酔った勢いというものは恐ろしい。  
この常套句は孤島で実際に体験して学習したはずの言葉だ。  
勘のいい人間ならこのモノローグだけで分かったと思うが言っちまおう。  
やっちまった、と。  
 
谷口の家で国木田と男三人顔を突き合わせて馬鹿騒ぎした昨晩。  
当然のように馬鹿話になり奇跡的に相手ができた谷口や  
酔った勢いで同じくつい最近ひそかに彼女ができていたことを漏らした国木田に  
俺はイラつきながらもそれすら酒の力でテンションをプラスにベクトル変換して笑っていた。  
 
調子に乗った谷口の彼女のダチを紹介してやるよ発言すら寛容できる愉快な気分になっていたのだが  
ここで国木田が余計な口を挟みやがってから話はおかしな方向に転がり始めた。  
 
以下その会話――  
 
 
「キョン、この三人の中で唯一寂しい独り身のお前に  
この谷口様が慈悲の心を以ってキョウコ(彼女の名前らしい)のダチを紹介してやろうじゃないか」  
「いらん。俺には朝比奈さんという天使がいる」  
「くけけ、独り者の妄想は悲しいもんだなぁ。正直に言えよ、紹介してください谷口様って」  
「アホか」  
「そうだよ谷口。キョンには涼宮さんがいるじゃないか」  
「そーかそーか。お前は変な女じゃないと勃たないんだったな」  
「おい国木田、妙な妄言を吐くな。谷口は三回くらい死ね」  
「死んだ死んだ死んだ。ハイ三回。じゃ、お前は涼宮に告白しろよ」  
「何言ってんだ意味が分からん」  
「俺はお前の言うこと聞いただろぉ。お前も俺の指示を実行しろよぉ」  
「飲みすぎだ、もう寝ろ」  
「告白するって約束したらな」  
「何で俺がハルヒなんぞに――」  
「お前ほどあれと親しくできる人類のオスは存在しねーって。いいからくっついちまえよぉ」  
「うるせー。前にも言ったが俺はいかなる意味においてもハルヒと接着したいとは思わん」  
「キョンって涼宮さんのことを名前で呼ぶんだー」  
「……あー、気のせいだ。知らん」  
「普段教室とかでは涼宮って呼んでたよなぁ。お前たちもしかしてもう――」  
「なんもねー。つーかお前らには関係ねえ」  
「あーんじゃあこれだこれ。このゲームで負けたら告白しろ」  
「あ、それいいね。三人対戦だから負ける確立は三分の一だしいいでしょ?  
僕たちは負けたらそれぞれ彼女と別れるよ」  
「おい国木田、俺はまだ付き合って一週間なんだが……」  
「ほう、それはいいことを聞いたな。よし、乗った。  
谷口、キョウコさんとやらをお前の腐った手から開放してやるぜ」  
 
 
――さて冒頭の台詞で予知できることだろうが俺は負けた。完膚なきまでに負けた。  
 
大体バトルロイヤル式のゲームでこんな賭けをすれば俺一人が二人から集中砲火を浴びるのは必然であり  
そんな判断すらできなかった俺の酔った脳を恨むが(そもそもそんな理不尽な勝負を受けるなよ俺の脳)  
さらに恨みがましいことに負けた瞬間俺の酔った脳は  
何故か絶対に罰ゲームを受け入れなければならないと諦めてしまったらしく  
抵抗もせずむしろノリノリで「よし俺はハルヒに告白するぜ」と叫び  
二人に薦められるまま即行ハルヒに電話し  
(「キョン? 何か用?」「よっ、ハルヒ。明日暇か?」「……いきなり何よ」  
「メシ奢るからちょっと明日付き合ってくれ」「……気味悪いわね、何を企んでるの?」  
「古泉じゃあるまいし俺にお前を出し抜くスキルはねーよ」「確かにそうね。いいわ、じゃあ駅前に12時ね」)  
そして更に恨みがましいことにその記憶が鮮明に残っていた死にたい。  
 
ありがちな賭けでオリジナリティがないのではなかろうか。  
大体こういう行為が許されるのは精々中学生までであり  
高校生であるところの俺がこんなガキっぽいことを実行するのはおかしいのではないだろうか  
というか勘弁してください、という朝を迎えて躁状態から脱出した俺の主張は  
今更何言ってやがるんだという顔をしてそのまま表情通りのことを面白みもなく発言した谷口と  
できないなら半裸になって「僕は地底人です。地上人の皆さん、はじめまして!」  
と叫びながら街中を2時間走り回らせしかもハルヒにあることないこと吹き込むという  
無慈悲な代替案を提出した国木田の言葉によって封殺された。  
 
正直どっちがマシかと比較すると微妙なんだが  
少々ルール違反でも告白した後すぐハルヒに真実を告げて謝り倒せば  
せいぜい2、3回の奢りで何とかなるであろう。  
告白したことに変わりはないからな。異論は認めない。  
警察に捕まりそうな感じもしないでもない代替案は、社会的な被害が甚大なため遠慮したい。  
 
そう判断した俺はしぶしぶながら告白決行を決意した。  
つくづく見通しが甘かったと思う。もう一度言おう。やっちまった。  
 
 
今日唯一つ幸運なことを挙げるとするなら、それは目覚めが早かったことだろう。  
考えるだけで欝になるようなミッションを抱えている身に、ハルヒのきっつい瞳は毒だからな。  
自宅に帰り一応小奇麗な格好に着替え、時計を見ると11時。まだまだ余裕はある。  
どうやら遅刻だけはしないですみそうだ。  
 
さて、手持無沙汰になるとどうしても考えてしまうのがどこでどう告白してどう謝るかである。  
なるべくそれらしいムードになりえない、告白自体が始めからネタと思われるような場所で決行したい。  
そして更に大事な条件は、ハルヒを面白がらせることだ。  
演出の趣向を凝らし、かつ奴を楽しませるような言い回しで告白すれば、怒りも少しはマシになるだろう。  
イタ電だって面白ければ許すと言っていたような女だ。  
 
ふと思いついてノートPCを開く。  
ビンゴ。どうやら駅前の映画館で、1時から香港コメディが上映されるらしい。  
つい先日観て内容を知っているのも好都合。  
底抜けに馬鹿っぽいタイトルのその映画を観てにやにやしながら  
主役のコメディタッチなラヴシーンにあわせて冗談っぽく告白しよう。  
 
時計を見る。  
今出かければ待ち合わせ時間前倒し癖がある女と同じくらいの時間で駅に着くかもしれない。  
もちろん出発しないが。あんな女に合わせてやる必要はないのである。  
 
「自分で誘っておいて遅刻するなんて、キョンあんたいい根性してるわね」  
「まだ12時になってねーだろ」  
 
二日酔いの頭を抱えて駅前にたどり着くと、案の定先客がいた。  
コイツは何でいつもいつも勝手に早く来て文句を言うんだろうね。もう慣れたが。  
 
「あたしが到着した時間より遅ければそれは遅刻なのよ。知ってるでしょ」  
 
知ってるよ。お前がわがままで自分勝手だということはな。嫌になるほど学習したことだ。  
俺は、傍若無人女の笑いながら人を睨む独特の表情に刺されながら溜息をついた。  
今日のハルヒの服装は、白いセーターにジーンズというシンプルな格好だ。  
加えて後ろで上げてくくった髪形と晒されたうなじが、活動的な印象を深めている。  
いわゆるポニーテールという奴だ。こいつのこの髪型を久しぶりに見た気がする。  
 
これ以上見ていると妙な気分になりそうだったので俺はハルヒから視線を外した。  
 
 
「で、何の用であたしを呼び出したの?」  
 
喫茶店に入りランチを注文すると、早速ハルヒが話しかけてきた。  
 
「くだらないことだったら承知しないんだからね」  
「悪いな、くだらないことだ」  
 
ハルヒは眉をひそめた。ま、不審に思うのも当然だろう。  
俺は待ち合わせ場所に行く前に購入しておいたチケットを取り出してひらひらと振った。  
ハルヒの顔が、何やってんだこいつ、という具合に歪む。  
 
「なにソレ?」  
「見ればわかるだろ」  
 
俺はチケットをテーブルに置いた。しかしハルヒはそれを目で追わずに俺を見つめている。  
 
「あたしが言ってるのは、なんでそんなもんを取り出したのかってことよ」  
「もちろん一緒に映画を観ないか、とお前を誘ってるんだ」  
「何であたしが貴重な休日を費やしてあんたと陳腐なデートもどきをしなくちゃいけないの?」  
「どうせ暇だったんだろ。用件も聞かずにOKできるくらい」  
「ふん」  
 
ハルヒはふてくされた表情になって俺から目をそらしお冷やをあおった。  
氷も一緒に口へ含んだのだろう。がりがりと氷を噛み砕く音が聞こえる。  
 
「ま、いいわ。確かに暇と言えなくもないし」  
 
意外だな。もう少し丸め込むために労力が必要だと思ってたんだが。  
俺は内心首を捻りながらハルヒを観察する。  
ハルヒは俺から目をそらしたまま、冷たそうなコップを頬に押しつけ店の外をじっと見ていた。  
店内は少し肌寒いくらいなのだが、相変わらずよく分からない行動をする女だ。  
 
俺は肩をすくめてチケットをしまい、料理の到着を静かに待つことにした。  
 
 
大体値段通りの味だった昼食を終え喫茶店を出て徒歩2分。  
映画館に着いたはいいが、食事中からずっとハルヒは無言だった。  
そんなに気に入らないんなら帰ってもいいんだぜ。  
 
「別に」  
 
そっけない反応が返ってきた。これじゃ長門と一緒でも変わらないな。  
 
「あんた、有希と来たかったの?」  
「あいつは来ないだろ」  
「さあどうかしらね。案外ひょこひょこと付いてくるかもよ?」  
 
やけに絡むな。  
 
「もしかして、もうこの映画観たことあるのか?」  
 
隣の座席に腰を下ろしたハルヒに話しかける。こんな雰囲気では決行しづらい。  
 
「ないわ。楽しみね」  
「ならもっとそれらしい顔をしろ」  
「うるさいわね、ちょっと考え事してるのよ」  
「考え事?」  
 
俺のオウム返しに、ハルヒはいかにも口を滑らせてしまったといった表情になって、スクリーンの方へと顔を背けた。  
何だろうね、突飛な行動なら専売特許なんだが、挙動不審なハルヒってのは珍しい。  
 
俺はハルヒの横顔を眺める。最近はずっとハイテンションなので気付かなかったが  
何となく輪郭がシャープになって出会った当初よりもかなり大人っぽくなっている。  
黙ってたら観賞用としては最高クラスだな。白いうなじに映えるほつれ毛も色っぽい。  
ま、でもやっぱりこいつは笑ってるほうが断然いい。迷惑のオプション付きだがそれも悪くない。  
そしてこいつが笑顔ではしゃぎ回るテンションについていけるのは、ああ谷口、確かに俺だけかもな。  
少なくとも今現在は。そして今のところ誰にも譲る気はない。  
 
照明が落ちた。映画が始まる。  
 

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