「正解……正解……正解……なによ、つまんない。キョン、ちょっとは間違えなさいよ!せっかく罰ゲームを用意したのに、つまんないじゃないの。」  
だが断る。いくらなんでも、不正解だからって石鹸を食わされてたまるか。その時点で再起不能は間違いなしだ。  
「まあいいわ。その調子で残り50問、やっちゃいなさいっ!あたしの指導だもの、予備校なんて目じゃないからっ。あー……あと、もしも全問正解なら、その、ご褒美を……って聞いてるの、バカキョン!?」  
はいはい、聞いてますともハルヒさん。せいぜい楽しみにしておくさ。  
 
 
『お勉強の時間』  
 
 
というわけで、といってもいったいどういう訳だか、俺にもさっぱり意味不明だが、俺はハルヒに家庭教師の指導を受けている。それも、俺の家、俺の部屋でだ。  
春休み、ハルヒの呼び出し電話に、予備校の春期講習に行かなきゃならんので、SOS団の活動にいけないんだ云々といった趣旨のセリフを告げると、ドスのきいた返事が返ってきた。  
『そこで待っていなさい……あたしが行ったときに出かけてたら打ち首獄門だから。』  
江戸時代じゃねえんだぞ。俺が部屋の隅でひざを抱えて震えていると、インターフォンが悲鳴をあげた。  
「キョンくーん、はるにゃん来たよっ!!」  
だだだだだだだだだだ、と足音がして、俺の部屋のドアが吹っ飛んだ、がごとく開いた。  
我らが怒れる団長、涼宮ハルヒの登場である。  
 
ハルヒは、俺の親の説得工作を一時間で終了させた。ハルヒが家庭教師としてついたテストの成績はまんざらでもなかったため、ハルヒが家庭教師をかってでると申し出ると、母親は案外素直に頷いた。  
「その上っ!」  
ハルヒは自信満々で付け加えた。  
「友人価格で引き受けますからっ!!」  
……ありがたいことだよ、まったく。  
 
その日から、SOS団活動の合間をぬってのお勉強が始まった。俺はSOS団でハルヒと顔をあわせ、SOS団活動が終わると、ハルヒと一緒に家に帰り、ハルヒと俺の部屋で勉強をし、ハルヒと夕食を食って、俺の部屋で勉強して、ハルヒが帰っていくのを見送った。以下、ループである。  
一日のうち、約半分はハルヒの顔を見ているということになる。  
人間とは不思議なもので、ずっと見ていると次第にハルヒの顔が魅力的に見えてくるものだ……なんて展開は、断じてない。やたら疲れるだけだ。ハルヒと一緒にいると、とにかくHPを削られ、気が付いたら瀕死状態になっている。  
そんな俺を見かねたのか、長門が、  
「……図書館」  
と言った。  
地球の言葉に直そう。  
『あなたは疲れていますね。良かったら図書館にいって、息抜きをしませんか?』  
……なんだか、出来の悪い英語の教科書の直訳みたいだな。Yes, I do.  
「それはいいわねっ!」  
うっわ、なんだ、ハルヒ。なにがいいんだ。  
「たまには環境を変えて勉強すればはかどるわ!有希、ナイスアイディアよっ。」  
「…………。」  
ウインクして親指を立てるハルヒを見つめる長門の手は、堅く拳を握り、気のせいじゃない、微かに震えていた。……怒ってるな、怒ってるよな長門?  
「……Exactly!!」  
――などと長門が言うはずもなく、長門は図書館に向かってすたすた歩き出しただけだった。  
 
 
とまあ、こんな調子で、俺はハルヒに付きまとわれながら勉強を続けている訳だ。長く厳しい冬に向けて、せっせと食料を貯めこむ健気なリスのように、俺はせっせと知識を少ない容量の脳に詰め込んだ。  
ハルヒの授業は、スパルタも真っ青になって逃げ出すほどの厳しさだ。間違えたり、忘れたりすると、容赦なく『罰ゲーム』と称した拷問を加えられる。ジュネーブ条約違反は確実だな。  
「ざーんねん、不正解っ、しっぺ!」  
ぐらいは可愛いもんだった。次第にターゲットは俺の肉体に対する虐待がら、精神的拷問に変わっていった。  
一つだけ例を挙げると、俺の夜の友達が、目の前で虐殺されるさまを、俺はまざまざと見せられた。  
「はっずれー!バッカバカバカ、キョンの秘蔵写真集、焼却っ!!」  
ああ、やめろ、むごいぞ。  
「まっちがい!キョンの秘蔵エッチビデオもサヨナラっ!!」  
ビデオや哀れ、ワカメのように臓物を引きずり出された。  
「ここ、計算ミスっ!」  
「おいまてハルヒ、計算ミスぐらいで――」  
既に時遅し。ハルヒは、俺の秘蔵DVDを、「とりゃー」という掛け声とともに、真っ二つに割っていた。  
「こんなに、エ、エッチなものを溜め込んでるから、成績が上がらないのよっ!!バカ。」  
ハルヒは真っ赤な顔で宣言する。  
じゃあ、俺の下半身に溜め込んだものはどうやって始末を付ければいいんだ……。  
なーんてことは口に出さない。  
俺はただ、がっくりうなだれていただけだ。  
そんな俺を見て、ハルヒは哀れに思ったのだろうか、  
「そ、そのうち何とかしたげるから、そんなに落ち込まないでよっ、バカキョン!!」  
と、見当違いなことを叫んで帰っていった。  
 
 
「マル、マル、マルマルマルッ!やるじゃん、キョン!全問正解だわっ。」  
当たり前だ。今回の罰ゲームは『石鹸』……漫画じゃないんだ、死ぬぞ。俺も命がけだったんだよ。  
「まあ、あたしの素晴らしい指導の賜物ねっ!!えー……あー……さてと。今日はこれで勉強はおしまいでいいわ……」  
やけに早いな。まあ、早く終わる分には大歓迎だ。疲れたから早く寝たい。じゃあ、ハルヒ、送っていこうか。  
「うう……その……あんた、ひょっとして忘れてる?……だったら――」  
「ご褒美とやらのことか?」  
ハルヒが赤くなった。  
「か、勘違いしないでよねっ!あくまで、キョンの頑張りに対するご褒美であって、その、こないだは、キョンが大事にしてる……うう、エッチなアイテムを勝手に壊しちゃったし……ええい、これっ、ほ、欲しかったらあげるわっ!!」  
ハルヒが取り出したのは封筒だった。中身は……写真?  
「お前の写真か?」  
「……そう。」  
いや、アホか。お前の写真をもらって、俺がどうすると――  
そこまで言いかけて、俺の脳みそは、完全な思考停止に陥った。  
封筒から完全に引き出してみると、ハルヒの写真は、ただの写真ではなく、十八禁ものだった。  
 
恥じらいを浮かべた表情で、スカートをたくし上げるハルヒ。  
うつむきがちに、大き目の胸をもてあそぶハルヒ。  
上から下まで服を脱いでるのに、黒のオーバーニーソックスだけは履いて、ベッドに横たわるハルヒ。  
などなど。  
 
ハルヒの好みを表すのか、その他、微妙にマニアックな写真の数々。どれも、おそらくハルヒの部屋で取られたもののようだ。  
「部屋で、一人で、デジカメで撮って……プリンターで印刷して……」  
顔を真っ赤にしたハルヒが、ぽつぽつと解説を加える。真性のアホだ、こいつ。  
ハルヒは、おそるおそる俺の方を見る。  
「どう……キョン?……やっぱり、これじゃ駄目かな……」  
さてまあ、なんと答えたものか。  
「……動画はどうするつもりだ?」  
うう、とハルヒが呻く。  
「あ、あたしので良ければ、明日までに撮ってくるけど……その……一人だから、エッチシーンは無理だけど……」  
赤い顔でしどろもどろのハルヒを見ていると、段々ハルヒをからかうのが楽しくなってきた。  
「いや、明日までは待てないな。今すぐ見たい。」  
「うう…………わかったわよ!ぬ、脱げばいいんでしょ!よーく、かっぽじって見てなさいよっ。」  
眼球をかっぽじったら失明するだろうが。  
「う、うるさいっ…………あんたみたいなニブチンは、失明しちゃえばいいのよっ!あたしの気持ちに気が付かないなんて、どこに目がついてんだかわかりゃしないんだから!!」  
わかってるさ、お前の気持ちぐらい。お前の方が鈍いんだよ。俺の気持ちに気が付かないとしたらな。  
「ぐうっ……今の言葉、忘れないことね!ちゃんと責任払いで間違いないからっ!!」  
意味不明の言葉を叫びながら、ハルヒは俺に飛びついてきた。その勢いで、俺とハルヒはベッドに倒れこむ。やれやれ、どっかのミサイルだってもう少し穏やかなもんだ。  
「キョン……むぐむぐ……だいしゅき……ちゅぷ」  
キスしながら喋るもんじゃない。  
「ぷはぁっ」  
「ハルヒ……大好きだ。」  
俺の言葉に、顔を赤らめて恥ずかしそうだが、ハルヒは嬉しそうに頷く。  
 
 
「で、ストリップは?」  
「……バカ。」  
ハルヒはピョンと立ち上がると、おもむろに服を脱ぎ始めた。さっさとスカートを下ろし、シャツをはだける。シンプルな白い下着姿になって、一瞬こちらを伺う。  
GO. 俺は無言で促す。心のなかでは、興奮した俺が、「DVD!DVD!」と叫んでいたが、そいつは無視する。  
ハルヒは思い切ってパンツを脱ぎ捨てる。股間の茂みは目の毒だ。ブラのホックに手を伸ばし、ぱちんと外すと、ぽろ、とブラが床に落ち、ハルヒの豊かな乳房があらわになった。  
俺は、ほお、と溜息をついた。いや、いい体してるな、まったくの話。  
たわわな二つの乳。ピンク色をした、小さめの乳首。白く艶やかな肌は、少し上気して赤みを帯びている。  
少年のようにしまった腰と、意外にふくよかな腰。そして、軽く盛り上がった三角地帯には、縮れのすくない陰毛が生えそろっている。その下には……いや、細かい描写はこれぐらいにしよう。  
ぎゅっと口を結んで、俺を睨みつけていたハルヒは、緊張した声で言った。  
「どう……感想は?」  
「綺麗だ。」  
俺の即答がおかしかったのか、ハルヒはくすっと笑って、俺の肩を抱き寄せた。  
「それじゃ、ご褒美あげる。……明日から、また勉強がんばるのよ?」  
やれやれ、こんなご褒美が出れば、誰だって馬車馬のごとく働くだろうさ。それとも、ハルヒとの行為におぼれて勉強がおろそかになるのか?  
「もう一度……キスして……」  
やれやれ、ともあれ、お勉強の時間は、まだまだ続きそうだな。  
 
 
おわり  
 
 
じゃなかった、おわりに、ハルヒとのその夜のことを簡単に話しておこう。  
 
俺とハルヒが抱き合って濃厚なキスを交わしていると、あろうことか、ドアが開いた。  
うそだろ、鍵はかけていたはずだぞ!?  
俺とハルヒは、おそるおそるドアの方を見る。  
「わー、はるにゃん、なんではだかなのー?おかーさーん、キョンくんとはるにゃんがベッドでねー」  
妹は階下の母を呼びに行ったようだ。  
終わった。ハルヒは首確定か、と俺には思われた。  
しかし、ハルヒは落ち着きはらって服を着ると、平然と、顔を青くして入ってきた母親に言い放った。  
「喜んでくださいっ!」  
なにをだ?息子が大人への階段を登ったことをか?  
 
「友人価格から、恋人価格へと値下げしますっ!!」  
 
 
おしまい  
 
 

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