頬に軽い衝撃。覚醒。目の前にはハルヒの顔、そして空。  
 
「やっと、起きたわね。私が起きろっていったら、さっさと起きるのが団員たるものの務めよ!」  
どうやら俺はこいつのビンタで起こされたらしい。またどこぞの酒屋の息子のようなことを・・・。  
こいつの傍若無人さは、いつでもどこでも変わらないね、まったく。  
しかし、何か違和感を感じるな。何かとても大切なことな気がするが、思い出せない。  
 
「何よ、何か言いたいことがありそうな顔ね?まあいいわ。ところでキョン、聞きたい事があるの。いま目の前に何が見える?」  
何言ってんだ?見えるのは、夜空とそこに浮かぶ星々くらいのもんだ。  
今回の目的の1つであるオーロラは、まだ見えてないぞ。  
わざわざ聞かなくてもお前にも見えてるだろ。  
それとも急に目が悪くなったのか?それだったらコンタクトにしてくれ。  
俺には眼鏡属性はないからな。  
 
「なにバカなこと言ってんのよ。で、それを見てどう思った?」  
質問を続けてくるハルヒ。何だ、どんな感想を求めてんだろうね、俺に。  
天文学的洞察も、占星学的指導もできないぞ。  
ようやく目を覚ましつつある頭でぼんやりと考え込みながら、俺は今回の旅の発端を思い返していた。  
 
それは、朝比奈さんが卒業して約二ヵ月後のゴールデン・ウィークのことだった。  
その日は恒例の市内探索の日で、俺たちはすっかり馴染みとなった喫茶店に集合していた。  
近くの看護学校に進学した朝比奈さんは、さすがに部室に顔を出すことはほとんどなくなったが、  
週一回は必ずそのご尊顔で俺を癒してくれる。ついでと言っては何だが、古泉のヤローもいる。  
 
その席で、ハルヒはこうぶち上げた。  
「みんな!今年の我がSOS団の最重要プロジェクトを発表するわ。  
ずばり、南極探索よ!!」  
 
ひぇ〜、と声を上げる朝比奈さんと相変わらずの胡散臭い笑顔を浮かべる古泉。  
しかし、ここまで"らしい"反応をされると、呆れるのを通り越して感心してしまうな。  
 
「で、何で南極なんだ?」  
二人は、それは俺の役目とばかりにこちらを伺うので、代表してハルヒに尋ねる。  
 
「だって南極よ!南極!!きっといろんなモノに取り付く謎の生き物や、  
巨人が眠る、謎の巨大空洞なんかがあるに違いないわ!」  
やれやれ、今回はSFか。俺は神人の造形を思い浮かべながら、被害を最小限に抑える方法を考えはじめる。  
と、古泉が勝手に解説をはじめやがった。  
「実は、偶然にも僕の知り合いに、外務省に強い権限を持つ方、それに高名な探検家の方がおりまして・・・」  
うそつけっ。何が偶然だ。俺はもう、機関の一員に大統領がいても驚かないね。  
 
 
と、そんなわけで、あっという間に話は進み、六月の終わりから半月ほど、SOS団四人全員で南極に行くことになった。  
諸々の都合で、夏休みに決行するのは不可能となったときは、試験を理由に話をチャラにできるかと思ったが、  
去年の夏、ハルヒの家庭教師で俺の成績が急上昇したことを覚えていた母親は、  
「任せてください。帰ってきたら、私がみっちり勉強させて、絶対に私と同じ大学に入れるレベルまで鍛えてみせます」  
という勝手な宣言に懐柔されてしまった。まったく、あれから何かとニヤニヤしながらハルヒのことを聞いてくるし、ろくなことはない。  
 
ちなみに、古泉はもちろん、朝比奈さんも「オーロラ」、「ペンギン」といった単語に思うところがあったのか、賛成派にまわってしまった。  
あの天使のような笑みをみたら、俺にはとてもじゃないが反対なんてできないね。  
 
 
思考を目の前の光景に戻す。少し、雪が降って来たな。  
雪は白く、散りかかる桜のように夜の闇をまだらに染めていく。  
 
桜、か・・・。  
そういえば、文化祭で撮った映画のラスト。  
あの桜はキレイだったな。  
 
「そうね・・・。確かにキレイだったわ。異常気象に感謝しないとね」  
また思ったことを口に出してしまっていたらしい。  
 
しかし、あの支離滅裂な映画も今年でついに完結ってわけだな。  
今年は誰を主役にするんだ?  
 
「あんた、何言ってんの?今年もみくるちゃんが主役に決まってるでしょ。  
去年は『朝比奈ミクルの冒険 エピソード02』をやって、  
今年、前2作の間を埋める『01』をやるんだって、何度も説明したじゃない!!」  
 
そうだった。『00』から数年後の設定ということで、  
ハルヒによってやたらに色っぽい格好をさせられた朝比奈さんの、  
あの特盛りっ!なお姿を忘れるなんて、俺はどうしちまったんだ。  
朝比奈みくるを愛でる会会長としてなさけないぜ!  
いや、でも本当に朝比奈さんが主役だったか・・・?  
誰か、別の・・・そう、別の・・・  
 
「情報修正」  
 
っっ!!なんだ?頭痛が・・・。  
「どうしたのよ、キョン?急に顔をしかめて」  
いや、何でもねぇよ。  
 
「そう、ならいいけど・・・」  
しばらく口を閉ざした後、ハルヒはこう切り出した。  
 
「ねえ、今日って何の日だか分かる?」  
 
こんな神妙な顔をするハルヒは珍しい。  
でも、俺だって色々経験をつんできたのだ。  
少なくとも今回は、その理由をわかっている。  
 
「7月7日。七夕、だな」  
 
「ええ、そうよ。正解」  
しおらしいハルヒは正直、結構可愛かった。  
 
「あんたには話したこと、あったかしら?  
私ね、5年前の七夕に、変な男と出会ったの・・・」  
ハルヒが話を続ける。  
 
 
そう、2年前の七夕、朝比奈さん(大)に導かれた俺は、  
ジョン・スミスとして5年前へと時間移動した。  
そこで、ハルヒがとんでもないことを思いつく、きっかけをつくっちまったわけだ。  
 
あん時は大変だった。  
朝比奈さん(小)が、急に帰れないとか言い出すんだもんな。  
まったく焦ったぜ。  
 
ん、なら俺はどうやって帰ってきたんだ?  
朝比奈さん(大)の力か??  
いや、違うな。え〜と。  
 
「・・・でね、私は今ではその出会いに感謝してる。  
だから、って聞いてるのキョン!」  
ああ、すまん。ちょっとぼ〜っとしてたみたいだ。  
 
「もうっ。団長の話はしっかり聞きなさい。じゃないと、死刑よ。  
そう、私は彼と初めて会ったあの日が、SOS団のはじまりと言ってもいいと思っている。  
だから、あんたにもこの話を聞いて欲しかったのよ」  
 
やっぱり、俺の、いやジョン・スミスの言葉が、こいつに与えた影響は大きいみたいだ。  
ああ、なんてこと言っちまったんだ、俺!  
それにしても、当たり前のことだが、あれがハルヒにとっては俺との初めての出会いなわけだ。  
ま、向こうはそのことに気がついてないわけだけどな。  
 
・・・んっ、初めての出会い・・・。  
俺にとっては、そうでなくても、彼女にとっては・・・。  
 
そうだ、あのとき初めて俺に会ったのは、ハルヒだけだったか?  
もう一人いたはずだ。もう一人。  
 
さっきからずっと感じていた違和感。  
それが1つに集束していく感覚。  
頭に浮かぶ、映像。  
 
しおり。高級マンション。図書館。メガネ。パソコン。  
短い髪。華奢な身体。そう、あれは・・・。長■■希!!  
その瞬間だった。  
 
「情報介入、開始」  
 
意識の一部が・・・どこかへ・・・。  
 
「情報制御空間、形成。  
対象因子の一部をダウンロード」  
 
 
気がつくと、目の前には真っ白な空間。音もなく、ただ雪が降り続けている。  
その中心に、あいつが立っていた。  
 
「長門!」  
そうだ、どうして忘れていたんだ。長門有希。  
本ばかり読んでいた、無口な宇宙人。  
でも、大切な仲間だったはずだ。  
 
「どういうことだ、長門。ここはどこだ?  
こいつもハルヒのとんでもパワーのせいなのか?  
いや、でもそんなはずはない。あいつの能力は、あのときに・・・」  
 
「そう、涼宮ハルヒの能力は、既に消失している。ここは私のつくりあげた情報制御空間。  
この空間の内部でなら、あなたも覚えているはず。彼女の能力が消えた瞬間を。  
あなたのいう未来人や超能力者がそのことに気がつかないのは、涼宮ハルヒがそう望んだから」  
どういう意味だ、長門?  
 
「あの日、涼宮ハルヒはその能力を失おうとしていた。  
そうなれば、あなた以外のSOS団のメンバーがいなくなることを悟った彼女は、  
最後の力を使って、その状況を生み出した」  
 
「つまり、ハルヒにはもう何の力もないが、古泉たちも朝比奈さんたちも、  
そのことに気がつけないので、この場所、この時間に留まらざるを得ないってわけか」  
 
「そう。涼宮ハルヒはSOS団のメンバーがいなくなることを、よしとしなかった」  
そりゃあ当然だ。団長様として、当たり前すぎるほどに当たり前の選択だぜ。  
でも、それならなぜ・・・  
「なぜ、お前は消えちまったんだ、長門?」  
 
「涼宮ハルヒの能力は、確かに強力。しかし、最後の瞬間にはかなり弱体化していたのも事実。  
有機生命体である人間には有効でも、情報統合思念体に通用するほどのものではなくなっていた。  
そして、彼女の能力が消失したことを確認した統合思念体は、観察者たる私の処分を決定した。  
あなたたちの記憶が消えていたのも、その過程の一部」  
淡々と語る長門。しかし、俺はその言葉を聞いて、明確な怒りを覚えた。  
 
「ふざけんなっ!長門、前にもいったけどな、お前はお前の好きに生きていいはずだ。  
情報統合思念体とやらが、どんだけ偉いか知らないが、そんなことは関係ねぇ!!」  
 
「覚えている。あの時、病室であなたの言ってくれた言葉。うれしかった・・・。  
でも、これは私が決めたこと。私が望んだこと。だから、大丈夫」  
そうして長門は、わずかに沈黙した後、再び語り始めた。  
 
「私の処分が決定されたとき、私は情報統合思念体に対して1つの要請を行った。  
それは、私を構成する情報因子を分解、変換して、この星の構成因子の一部とすること。  
私は、雪となってこの星に残存することを希望した」  
雪って、あの雪か?  
 
「そう、雪。私の名前。私のかたち」  
長門は目を閉じ、静かに答える。  
 
「通常、統合思念体は、有機生命体の存在する星に、自らの痕跡を残すことを好まない。  
どんな影響を与えるか、予測がむずかしいから。  
だから、私の願いも、却下されると思っていた。でも・・・」  
 
「承認、されたんだな」  
頷く長門。  
「どうしてかは分からない。  
もしかして涼宮ハルヒの能力が、間接的に作用したのかもしれない。  
とにかく、結果的に私の要請は承認され、いまの私になった」  
目を開いて、こちらを見る長門の顔には、きっと俺以外にもわかる笑顔が浮かんでいた。  
 
「そっか。本当にお前が望んだ結果なんだとしたら、俺がどうこういうのはお門違いだな。  
分かったぜ長門、そのことに関しては、もう何も言わん」  
あんな顔を見せられたら、反論できっこないぜ。いまのあいつはA+++だな。  
 
「しかし、お前がそんなに饒舌にしゃべるのはいつ以来だろうな。  
それじゃあまるで古泉だぜ」  
あの人はからかう様に私に言う。  
「そう?」  
簡潔な返答。でも、それでいい。それだけで、彼には伝わる。  
 
私の目的は、確かに涼宮ハルヒの観察だった。  
そして、その過程で、彼のことを重要視することになったのも事実。  
 
でも、私がいた場所は、あくまでSOS団だった。  
朝比奈みくるも古泉一樹も、大切な人間に違いなかった。  
 
 
似ているというのなら、きっとそう。  
私は彼らがうらやましかった。  
彼らのようになりたかった。  
彼らの仲間になりたかった。  
 
 
だから、雪となってあなたたちを見守りつづける。  
ユキが溶ければハルが来る。それでも構わない。  
冬のほんのひととき、あなたにそっと触れられるなら。  
それが私の望んだ在り方だった。  
 
「なあ、今日ここに俺が来たのは偶然なのか?日本では夏の、この時期に」  
彼は時々とても鋭い。  
「それは・・・」  
彼の優しい視線を感じる。くすぐったい感触。  
「禁則事項」  
あの、初春のひとときを思い出す。はじめてのジョーク。彼の頬が緩むのを感じる。  
 
「おいおい、教えてくれよ、長門。俺とお前の仲じゃないか?」  
彼が冗談っぽく返してくる。  
「男女の間においては、常に素直にすべてを語ることが、  
必ずしも信頼関係を構築する上での最善の方法ではない。  
これは、あなたと涼宮ハルヒを観察して学んだこと」  
・・・困ったような表情をみせる彼。  
 
だって、とてもじゃないが、言うことはできない。  
あなたとはじめて会ったあの日。七夕の夜。  
今度は二人きりで過ごしてみたかった、なんて。  
 
「空間維持能力が限界を迎えるまで、あと10秒」  
できるだけ感情を殺して伝える。  
 
「そっか。長門・・・・・・また来年の今日会おうぜ。  
おっとその前に、今年の冬があるか・・・えっと・・・」  
最後なのに、格好良くきめられない。不器用な彼。私が見続けてきた、彼。  
 
 
「また」  
答えた瞬間に、空間が消失する。  
この空間は、私の情報因子と彼の意識の一部から、一時的に構成したもの。  
ダウンロードした彼の意識は、多少の誤差を伴って、元の時系列に回帰するだろう。  
 
ああ、彼の姿も、私の姿も消える。  
 
この想いも、この言葉もすぐに溶けて消えてしまう。  
彼には、この空間での記憶は残らない。  
でも、私にはこれで十分だった。  
 
 
長門有希は雪となって、彼の心にそっと沁みこむ。  
 
 
消えていく長門。  
その顔を、想いを、焼き付ける。  
 
これは、七夕に起きた小さな奇跡。  
 
この記憶がどうなるのか分からない。  
でも俺は、きっととても大切なものを得た。  
そのことは、決して忘れない。  
 
 
意識が、途絶えていく・・・。  
 
 
頬に軽い衝撃。覚醒。目の前にはハルヒの顔、そして空。  
 
「やっと、起きたわね。  
私が起きろっていったら、さっさと起きるのが団員たるものの務めよ!」  
 
「また、ぼ〜っとして。本当に大丈夫なわけ」  
ああっ、大丈夫だ。お前の過去語りは、ちゃんと聞いてたよ。  
 
「そう・・・なんか、辛気臭くなっちゃったわね。  
やめやめっ!過去をうだうだ語るのは、私らしくないわ。  
さあ、キョン。犯人まだ近くにいるはずよ。とっちめに行きましょっ!!」  
顔をあげて意気揚々と宣言するハルヒ。  
はて・・・なにやら物騒なことを言ってるが、一体何のことだ?  
 
「あんた・・・もしかして本当にわかってなかったの?  
まったく、ほんっと〜にバカなんだから」  
何だ、何だ。なぜ俺はここまでバカにされなきゃならんのだ。  
 
ハルヒは、不審な段ボールを発見した兵士のごとく?マークを浮かべる俺に、  
溜息をついた後こう言った。  
「いい。目を覚まして、最初の質問を思い出してみなさい。  
私はこう聞いたわよね。空を見てどう思うかって」  
ああ、確かにそんなこと言ったな。  
で、それが?回りくどいのはよして、お前らしく率直に説明してくれ。  
いい加減寒くなってきた。そろそろ限界だ。  
 
「それよ!あんたここがどこだか分かってる?南極よ、南極。  
私もあんたもしっかり防寒対策された服を着てる。  
でも、それだけで寒さを凌げるわけないでしょ。  
もう1つだけヒント。この近くには、私たちの他にも調査隊がいるはずよ。  
その誰もが善良な人間とは限らないでしょうね」  
もう分かったでしょ、という目で俺を見つめるハルヒ。  
 
ハルヒの言わんとすることを、ようやく理解する俺。  
しかしおかしいな。今日は、他の調査隊は基地にいると古泉に聞いた記憶がある。  
 
まあ、とりあえず疑問は置いておこう。この寒さは洒落にならん。  
そうして俺は、「見つけたら死刑よ!」と息巻くハルヒをなだめつつ、  
古泉から借り受けた超高性能携帯に手を伸ばす。  
 
 
空には、輝く星とそれに照らされた雪。  
織姫と彦星の逢瀬は、彼らだけが知っている。  
 
 
了  
 

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