毎月の初まりに行われる席替え。  
29名のクラスメイトのオールシャッフル。  
この時の座席の配置次第で一ヶ月間の高校生活が決まるといっても過言ではないのだとか。  
入学してからこれで11回目だったかな。  
 
 
今、あたしの目の前にある現象はどれくらいの確率で発生したんだろう?  
きっと途方も無い倍数。ありえない運命の悪戯。  
 
でも、  
あいつは必ずあたしの前にいた。  
 
 
 
「ったく、見えにくいのよこのバカキョン…」  
 
現状の如何ともし難い状況に、でも前の席には聞こえないように小さい声で悪態をつくあたし。  
アイツの背中が邪魔で前の黒板が見えないなんて、滅茶苦茶腹が立つ!  
今まで隅っこの席ばっかりだったから大して気にならなかったけど、今回はよりよってど真ん中の席。  
そしてアイツはあたしの真ん前。おかげで黒板の3分1、両端の部分しか見えやしない。  
どうしてあたしがわざわざ席から身を乗りだしたり体を傾けたり小さな隙間を物色したりしなくちゃいけないのよ!  
まったく、面倒臭いったらありゃしないわ!  
雑用係のくせに団長の邪魔をしようだなんて、良い度胸してるわねぇ?キョン!?  
放課後になったらとっておきの罰をくれてやるんだから、せいぜい後で後悔しなさい!  
 
あーあ、止め止め。ノート書く気になんないわ。  
後で阪中さんに写させてもらおっと。キョンの字は汚いからパスね。  
とりあえず今は目の前の鬱陶しいことこの上ないキョンの背中にたっぷりと恨みの眼力を送ってやろうっと。  
せいぜいあたしのオーラに臆することね、キョン。  
 
 
 
…コイツは、あたしの視線に気づいてるのかな?  
見る限りでは黒板に描かれる数式を真面目に書き写しているように見える。  
時々身震いさせてるけど、それもただ寒いだけなのかな。  
 
ほんの少しだけ、忙しなく顔を上下させるキョン。  
 
 
 
 
……コイツ、こんなに背中大きかったんだ。  
 
 
あたしの視界いっぱいに広がっている、あいつの大きな背中。  
それだけが、今のあたしの世界。  
 
 
既視感を感じる。  
 
 
あのときの夢と、同じ光景。  
あたしの手を引いて、あたしだけを連れて駆けた背中。  
それだけが、あたしの世界だった。  
 
キョンと二人だけの世界。  
 
 
 
嬉しかった。キョンに。キョンが。  
 
 
 
 
 
 
あたしに  
 
 
 
 
「っっって!!」  
 
 
いや、あれは夢っ!そう、夢よ!  
慌てて首をブンブン振ってさっきまでの夢想を散らすあたし。  
あんなことがあってたまるもんですか!  
キョンなんかに、そ、そそんな…されてどうとかなんて、思わないんだからねっ!  
ああもう、後で覚えときなさいよ、バカキョン!!  
 
 
ふと見渡すと、あたしの奇怪さに気づいた周りの視線。少し痛いわね…。  
アイツは…まったく気づいていないみたい。  
さっきとまでと変わらぬ背中。  
 
 
 
いや、違う。  
キョンの動きがいつの間にか止まっていた。  
何だろう?どうしたんだろう?  
動かないキョン。  
 
 
 
既視感を感じる。  
 
途端に、蘇えるあの景色。  
フラッシュバック。  
 
 
 
 
階段。  
あたしを横切る体。  
何かが落ちた。  
 
動かないキョン。  
 
 
――― 嘘?  
 
 
病室。  
静かな寝息。  
静寂。沈黙。幻覚?虚偽?本当に?…昏睡。  
 
動かないキョン。  
 
 
――― 嫌。  
 
 
 
あたしの世界が 壊れた瞬間。  
 
 
 
 
 
――― 死…?  
 
 
動かない  
 
 
 
―― いやああぁっっ!!!  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 おい ハルヒ  
 
 
 
「おい、ハルヒ」  
 
「ひゃあぁあっ!!?」  
 
 
ガタガタっ、という音ともに腰が抜け、椅子から転びそうになるあたし。  
一方で腰を捻らせてこちらに向き直り、あたしを不審げに見つめているキョン。  
か、顔が近いのよ!顔が!  
 
 
「な、なによ!急に振り向かないでよ!」  
大声で猛抗議するあたし。  
周りからすればどんなに可笑しいことを言ってるのか、あたしはまだ気づいていなかった。  
呆けた顔をしたキョン。はぁ、と溜息をひとつ吐いてから、  
 
 
こつん、  
 
 
「な、な、ななななな」  
頭をこづかれて動揺してるあたしに、今度は逆の手をあたしの前に押し付けた。  
「何考えてたのかは知らんが、今は授業中だ。ほらよ」  
 
ここにきてようやくキョンの左手に握るプリントの束が目に入り、あたしは状況を理解した。  
授業終了まで残すところあと10分、最後に今日の復習のために小テストが配られたところだったのだ。  
ちなみにあたしは愕然とした表情でキョンを見つめていて二、三度呼びかけたらあの反応だった、というのは後で阪中さんから聞いた話。  
ようやく正気に戻って周囲を見渡すと皆が皆、呆れ顔や苦笑いといった顔でこちらを見ている。  
 
うっわ、今あたし絶対顔真っ赤だわ…最悪。  
 
 
「………」  
「ほれ」  
ふんっ、とプリントを一枚引ったくって残りを後ろの国木田に回す。  
何よ、その微笑み笑いを噛み殺したような顔は。文句あんの!?  
阪中さんも顔を俯かせてるけど、絶対笑ってるわね…アレ。  
その後ろのバカ谷口!!あんた、あとでそのバカ面にドロップキック喰らわしてやるわ!覚悟しなさい!!  
 
必死にキョンに対する言い訳を考えながら振り向いたあたしだったけど、  
キョンはもう体を元に戻してテストの解答作業を始めていた。  
 
こちらに背中を向けて。  
 
 
 
 
 
「おっきい、せなか……」  
 
 
ぽつり、と自然に声に出てしまった。  
幸いにも小さかったから、前には聞こえていないはず。うん。きっと大丈夫。  
自分に言い聞かせる。そうしないと鼓動が全然止まらなくなってしまうから。  
 
その日、あたしが机上のテスト用紙に目を配ることはなく、チャイムが鳴るまでその背中を眺め続けていた。  
 
 
 
 
 
 
隅っこの席からでは気づけなかった、真正面から見せられた背中。  
 
黒板の3分2を覆い隠す、迷惑極まりない背中。  
 
消えることなく、あたしの傍にいてくれる背中。  
 
あたしの世界に広がる、大きな背中。  
 
 
 
 
自然と、笑みが浮かんだ  
 
何だろう。嬉しい。  
あの時みたいに。触れ合ってなどいないのに。  
二人きりの世界ではないのに。  
 
 
 
あの時みたいに、唇が届く距離ではないのに。  
 
 
 
 
 
毎月の初めに行われる席替え。  
この時の座席の配置次第で一ヶ月間の高校生活が決まるといっても過言ではないのだとか。  
そうするとあたしの一ヶ月間の高校生活は、どうやら幸せになると決まったらしい。  
本当なら途方も無い倍数、本当ならありえない運命の悪戯によって。  
 
 
…でもあいつはどう思ってるのかな?  
幸せだ、と言われるのは、まあ、別に、あいつがそれで良いのなら、まあ、好きにすればいいんだけどさ。  
不幸だなんて言いいやがったら絶対に許さないわ!そんなこと言ったら、死刑よ死刑!!  
せっかくあたしが良い気分なのに、団員がそう思ってないなんてありえないわ!そうでしょ、キョン!!  
 
そうだ!  
次の授業からは元気が出るようにエネルギーをたっぷり込めた視線を送ってやることにしましょ。  
まだ寒いこの時期に体がポカポカになったり発汗作用が良くなったりと、良いこと尽くしなんだから感謝しなさいよね!  
でも団長がこんだけしてやってんのにアイツはこちらをまったく見なかったりっていうのも不愉快ねぇ…。  
シャーペンで一時間に7,8回はつついちゃおっと。眠気覚ましにもなって一石二鳥!うん、ナイスアイディアね♪  
さあ覚悟しなさいよキョン!あたしが後ろの席で良かったって思わせてあげるんだからね!!  
あ、そうだ。黒板を見えにくくした罰も考えないと。…ノート、そう!あんたのノートをあたしが写してあげるわ!  
あんた馬鹿だから自分で書いといてよくわかってないところなんてたくさんあるだろうから特別に一緒に教えてあげなくちゃね!  
SOS団で落第者なんて許さないんだから!団長のあたしがとことん付き合ってあげるんだからね!!キョン♪  
 
 
 
 
 
 
「っっっひぐあぁっ!?」  
 
 
――― …この日一番の異様な寒気を後ろから感じた。  
 
――― アイツまた変なこと考えやがったな?…どうせ、またすげえ良い笑顔してんだろうな。まったく。  
 
 
――― やれやれ。  
 
 
チャイムの音に紛れて、俺は決して後ろに聞こえないように小さな声でつぶやいた。  
 
 
 
 「はいはい、お付き合いするよ。団長」  
 
 
 
 
 
そんな若干クサい台詞を呟く俺だったのだが、  
直後に綺麗な弧を描いて飛んでゆく谷口を目にし、早くもその決意が揺らいでしまったのは言うまでも無い。  
 
まあ、3日後に何故か0点の小テストが返ってきたハルヒに俺も同じ目に合わされたことも………これは何でだ?  
 
 
 
完  
 
 

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