俺は北口駅前の公園で待っていた。ここはいつもSOS団の市内探索の待ち合わせで使っ
ている場所だ。
決して太めとは言えないこの体を、冬の厳しい寒さが身を切り刻む。だが、今日行われ
るイベントのことを考えれば、どうということはない。たとえ40度の熱を出そうとも、
這ってでもこの場所へ来ただろう。それほど今日は重要な日なのだ。
今日は休日の土曜日で、今は朝の10時前だ。そして俺は、ある人を待っていた。
そう、俺は今日、そのある人とデートをするべく冬のさなかに、公園で突っ立っていた
のだ。
そのある人とは、SOS団のマスコットで、俺の心の癒しキャラ朝日奈みくるさんだ。
話は3日前までさかのぼる。
俺は以前、朝日奈さんにお茶の買い出しの誘いを受け、えさをつけられたねずみ取りに飛び
込むまぬけなねずみのように、ほいほいついて行ったところ、デートもどきの対価として、そ
のついで、とういよりむしろそっちが本題だったわけだが、未来の重要人物の命を助ける
ことになった。
このことについて俺は朝日奈さんを責める気はないが、未来の人間の操り人形として動くこ
ととなり、複雑な気分だ。おそらく朝日奈さん(大)に対する不信感が芽生えた、最初の
出来事として、俺の脳に刻み込まれそうだ。
その俺への、お詫びと感謝の気持ちと言うことで、朝日奈さんは再度俺を誘ってくれた。しか
もSOS団の他の連中には内緒で…。
晴れて今回は、正真正銘のデートということになったのだ。心が躍ろうというものだ
だが、今回は自分たちの行動に気をつけなければならない。俺と朝日奈さんがデートをして
いるということを、SOS団のメンバー、さらにいえば団長の『涼宮ハルヒ』には絶対知ら
れてはならないのだ。
というのは、前回のデートもどきで助けた餓鬼、もとい少年は、なんと家庭教師をするハル
ヒの教え子だというのだ。その少年は空に浮かぶ雲のように、口が軽く、さらには、俺の似
顔絵をハルヒに包み隠さず漏らしてしまい。憐れにも、団長の知るところとなった。
俺は今でもハルヒの罰ゲームを思い出すと、震えがくるぜ。何をされたかったかって?思い
出させないでくれ。
「キョンくーん、お待たせしちゃってごめんなさい!」
彼女は、俺の姿を見つけると、うれしそうに急ぎ足で公園へとやってきた。
大丈夫ですよ、朝日奈さん。あなたのためなら、3日3晩だって待ち続けます。
今日の彼女も非常にかわいらしい。普通なら狙いすぎで、あざとささえ囁かれそうなフェミ
ニンな姿だが、彼女の場合はよく似合っているし、またそういう意図はないだろう。
冬の公園という殺風景な場所が、朝日奈さんの登場によって、花一面の春の風景に様変わり
したのではないかと、錯覚するほどだった。いや幾百の最上級の讃辞を並べ立ててもまだ足
りないほどである。それほどに俺は歓喜に打ち震えていた。
朝日奈さんとの最初の訪問先は、前回と同じく駅前にある総合デパートのお茶売り場となった。
彼女がそこの常連だというのは、周知の通りだが、売り場の店長さんは、俺の顔も覚えていた
らしく、今日は彼氏とデートですかと、朝日奈さんに問い、彼女を照れさせた。
俺はそんな朝日奈さんを微笑ましそうに見つめ、夢見心地のような幸せな気分になっていた。
彼女の表情は、前回のように指令を受けているという、よけいなしがらみがないためか、とて
も生き生きとして、その笑顔に見とれない男など、この世にはいないだろうと思えるほどだった。
ただ、彼女の足取りは危なっかしく、まるで俺は、自分の娘が転ばないかを心配する父親のような
気分になることもしばしばあった。
デパートの書店で、立ち読みと1冊の本を買い求めると、少し早いが、俺たちは駅前のパスタ
専門店で昼食をとることになった。
楽しい時間だった。俺はSOS団のことを遡上にあげるつもりはなかったが、この話題は俺たちが、
団員である以上避けられないことらしく、ハルヒと俺たちの武勇伝、というより団員たちの受難に
ついて、時折トラウマを疼かせながらも楽しく語り合った。
ただ、俺がハルヒの話をしているときに、朝日奈さんの表情にわずかな翳りがうかがえたような
気がしたが、すぐに気のせいだろうと、否定した。
食事が終わると、駅前を少し見てまわり、彼女の買い物につきあった。
朝日奈さんは服やバッグのサンプルが展示されている店の前で足を止め、ウインドウショッピン
グを楽しんでいるようだった。こういう場合、男はつらいものである。ウインドウの前で、数十分
も立ち止まっていると、手持ちぶさたでぼうっとして彼女を見つめることだけしかできない。
次に俺は、朝日奈さんをゲームセンターに案内した。彼女にはあまり縁がない場所らしく、物珍
しそうに、あちこち見てまわった。
その後、俺はUFOキャッチャーで500円を投入して、ぬいぐるみを朝日奈さんにプレゼントして、
彼女をすこぶる上機嫌にさせた。
しばし喫茶店で体を休めた後、俺たちは少し足を伸ばし、夙川公園の川沿いを2人で歩くことに
した。
この場所は、SOS団初めての市内探索で朝日奈さんと一緒に歩き、そして彼女が未来人であると
いう、あの衝撃の告白を受けた場所だ。
しばらく歩いた後、あの時と同じように、ベンチに座って話をした。
「キョン君、今日はつきあってくれてありがとう。本当に楽しかった」
「そんな、朝日奈さん俺の方こそ楽しかったですよ。今日だけといわず、ずっと付き合っても・・・」
「待って、その先は言わないで!」
俺の口を遮って、彼女は言葉を吐き出した。
「わたしはずっとここにいられる人間じゃないのは、キョン君も知っているでしょ。それに涼宮さん
のこともあるし、これ以上あなたとの距離を縮めるわけにはいかないの」
これ以上言ってしまうと、彼女を苦しませるだけだとわかっていた。俺が未来に行けるわけでも
なし、彼女をここに捕まえておくわけにもいかない。それをするほどの覚悟が俺にあるのかと、
自分に問うてみても、答えは見つからなかった。
タイムリミットだ。
「キョン君、じゃあ今日はこの辺でお開きにしましょうか」
これはお礼ね、といって疾風のようなキスを俺の頬に残していった。
俺は彼女の手を…、捕まえることはできなかった。
遠ざかっていく彼女の小さな背中が、突然止まった。それと同時に彼女は震えだした。
「みくるちゃーん、どこに行くのかな?ちょっとお話があるから、キョンが座っているベンチに
まで行きましょう」
全世界が震撼した。
ハルヒだ。何故ここにいるのかなど、まったく考える余裕もなかった。ただし、ハルヒの笑みには、
言い知れぬ感情があるようで、妙にこわばっていた。
ハルヒの他にも長門、古泉が地雷原を避けるように距離を置いて立っていた。SOS団のそろい踏みだ。
「ハ、ハルヒ、なんでお前がここに?」
俺の声も震えている。当然だ。小部隊が敵主力と対峙してしまったようなものだからな。
「あら、キョン。今日はお楽しみだったわねぇ?みくるちゃんとデートだなんて、あんた果報者よ」
「ひょ、ひょっとして見てたのか?俺たちを?」
「えぇ。待ち合わせからずっとねぇ。あんた、鼻の下が伸びきってたわよ?それに最後はみくるち
ゃんにキスまでしてもらって、よかったわねぇ?あんまりあんたの顔がだらしなかったから、あた
しはあんたを、すまきにして大阪湾に沈めてやろうと思ったぐらいよ」
などと、ハルヒは恐ろしげな計画を平然とひけらかした。
「そ、それは、全部見ていたと言うことか?」
「ええ、1秒たりとも余さずね。裏切り者のあんたたちのことを交代で見張っていたわ」
「だが、なんで俺たちが会うと知っていたんだ?」
「あんた、この2・3日落ち着きがなかったでしょ?そわそわしていたもの。これはなにかあるな
と思ったんだけど、あんたに訊いてもまともに教えるわけはないし、だからみくるちゃんに訊いて
みたの、『あなた、土曜日に何か予定ある?』って。そしたらみくるちゃん、お友達と遊びに行く
って言ったから、彼女の交友関係を古泉君に調べてもらって、誰だか突き止めようとしてみたの」
おまえは興信所でも始めたのか?古泉もほいほい命令に従うんじゃねえよ。
「古泉君に調べてもらった結果、みくるちゃんの友達は、今日みんな予定がなかったわ。それで、
確信したの。みくるちゃんの相手はあんただって。だからそれとなくみくるちゃんに時間と場所を
聞き出したわ」
なんでそこまでやるんだ。こいつは?こいつはおもしろそうだからやってるのかもしれんが、被害
を被る俺たちのみにもなってみろ。他の理由については、あったとしても知る気はない。
「キョン、このぐらいでいいでしょ?さあ、みくるちゃんも覚悟はできてるんでしょうねぇ。とび
っきりの罰ゲームをやってもらうわ」
俺と朝日奈さんは、ただただ、恐怖に怯え、そして震え続けるだけだった。
古泉と長門は、安全地帯で、俺たちを興味深そうに眺めていた。
この後、凄惨な罰ゲームが行われたが、これに関してコメントすることはない。
終わり