―さてどうするかな
違う、わかってはいるんだ。どうしてこうなったかも、今から何をすべきかも。
だが、たまにはいいだろ? ほんの少しだけ、この現実から逃げたって。
さぁ二度寝だ。
――やれやれ、ベッドがやたら広いぜ
話は昨日の団活終了間際に遡る。
ハルヒはいつものように団長席にふんぞり返ってネットサーフィンをしているし、
朝比奈さんはいつものようにコンロの前で温度と格闘していらっしゃるし、
長門はいつものように定位置で武器にできそうなくらい分厚い本を読んでるし、
もちろん俺もいつものように古泉と様々なテーブルゲームに興じていた
おい、これで今日四つ目の黒丸だぞ。少しは真面目にやれ
「とんでもない、僕は終始全力を尽くしました。あなたがお強いんですよ」
腹が立つのはなんでなんだろうな? お前の全力とやらは弱すぎるんじゃないか?
「これでも日々研鑽を積んでいるんですがね。とはいえ次は勝てそうな気がするんですよ。どうです? もう一戦」
いいだろう、今日五個めの黒丸をくれてやる。
と、息巻いたところで長門の活動終了を告げる音が静かな室内に響いた
古泉は肩をすくめて
「残念です」
命拾いしたな。
勝敗表を棚に戻そうとしていた俺の手から半ばもぎ取るように、それを奪われた。
「なによコレ、キョンばっか勝ってんじゃない。有り得ないわ、なんかインチキでもしてんの?」
なんだその言われ様は。
「実力だ実力。小さい時から妹の遊びに付き合ってやってたからな」
実際はしつこくまとわり付く妹を黙らせるために、勝ったら遊んでやる、という条件を提示したのだが、
何故か妹の気合いの入り方が尋常ではなく、ことあるごとに勝負を挑んできたのだ。俺は自由の為に強くなるしかなかったわけだが
いつのまにかおとなしくなっていたハルヒが呟いた、
「キョンの小さい時、ねぇ…」
背筋に怖気が走る。何気ない一言が俺の精神にスカウターがぶっ壊れんばかりの負荷をかけた
帰り道、しつこいくらいに俺の子供の頃の事を聞くハルヒを
朝比奈さんと古泉は期待に満ち溢れた目で見ているし
長門も何世代か前の演出みたいに目がピカーンとしているし
俺は俺で、ある種諦観の境でハルヒの質問に答えていた
そして今に至る
まぁ、縮んでるわけだ。背が。
ハルヒ神の変態パワーにはいささか慣れた俺だが、さすがにコレはなぁ…。
いや、それでも落ち着いてる方か。なんせ原因はわかってるしな。
今回も悪いが長門に救援を依頼するしかないか。本当、毎回毎回悪いな。何か埋め合わせをしてやらんと。
せっかく縮んだんだ。一つ試してみるか
――目が覚めると
「身体が縮んでしまっていた!!」
…おぉ、随分と高い声だ。こんな声だったんかね、俺。
すると階下から妹の
「キョンくん起きてるっかな〜?」との大声がだんだんと昇ってくる
俺は返事をしようとして文字通り絶句した。
やばい。やばすぎる。現実逃避ついでに自分の状態だけじゃなく環境すらも遠くイスカンダルへ忘れてきてしまっていた。
あたふたしてる内に扉の前に妹の気配!
扉が開かれたその瞬間! 俺のベッドで丸くなっていた、いつもは光の巨人並にしか日に活動しないシャミセンが、開いたドアの隙間目がけて滑り込んだのだ!
興味を移した妹は俺を起こすという任務を放棄し、シャミを追って階下を下っていった。
安堵も束の間、神が与えたこの時を利用しない手はない。
制服とカバンをベッドの下に投げ入れ、「早めに登校します」と殴り書きで書いたメモを机の上に置き、自分もベッドの下に入り込んだ。
一分もたたないうちにだ捕されたシャミセンごと妹がやってきたが
「あれぇ?キョンくんいな〜い」
シャミに向かって、知ってる? とか聞いてる妹
シャミは俺の方を意味ありげな視線で見た後、机に向かって鳴き声をあげた
メモを発見した妹は何の疑いも持たずに信じ込み、母親に報告に行った。
結構時間が経った。妹も学校に行ったし、母親も家事を終わらせ落ち着いた頃だろう。
動くなら今だ。
上はぶかぶかのシャツ、下は元の背ならハーフパンツなのだが、足首までしっかりある。
母親の気配に注意し、玄関から脱出を試みる。
ん? おかしいな、いつも履いてる革靴がないぞ? どちらにせよ、今の俺じゃ履けないが。とりあえずサンダルなら問題ないだろ。
どうにか文芸部室前まで来れたか。この背でフェンスをよじ登るのは命懸けだったぜ…。
さて、長門が来るまでここで待ってるか。
ノックもなしに入るのは久しぶりだな。
「待っていた」
…おい。何故いる? 授業はどうした? こら、目を逸らすな。
「問題はない」
いや、確かにそうかもしれないが
「改変が起こったのは今日の午前4時丁度。おそらく幼少時のあなたと接触したいと願ったため」
昨日から覚悟していたとはいえ、迷惑な話だ。
しかし記憶まで書き替えられなかったのは不幸中の幸いだったな。
「願いをそのまま改変に反映していたらあなたの構成情報は肉体同様すべて改竄されていた。私が脳内の記憶分野に作用しないよう改変情報に手を加えた」
さすが長門だ。知らないうちにまた借りができちまったな。下手したら、こうして助けを求める手段さえ奪われてたところだ。
ん? だったら記憶だけじゃなくて身体の方もなんとかなったんじゃないのか? こら、目を逸らすな。
「…露見を阻止する為」
おい。
「あなたの猫を使った事と学校側への情報改竄をした事、靴の構成情報を分解した事を報告しておく。靴はいつでも再構成可能」
あぁ、シャミの奇怪な動きは長門によるものだったか。靴は…確かにあったらバレてたかもな。さんきゅな。
「気にしなくて、いい」
後学の為に聞くが、いつも俺を監視してるわけじゃないんだよな? 長門よ。こら、目を逸らすな。
この後が大変だった。
長門が何度も俺にかまってきて、しまいには本を読んでる長門の膝の上に座らされた。この時の長門は、俺にしかわからないだろうが、妙に嬉しそうだった。
放課後、入ってきたハルヒ達に、俺が俺の親戚であることを告げた。
妙に俺にやさしいハルヒに自分より小さいものがあることをとても喜ぶ天使、しきりに俺の後ろに回りこむ古泉、それぞれの相手を活動終了まで延々とやらされたのだ。
次の日の放課後、長門へ、朝方に元に戻った事を報告するために足早に部室へと向かった。
どうやら長門だけのようだ。
「昨日はありがとうな。また色々借りを作っちまったな」
「気にしなくていい」
「迷惑な話だったが、昔に戻れたみたいで割りと楽しめたよ」
「そう」
「ハルヒパワーもたまにはいいことするもんだな」
「今回涼宮ハルヒからあなたに大して何か特別な情報改竄はなかった」
……ん?
「涼宮ハルヒは確かに幼少時のあなたに興味をもったが、情報爆発が起こるほどではなかった」
「…長門、じゃあ一体他の『誰』があれを望んだんだ?」
こら、目を逸らすな。
END