「東中学出身、涼宮ハルヒ」  
おいおい、やめてくれ。  
「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」  
俺は垂直にすれば月まで届きそうな深い深い溜息をついた。  
最初にこのセリフを聞いてから、間違いなく一年が経つはずだ。  
なのに、なんで俺の後ろにいる長い髪の不機嫌そうな美少女は、同じセリフを繰り返す?  
OK、認めよう。  
ここは一年前だ。同じ一年を繰り返している。  
おそらく、俺だけが。  
 
 
『ループ・タイム――涼宮ハルヒの憂鬱――』  
 
 
なにかを後悔したとき、人は必ず、「ああ、時間が戻ってくれたらなあ」なんて溜息を漏らすものである。  
もちろん、時間が戻ってしまったとすれば、本人の記憶も失われ、結局は、同じ行動をとることになってしまうはずであり、「いや、自分の記憶だけ残して云々……」などと言い出すと、願望は非現実的な方向へ、非現実的な方向へと突っ走っていくことになる。  
このため、大人になるということは、過去を諦めるということである、と俺は悟りを開いている。  
だからな、ハルヒ。  
遣り残したこと、やり足りないこと、失敗を悔やむ気持ち。よーくわかるが、ほんとに時間を戻してどうする、このアホ。  
しかも、俺の記憶を残してどうするつもりなんだ、お前は?  
 
 
『涼宮ハルヒの意図がどこにあるのかは不明。現段階で、一年間の記憶を持っているのは、あなたと私だけ。朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒの記憶は消去されている』  
携帯に入れていた長門の番号は消えていた。四苦八苦して思い出し、宇宙人に助力を請う。  
なんといっても、古泉はまだ転校していないし、朝比奈さんは、ハルヒが拉致ってくるまで、俺とは面識がない。  
唯一、長門は、三年前に俺と会っている。それに、八月の時と同じなら、長門は記憶を保っているはずだ。  
……長門、まさか、これも一万回以上繰り返している、なんてことはないよな。  
『ない。このループは、初めて観測される。涼宮ハルヒの能力は、次第に減少していたため、情報統合思念体は非常に興味を抱いている。しばらく、私は観測に専念する』  
「そうか……もう一つ。朝倉のことだ」  
教室で朝倉に「おはよう、私、朝倉っていうの。よろしくね」と微笑まれたときには血の気が引いた。  
『情報統合思念体は、今回の時間の巻き戻しに影響されない。朝倉涼子は、情報結合を解かれ、存在していない。あれは、私が構成したもの。情報操作の能力を持たない、ただの女子高校生……安心して』  
わかった……俺はどうすればいい?  
『なにが涼宮ハルヒに時空改変を起こさせたのか、現時点では不明。現状維持が望ましい。だから、朝倉涼子も復元した』  
つまり、この一年間を、なるべくそのままなぞるってことか?  
『そう……どこかで、時空改変を直す鍵が見つかるはず。それまでは静観』  
なるほどな。じゃあ、そのうち、ハルヒと一緒に文芸部室に押しかけていくことになるだろうから、そのときは頼む。  
『……また』  
切れた。俺はまた溜息をつく。前回は二週間で、夏休みにやり残したこと、という具体的なヒントがあった。今回はどうだ。一年間とは、ちと長いんじゃないか、ハルヒ?  
ともあれ、現状維持だ。なに、一年前の行動をなぞればいい。俺は一年前の記憶が消えていないんだから、まあ、楽勝だろう。  
 
 
ハルヒに話しかける、最初のセリフといえば決まっている。古泉のような作り笑いも忘れてはならないな。  
「しょっぱなの自己紹介、どこまで本気だったんだ?」  
作り笑顔を浮かべ、ハルヒの方を振り返って言ってみる。  
「全部」  
ハエタタキを叩きつけるような答えが返ってきた。  
……アレ?なんか違わないか。  
ハルヒはそのまま口をへの字にして、腕を組んで黙っている。これで会話終了なのか?  
冷や汗が吹き出てきた。俺はセリフを間違えたのか。やばい。楽勝どころか、いきなり氷山にぶち当たった豪華客船のごとく撃沈しそうだ。  
冷たい海に投げ出されたがごとく青い顔をする俺に、ハルヒは少し興味を示してきたようだ。  
「なに、あんた深刻な顔して……もしかして、あんた宇宙人?」  
「いや、俺は違う」  
あわてて否定する。なんとか話を元の流れに戻さないと。このあと、ハルヒは、だったら話しかけないで、時間の無駄だから、と言う筈だ……。  
「俺は?ふーん、知り合いには居るみたいな口ぶりじゃない」  
げっ、食いついてきやがった!  
「ち、違う、知り合いにもいないっ」  
「妙に必死ねぇ……あんた、ますます怪しいわ」  
こいつの驚異的なカンの鋭さを、すっかり忘れていた。まるでエスパー並だ。  
ライオンに追い詰められたガゼルのように汗をだらだら流しながら沈黙する俺を見つめて、ふぅん、とハルヒはお宝を前にした海賊のような笑みを浮かべる。  
直後、担任の岡部が入ってきたから救われた。  
そろそろと辺りを見回すと、東中出身の奴らは、信じられない、と驚愕の目つきで俺を見つめていた。  
うう、そんな、たまたま網にかかった珍奇な深海魚を見るような好奇の目で俺を見ないでくれ。  
 
 
『……さほど問題はないはず。でも、なるべく、一年前を再現するよう努力して』  
すまん、長門……。  
 
 
だが、俺の失敗は続く。  
昼休み、俺は屋上で長門に定期連絡を入れていた。  
屋上に出るドアの合鍵は長門につくってもらった。ここなら、気兼ねなく長門に連絡できる。普段はしっかり鍵がかかっているからな。誰も来ない。  
「ああ、いまのところは問題ない。順調だと思う。……ああ、じゃあ、また報告をいれる。じゃあな」  
ふう、やれやれと俺が電話を切って、携帯をポケットにしまったときだ。  
「見たわよっ!!」  
突如、ハルヒが現れた。  
「あんたが怪しいから後をつけてたら、鍵がかかっていて出られないはずの屋上で電話してるじゃない。それも三日連続!間違いなく、母船で待機している宇宙人との定時連絡だわっ!!」  
ハルヒは脱兎のごとく逃げだそうとする俺にハイエナのように掴みかかった。ハルヒが、「とりゃー」と掛け声をかけて放ったあざやかな脚払いを喰らって、俺はあっさりとコンクリートに倒れこむ。ハルヒは倒れた俺に馬乗りになった。マウント・ポジション、逃げられん。  
「これが端末ね……携帯電話に偽装してもわかるんだから!あたしによこしなさいっ」  
「やめろ、正真正銘の携帯だ、ただ電話してただけだっ」  
ハルヒは無情にも俺の手から携帯を奪い取る。  
「どれどれ……なにこれ、発信履歴が『長門有希』ばっかりじゃない。ははあ、これが宇宙人の連絡要員に間違いないわね」  
血の気が一気に引いた。なんたって当たっている、大正解だ。  
必死にハルヒの手から携帯を奪い取ると、思いっきりハルヒのわき腹をくすぐってやった。  
笑い出すハルヒが体を浮かせた隙に、ハルヒの体の下から脱出し、俺は逃げ出した。  
「あ、こら待ちなさぁいっ!」  
 
『……あなたと私が知り合いである、という設定にする。私たちは図書館で出会い、貸し出しカードの作成をあなたが手伝った。私はお礼を言おうとしていて、同じ高校に、偶然あなたを見つけた。先ほどの電話は、また二人で図書館に行く相談ということにする』  
つくづく悪い。俺のミスばっかりだ。  
『いい。一年前と同じにならないのは、涼宮ハルヒの意志とも考えられる。ならば、多少の変更があっても問題ではない。それより――』  
なんだ?  
『いつ図書館に行く?』  
 
 
学校ではハルヒに追っかけまわされ、放課後には長門と図書館に行く、その繰り返し。そうこうしているうちに、ゴールデンウィークが明けた。  
本来、俺とハルヒの間に、はじめて会話が成立する時のはずだ。  
しかし、会話が成立するどころか、学校での俺は、すでに四六時中ハルヒに監視されている。俺は涸れた井戸の底のように暗い気持ちで教室のドアを開けた。  
「おはよっ、キョン!!」  
……この調子だ。だが、一応、言うべきことは言わねばなるまい。満面に1000ワットの笑みを浮かべるハルヒに向かって、ボソボソと俺は呟いた。  
「……曜日で髪型変えるのは、宇宙人対策なのか」  
「そうよっ!どお、効果あるかしら?あんた、ビリビリと波動を感じたりしない?」  
「しない」  
「ふーん、じゃあ、切っちゃおっかな。あんた、ショートとロング、どっちが好き?」  
「……ポニーテールが好きだ」  
俺がそう言うと、ハルヒはげらげら笑い出した。  
「あははは、だからあんた、火曜日になるとあたしのことをマジマジ見てるのね!」  
俺がどう答えたものか困っていると、担任の岡部が入ってきて、その会話は終了。  
だが。  
翌日、ハルヒの髪型は、見事なポニーテールになっていた。  
少し顔を赤くしたハルヒが、俺を見ながら照れたように言う。  
「どお?」  
「……似合ってる」  
おい、これが、ハルヒの望んだ流れなのか?  
 
『……おそらく』  
やれやれ。  
 
 
「全部の部活に入ってみたってのは……」  
「そう、全部入ってみたけど、全然面白いのがないのっ!まったく、ようやく長い義務教育時代が終わって期待してたってのに、高校には失望だわ。  
ホント遺憾をおぼえるわね。……まあ、部活なんかより、よっぽど面白いことがあるからいいけどね」  
なに、それ?  
ハルヒは満面に笑みを浮かべて指差した。  
「あんたよっ!」  
 
「付き合う男をみんな……」  
「ぜーんぶ振ってやったわ!どいつもこいつもホンット普通の人間よ。  
電話なんかで告白してきて、日曜日に一緒に映画館行って、暗闇の中で手つなごうとしてきてまるで馬鹿みたい!まったくつまんないったらありゃしないんだから。……ま、今度はなかなか退屈しないで済みそうだけどね」  
なに、それ?  
ハルヒは満面に笑みを浮かべて指差した。頬が少し赤い。  
「あんたよっ!」  
いやいやいやいや、ちょっと待てよっ!!  
 
 
谷口が、白昼堂々幽霊が歩いているのをみたような、驚愕の表情を浮かべて俺のところにやってきた。  
「おい、キョン、お前、いったいどんな魔法を使ってるんだ?」  
谷口、実のところ、俺にもまったく全然理解ができないんだよ……。俺が教えて欲しいくらいだ。何がどうなったらこうなるんだ?誰か知ってる奴がいたらここに来てくれ。説明願おう。  
「驚天動地だ。空前絶後だ。国士無双だ。あの涼宮とまともに付き合える人間がいるなんてな」  
おい、俺とハルヒが付き合ってることは既成事実か?決定事項なのか?  
「キョンは昔から変だからなあ」  
こら、国木田、デフォルトとセリフが違うぞ。俺が変になってどうする。  
「あたしも知りたいな」  
谷口ランクAA+の美人委員長、朝倉涼子が顔を出す。そうだ、そういえば、こんな流れがあったな。どうやったらハルヒと仲良くなれるのか、とかなんとか――  
……あれ、朝倉さん、心持ち、顔が赤くないですか?なんで?  
「……キョンくん、涼宮さんのこと好きなの?」  
朝倉、なんでそんな質問するんだ?  
急に朝倉はまつげを伏せる。心なしか、少し表情が曇っているように見えるが。  
「ううん、なんでもない……ごめん、気にしないで……」  
だが。  
翌日から、朝倉涼子の髪型は、これまた見事なポニーテールになっていた。  
みんなアホばかりだ。  
 
 
席替えである。引き当てた俺の席は窓際後方二番目。ハルヒは当然のようにその後ろに席を落ち着けた。  
まあ、ここら辺は変更なしだ。いやあ、なんとなくホッとするな。  
ハルヒがまったく憂鬱な顔をしていないで、「キョン、また前後ろの席ね!」とか言って、妙に嬉しそうなのが気にかかるが……。  
さて、そろそろ、ハルヒが新しい部活を作ると宣言する時間だ。  
俺は、いつ頭を机にぶつけるのか、電気椅子に座った死刑囚のように、ひやひやしながら英語の時間をすごしていた。  
…………  
あれ、いつまでたっても、ハルヒが手を伸ばしてこないぞ。おかしいな。  
…………  
英語、おわっちまうぞ!まさか、SOS団は結成されないのか?  
「ハルヒ!」  
焦った俺は、振り返ってハルヒの肩を掴んだ。  
「な、なによキョン。あ、まだ駄目だからね。あたし、キスは付き合ってから一ヵ月後まで許さないの。それで、三ヶ月目には……」  
「いや、そうじゃなくて、その、ぶ、部活、部活はどうした?」  
「へ?言ったじゃない。どれもこれもつまんなくて……」  
「ないんだったら作ればいいんだ!」  
思わず、俺は声を大きくした。SOS団だけは、なんとしても結成しなくてはならん。  
「何を?」  
「部活だ!!」  
ハルヒは、軽く溜息をつくと、俺の肩に手をやった。  
「……あとでゆっくり聞いてあげる。そのヨロコビを分かち合ってもいいわ。でもね、今は落ち着きなさい、キョン」  
……いかん、これじゃ俺とハルヒの立場が逆だ。また冷や汗がたれる。  
「授業中よ」  
ハルヒは、泣きそうな英語教師に向かって手を差し出し、授業の続きを促した。  
 
 
「部室のあてはあるの?」  
昼休み、ハルヒは俺の顔を覗きこんだ。ポニーテールが揺れる。  
あたしが部室を確保するわっ……と一年前のハルヒなら叫んでいたはずだが。  
ああ、お前は変わっちまったなあ、ハルヒ。なんだか悲しくなる。暴走族の先頭でブイブイいわせているようなお前はどこに行っちまったんだ?  
俺はまたボソボソと言う。  
「……文芸部に知り合いが居る。部員一名で、廃部寸前なんだ。そいつが唯一の部員で……朝倉ともそいつは知り合いだ……」  
「ふーん……ま、いいわ。じゃ、いこっか、キョン」  
ハルヒは笑顔で俺の腕をとって、自分の腕を絡めた。  
恋人同士のように、ハルヒと腕を組んで部室棟に向かって歩きながら、俺はハルヒに引きずられて連行された一年前を懐かしんでいた。  
なんだか、どんどんズレが大きくなっていくな……。  
 
 
文芸部室のドアを開ける。  
ああ、懐かしい光景だ。長門が椅子に座って分厚い本を読んでいる。眼鏡がないのを除けば、再現率は100パーセントだ。さすが、長門。  
「この子が、キョンの知り合いの文芸部員?へえぇ、可愛い子ね」  
「長門有希」  
む、とハルヒの表情が変わる。ハルヒの全身から怒りのオーラが滲み始めた。  
「キョン、長門有希って……あんたの電話の履歴にあった子ね……同じ学校なのにあんだけ電話で話すなんて、よっぽど親しい間柄かしら?」  
ハルヒが握っている俺の手が、ハルヒの握力に悲鳴をあげる。いたい、いたいから、ハルヒ!  
「長門さん」  
ハルヒが長門に向き直る。普段よりも半オクターヴほど下がった、非常に険悪な声だ。  
「あなたとキョンの関係は……友達以上と捉えていいのかしら?」  
「いい」  
な、長門っ!?  
「……わたしとキョンの関係は気にならないの?」  
「別に」  
まずい、まずいって!!  
「ふーん……じゃあ、あなたをライバルと見なしていいのかしら?」  
「どうぞ」  
お前、他にセリフを用意してないのか!?  
ハルヒの目が、なんともいえない強烈な光をギラギラと放っている。部屋の体感温度が一気に5度は低下して、俺は寒気を感じた。  
「ま、そういうことみたいね」  
ハルヒは俺を親の仇のようにギロリと睨んだ。  
「放課後、この部室に集合ね……あと、キョンは死刑だから」  
わかったよ、死刑は嫌だから……って、決定事項かよ!  
 
 
「先に行ってるわっ!」  
ハルヒは、陸上部から勧誘を受けるのも頷けるほど、見事なスタートダッシュで教室を出て行った。その顔が引きつっているところを見ると、おそらく長門が気になるのだろう。  
これから文芸部室で何が起こるのかと考えると、またまた溜息が出た。  
『キョンのこと、どう思うの?』  
『ユニーク』  
『どんなところが好き?』  
『ぜんぶ』  
『……え、遠慮しないのね』  
『わりと』  
『……ふーん』  
『……』  
修羅場じゃねーか!そんな、引火寸前のガスが充満しているようなところに、俺は、聖火のトーチを持って突入しなくてはならんのか。  
その、聖なる炎の名は、朝比奈みくるというわけだ。  
 
 
あー、朝比奈さんですよね。  
「そうですけど……あなたは誰ですかぁ?」  
キョンとでも呼んで下さい。突然ですが、涼宮ハルヒって知ってますか?  
「あ、時間だん……禁則事項です」  
あなたは、未来人ですね?  
「……禁則事項です」  
ハルヒのせいで、時間断層ができたんでしょう?  
「……禁則事項です」  
その涼宮ハルヒと一緒に、部活を作ったんです。宇宙人の長門有希もいます。朝比奈さん、あなたも入ってくれませんか?  
「……うう、詳しすぎますぅ……あなた、本当にこの時間平面の人間ですかぁ?」  
まあ、事情があって、この一年間を繰り返しているんです。あなたに敵対する未来人ではないですから、安心してください。  
「わかりました……これがこの時間平面での……」  
「まあ、既定事項なんですよ」  
きめのセリフを奪われた朝比奈さんは、ぷっと頬を膨らました。ああ、可愛らしい。久々に朝比奈さんを拝めたのは何よりの幸福だ。  
 
 
さて、緊張の一瞬である。  
文芸部室のドアの向こうに流れる気配は、尋常でなく重い。そして、絶対零度のように冷たい。敏感な小動物のように、朝比奈さんがふるふると震えだしたほどだ。  
ええい、破れかぶれだ!  
「よお、遅れてスマン!捕まえるのに、手間どっ…ちゃっ……て……」  
な、なんなんですか、なんて空気ですか、ここ、レバノンですか?  
凍りつくような沈黙に閉ざされたハルヒがツカツカとドアに歩いてきて、黙ってガチャリと鍵をかける。  
なんで、かか鍵をかけるんですかっ、ハルヒさん!!  
「黙りなさい」  
ハルヒの押し殺した声に、俺はびくっとなって固まった。  
「……すごい美少女を連れてきたのね」  
ハルヒは、怯える朝比奈さんを眺め回す。  
「しかも、すごい巨乳」  
後ろから朝比奈さんの胸を揉みしだく。朝比奈さんは怯えてしまって、コブラに睨まれたアマガエルのように固まって動けそうもない。ハルヒのなすがままだ。  
「ロリ顔で、巨乳?あんたの趣味?なんでこの子を入部させようというのかしら、キョン?説明が欲しいところね」  
なんて言えばいい?まただらだらと冷や汗が……。  
「こういう……マスコット的キャラも……必要かと……萌え要素が……」  
ごっちーん!!  
グーで頭を殴られた。ハルヒは怒りに燃えて、顔が真っ赤になっている。  
「真性のアホね、あんたはっ!!キスは二ヶ月延期、エッチは四ヶ月延期だから!!せいぜい、悶々と夏を過ごす事ねっ!このバカキョン!!」  
 
…………  
 
「で、この集まりの名前はどうすんの?」  
うむ、これだけはゆずるわけにはいかない。思い入れもある。一年経って、愛着さえわいてきた名前だ。  
頭がじんじんと痛むが、それをおして俺は立ち上がって宣言しようとした。  
「もう考えてある……いいか、俺たちの団の名前は……」  
と、俺が言いかけたとき、横から長門がすばやく言った。  
「SOS団」  
ハルヒが眉をしかめる。  
「なにそれ、センスないわね」  
……このやろう、一年前にお前が考えたんだよ、元はといえばっ!  
「……世界を、大いに盛りあげるための長門有希および、涼宮ハルヒの団。略して、SOS団」  
あれ、ちょっと違わないか?長門。  
「ふーん、まあ、いいわ。有希、みくるちゃん、よろしくね……………負けないから」  
なんだ、ハルヒ、最後にボソッと呟いたのは!?  
「なんでもないわよ、アホキョン!帰るわよ!!」  
顔を赤くしたハルヒが俺の腕を掴んで、自分の腕を絡ませた。  
これにて、今日の活動、終了。  
 
『とにかく、SOS団が発足した。これは前進。問題はない』  
問題はありありだと思うのだが……やれやれ。  
 
 
さて、パソコンである。  
カマドウマ事件を引き起こしたり、閉鎖空間で、長門のメッセージを送ってきたり、世界改変での緊急脱出プログラムになるなど、非常に活躍が多いアイテムである。SOS団の活動には、なくてはならない、と言ってもいい。  
だが、果たしてコンピ研から奪い取ってもいいのだろうか?  
奪い取らないとすれば、射手座の日というエピソードがまるまる消滅してしまう。あれは、コンピ研の復讐が発端だったからだ。長門がその能力を遺憾なく発揮する機会も失われてしまう。  
だが、奪い取ると、当然恨みを買い、朝比奈さんの胸がコンピ研部長氏にトラウマを生むことになる。  
うーむ、どうしたものか。  
『自分たちで買う』  
それでいいのか?長門。  
『問題ない。涼宮ハルヒが、パソコンを得るために、朝比奈みくるを利用することは、現時点では考えにくい。だが、パソコンは必要。だから買う』  
まあ、長門がいうならそうだろう。だが、資金がないぞ。  
『ある。十分な資金を私は持っている』  
統合なんたらのくれた小遣いか?  
『違う。競馬で当てた。超大穴、ハレハレユカイに10万円を投資』  
こ、今世紀最大の大穴と言われていた、あの馬か!しまった、気が付かなかった。  
『非常に儲かった』  
……長門、やることはきっちりやっているな。  
『明日までにパソコンを設置しておく』  
翌日、見事に最新機種のパソコンが設置され、長門の手によってホームページも作られていた。  
やれやれ、これでカマドウマ騒ぎはしなくて済みそうだ。よけいな仕事がなくなって、きっと喜緑さんも喜んでいるだろう。  
 
 
ある日のハルヒと俺の会話。  
「あと、団に必要なものはなんだろうな、ハルヒ」  
「さあね、これ以上女の子はお断りよ」  
「ぐうっ……謎の転校生とかはどうだ?」  
「それが女の子ならお断りよ」  
「……安心しろ。イケメンのエスパー少年だ。ホモだが」  
「あんた、そっちの気はないでしょうね。たとえ男でも、あたしは自分の彼氏に言い寄る奴はぶっ潰すからね」  
「俺は真性のヘテロ・セクシュアルだよ。」  
「そして真性のアホってわけね。ま、そこがいいんだけどね。キョン、あんたのお弁当もつくってきたから食べましょ。はい、あーんして」  
 
 
「ちわー」  
俺が部室に入っていくと、すでに長門と朝比奈さんが来ていた。ふう、と息を吐いて、俺は椅子に座る。  
果たして、元の時間に戻れるのかね。最近、その目的を忘れがちだ。  
なんたって、一年前の繰り返しのはずが、どんどんずれている。SOS団の活動二年目のような気さえしてくる。そのせいか、もとの時間に戻らなくては、という危機感がわかないのだ。  
長門はいつものように本を読んでいる。こいつは記憶を持っているから、落ち着いたもんだ。一方、朝比奈さんは、ハルヒというより、むしろ俺を少し警戒しているようだ。狼にでも見えるのかね?  
「やっほー」  
ハルヒがでかい紙袋を提げて入ってきた。満面の笑み。はて、どこかで見た様な……  
記憶の奔流がフラッシュ・バックする。  
しまった、今日はハルヒがバニーガールの衣装を持ってきて、朝比奈さんとチラシ配りに出かけ、朝比奈さんが泣き出すというあの日だっ!  
説明的なセリフを心の中で叫ぶ。……あれ、ハルヒの持ってる袋が三つだ。  
「ハルヒ、それ、中身はチラシか?」  
「は、チラシ?そんなのあんたが作って配ればいいじゃない。あたしが持ってきたのは、こーれ。じゃああああああん」  
やはりバニーだ。おや、バニーは一着だけで、次に出てきたのはメイド服、そしてチアガール、巫女さん、ナース、スチュワーデス、スクール水着、OL風の服、浴衣、ゴスロリ、ウエイトレス、鞭つきのは女王様、拘束具つきのは奴隷か。  
「あんたが何属性なのかわかんないから、とりあえずいろいろネット通販で揃えたのよ。じゃあ、まずはバニーね。キョン、着替えるから後ろ向いてなさい。振り返ったら死刑だから。……ま、ちらっとだったら見てもいいわよ」  
ハルヒは制服をするすると脱ぎだした。俺は慌てて後ろを向く。  
おい、それ全部自分が着るのか?というか、どこからそれだけの服を揃える金が出た。  
俺は後ろを向いたままハルヒに尋ねる。  
「有希がくれたわ。活動費だって」  
そろそろと視線を動かして、本に没頭する長門の方を見る。  
「競馬。超大穴、エスパーマッガーレに、ハレハレユカイで得た資金を投資。また大儲け。」  
あ、あの今世紀二番目の大穴の馬か!  
「さらに、その資金を、超大穴、ミラクルミルクに投資。またまた大儲け」  
あ、あの今世紀三番目……以下略だ。  
「……笑いがとまらない」  
ああ、長門も壊れていく。無表情で笑いが止まらないって、どんな状態だよ、長門。  
「さ、できたわ、キョン!こっちむいて、欲望に悶えなさいっ!!」  
やれやれ。スタイル抜群、完璧なバニーガールが、満足げに俺を見つめていた。  
 
 
翌日、涼宮ハルヒの名前は、全校生徒の常識になっていた。  
こともあろうに、ハルヒがバニーコスプレをいたく気に入り、その格好で俺と腕を組んで帰ったためだ。ハルヒの大きな胸が腕にあたって気分は上々、じゃなかった、俺は真っ赤になっていた。  
「ウブねぇ、キョン!」  
なーんて言いながら、ハルヒは俺の腕をとって嬉しそうに歩く。  
ところで、朝比奈さん、なんでメイド姿で下校なんですか。  
「なんだか気に入りましたぁ。これから、私、部室ではこれ着てますね」  
長門、ちょこんとした巫女さんは可愛いが、それで帰るつもりか。  
「……そう」  
こうして、ぞろぞろとコスプレ集団が一斉に下校し、SOS団の名前は校内に轟いたというわけだ。  
翌日の教室。  
「キョンよぉ……、どうやったらあんなハーレムが作れるんだ?涼宮に朝比奈さんだけでもすげぇのに、俺的美的ランクAプラスの長門有希もいたじゃねえか……」  
谷口が羨ましげに言う。眼鏡なしの長門は、Aマイナーから二階級特進したようだ。  
「昨日は驚いたな。キョンが可愛い女の子三人に囲まれて、しかも、みんなコスプレしてるんだもの。メイド姿の朝比奈さんや、バニーガールの涼宮さんもよかったけど、巫女姿の長門さんも、素敵だったなぁ」  
国木田も遠い目をする。  
「なあ、キョン、ぜひ俺もそのSOS団に入れてくれ、頼むっ」  
いや、まあ、すまん谷口。いろいろと厄介ごともあるんだ、こう見えて。そのうち、驚天動地の事件が起きて、俺は命を狙われたりするんだよ。  
「ぶっそうなこと言わないで」  
ポニーテールを揺らして、朝倉涼子までやってきた。いや、それはお前が……あ、この時間の朝倉は人畜無害なんだっけ。たしか長門がそう言ってたな。  
「キョンくんに、なにかあったら……あたし……」  
朝倉はそういって俯いた。  
……可憐だった。  
 
 
そうこうするうちに、待望の転校生がやって来た。  
まあ、そんなに待望していたわけではないが。ともかく、これでSOS団のデフォルトメンバーが勢ぞろいすることになる。いやあ、最近、お前のことをすっかり忘れてたよ、古泉。  
とりあえず、九組にいって古泉を探す。  
どれどれ……人だかりができている。あの輪の中に、古泉がいるんだろう。  
「おい、古泉一樹」  
俺は人だかりの方に声をかけた。  
「なんでしょう?はて、あなたは、どなたですか?」  
すぐ教えてやるさ、エスパー少年。  
………………  
「いやあ、驚きですね。この一年が繰り返しているなんてぜんぜん分かりませんでしたよ」  
「まあ、そうだろうな。俺と長門有希以外は、みんな記憶を上書きされたから」  
「なるほど……わかりました。僕もSOS団に加わらせていただきましょう」  
ああ。そうしてくれ。これで役者がそろった、ってやつだ。  
………………  
「おまたせ、あー、こちらが謎の転校生君だ」  
古泉は、例のハンサムスマイルを浮かべて挨拶した。  
「古泉一樹です。よろしく」  
じぃーっとハルヒが見つめる。  
「あたしが涼宮ハルヒ。こっちで本を読んでいるのが有希で、この可愛い子がみくるちゃん。……古泉くん、ひとつだけ忠告しておくわ。」  
「はい、なんでしょう?」  
「……キョンに手をだしたら死刑ね」  
やれやれ、実に物騒だ。  
古泉も笑って肩をすくめる。  
「ご心配には及びませんよ。僕には、ちゃんと決まったパートナーがいますから」  
古泉の発言に、ハルヒはほっと胸をなでおろしたようだ。  
「ふーん、そう、じゃあいいわ。それ、前の学校の人?」  
「ええ、彼は教員でしたが。」  
部室の空気が一気に凍りついた。全員、どうにも気まずくなって、その日の活動は終了した。  
 
 
その晩、ハルヒから電話がかかってきた。  
『キョン、明日土曜日でしょ、一緒にデートしない?』  
ああ、そうか土曜日か……はっ、また忘れるところだった!不思議探索をやっていない。  
『不思議を探しにいく?まあ、楽しそうだけど……あたしは単にデートがしたいんだけどな』  
あー、それは日曜にしようぜ。  
『ま、いいわ。あんたがそう言うなら!じゃ、駅前に集合でいいかしら?』  
ああ。じゃ、また明日。  
『じゃね、愛してるから、キョン。おーばー♪』  
顔が赤くなっちまった。なんだか無性にテレながら、長門、朝比奈さん、古泉に連絡をいれ、不思議探索は決行と相成った。  
とはいえ、たいしたことがあったわけじゃない。当たり前だが、特に不思議なことも見つからず、組み分けではハルヒが俺を独占した。ハルヒは実に上機嫌で、俺との散策を楽しんでいた。  
長門、朝比奈さん、古泉の三人がどうしていたかは知らん。仲良くやっていればいいのだが。  
翌日は、遊園地でハルヒとデートした。二人で乗り物を乗り回し、二人とも豪勢に買い物したが、長門が十万単位で活動費をくれるので、一向に苦にならない。  
帰り際、少しはにかみながら、ハルヒが俺にキスをした。  
うーむ。  
閉鎖空間でファーストキスのはずなんだが。  
予定がどんどんずれていくな……これでいいのだろうか?  
あるいは、閉鎖空間に俺とハルヒがいくことがないとか?  
 
 
さて、今日は、懸案事項を片付けなくてはならない。  
下駄箱に入っていた、呼び出しの手紙だ。差出人は書いていないが、朝倉涼子であると考えて、まず間違いないだろう。  
長門が再構成したので、普通の女子高校生になっているはずだが……こういう行動は一年前と変わらないから不思議だ。  
『大丈夫。彼女があなたに危害を加えることは有得ない。私とは独立して行動しているため、その意図は不明だが、あなたの安全は保証できる』  
ありがたい長門の言葉をいただいて、放課後、俺は教室に向かった。  
 
「遅いよ」  
朝倉涼子が教壇に立っていた。  
「やはりお前か……」  
「そ、分かってたの?……入ったら」  
俺は教室に脚を踏み入れる。長門のお墨付きがあるとはいえ、やはり体は恐怖を覚えているのか、動きがぎこちない。  
「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよね、これ、どう思う?」  
「ああ、よく言うな。」  
たとえば、一年前のお前とか。  
「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状を維持するだけではジリ貧になるのは解っているけど、どうすれば状況がよい方向に向かうことが出来るのか解らないとき。あなたならどうする?」  
日本経済の話ではないな、もちろん。言ってみただけだ。  
「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃない?どうせ今のままでは何も変わらないんだし」  
「まあ、そういうこともあるかもしれん」  
「でしょう?」  
朝倉は、なんだか泣き出しそうな顔で微笑んだ。  
「だから、変えてみようと思うの」  
朝倉が俺に向かって飛びついてきた。とっさに体が逃げようとするが、反応が間に合わない。俺は朝倉に押し倒され、床に倒れこむ。おい、長門、安全なんじゃないのか!?  
だが、朝倉はナイフを振りかざすでもなく、俺の体に馬乗りになっている。形のいいポニーテールが揺れている。朝倉涼子の顔が赤い。  
「好きなの」  
へっ?  
「キョンくん、大好き。お願い、私のことを抱いてほしいの!」  
朝倉が俺の体に抱きつく。大きな胸が押し付けられて、朝倉の体温が伝わってくる。  
「ままま、待てっ!!」  
俺は何とか朝倉の体を押しのけた。  
「すまん、気持ちはありがたいが、俺には応えることができない。誰かもっといい男をみつけてくれ、お前ならすぐに見つかるさ!」  
「うん、それ無理。だって……私は本気でキョンくんのことが好きなんだものっ」  
朝倉の瞳から一筋涙がこぼれた。  
「もう、耐えられないよ……あなたは可愛い女の子たちに囲まれて……あたしのことなんか見てもくれないっ……えぐっ……あなたが好きだから、ポニーテールにもしたのに……えぐっ……気がついてもくれない……うわああああああん……」  
朝倉涼子は泣き出してしまった。ど、どうする?  
とっさに、俺は朝倉を抱き寄せていた。頭を撫でて落ち着かせようとするが、朝倉はますます泣き出す。  
「あ、朝倉、その、落ち着いて――」  
がらっ  
「ういーっす。Wawawa忘れ物……うぉわ!」  
谷口……なんてまあ、お前はどんなタイミングで入ってくるんだ。  
「すまん。……ごゆっくりぃぃぃ!!」  
泣きながら谷口は帰っていった。ああ、どうすっかなぁ。俺はまた深い深い溜息をついた。  
「キョンくん……」  
いつの間にやら泣き止んでいた朝倉が、熱っぽい目で俺を見つめる。  
「あたしも……SOS団に入れてくれないかな?お願い……せめて、あなたの側に居たいの……」  
潤んだ瞳に見つめられて、思わず承諾してしまった俺を誰が責められよう。  
こうして、SOS団に新たな団員が誕生した。朝倉涼子、AAランク+の美人委員長キャラである。  
いいのか?やばいか?これは……。  
 
 
翌日。  
ハルヒはおもいっきり不機嫌オーラ全開だった。  
原因は、言わずとしれた、朝倉涼子の加入である。  
朝倉は、朝比奈さんとお揃いのメイド姿で、甲斐甲斐しくお茶を入れたり、部屋の掃除をしたり、お菓子を出したりと働きまわる。  
そして、俺と目が合うと、照れたような微笑みを送ってくる……可愛い。なんといっても、AAランク+は伊達じゃないし、性格までいい。その上、ポニーテールだ。  
一方、ウサギさんは非常に不機嫌である。  
古泉が居ないのは、閉鎖空間が大発生しているのだろう。  
このため、俺は、不機嫌なバニーと、忙しく働く二人のメイド、無口に読書を続ける文学少女に囲まれて、一人、椅子で体を固くしている。  
「狭いわ、この部屋。ちょっと団員が多いんじゃないかしら?」  
ハルヒ、そう露骨に朝倉をいじめるな。朝倉が俯いて泣きそうになってるぞ。かわりに古泉が居ないんだから、普段よりも多いことがあるかよ。  
「問題ない」  
長門が本から顔を上げた。  
「コンピ研は、すでにSOS団の勢力下に入った。いずれ、夏休みまでには工事を行って二つの部室をつなげる」  
「おい、いつの間に?コンピ研は承諾したのか?」  
「問題ない。……すでに私が部長になっている」  
長門のやつ、コンピ研を乗っ取りやがった!いつのまに。  
……まあ、それはいいとして、工事なんて、どこからそんな大金が出るんだ?まさか学校からじゃないよな。  
「私が馬主となっている、サイレントユキがレースで活躍中。賞金が膨れ上がっている。工事のお金など、実に些細なこと」  
最近、新聞を賑わしている無敵の競走馬が、まさか長門のものだったとは……。  
道理で、この部室が豪華になっていくわけだ。エアコン、冷蔵庫、全員分のノート型パソコン、大画面の液晶テレビ、絨毯など、加わった備品を上げればきりがない。  
長門の椅子も、粗末なパイプ椅子から、非常に豪華なふかふかの椅子に変わっているしな。  
ちょっと機嫌を直したバニーさんが、俺のとなりに腰を下ろし、ぴったりと俺に体を寄せる。  
「有希、だったらベッドも欲しいわね。夏といえば泊り込みだもの!あたしとキョンのは、ダブルベッドでお願いねっ」  
朝倉が、ピクッと体を固くした。バニーとメイドの間で、パシッと火花が散る。  
うう、毎日が修羅場だ。胃に穴が開きそうだよ、俺は。  
SOS団の活動って、こういう感じだっけ?ある意味そうかも。  
もはや軌道修正は不可能みたいだ。  
 
『私は非常に満足している。サイレントユキも絶好調。獲得賞金額は鰻の滝登り』  
いや、満足しちゃまずいだろ。まだループの原因がわかってないぞ。下手すれば、この一年をまた繰り返すことになるぜ。  
『あなたに託す』  
おい、面倒くさがるなよ、長門!  
『まだ、消化すべきイベントが残っている。涼宮ハルヒの閉鎖空間。あなたがそこに行けば、ヒントがつかめる……そんな気がする』  
なんだか適当だな、お前らしくもない。  
『それより、今週の日曜は図書館。予定を空けておいて』  
やれやれ、わかった。  
それにしても、ホントに閉鎖空間は発生するのかね?  
 
 
だが、しっかりと閉鎖空間は発生した。  
「キョン、起きて……起きなさいっ」  
「う……ここ、どこだ?」  
俺は制服姿のハルヒに起こされた。いや、まあ、見覚えはあるさ。文芸部室の窓の外に広がっている灰色の空。  
閉鎖空間だ。  
やれやれ、これでハルヒにキスすれば、全部のイベントが終了だ。なんというか、非常に長かったな。  
「なんなの、ここ?なんであたしはキョンと二人きりなの?」  
神人や古泉が出てくる前に、さっさと終わらそうか。  
「ハルヒ」  
俺はハルヒの肩をつかんだ。  
「なに、キョン?」  
「実は、俺、ポニーテール萌えなんだ」  
「知ってるわよ。だからあたしがポニーにしてるんじゃない」  
ぐっ、と詰まるが、言葉を続ける。  
「お前のポニーは、そりゃもう反則なまでに似合っているぞ」  
「そ、そうかな?ありがと、キョン。嬉しいな、そう言ってもらえると」  
ええい、調子が狂いっぱなしだ!ままよ、と俺はハルヒにキスをした。  
「んっ……」  
ハルヒはどんな表情をしているのだろう。目を閉じているために、俺には分からないが。  
「んくっ……」  
そろそろ、ベッドから落ち、頭に衝撃が走って俺は目を覚ますのだ。  
「んぷ……ちゅる……」  
あれ、おかしいな……いつまでもハルヒの唇の柔らかい感触が消えない……。  
「ちゅる……ちゅぷ……んん……ぷはっ」  
俺は愕然として目を開けた。眼前には、顔を上気させたハルヒがいる。  
「うれしい……キョン、とうとう自分からキスを求めてくるなんて……やっぱり、あたしのことを選んでくれたんだ……もう、どれだけ待たせたとおもってるのよ!」  
ハルヒはしっかりと俺を抱く。おかしい、おかしい。  
「キョン、大好きよ!!」  
やばい、やばい、やばい。こいつはまずい、まずいぞ。ど、ど、どうすればいい?  
「ちょ、ちょっとトイレ!」  
「もお、じらすんだから……早くしなさいよ?」  
ハルヒは、しゅる、とスカートを脱いだ。色っぽい目つきで俺を見つめる。  
「……用意して、待ってるから、ね」  
 
 
俺は部室を飛び出した。どうする、どうしたらいい?  
とりあえずコンピ研の部室に飛び込む。どこのパソコンでもいい、長門とコンタクトを取らなくては。  
ふと、窓の外を見ると、赤い光が浮かんでいる。それは次第に古泉の形をとった。  
「いやあ、仲間の力を借りて、やっとここまで――」  
俺は窓をピシャッと閉める。いずれにせよ、古泉がトイレットペーパーで出来た傘並みに、まったく役に立たないことは間違いない。  
窓を叩きながら、まだなにか言いたそうな古泉をほっといて、パソコンの電源をいれる。  
黒い画面。やはり一年前と同じだ。カーソルが動いて文字を紡ぐ。  
YUKI.N> みえてる?  
 
『ああ』  
 
見えてるぜ、長門……。  
 
『どうすりゃいい?』  
 
YUKI.N> 涼宮ハルヒは、あなたとのキス以上のものを望んでいる。これは確か。したがって、その世界から帰還するには、彼女の欲求を満足させることが必須。  
 
『神人はどうする?あいつが部室を壊したら……』  
 
YUKI.N> おそらく現れない。涼宮ハルヒは、行為の最中に邪魔が入ることを望まない。  
 
『なるほど』  
 
YUKI.N> まだ図書館に行ってない。約束。帰ってきたら、夕食にカレーを振舞う。  
 
『楽しみにしておくさ』  
 
YUKI.N> そして、そのあとは、私の部屋で  
 
文字が薄れて消えていく。思わず、パソコンに手をかける。  
「おい、長門っ!!」  
最後に長門の打った文字が短く、  
 
YUKI.N> sex  
 
俺は頭を抱えた。  
長門……これは、俺とハルヒのするべき行為の指示なのか?それとも、前の文章につながるのか?  
 
 
俺は、震える手で文芸部室のドアを開けた。  
「遅かったじゃない」  
そこには、ハルヒが、一糸まとわぬ姿で立っていた。髪だけは、ポニーテールのままだ。  
「ふふ、緊張してるの?」  
してるとも。なんたって、俺に世界の運命がかかってるからな。  
「やだ……そんなにまじまじ見ないでよ……」  
ハルヒが恥ずかしそうに手で大きな胸を隠す。胸を隠して股隠さず……  
「す、すまん!」  
無性に恥ずかしくて、俺は俯いた。急激に頭に血が上るのが分かる。  
「キョン……こっち、こないの?」  
すまん、足が緊張で固まっちまって動かないんだよ。情けない話だが。  
「じゃあ……あたしが行くね」  
ハルヒがゆっくりと近づいてくる。ハルヒの白い肌が妙にくっきりとして鮮やかだ。  
顔を赤くしたハルヒが、俺のブレザーのボタンに手を伸ばした。  
「ま、まて、自分で脱ぐから」  
「……うん」  
俺は震える指でボタンをはずし、服を脱ぎ捨てた。トランクスを脱いだとき、横目で見ていたハルヒが、ビク、と体を震わせて、あわてて後ろを向いた。  
「お、男って、みんなそんなに大きいの?それとも、キョンのが特におっきいの?そんなの……は、入るのかしら……」  
いや、特別俺のが大きいというわけではないと思うが……やっぱり初めて見るのか?ハルヒ。  
「エロ本以外では、初めて……」  
「……じゃあ、お前のも見せてくれないか?」  
こうなったら、なるようになれだ。ハルヒは、神妙な顔でコクンと頷くと、ピョン、と机に座って、足をそろそろと広げた。手を伸ばし、自分でピンク色をしたそこを指で広げてみせる。  
「触っても、いいか?」  
「……やさしく、おねがい」  
おそるおそる手を出す。熱くなったそこに触れた瞬間、んっ、とハルヒが呻き声をだした。  
……もうしっかり濡れているみたいだ。  
「その……あんたを待ってる間、我慢できなくて……自分で……だから、もういつでも入れていいよ……準備、出来てるから」  
「分かった」  
俺はハルヒを抱き上げると、ゆっくりと床に下ろした。床には長門が買ってきたふかふかの絨毯が敷いてあるので、肌に心地よい。  
「キョン……大好き。ほんとに大好き。……愛してるから」  
ハルヒが目を潤ませて言う。  
「俺もだ……ハルヒ、大好きだ」  
ハルヒの両足を広げ、ハルヒのそこに自分の息子をあてがう。  
ぬる、とハルヒの中に入っていく感触がある。すごく中は熱くて柔らかい。溶けてしまいそうだ。  
「キョン……来て……中まで……」  
「ハルヒ、行くぞ」  
ズブ、と俺は腰を入れた。「ああああっ!!」と、ハルヒが叫び声をあげる。  
ハルヒ、大好きだ……  
……って、あれ?  
気がつくと、周りの景色が変わっている。  
文芸部室じゃない。ここは、このベッドは……  
俺の部屋だ。  
やれやれ、閉鎖空間から戻ったのか。  
俺はふう、と息をついた。よかった、なんとか戻ってこれた。  
……む、俺の横にある柔らかい塊はなんだ?  
「うぉわっ!!」  
隣で制服姿のハルヒが寝てるじゃねーか!な、なんで俺はハルヒとベッドで二人なんだ?  
「キョン……らめぇ……はげしいよぉ……あん……いっちゃうぅ……」  
ハルヒ……どんな夢を見てるんだ……さっきの続きか?  
 
 
やれやれ。  
 
 
ここから先は後日談となる。  
といっても、時間のループについては何も解決していないがな。  
夜中に目を覚ましたハルヒとの、熱い熱い一夜のせいで、俺もハルヒも寝不足のまま登校しなくてはならなかった。  
朝から一緒に腕を組んで、どうみても一夜を共に過ごしたカップルそのものの姿で登校するとは思わなかったな。朝食の時の、母親と妹の視線が痛いところだった。  
それにしても、俺のベッドで寝ていた理由を、「寝ぼけたかな?」の一言で片付けたところは、さすがハルヒというべきか。とてつもない大物の予感がするよ。  
さて、今日は土曜日、SOS団不思議探索の第二回目だ。  
誰一人休むと言い出さないんだから、みんなよっぽど暇なのか、職務に忠実なのか。  
俺が駅前に向かうと、すでにほかのメンバーは揃っていた。  
いつもの制服姿の長門。手に持っているのは……競馬新聞だな。  
ふんわりした私服の朝比奈さん。俺を見ると、にこっと微笑んだ。  
デニムのスカートが似合う朝倉涼子。こっちに気がついて小さく手を振っている。  
ニコニコと笑う古泉。閉鎖空間でシカトしたことを、少し根にもっているようだが。  
そして――涼宮ハルヒ。今日もポニーテールが素晴らしく決まっている。まあ、朝倉もだが。  
「キョン、遅いわよ、しっかりしなさい!あんた、団長でしょ!」  
そう、そして、SOS団団長――この俺である。  
まだまだSOS団の活動は続くのさ。ハルヒの起こしたループの原因を解明しなくちゃならんしな。  
まあ、万一、ループの原因がわからないまま、このメンバーで二年目に突入したとしたら……  
 
それも悪くない、だろ?  
 
 
おしまい  
 
 

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