わたしの最も深いところで、彼の熱さが脈動する。  
 そんな彼をわたしは全身で抱きしめる。  
 もっと奥へ、奥へと誘い込む。  
 もっとふれあいたい、肉体の限界がもどかしい。  
 ふたりの間にあるもの、すべてが溶けてなくなってしまえばいいのだと思う。  
 でも、この境界が、彼とわたしを存在させているものなのだ。  
 それがなければ、彼とふれあうことはできない。  
 ジレンマ。  
 彼の熱さが与えてくれる、快楽に身をゆだね、思考を意思から解き放つ。  
わたしは二度目のオルガスムに至った。  
「長門、気持ち良いか?」  
 彼が耳元で囁く。  
「先程、二度目のオルガスムに達した。もう少しで三度目がくる」  
 羞恥の感情、それが快楽を強くする。  
「一緒にイクか」  
 彼が抽送を速くする。  
 彼が動きやすいように、絡めていた足を離し、腺液の分泌量を増加させる。  
 彼の動きに合わせて、わたし達の接合部から粘質の水音がした。  
「な、長門っ!」  
「きて」  
 彼が強く腰を打ちつけるのと同時に、わたしは膣を強く収縮させた。  
「うっ」  
 彼の呻く声とともに、わたしの奥で、彼が暴れまわった。  
「……長門」  
 彼の左腕が、わたしの背中に回り、右腕がわたしの頭を抱きしめる。  
 肌越しに感じる彼の鼓動が、わたしの中にある彼の脈動が、わたしを幸せの色に染め上げるのだ。  
 
 
浴室、風呂。  
本来ならば、身体を清潔に保つための施設である。  
しかし、わたし達はそれ以外の用途にも使っている。  
「長門、痛くないか?」  
 彼が正面の鏡越しに聞いてくる。  
「大丈夫。もう少し強くしてもかまわない」  
 泡に包まれた、彼の指がわたしの肌の上を滑る。  
 彼は、わたしの胸の先端に対する刺激方法について聞いてきたのだ。  
 わたしの返答を聞いても、こわれものを扱うような優しさが消えない。  
 嬉しいけど、もどかしい。  
「…………もっと、強くしてほしい…」  
「了解、俺のお姫様」  
 鏡越しに、彼が笑う。  
 焦らされた。  
 かすかなくやしさが胸をよぎるが、彼の指によって与えられる悦びに身をゆだねる。  
「ふう」  
 彼が深く息をつく。  
 先程から腰に当たっているものがあるが気にしない。  
 焦らすのは、わたしの番。  
「長門」  
「なに?」  
「いや、悪かったって」  
「なにが?」  
「……ごめんなさい」  
 わたしの勝ち。  
 
鏡に向かって、手をつき、膝をつく。  
 この浴室にある鏡は、彼に言わせればおかしいらしい。  
 浴室にある鏡は、洗顔や洗髪のときに利用するものである。  
 だから、この足元まである大きな鏡はおかしいのだと。  
 でも、そのようなことは重要ではない。  
 この大きさがあれば、膝と手をついた状態でも、後ろにいる彼の顔を見ることができるのだ。  
「長門」  
 わたしの腰を掴み、彼が笑う。  
 その笑顔は、征服欲、情愛、さまざまな感情の入り混じったカオス。  
 鏡には、わたしの顔も映っている。  
 無表情。  
 その顔は、人類の持つ顔の基本情報以外の情報を、なにも発していない。  
 つまり、わたしの顔を見て何かを読み取ると言うことは不可能なのである。  
 だけど、  
「どうした、長門?」  
彼には、  
「また、考えていたのか、困ったやつだな」  
 彼は笑って、わたしを抱き上げる。  
 ……困ったやつ。  
「ほら、また落ち込む。困ってなんかないぞ」  
 わたしを抱きしめる。  
「別に、焦らなくていいんだ。お前はお前なんだから」  
 耳元で囁く、彼の声が優しくて、  
 嬉しくてせつなくて、  
 わたしは涙を流すことにした。  
 ありがとう、わたしは世界で一番幸せな宇宙人です。  
 
 
話はわたし達の初夜にまで遡る。  
 初夜。  
 彼とわたしの間におきた出来事を表す言葉は数多あるけれども、その中でも、最も美しくふさわしい言葉だと思う。  
「長門、お前がほしい」  
 最初、その発言は、いつもの甘い言葉遊びだと思った。  
 だから、わたしはこう返答したと思う。  
「わたしはあなたのもの」  
 そうすると彼は、いつにない荒々しさで、わたしを抱き寄せてこう言った。  
「違う。お前が欲しいんだ。お前を抱きたい」  
 この発言の衝撃によって不安定になったわたしのシステムの記憶は、やや不確かである。  
 その言葉や、これから起こるであろう出来事は、付き合い始めたときに予測したものの、一番可能性が低いと考えていた事象だった。  
 彼の性的嗜好は、成熟した性的魅力にあふれる女性であるし、残念ながら、わたしはそのどちらも欠けている。  
 それに、彼のわたしに対する感情は、困難な問題をともに解決したパートナーに対する信頼や、社会経験の少ない未熟な存在に対する庇護の感情の延長線上にあるものと分析していた。  
 彼の性格からいって、わたしに性愛をいだく可能性は低いと考えていたのだ。  
 わたしでいいの?  
「いい。いや、お前じゃないとだめだ」  
 心が歓喜に震える。  
わたしが求め、彼が応える。  
彼が求めてきたこともあった、でも、ほとんどがそのパターンだった  
これほど強く、彼の求められたことはなかった。  
わたしは立ち上がる。  
「…長門?」  
「シャワーを浴びてくる」  
 
「長門!」  
気がつくと天井が見えた。  
彼が上からのぞきこんでいる。  
押し倒された。  
普段なら、すぐ終わる情報の処理に時間がかかっている。  
「長門!」  
 キスをされた。  
 何度も、キスをしたことはある。  
 だけど、この奪うようなキスは初めて。  
 長く、激しく、彼の舌が、わたしの口の中を嘗め尽くす。  
 呼吸が困難になり、血中の酸素濃度を調整する。  
 彼の腕がセーラー服の中に入ってくる。  
 強く胸を揉まれて痛い。  
 でも、その激しさが嬉しい。  
 彼の中にいるのは、わたしだけ。  
 求めているのは、わたしだけ。  
 全身全霊、彼のすべてはわたしのもの。  
 彼が、わたしの下着を下ろし、ズボンと下着を脱ぎ捨てた。  
 わたしは、彼を迎え入れるために腺液を分泌した。  
 わたしの足をひろげ、彼が入ってくる。  
 痛み。  
 乳房を強く握られたのとも比べられない痛み。  
「長門」  
 彼が、わたしの深奥に届き、わたしは、彼だけのものになった。  
 わたしの中で、彼が脈打ち、熱さを吐き出した。  
「長門…………」  
 ぐったりと、彼はわたしの上に崩れ落ちた。  
 
もう少し、彼の重さを感じていたかったのだが、彼は、わたしの上から身を起こした。  
それからの彼の行動は、その時点のわたしにとって理解不能なものだった。  
「すまん、長門」  
 そう謝ったのだ。  
 それから、何度も謝ったあと、急いで服を着こんで去っていった。  
 一緒にシャワーを浴び損ねた。  
 彼の残した痛みと、熱さの名残に酔いしれながら、わたしはそんなことを考えていた。  
 

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