っての他です。このクソ寒いのに。僕が一人でやってあげますよ―――、後半は言わなかった。2人きりになるなんてあんまりないからな。
朝比奈さんが息をスッと吸い込んだ。
「……キョン君は気づいていると思いますが」
足が止まった。俺も合わせるように止まる。
「私は他の人と違って特有の能力がありません」
知っていますよ。でも、それはあなたがどうとかじゃなくて他がおかしいんです。
ニヒルな笑顔のエスパーマンと本好きのナントカインターフェイス。
あっちが変なんだ。そうだそうだ。
「でも私は自分のやっていることすら分かっていません。未来人なのに一番未来を理解していないのは私なんです!」
俺は何も言えなかった。
そんなことはない、と簡単にいうのは違う気がしたからだ。薄々俺も状況理解ができてないのでは思っていたのもあるが。
もしかしてさっきのハルヒの話も、このことで泣いたのだろうか。
しかし問題はその後のセリフだった。さすがに驚いたものだ。
「……私はいないほうがいいのかもしれません」
あまりにも思いつめたその声に
「それは違います!」
と、反射的に叫んでしまった。部室に声は届いていないようで助かった。
朝比奈さんは思った以上に思いつめているようだ。俺は今まで見たことがないほど決意に満ちている朝比奈さんを見ながらどういうべきかと考えた。
ただ慰めるにも色々言い方ってものがあるからなぁ。
「えっと……朝比奈さんはSOS団の仲間です。いなくなるとハルヒも困惑しますし…」
「長門さんに協力してもらえば、皆さんから私の記憶を消すこともできます」
……違う。そうじゃないんだ。
俺が言いたいのはそんなことじゃなくて。
考えるよりも口が先に言葉を発していた。俺にしてはめずらしいぐらい口がなめらかに動く。
「一人でも欠けると、それはSOS団じゃないんじゃないですか?」
そうだ。
俺はあの長門が作り変えた、ハルヒが消失した世界で感じた。
あの時確かに場にはメンバーが全員そろった。無口なメガネっ娘と自分勝手な団長、エセ爽やかな青年と、グラマーな上級生。
でもそれはSOS団であってSOS団でない。そうじゃないか。
俺があの時感じた感情をそのまま伝えればいいんだ。
「SOS団はあなたを含めて完成する……しや、しているんです。一人でも消えてしまったらそれはただの変な部活です」
朝比奈さんが居ても変な部活だがな、と心の中で苦笑する。
「俺は少なくとも、そう思います」
朝比奈さんは意外だったように俺の真剣な話を聞いていた。俺もいつになく熱心だった。
それでも時々「でも…」とか「私は…」とか言っている。
「……みんな朝比奈さんが好きです」
俺が最後に付け加えた。
ハルヒは萌え要素として、古泉は同士の一人、長門はしらねぇが俺にとっては純粋にかわいい人として。
でもそれだけじゃなくて、仲間として。
……てな具合でよいのだろうか。
「……ありがとうキョン君」
その言葉だけで俺は満足ですよ。
「あなたに会えて本当に良かったです」
こちらこそ。あなたという天使のためならこれからでも相談にのります。
っていうか朝比奈さんが居なかったら俺は部室で何を癒しにすればいいのやら。俺はこのいとおしい天使のためなら…って同じ事言おうとしてるじゃねぇか。
「これからも……よろしくお願いします」
皿洗いの遅さをイライラ待っていたハルヒだったが、俺に罵声を浴びせることで落ち着いたらしい。
「もう帰る」といいながらカバンをむしり取って部屋を出て行った。勝手なやつめ。
古泉は素晴らしいスマイルで俺と朝比奈さんを見た後
「まだ打ち解けたと思われてなかったのでしょうか」
と、言いながらカバンを持ち上げて
「もう僕達は部員仲間でしょう」
と部屋を出て行った。
朝比奈さんに笑顔が少し。俺にマイナスイオンが降り注ぐような快感だね。今ならアルプスの頂上までノンストップで駆け上がれそうな元気がある。
長門も立ち上がり、帰り支度を始める。
最後に朝比奈さんの前に来て
「あなたは仲間」
と一言いって部室を後にした。
言ったじゃないですか、とばかりに俺は胸を張った。着替えるといいながら朝比奈さんが手を振っている。
俺は多少せかされるように部室を出る。あー愛らしい。この作品だけで何度「愛らしい」と「いとおしい」を繰り返しただろうか、つまりそれほど魅力的だということなのさ。分かるかい?
その後聞こえた幼いような上級生の泣き声は、悲しい涙ではないと願いたい。
それは俺が今願ったことであり…
ハルヒもそう願っているだろうしな。
別れはまだ先だと信じたい。
END(何を伝えたかったのかはあなたの胸に(ぇ)