『まるで夢を見ているよな感覚』  
 
今日はSOS団恒例の市街パトロールに赴いている。  
主な役目は市街に蔓延する不思議が涼宮ハルヒの目にとまる前に速やかに処理すること。  
―――処理することのはずだけど今日は違う。  
去年の今頃に交した彼との約束。それを恣意的ではないにしろ反故にした彼の行動(※陰謀のみくるとの逢い引きの事)。  
許せない。  
厳罰を与える必要があると判断。今日一日は彼と二人でペアになるように情報操作を行う。  
 
というわけで私は彼と図書館に来ている。  
 
私は彼を罰っするプロローグとして前々から目をつけていた書籍を取――手が届かないので彼に取ってもらった。  
【本当はエロイグリム童話】  
彼はそのタイトルを見て何か言いたそうな、それでいて躊躇うような複雑な表情をしていた。ここまでは計画通り。ここからが本番。  
彼の関心を得るためにそのいかがわしいタイトルの書籍をわざと熱心に読み耽るフリをする。  
「なあ長門、それ…」  
「………」彼を見上げる  
「や、やっぱいいや。俺いつもの席にいるからさ、時間になったら起こしてくれ」  
「………」うなずく  
 
彼は結局何も言わずにいつもの特等席に座り船を漕ぎ始めた。  
起こす気は無かった。  
 
「うぁおっ!!」  
だから彼がいつかのように携帯の着信音に驚き奇声を発するのは必然だった。  
彼は電話越しに相手――涼宮ハルヒ――に頭を下げていた。  
いい気味  
「長門なんで起こしてくれなかったんだ!?」  
「………」熱心に本を読み耽るフリを続ける  
「……そんなに面白いのかそれ?」  
「ユニーク」あなたが  
「とりあえずハルヒがご立腹だ。帰ろうぜ」「………」やっ  
 
私がいつまでも本を読んでいるとしびれを切らした彼が私の背中を押してカウンターに行き貸出しの手続きをすませ私の背中を押して図書館の外に出た。  
彼は慌てた様子でやたらと私を急かす。  
でもここで彼を許し、彼の指示に従っては罰にならない。  
だから私はまた本を開き立ちんぼになる。  
 
彼は地に根を生やしたような私を見ると呆れたような諦めたような微妙な表情をし、また私の背中を押して先程よりもやや強引に歩きだす。  
 
少しやり過ぎたかもしれない。  
怒ったかもしれない。不安になる。  
平気。彼は怒ってない。確信。  
何故なら彼は優しい。私が何をしても受け入れてくれる気がする。あの時のように…  
“気がする” 何故このような希望的観測に基づいたことを確かなものと信じてしまえるのか理解出来ない。  
矛盾。でもこの矛盾が今の私には何よりも必要なもの、そんな気がする。  
また“気がする”  
 
『背後で彼が小言を漏らす。「なあ、どうしたんだよ長門?」彼が困ってる時に出す声音。それがたまらなく楽しくて、愉快。それにいつもより早く歩けて楽ちん』  
 
そうこうしてるうちに涼宮ハルヒの待つ駅前にたどり着いていた。  
彼に背中を押されていたから予定より早く着いた。今度からいつもこうしてもらおう。  
思考中断。  
 
「遅いっ!遅刻っ!罰金!」  
「仕方ないだろ、長門が―」  
「言い訳するんじゃないわよっ!」  
涼宮ハルヒは心の底から怒っているという風体を醸しだし彼を真っ直ぐに睨み怒鳴り散らした。  
 
ミッションコンプリート。  
でもまだ彼を許す気にはなれない。  
何故?  
理解不能。  
本当は分かってる。  
 
 
私はざくろジュースを飲みながら午後からの市街探索で彼にどんな罰を与えるかを思索していた。  
「私これから用事があるから、本日はこれにて解散っ!」  
だから涼宮ハルヒがレストランで解散を宣言したことに戸惑いざくろジュースを思いっきり気管に吸ってしまった。むせはしなかったが変な音がした。  
 
「今度は何を企んでるんだ――?」  
おそらく涼宮ハルヒが何をするのか事前に認識しておくことで少しでも精神的負担を減らそうとしているのだろう、彼が訊く。  
「何よその言い方失礼ねっ! 今日はハカセ君の勉強見てあげる約束してるのよ」  
「そうか、なら仕方無いな」  
「………」相変わらずヘタレ  
 
というわけで本日は解散となった。  
彼がさよならを告げる。  
色々考えていたのが無駄になったのが少し残念。  
そうだ。せっかく暇が出来たのだから彼を夕御飯に招待しよう。  
私は遠ざかる彼の背中を追いかけ背後から手を握る。  
 
『彼と対峙しているとまるで夢を見ているような錯覚に捕われれる。  
ひどく不安定で、曖昧で、不思議な感覚。  
でも嫌じゃない』  
 
『夕御飯。一緒に』  
そのたった一言が言えない。  
手を握ったまま固まっている私を彼は―――エラー  
 
私は彼の襟元を掴み彼を前屈みにさせ、同時に私は少し背伸びをして軽く口を触れさせる。  
「また明日」  
そう言い残し呆然とする彼から手を離す。  
頭がクラクラするのを堪え帰路につく。  
これで涼宮ハルヒと条件はイーブン。五分と五分。負けない。  
視界の隅に捉えた古泉一樹の表情がいつもの微笑ではなく真顔だったのが印象的だった。  
 
少しやり過ぎた。  
でも手を握った時の、彼の優しい顔を見たら抑えがきかなくなった。  
夕御飯には今度誘おう。  
 
終わり  
 

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