「好きだっ!!俺と付き合ってくれ!」  
キョンは愛しの彼女を後ろから抱きすくめ、思いの丈を吐き出した。  
「僕もです」  
彼女が振り向いた瞬間、キョンの思い人から、憎きスマイリーフェイスへと変化した。  
「な、何でお前が出てくるんだ!よ、寄るな!」  
「いいじゃないですか。僕たちは男同士仲良くしましょう。マッガーレ、マッガーレ、  
マッガー……」  
 
「うおあっ!!」  
キョンは妙な叫び声ともに跳ね起きた。彼の顔には玉のような汗が光っている。それが  
いかにも悪夢だという内容だったことをものがたっていた。時刻はまだ早朝の6時であり、  
どうやら彼の妹が起こすよりはるか先に起きてしまったようだ。  
 
「夢……か。まさか、あれもハルヒの作り出した閉鎖空間での出来事だったとしたら、俺  
はすぐに首をつって死ぬぞ。いや夢であっても許しがたい」  
キョンは、こんな悪夢を見たのは古泉一樹が悪いのだと決めつけ、何の落ち度もない彼を、  
理由もなしにぶん殴る決意をした。そう考えると、少しは気が収まるような思いだった。  
 
だがキョンは、つまらない夢のせいで、今日ほかに何か重要なことを忘れているような気が  
した。  
数秒間沈思黙考し、あることに思い当たった。  
「そうか。今日は、1年前に初めてハルヒにSOS団の部室に連れて行かれた日か」  
1年前の今日は、キョンが普通の高校生ではなくなった記念すべき日であり、あらゆる不可  
思議現象を体験することになるきっかけをつくった日でもある。もしくは自分のうかつさを  
呪う日だ。  
 
そこで、朝食の時間になるまでのしばらくの間、キョンは夢のことを忘れて、光速で過ぎ  
去ったこの1年に思いをはせた。  
 
朝の瞑想を終えたキョンは、着替えや洗顔、髪型のセットなど、恒例の行事を滞りなく行  
うと、居間に移動し、両親と朝の挨拶を済ませた。  
 
キョンが食卓に座ると、彼をいつものように起こせなかった妹は、少し残念そうに、兄の  
顔を見ていた。すると、キョンは少し誇らしげな顔を妹に見せつけた。  
だが、キョンは今日の早く起きた原因を思い出してしまい、果てしなく気分が落ち込む思  
いだった。それをあわてて振り払い、いつもより幾分早めの朝食に没頭した。  
 
キョンは身支度をすでに済ませてあるので、今日は普段なら見ない、と言うより見られない  
朝のテレビ番組を堪能してから学校へと向かった。  
 
キョンは、学校に到着するとすぐに自席に座って、早くも放課後を待ちわびていた。とい  
うのは、出演依頼もしていないのに、勝手に他人の夢に友情出演をしたうえに、あまつさ  
えヒロインに取って代わってしまった古泉一樹を殴るためだ。だが、こんなことで殴られる  
とは、古泉一樹もいい迷惑だろう。  
 
 
そして授業中においても、キョンが古泉一樹への復讐──彼にとってはいわれのないことで  
あるが──を考えていると、妙なオーラがにじみ出ていたようで、涼宮ハルヒが気味の悪そ  
うな顔をしながら彼の背中を見つめていた。  
 
いよいよ待ちに待った放課後の到来とともに、キョンは自分の教室を出た。  
しかし、キョンが嬉々として部室に入ると、古泉一樹はSOS団の活動を欠席していた。  
涼宮ハルヒによると理由は急用らしい。だが、予想もしていなかったことだけに、キョンは  
呆然とした表情をしていた。しかし朝比奈みくるが、団員たちにかいがいしくお茶の給仕を  
行う様子を見て、少し癒されたのか、気持ちを静めたようだ。  
 
そこでキョンは、自分の気持ちを和ませてくれた彼女に、感謝の意味も含めて言った。  
「いつもありがとうございます、朝日奈さん。今日もメイド服が似合ってますよ」  
「うふふ、キョン君どうもありがとう」  
だが、そんな2人の会話がおもしろくないのか、涼宮ハルヒはアヒルのような口をして、  
「キョン。そんなとこでデレデレしていないで、こっちに来てSOS団のサイト更新を手伝いな  
さい」  
キョンを自分の元へ呼び寄せようとした。すると、やれやれと言いながら、キョンは彼女の言  
葉に逆らうこともなく、団長専用席のもとへおもむろに歩いていった。  
 
キョンが自分の席で座っていることがよほど嬉しいのか、涼宮ハルヒは満面の笑みを浮かべて、  
彼に対してああでもない、こうでもない、と指図を行っている。  
そんな様子を、有希はまるで感情の見えない顔で、しかし彼女が開いている蔵書の活字に目を  
向けるでもなく見据えていた。  
 
もはや太陽は空を赤く染めて傾いていたが、SOS団結成一周年記念にもかかわらず、普段となん  
ら変わらない一日が過ぎ、無為に時間を過ごしてしまったことに、これがいつものSOS団なんだ  
とキョンは自嘲の笑みを浮かべつつ、しかしそれをかけがえのないものとして、誰よりも大切  
に思っている自分も発見していた。  
 
涼宮ハルヒの解散命令一下、SOS団の面々は三々五々帰途についた。なお、何事も一番じゃない  
と気にいらない涼宮ハルヒが、こんなことでも先陣を切った。  
何かを考えているような表情をしていたキョンは、古泉一樹に対する計画のほかに、もう一つ考  
えていたことを実行することを決断していた。  
 
涼宮ハルヒに続いて、朝比奈みくるが部室を出て行くのを確認すると、キョンは有希に  
「ちょっとこの後付き合って欲しい場所があるんだが、いいか?」  
と誘った。  
「いい」  
有希の返答は単純明快、何の躊躇もなく、キョンの後について行った。  
 
しばらくの徒歩の後、電車を使って私鉄の支線のターミナル駅まで移動した。  
その駅で降りると、キョンは有希を駅近くのファンシーショップに連れて入った。  
「長門、どれでもいいから気に入ったものを選んでくれ」  
しかし、キョンがいきなりそんなことを言っても、有希はなぜという目をしているだけだ。  
 
「まあいいから選んでみてくれよ。理由は後で話すから」  
有希にしては、珍しくキョトンとした無表情顔で、彼の顔を見つめる。  
それでもキョンの勧めに従い、店内に並ぶ女性向けのアクセサリーやその他商品に視線を移動させた。  
 
有希は、一つの商品を見つめている。それは華美ではなくシンプルなデザインの髪留め用のリボンだ。  
「これがいいのか?じゃあ、これを買おう」  
有希がなぜ?と言う表情を見せるのにもかまわず、キョンは素早く会計を済ませた。なにしろ  
女性客ばかりの店内では、キョンのような男性には非常に居づらく、できれば一刻も早く出た  
いと考えていたのだ。  
 
キョンはようやく店を出ると、有希に自分が買い求めた髪留め用のリボンを手渡した。  
「ほら長門、お前にプレゼントだ」  
「…なぜ?」  
「今日はお前と出会ってから1年になるからさ。その記念だ。ハルヒも時にはいいことをする  
もんだぜ。なんといってもお前と引き合わせてくれたんだからな」  
キョンは少し照れくさそうにそう言った。  
 
「でも、あなたが会ったのはわたしだけではない」  
「朝日奈さんにもいずれ何かプレゼントするさ。でもお前にはよく世話になっているからな、  
まっ先にお前にと思ってな。それに感謝の意味もあるんだ。遠慮なく受け取ってくれ」  
「……そう」  
 
「…そう。……ありがとう」  
 
「だがな、長門。お前はリボンをなんに使うつもりだ?お前の短い髪じゃ無理だろう」  
 
「……内緒」  
 
「そ、そうか。だが、お前が喜んでくれているようで、俺も嬉しいよ」  
キョンは有希に、柔らかな笑顔を見せてそう言った。  
 
 
「なあ、わしが思うに、キョンの本命は有希だと思うんだが、どう思う?」  
 
「おいおい、いくらあんたの娘でも、そりゃ親バカってもんだよ主流派。わしは朝比奈みくる  
が本命だと思うぞ。彼の性癖はロリ巨乳フェチだ」  
 
「いや、穏健派。キョンはああ見えてツンデレさ。従って本命は涼宮ハルヒだ。それでこそ  
宇宙の、そして我々の進化が望めるというもんだよ」  
 
「お前は朝倉涼子をけしかけておいて、よくそんなことが言えるな。急進派」  
 
「ツンデレと言えば、古泉一樹に対してもひょっとしてそうなんじゃないか?」  
 
 
 
「…………バカ」  
 
 
おわり  
 

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