ただいま授業中である。  
ペンがノートの上を走る音が耳に入り、張り詰めた空気が学生の本分を再認識させる。  
……というより、今回のはちょっち違う。  
なぜなら、ある一人の女生徒のせいで、一触即発の緊張状態の中にあるからだ。その女生徒とは言う  
までも無く、俺の後ろに陣取っている魔王のことである。  
全員が、教師を含めハルヒの顔色を伺っているというこの異常な状態が、ここしばらく続いている。  
なぜ、このようなことになったのか。それは前日のことである……  
 
 
珍しくハルヒは、始業の鐘ギリギリに飛び込んできた。  
「どうした、いつもは俺より早いのに?」  
「部室に寄ってたのよ」  
「何で?」  
「へへっ……ちょっとね……」  
 
ハルヒはそう言うと、満足げな顔で白い歯を出し笑っていた。上機嫌なのか珍しくこんな可愛らしい  
表情を見せるが、その時のハルヒを見て少し、いやかなりドキッとした。  
目を見開いて固まる俺に向かってハルヒは「どうかしたの?」と尋ねるが、今度はこっちが顔を引き  
つり誤魔化した。  
「あんた、相変わらず変ね」  
お前に言われる筋合いは無いが、それを言ったらどんな目にあうか大体わかるので、言わないでおこう。  
 
1時間目が終わったが、ハルヒは珍しく休み時間に校舎を熊のように徘徊することもせず、俺と話を  
することに没頭した。話をするのは一向に構わないが、俺はハルヒの顔を真正面から見ることが出来  
ない。ハルヒの方もそれに気づいたのか、いつもの様に顔を正面に近づける。  
「あんた、こっち向いて話なさいよ。なによ、さっきから明後日の方向向いたまま話をして」  
おい、そんなに顔を近づけるな。10センチも無いぞ。知らない人が見たら、キスする寸前のカップル  
に見える。いや、見えてもいいのだが、ここが教室だということを認識して欲しい。  
大きな声を出すハルヒに気づいたクラスの皆もこっちを見ているし、谷口なんか顔が変だぞ。まあ、  
あいつは何時も変だが。  
それよりも、自分の顔が火照っているのが良く分かる。たぶん顔が真っ赤だろうな、こいつ可愛いし。  
ハルヒもそんな俺の顔を見て、自分も少し意識しているのが分かると、乗り出した上体をゆっくりと  
戻し椅子に腰掛けた。  
(なによキョン、赤くなっちゃって。こっちまで恥ずかしいじゃない)  
ハルヒ自身も赤くなり、席から立ち上がると逃げるように教室の外に出た。  
逃げ行くハルヒを見、たまにはあんな顔を見るのも良いが、やはりここははっきりと言っておいたほうが  
良いと思い、次の休み時間にハルヒを廊下に連れ出すことにした。  
 
 ― 次の休み時間 ―  
 
「なに、話って。重要なこと?」  
「いや、重要といえば重要だし、そうじゃないといえばあれだし……とにかくここじゃあなんだから、  
廊下で……なっ」  
「ここで言いなさいよ、別にこそこそすることじゃないんでしょ?」  
ハルヒはわけも分からぬまま連れ出されるのが嫌なのか、かたくなに俺の要求を退けた。  
「いや、お前にとっては重要なことだから」  
俺は相変わらず視線を外し、困ったような素振りでハルヒに向かって話すと、何を思ったのか見る見る  
ハルヒの顔が赤くなる。  
(さっきから変だけど、ひょっとして、こっ……告白……バカ、こんなところで……)  
さっきの騒動の続きと思ったのか、この時点でクラスのほとんどが俺たちのことを見ており、俺達2人  
も当然それに気づいた。  
「まあ、お前が嫌だというなら無理にとは……」  
「分かったわよ、言いなさいよ。別に廊下じゃなくても、ここで良いわよ」  
既にトマトの様に真っ赤な顔のハルヒは、腕組みをしてドンと来い的な感じで座っている。  
「えっ、良いのか?」  
「いまさら良いわよ……(みんな見てるし、廊下で告られるのも教室で告られるのも、どっちにしても  
バレバレだし……)」  
既にクラスの連中が一言も話をせず、全員が俺の次なる発言を待っていた。ハルヒは渇いた喉につばを  
流し込み、少々怒ったような困ったようなどちらとも判らない様な顔をし、俺のことを真っすぐ見つめ  
ている。  
「分かった。なあハルヒ……」  
「なに……キョン……」  
 
 
「歯に青のりついているぞ」  
 
 
殴られたよ、グーで。さらに、やくざキックのオマケ付きだ。パンツが見えるぞ、ハルヒ。  
とどめは窓から落とされそうになり、さすがにやばいと思ったのか、クラスの男子がハルヒを止めた。  
 
 
放課後ハルヒは部活をサボったが、俺は何時ものように部室に行くと、そこには朝比奈さんと長門が  
鎮座していた。  
そして開口一番。  
「キョン君、酷いです。あんな恥ずかしいこと、幾らあの涼宮さんでもかわいそうです」  
自分は何気に酷いことを言っているのを気づいていないのか。しかし、朝比奈さん曰く、どうやら話は  
放課後までに全校生徒が知ることとなったらしい。あいつ有名人だからな。  
長門に至っては、  
「……たわけ……」  
それは、氷の矢が胸にぶっ刺さったかのような衝撃だった。お前の一言は効くんだよ。  
さらに古泉は急用(バイト)といって、授業を早退したとのこと。後日、フラフラになった古泉に散々  
嫌味を言われたよ……  
 
ところで、なぜハルヒが歯に青のりをつけていたのか、理由はこうである。  
朝、コンビニで買い物をしたとき、そこで目に入った焼きそばがおいしそうで、つい買ったとのこと。  
さらにお昼まで待てなく、朝から部室で食べてしまったと……  
相変わらず食い意地の張ったやつだ。青のりはその時についたらしい。俺の弁当を勝手に食ったバチが  
当たったのだろうな。  
 
えっ、俺が悪いって? いや、俺は悪くないだろ。  
俺はハルヒを廊下に連れ出し、こっそり話をするつもりだったのに、あいつがここでいいって言った  
から話をしたまでだ。  
勘違いをしたのも、青のりをつけていたのもあいつだし。  
だが、そんな言い訳をすれば3倍返しがほぼ確定しているので、俺は小動物のように怯えながら授業を  
受けている。  
大分怒りが収まったとはいえ不機嫌オーラが教室中に漂い、ピリピリとした空気がまるで今にでも核の  
ボタンを押す1秒前のように感じられるのは気のせいか。  
いい加減にしてくれよ、ハルヒ。  
もう一度言うぞ。  
 
俺は悪く無い……よね?  
 
     終  
 

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