翌朝、そのままの姿で睡眠をとった、わたしはシャワーを浴びることにした。
制服のファスナーと、下着のホックが壊れていた。
洗面所で、新しい制服と下着を用意しながら、鏡に自分の姿を映す。
わたしの肌の上には、彼の唇や指の痕が、くっきりと赤く残っていた。
その日は、彼の記憶を反芻することに費やした。
放課後、涼宮ハルヒは部室に来るなり、わたしに声をかけてきた。
「有希、ちょっとどうしたのよ、それ!?」
?
「その首のところよ」
彼の唇が残した痕。
「みせてみなさい」
さわらないで。
その痕は、わたしのもの。
涼宮ハルヒの手を振り払う。
「そう……。あいつ……」
そのまま、涼宮ハルヒは部室を走り出ていった。
その日、彼は姿を現さなかった。
その日以降の、彼の行動はわたしにとって不可解だった。
どこかよそよそしいのである。
それまで、わたし達は部活動の終了後、わたしのマンションで夕食をともにしていた。
それなのに、最近の彼は、わたしとマンションの入り口まで来て、そのまま帰るのである。
そして、わたしを求めてこない。
何らかの理由で、彼の性欲が消失したのではないかと考えたのだが、一日、数回の勃起も確認できたし、彼の性的衝動の昂ぶりも確認した。
では、なぜ?
その理由は、文献の調査により明らかになった。
それはタブーであった。
その性質ゆえに、アカデミックな資料ではなく、アンダーグラウンド的な資料により見つかった。
一冊の男性向け週刊誌。
そこにあった。
既知の情報であったが、それがもたらす影響の大きさは知らなかった。
これが理由ならば、彼がわたしを避け、求めてこないのは明白である。
彼が求めないなら、わたしが求めよう。
彼の熱い唇の、たくましい腕の、激しい彼自身の感触を反芻しながら、決意する。
わたしは、彼が欲しくてたまらなかった。
「待って」
マンションの入り口で引き返そうとした、彼を呼び止める。
「きて」
部屋に入り、彼にお茶を出して、わたしはシャワーを浴びる。
やや熱めに設定したシャワーを浴びる。
熱い。
熱いのはシャワーではなく、わたしの心。
数分後には、わたしは彼の腕の中にいるだろう。
彼の腕のたくましさを思い出し、さらに、わたしは心を熱くする。
脈拍を上げ、性器のへの血流量を増し、腺液を分泌する。
シャワーを止め、タオルで身体の水気をとり、彼のもとへ向かった。
彼はわたしを見るなり、口に含んでいたお茶を霧状に噴きだした。
そして、はげしく咳き込んだ。
気管への異物は誤嚥性肺炎などの原因になるから危険。
彼の年齢では大丈夫だと思うけど、背中をさする。
「な、長門、すまんな」
「気にすることはない」
彼の首に腕を回し、身を寄せて囁く。
「だいて」
彼の腕が、強くわたしを抱き返し、彼の唇は、わたしのあらゆる場所にキスを……しなかった。
彼が、わたしを押し戻す。
どうして?
「長門、いやじゃないのか?」
彼はひどく混乱した顔をしていた
「いや?」
わたしも混乱する。
いやなことはして欲しいと言わない。
それは矛盾している。
では、どうして彼は、わたしがいやがっていると考えたのか。
そこで、文献での調査の結果を思い出した。
やはり、あのことは、それほどまでに重大だったのだ。
はやく伝えなければ。
彼の発言は続く。
「お前にひどいことをしたじゃないか」
ひどいこと?
「あんな無理矢理。あれじゃレイプだ」
彼は頭を抱えた。
……?
「一般的に、両性間の合意のない性行為を強姦とする」
彼の肩が跳ねる。
「だから、両者の合意のあった、わたし達の行為は強姦とはいえない」
「いや、そうじゃなくてだな……」
彼は再び頭を抱える。
「だから無理矢理押し倒してだな、乱暴に」
「わたしは同意していた。だから無理矢理ではない」
「ああ…………」
彼は呻き、沈黙する。
思考がまとまったのか、彼は再び口を開いた。
「痛かったよな」
疑問ではなく、断定。
「痛かった」
わたしは即答する。
貫かれる痛み、握りしめられた胸の痛み、掴まれた肩の痛みを思い出す。
「乱暴にして悪かったな」
彼は頭を下げた。
違う。
「うれしかった」
「はあっ!?」
彼は顔を上げる。
驚愕と、疑問の表情。
その表情を見たくて、何度か、彼に戯れかけたこともある。
今は別の話。
「初めてだった。あなたにあれほど強く求められたのは」
「あなたは人間関係において、基本的に自分よりも他人を優先する」
「それは、私たちの関係においても例外ではない」
「わたしが、あなたに求め、それにあなたが応えるというのが基本的なパターン」
「涼宮ハルヒや、朝比奈みくるとの関係も同様である」
「でも、あのときのあなたは違った」
「わたしを求めることを、何よりも優先した」
「それは、あなたの内面における、わたしの重要性と、特別性の表れ」
長く話したものの、散文的で叙情に欠けるように思える。
だから、既読の文献から引用することにした。
「やさしいあなたも素敵だけど、情熱的なあなたはもっと素敵」
彼の目を見る。
彼の瞳に熱が灯り、わたしを強く抱きしめる。
「長門!」
彼の胸元に、顔を埋め、熱と匂いに酔いしれる。
そして、キス。
彼の唇は熱い。
彼の舌が、わたしの口内で踊る。
それに応えるよう、わたしも舌を動かした。
音楽的な動き。
まるで、それは舞踏。
繋がりあい、紡ぎあう熱さが、わたし達の間に広がっていく。
そう、わたしはこれを求めていたのだ。
もう少し続けたかったのだが、彼の呼吸が困難になる前に離す。
混じりあった二人の唾液が、口からこぼれ、わたしの胸元を濡らした。
彼が長く息を吐いた。
「長門」
そこで、彼は逡巡した。
「いい。ここでかまわない」
彼は制服の上着を、わたしの下に敷いた。
「長門」
彼が覆いかぶさってくる。
「まって」
重要なこと。
「あなたに伝えたいことがある」
わたし達の間には、何も障害にならないことを。
「なんだ?」
彼が微笑む。
「あなたが早漏でも、わたしは問題にしない」
何かが凍るようなオノマトペが聞こえた気がする。
「あなたは、わたしに挿入してから一分三十六秒で射精した」
「一般的に、それは早漏と評価される」
「男性は、早漏であることを恥ずかしく思い、女性は、男性に不満をいだく」
彼の表情は変わらない。
「でも、問題はない」
「わたしは性行為が、早く終わることに不満はない」
ひとつ拍子をはさむ。
「……完全に不満がないわけではないが……」
もう少しだけ、彼の熱さを感じていたいという欲求があった。
でも、だいじょうぶ。
わたし達の関係は、これからも連続性を持っているだろう。
「それに早漏は訓練をすればなおる」
わたし達、ふたりで支えあっていけば、どんな問題でも解決が可能。
「…………」
……?
長い沈黙が続く。
彼の表情は変わらず、何の返答もない。
「………………」
どうしたの?
「……………………」
?
彼の上体が揺れ、形容しがたい奇妙な呼気をたて、跪いた。
……?
その日、彼はわたしを抱いてくれなかった。
残念。
本日の学習
男性は非常に繊細にできています、取り扱いに注意しましょう。
続く