二月。  
節分の豆まきから始まり、朝比奈さん(大)による八日間にわたるおつかい  
更にはその忙しさで忘れ去られていたバレンタインデーをハルヒにより見事に演出されたりと  
驚きに次ぐ驚きをジェットコースターのように体感した二週間も一応解決を迎えた。  
と言うわけで、さすがに三月のひな祭りやホワイトデーまでは休息出来ると思っていた。  
そんな時期に起きたある出来事。  
今回はハルヒの起こした奇妙な騒動、長門が起こしたエラー、朝比奈さんが増えたなんてことではないので  
まあ俺も肩の荷を下ろして気楽に話させてもらおうかね。  
 
 
二月中旬、騒動が終わり俺が休息出来ると思ったその時期  
受験生である高校三年生、加えて全国の高校教師にとっては最大の山場と言える勝負の時である。  
私大の一般受験が毎日のようにカレンダーの日程を埋め、職員室のピリピリムードも最高潮に達する。  
学校に来る三年生は個人単位で先生に質問や励ましを貰いにくる生徒くらいであり  
また推薦合格者なんかも遊びまくってるわけなので、全体としてほとんど三年生の姿を見受けることはない。  
そんな中、当日受験がある生徒以外の指導日として三年生の登校日らしい今日。  
まあ一年の俺には特に関係ないわけで、いつも通り朝の寒さに震えながら登校する。  
学校への長々とした坂もこの寒い季節には体温を上げるのに丁度良い、なんていう面があるようだ。  
そうして自転車の運転で冷え切った手を擦りながら登校して席に座ったのだが  
「キョン、これ」  
後ろから体を伸ばしてきたハルヒから一枚のチケットを渡された。  
こいつから物を貰うなんて珍しい、なんて思いながら受け取ったチケットを見ると  
ふと俺の脳裏にバニーガールと黒魔術師の姿がよぎった。   
 
――ENOZ 卒業ライブ『12個の季節』 inライブハウス××    
                     卒業式前日2月×日 開場M6:45 開演PM7:00  
                             ENOZ 榎本・中西・岡島・財前――  
 
去年の文化祭、ハルヒと長門が助っ人をしたバンドであるENOZのライブのチケット。  
文化祭の後教室にハルヒへのお礼に来てくれた時  
『卒業までにそのうちどこかでライブをするつもりだから、よかったら見に来てね』  
と言っていたことを思い出した。  
「さっきよ、三年生って言ったら忙しい時期なのにわざわざ四人揃って来てくれてね。  
『いつも大変そうだから誘いあぐねてたんだけど、高校最後のライブだから是非』って  
 あたしと有希と、何故かあんた用に三枚チケットくれたの。  
 なんでキョンに?って聞いたらニヤニヤ笑ってたわ、アンタなにか心当たりでもある?  
 まああんたの分だけ断るのもなんだったから貰っといてあげたわ」  
そういえばお礼に来てくれた時、『オトモダチと一緒に』なんてことも言ってたっけ。  
あの時の俺を見る目と言ったら何か勘違いしてるような感じだったな。  
谷口や国木田、鶴屋さんなんかもそうだが周りの人々はみんな勘違いしている。  
まったく困りものだ。  
「さっきから何ブツブツ言ってんの。  
 気持ち悪いわよ、あんたその癖の自覚ある?  
 ちなみに有希にはもう渡しといたわ。断られるんじゃないかと思ったけど行くってさ。  
 あの子いつも静か〜にしてるから、たまには楽しいとこに連れていきたいと思ってたのよ」  
さりげなく毒を吐きながら、パッと笑顔を見せた。  
「あんたもちゃんと予定空けて備えときなさい。  
 せっかくチケットもらったんだから、行かないなんてワガママ許されないわよ!」  
そう言って更に笑顔。  
ついこの間まで頬杖付いて憂鬱そうな顔をしてたのが嘘のようである。  
こいつがこういう顔をする時は大抵…なんていつもは思うのだが  
今回はまあ、ただライブを見に行くだけだろうし心配することはないんだろう。  
それにライブ自体にも結構興味はある、文化祭の時聞いた曲は良かったしな。  
「そうだな、楽しみにしとくよ」  
と答えると、ハルヒは満足そうに笑っていた。  
 
「あのバンド、校内はもちろん学校外でもなかなかの人気のようですよ」  
ところ変わって、その日の放課後の部室。  
ちなみに団長様は掃除当番で遅れている。  
俺が教室を出る時、文化祭で唄っていた曲を口ずさみながら機嫌良さそうにゴミを掃いていた。  
「僕のクラスの女子にもENOZさんのMDを聞いている子が結構いるんです。  
 かく言う僕もMDを貸してもらって聞かせてもらいました」  
喋っているのはもちろん古泉であり、カードゲームを用意しながら勝手に話し始めた。  
何も話してないのにタイムリーな話題を持ち出されることにも慣れてしまったのが恐ろしい。  
「明るい曲調に等身大の歌詞と言いましょうか、とても好感が持てます。  
 これはガールズバンド特有の良さとも言えるでしょうね。  
 あの歌詞には、同年代の男女、特に女子の皆さんはすごく共感なさることでしょう。  
 それに加えて可愛らしいルックスですから、男としてもたまらないですよね」  
こいつは音楽の感想も理屈っぽいというか、なにかの分析のようだ。  
余談だが、俺のクラスでもMDを聞いている奴(主に女子)は多いので俺も人気についてはある程度知っている。  
ついでに谷口の野郎は『けっ、ミーハーどもめ。俺は流されないぞ』なんて言っていた。  
どこにでもいる、アウトローぶっていればかっこ良いと思ってる奴の典型である。  
そんな谷口もENOZのメンバーの顔を知った途端MD持参で三年生の教室に向かって行ったのだった。  
 
「あっ、私も知ってますよ」  
「朝比奈さんも聞いたことあるんですか?」  
「はい、鶴屋さんがダビングのMDをもらったそうで、私にも聞かせてくれたんです。  
 とても良い曲ばかりでした〜」  
お替りのお茶を注いでくれつつ話すのは、これまたもちろん朝比奈さんである。  
古泉の批評は知らないが、あなたが良いと言うものならきっと良いに違いないですよ。  
「あと、鶴屋さんに聞いたんですけど…」  
文化祭で知った俺はそれ以前のことなどは全く知らなかったわけなんだが  
朝比奈さんが鶴屋さんに聞いた話によると、二年生には昔からファンの人もいるそうだ。  
そういう人はライブハウスなんかで知ったという。  
「一高校の軽音楽部というものはバンドごとの意識に差があったりするそうですからね。  
 自作曲を本格的に演奏したい人もいれば、とりあえず楽器を演奏したいだけの人もいる。  
 こういう場合、同じ部に所属していても互いに好きなように活動する方が利益的です。  
 前者にあたるENOZの方々は主に学校外でのライブ活動に精を入れていたとか。  
 ですから、ここで最初の話に戻るわけですが、校内よりむしろ他校のファンなどが多かったそうですよ。  
 鶴屋さんのお話に出てくる方々も学校外でのライブで知ったわけですしね。  
 校内で軽音楽部の活動を見るなんてことはほとんどありませんし、当然とも言えるかもしれません。  
 そんな状況で文化祭のライブにこだわっていたのは、軽音楽部として校内で人目につく少ないチャンスだった  
 と言ったところなんでしょう」  
「なるほどな」  
実際ENOZの前に演奏してたのは同じ軽音楽部でもただのコピーバンドとかだったしな。  
盛り上がっているのも友達など身内だけ、という感じであったし。  
素人である俺の目から見ても明らかにレベルが違っていた。  
ENOZの原曲を聞いたことはないが、今の人気を見れば文化祭での唄と演奏に劣らないものなんだろう。  
もしハルヒと長門が助っ人をしたのが違うバンドだったら  
そのバンドはMDの依頼が来たところで恥をかく羽目になったのかもしれん。  
「そうですね。前に僕の話したズレ≠ニいう話を覚えてますか?  
 あのライブのごく微妙な不完全さがズレを作り、聴衆に原曲への興味を湧かせたというような話です。  
 バンド次第ではズレがマイナスに働くことも十二分に有り得る諸刃の剣とも言えた。  
 とは言え、ENOZさんのダビングMDのクオリティはそのズレを補完するのに申し分なかったですから。  
 まあしかし、涼宮さんも他のバンドだったら協力しなかったんじゃないでしょうか。  
 全力で取り組まないことにはあまり興味を示さない方ですからね。  
 とにかく言えるのは、涼宮さんの行動がENOZを校内でも広く知られるものにした、ということです。  
 こんなところでも彼女の影響力が及んでいる、すごいものですよ」  
 
それも何となくうなずける、しかしだ  
「何でもかんでもハルヒによるものってのはどうなんだ」  
「もちろんそうです。ですが、ENOZの皆さん自体にも影響を与えてるみたいなんですよ。  
 仮にも素人である涼宮さんがぶっつけ本番でライブを大成功させたわけですから。  
 文化祭以後、それに刺激されるようにご熱心に活動されてたそうです。  
 今回の卒業ライブが初の単独ライブなんだと聞きました、皆さん相当の努力をしたはず。  
 単独ライブというのはそう簡単に出来るものでないらしいんですが、努力がそれを可能にしたんでしょう。  
 特にギターの、中西さんと言いましたか。文化祭以来かなり火がついたとか」  
さっきから何でそんな細かいことまで知ってるのやらね。  
だがまあ、そりゃそうだ。長門のあの超絶テクニックを見せられちゃあな。  
ギターに関しては劣っているのが自然なくらいだ、相手が悪すぎる。  
火を付けさせた当人は、それと対照的に静かにいつも通り本を読んで…  
「長門、なに付けてるんだ?」  
「…イヤホン」  
いつもと違って長門はイヤホンをつけながら本を読んでいた。  
「涼宮ハルヒに  
『有希、ライブっていうのは前もって曲を聞いて覚えておくと、より一層楽しめるのよ』  
 と言われ、MDとプレイヤーを渡された」  
本を読みながら曲を聞きながら話しているようだ、まったく器用な奴だよお前は。  
俺が長門を見ていると、また古泉が喋り出す。  
「文化祭の代役という些細に見える行動ですら、涼宮さんが行えばこうも人の人生に影響を与えるんです。  
 しかも、大体の場合好影響を与えることが出来る」  
朝比奈さんが昔『彼女の一挙手一投足にはすべて理由がある』と言っていたのを思い出した。  
実際にあいつの行動うんぬんで周りが振り回されるのは確かだが…  
そんな俺の顔を見て、古泉が満足気にニヤけていやがる。  
 
「ふふ。まあ、涼宮さんの言う通り今回は楽しもうとするのが一番だと思いますよ。  
 あなたも存分に楽しんでこられることをおすすめします、何か困ったことが起こるとも思えませんし。  
 機関しても嬉しいかぎりです、なにせ我々が労せずとも涼宮さんの機嫌を保てますからね。  
 僕としてもこの前の穴掘りのような肉体労働などは出来るだけ避けたいところですから」  
と言って肩をすくめた。  
ここで話を蒸し返すのも癪なんで、普通に返すことにしよう。  
「大丈夫だ、俺も今回は素直に楽しもうと思ってるよ」  
「それなら良かった。  
 ただでさえチケットがあまり入手出来ないライブですしね。  
 今回は息抜きのようなものと考えると良いと思います。  
 また少し長い話になってしまいましたか、さあこっちを始めましょう」  
そう言って古泉はカードゲームの用意を終えた。  
俺もカードのデッキをセットしようとしたところ  
「おっと、付け加えさせて下さい。  
 文化祭以後ENOZの皆さんは更に熱心にご活動されていた、と言いましたよね。  
 彼女達は受験生という本業をしっかりこなした上で取り組んでいたそうなんです。  
 おかげで進学の方もなかなかの私大や音大など、全員安泰だとか。  
 同じ学生として手本にしたいところですよ、僕たちも学年末試験が近いですから」  
と言って、皮肉っぽい流し目で俺を見てきた。  
確かに偉いね、だがお前に俺の成績についてとやかく言われる理由はない。  
とりあえず今はこの野郎をカードゲームで思いっきり打ち負かしてやることにした。  
 
 
チケットを貰ってからライブ当日までが約一週間。  
ハルヒはなにか面白いことをしているというわけでも無いのに機嫌が良かった。  
「なるほど、遠くない未来に楽しい予定を立てておけば涼宮さんの機嫌もある程度保てるというわけですか。  
 今後のことを考える上で多いに役立ちそうです」  
なんて古泉は言っていた。  
そんなこんなで割と平和な日々は過ぎていく。  
変わったことと言えば…ライブを楽しみにして笑顔が多いハルヒが、時々神妙な顔をするってことか。  
あとは…一・二年生は基本的に卒業式当日は休みでクラスから何人か代表が参列するだけなのだが  
何故かハルヒは代表になると言い出し、強制的に俺もその代表の一人にさせられた…ってことぐらいか。  
まあ、休みなら休みでハルヒにこき使われる可能性があるんで別に構わない。  
そしてライブまであと三日になり、俺もMDを借りて予習して備えようかなと思っていた今日  
朝の地方ニュースを見て昨晩家の近くで小火騒ぎがあったことを知った。  
大学生のロックバンドが火を使った演出を失敗し、そのライブ会場を危うく黒焦げにするところだったという。  
ENOZのライブが行われるはずだったライブハウスである。  
 
学校に登校すると、予想通りというかそりゃそうだがハルヒは不機嫌になっていた。  
なにせ不機嫌なときは大体同じ恰好をしているのでわかりやすい。  
「ニュース見たよ、何か連絡はあったか?」  
俺はほんの僅かな希望を抱いて、後ろで頬杖ついているハルヒに聞いてみた。  
なんだか、二月のはじめの頃に戻ってしまった心地がする。  
「まだないわ、小火騒ぎがあったの自体が昨日の夜遅くだったしね。  
 けど今朝ライブハウスに寄って見てきたら、思ってたよりひどい有様だったのよ。  
 ぼやというより普通の火事って感じ。  
 あれは…きっとしばらく使えないわよ」  
雰囲気どころか言うことまで弱気なこいつは珍しい。  
こんな時に不謹慎だが、しおらしくて実に良いと思ってしまった。  
「まあ、なんだ。まだ中止になったと決まったわけじゃないし」  
ガラッ  
俺がまあ一応励ますようなことを言おう、と思ったところ岡部が教室に入ってきて、開口一番  
「あー、学校外で三日後ライブをしようとしていた三年生からの連絡でな。  
 昨晩その会場で小火騒ぎがあったのでライブは中止、チケットは近いうちに払い戻しするとのことだ」  
一番言われたくないことをすぐに言われてしまった。  
うちのクラスでも他にライブに行く奴がいたのだろう、色々文句やら質問の声が飛び交いガヤガヤしている。  
「静かにしろー!  
 落ち着いたらお詫びするそうだ、三年生は忙しい時期なんだし周りが騒ぐもんじゃない。  
 じゃあ出席とるぞー」  
励ましに言おうとしたことを言い止めて苦笑いするしかなかった。  
その日の授業中のハルヒは当然のように、不機嫌な面持ちで窓の外をずーっと眺めながら  
「納得いかない」「あんなに楽しみにしてたのに」などとぶつぶつ呟いていた。  
授業間の休み時間もずっと何かを考えているようだったんで、声はかけないでおく。  
 
そんな感じで昼休み。  
ハルヒはどうするのかと思っていたが、いつも通り授業が終わるとすぐに教室を飛び出して行った。  
食気はあるんだなと少し安心し、そう言う俺も腹は減っているので弁当を取り出す。  
と、ハルヒは普段よりも早く帰ってきた。  
やけに早いなと思っているとズカズカと歩いて俺に近づいてくる、ネクタイの付け根を引っ張り上げられる。  
「中西さんの住所を聞いてきたわ、今日はSOS団の活動を休みにして彼女の家に行くわよ。  
 ほんとは今すぐ行きたいくらいだけど授業の後に我慢しましょう。  
 ライブを中止だなんて、天災がそうしようとしても私が許さないわ!」  
…  
「で、だ。それは俺にもついてこいってことか?」  
「当然よ、なんたってあんたはSOS団雑用係筆頭なんだから。  
 そろそろあたしが何も言わなくても黙って付いてくるくらいの心構えが欲しいわ」  
なんだその筆頭って役職は。  
そのうち『わたしがSOS塾塾長、涼宮ハルヒである!』なんて言い出すつもりか。  
「つまんないこと言ってんじゃないわよ。  
 朝から考えてたの。それで、やっぱりなにか行動しなきゃいけないと思ったのよ。  
 思い立ったら吉日とはよく言ったものだわ。  
 授業終わったらすぐ行けるように準備しときなさい?  
 卒業式まで時間無いんだし、早く行って何としても力になってあげなきゃ」  
そう語るハルヒは笑ってはいなかったが、その眼は天下統一を図る戦国武将のごとくギラギラしている。  
まったく、やれやれ…と、口に出すことも心の中で思うことも、今の俺はしなかった。  
珍しいことにハルヒの言葉を聞いてむしろ嬉しいくらいだったのだ。  
もちろん、こいつと二人きりで下校して寄り道するんで嬉しい、とかそういう類のことでは断じてない。  
まあなんだ、俺の気持ちは察してくれ。  
 
 
その日の放課後。  
いつもの坂を二人で下りながら、ハルヒは職員室でもらったらしい地図と住所が書かれたメモを見ている。  
朝上る時は体温が上がって良いが、帰りに下る時は風が当たって余計に寒くなるな。  
まあ夏になれば感じる気持ちは逆になるからおあいこなんだろうよ。  
ちなみに、ハルヒは昼休みすぐ職員室に行ってラッシュ前の食堂に行けなかったんで早く帰ってきたらしい。  
放課後の予定を話し終えたところで、まだほとんど食べていなかった俺の弁当を全部食われたのだった。  
「チケットを渡しにきてくれた時、ENOZの人達ほんとに嬉しそうだったの。  
 文化祭もあんなことになっちゃったじゃない?きっと今回はすごく思い入れの強いライブなのよ。  
 それがまたこんなことで中止になるなんて納得いかないに決まってる」  
坂を下りながら、ハルヒはしんみりという感じで話している。  
「そうだな、今回が初の単独ライブとも聞いてるよ。  
 高校生のバンドが単独ライブするってのは結構大変なことらしいしな。  
 きっと文化祭からも相当な努力したんだと思うね」  
先日の古泉の入れ知恵を使わせてもらう。  
思えばあいつの無駄知識も、有効活用しようと思えばかなり役立ちそうだ。  
…しかし、ハルヒはメモを眺めていて特に反応しなかった。  
ダラダラ語るのは古泉に任せて、ボーっとしてるくらいの方が俺には合ってるのかね。  
 
 
肩を震わせながら坂を下り私鉄の線路沿いを歩いていると、なんだか見覚えのある道の気がする。  
しかも、昼食をロクに食えず腹の虫をなだめていることにも既視感をおぼえた。  
この一年で行き馴染んだマンションが見えたところで  
思った通り、中西さんの家は長門の住んでいるマンションの近くなんだとはっきり気付いた。  
長門のマンションと言えば、かの朝倉が住んでいたマンションと言うことでもあり  
今歩いている道も去年の五月、朝倉の家に向かった時と同じ道ということなのである。  
思えばあれからもうすぐ一年が経つ。  
同じような腹具合で同じ道を歩いているのに、前とはこんなに心境が違うとは。  
なにせ去年歩いた時はハルヒの好奇心に付き合わされて家を探しているだけであった、こいつも変わったね。  
もしかしたら向かっている家も同じくあのマンションで…なんて最近よく当たる嫌な予感がしたが  
「ここよ、キョン」  
今回は幸運にも外れてくれた。  
長門のマンションの少し手前でハルヒの足は止まり、目の前にはなかなかの外観の一軒家。  
メモをポケットにしまうと、ハルヒはその家のインターフォンを押した。  
十秒ほど待って  
「どちらさまでしょうか」  
「北高一年の涼宮ハルヒと申します。  
 中西貴子さんはご在宅でしょうか?」  
「涼宮さん?  
 今出るからちょっと待ってて」  
どうやら本人だったようだ。  
相変わらずこいつは外面が良く言葉遣いがやけに丁寧である。  
しかし、三年前の七夕に行ったとき中一時代のこいつは年上の俺に対して偉そうだったな。  
もしも何十年か先になって俺が昔のハルヒに会いに行ってもため口をされるんだろうか。  
なんて考えてるとドアが開いて、一度見覚えのある先輩が顔を出した。  
「突然ごめんなさい中西さん。  
 朝のHRでライブが中止になったって聞いて、どうしても気になっちゃって」  
中西さんは少し思いつめたような顔をしている。  
しかし、俺達の顔を少し見た後笑顔を作った。  
「…わざわざ家まで来てくれてありがとうね。  
 ここじゃなんだから、どうぞ上がって。親もいないしちょうど他のメンバーも来てるから」  
そう言ってドアを大きく開けてくれた。  
ハルヒは「お邪魔します」と言って少しだけ頭を下げ、割と堂々と入っていく。  
残された俺も入るべきなんだろうが、なんだか微妙な心持ちがしてしまう。  
そんな俺の心を中西さんは汲んでくれたのか  
「あなたも入って。  
 女ばかりで落ち着かないかもしれないけど気にしなくていいからさ」  
と優しい言葉をかけてくれた。さすがは二個上の先輩である、心遣いが違う。  
ためらっても気を遣わせるだけなのであろうからさっさと入らせてもらうことにした。  
それに外は寒くてたまらん。  
 
外観に加え、家の中も小洒落た家具などが置かれて住んでいる人のセンスの良さを感じるものであった。  
なによりも暖房が程よくかかっていて暖かいのが今の俺には嬉しい。  
リビングに通してもらうと大きなテーブルを囲んでソファに四人の女の子が座っている。  
俺を連れてきてくれた中西さんも座り、男は俺一人に対して女の子はハルヒとENOZの面々で五人。  
しかもみんながみんな美少女だ、ある意味ハーレムなんだろうが今の俺にはそう思う余裕はなかったね。  
中西さんが玄関でああ言ってくれたものの、さすがに挙動不審になるしかなかった。  
そんな俺を見てENOZの人達がクスクスと笑っている。くそう情けない。  
「アハハ。緊張しないでさ、適当なとこに座っちゃって」  
俺の様子を見かねて、ライブの時ドラムを叩いていた明るい感じの…名前はわからないが声をかけてくれた。  
すいませんと会釈しとりあえずハルヒの隣に座ることにする。  
「お邪魔します。ええ、涼宮の友達の…」  
「ああ、こいつのことはキョンで構わないわ。  
 後輩なんだし名前で呼ぶなんてことしなくていいわよ」  
とりあえず自己紹介しようとしたらハルヒに邪魔された。  
こういうことをする奴がいるから、いつの間にかあだ名でしか呼ばれなくなってしまったのだ。  
とも思ったが、先輩方がそれを聞いてなんだか知らんが喜んでいるんでまあよしとしよう。  
「一応うちらも自己紹介するね、あたしドラムやってる岡島瑞樹。よろしく〜」  
さっき声をかけてくれた人である、この人はムードメーカーという感じがするかな。  
「えー、ベースやってる財前舞です。よろしくね」  
と言ってにっこり、この人は可愛らしい感じの笑顔が印象的だ。  
「榎本美夕紀です、私はボーカル。よろしくキョン君」  
教室に来てくれた時も思ったが可愛らしい声の人だ、ハルヒが唄ってたロック調の歌を唄うとは想像しにくい。  
こんな可愛らしい声で呼ばれるならキョンでもなんでも全然構わないってもんだ。  
「んじゃ最後に私、ギターの中西貴子。一応リーダーもやってます」  
なんで自分の家で自己紹介してるのかしら、と言い加えて笑っていた。  
 
「はい、外寒かったでしょ?あったまるわよ」  
一通り自己紹介をしたところで中西さんはハルヒと俺に紅茶を持ってきてくれた。  
この人は三年生だからというだけでなくお姉さん気質がする。正にリーダーと言ったところか。  
紅茶を飲ませていただく、うん美味い。  
朝比奈さんのお茶と良い勝負だ、もちろんあの慣れ親しんでいる愛情篭ったお茶に勝るということはないが。  
部室でその有り難いお茶を味合わずに飲むハルヒも今日は丁寧に紅茶を飲んでいる。  
「わざわざ来てくれて本当にありがとうね。  
 今朝貴子から連絡貰って集まって、私たちこれでも結構落ち込んでたのよ。  
 けど可愛い後輩たちが来てくれて少し元気が出てきた」  
「いえいえ、そんなこと」  
可愛い声の榎本さんに可愛い後輩だなんて言われると恥ずかしくてむず痒いものがある。  
と、隣の奴に右の頬っぺたを引っ張られた。  
「いてててっ、なにしやがるっ!」  
「あんたがにやけてるからよ、今日は真面目な話をしにきたんだから」  
にしてもつねることはないだろうに。俺が頬っぺたをさすっていると、ハルヒは本題に入った。  
 
 「それで、ライブのことなんだけど。  
  中止っていうのはどういうことなの?やっぱりライブハウスが燃えちゃったから?」  
少し空気が変わったかな。  
んで代表してという感じなのか、中西さんが話し始めた。  
 「うん…今朝ライブハウスの人から電話かかってきたんだ。  
  傍から見ると黒焦げに見えるけど、火事自体は割と小規模で済んだらしいの。  
  ライブハウスの人達が迅速に対応したからみたいだね。  
  けど、火の演出のことで管理上の過失みたいなのを警察にうるさく言われてるんだって。  
  悪いのは勝手にやった大学生バンドだけど、管理が甘いのも原因の一つって言われてるらしいんだ。  
  内装外装の修理はすぐ済みそうなんだけど営業許可がしばらくの間下りないみたい」  
さっきまで笑顔だったが、話し始めるとすぐに四人とも沈んだ顔になった。  
ほとんど初対面の俺としても心が痛まれる。  
 「他のライブハウスとかはダメなの?」とハルヒ。  
 「うちらさ、いつもそのライブハウス使わせてもらってたんだ。  
  そこの人達すごくいい人達でね、学生バンドにもすごく理解あってさ。  
  だから他のライブハウスには全くあてがなくって。  
  今の時期って同じように卒業ライブするっていう団体多いんだ、他のとこで急に予約入れられないのよ。  
  それに他じゃあ単独ライブなんてすぐ出来ないからさ」  
そう話すのは岡島さん、自己紹介の時の明るさはそこには無かった。  
聞きに入ったハルヒも同じような沈んだ表情をしている。  
…重い雰囲気である。  
ここは唯一の男としてとりあえず何か言わなきゃならないだろう、と思った。  
 「そういうライブハウスみたいな専門的な所以外では出来ないんですか?  
  どこかのカラオケだとか普通のお店とか、公園とか郊外とか…」  
言ってるうちから、自分で言っていて的外れな気がして申し訳なく感じてきた。  
のだが  
 「一応ひとつだけあるんだ。  
  色々と条件が合って、そんでもって出来れば私たちが使いたかった場所」  
財前さんがそう言い、続けようとしたところハルヒが口を挟んだ。  
 「学校の体育館、ね?」  
 
 「音響とか、うちの学校の体育館はすごく好都合なんだよね。  
  文化祭で使ってみて実感した。  
  ライブハウスよりも沢山人が入るっていうのも大きいし」  
先ほどに続き話しているのは財前さんである。  
ちなみに、話し合いの途中で中西さんがケーキとお菓子を持ってきてくれた。  
昼飯を奪われ空腹だった俺にとってどれだけ嬉しかったことか。  
奪った当人は隣でショートケーキを頬張っている、そんなに食べてると太るぞ。  
 「文化祭で出来なかった私と貴子にはやっぱり未練があるんだよね。  
  ライブハウスも最高だけど、自分の学校で唄うっていうのにはすごく憧れがある。  
  あのときの涼宮さんもキラキラしてたしさ」  
 「私も学校のみんなの前で私たちが作った曲演奏したいって思ってた。  
  それで、ライブに来ない学校の人にも私たちの音楽知ってもらえたらな〜なんて。  
  だからMDが今かなり出回ってるっていうのはとっても嬉しくて。  
  涼宮さんにはほんとに感謝してるのよ」  
そう言って二人は優しい目で、ケーキのイチゴを食っているハルヒを見つめる。  
実は俺は『榎本さんと中西さんは文化祭でのハルヒに嫉妬みたいなのも感じてるんじゃないか』  
なんてことを先日の古泉の話を聞いた後少し考えてしまっていたのだ。  
ハルヒを見つめる二人の目は、そんな俺の考えを恥ずかしくさせるほどストレートなものだった。  
 「それなら体育館の許可取ればいいんじゃない!  
  候補地があったんなら良かった。  
  学校だって認めてくれるわよ、きっときっと!」  
たいらげたケーキのかけらを口から出すんじゃないかという勢いでまくしたてる。  
希望が見つかったと思ったのか、ハルヒの眼は少しだけ輝きを取り戻していたんだが  
 「それはきっと無理なのよ。  
  実はね、文化祭のあと体育館借りてライブが出来ないか生徒会に頼んでみたんだ。  
  MDのおかげで知ってくれてる人増えたし、人集まってくれるんじゃないかと思って。  
  けどさ、そしたら  
 『学校の体育館は生徒の私物では無いから貸すことは出来ない、って教頭先生が』って断られたんだよね。  
  文化祭の時もそうだったけど、うちの学校の生徒会は融通とか利かないみたい。  
  また頼んでみても、教頭先生にダメって言われたから、って断られるのが関の山だわ」  
そう言って中西さんは溜息をついた。  
 「だからライブハウスで単独ライブ出来るように頑張って、そんで卒業ライブしようって。  
  うちら四人で受験勉強と並行して頑張ってきたんだけどさ。  
  またこんなんでダメになるなんて、悔しくて悔しくて」  
岡島さんが続いてうつむいた、いつも明るいであろう人がこんな表情をしているのはなんとも言い難い。  
さっき少し言ってたが、多分四人の先輩共々俺達に気を遣って明るく振舞ってくれてたんだろうな。  
ちょっと前の重い雰囲気がまたリビングを包む。  
また、何か気をきかせなければ…と考えたが、さっきはあくまで結果オーライだったわけであり  
一日に二回も俺がそんな機転が利かせるわけもなく、黙っているしかなかった。  
こんな時こそ古泉が役に立つんだけどな、あいつはそういう時に限って居合わせない。  
 
ちなみに、重い空気の時というのはやけに時間を長く感じるものである。  
隣に座る奴が立ち上がるまで一分程度だったんだとは思うが、一時間位経った心持ちさえしたな。  
ということで、この空気を吹き飛ばそうと立ち上がったのは言わずとも涼宮ハルヒであった。  
 「生徒会だとか教頭なんかの言うことなんて関係ないわ!  
  あたしが話つけてくる!」  
高らかと叫ぶこいつの自信はどこからくるのか、だがたまには頼りになるってもんだ。  
 「涼宮さん…?」  
ENOZの面々は少し呆気に取られたような表情。  
なにせ、話をつけるのは無理だと言って落ち込んでいる直後、こいつはそれを全否定してるわけだからな。  
俺もいまだに慣れていないんでいつもは呆気に取られるばっかりなんだが…  
今回ばかりは、ハルヒが何か言ってくれることに期待してたもんでね。  
 「学生の健全な自由を奪うなんてそんなの許せないじゃない。  
  生徒会だろうと教頭だろうと教育委員会だろうと屈しちゃダメ。  
  今回はこの前みたいにケガとか病気ってわけじゃないんだから、諦めるなんて考えは愚作よ。  
  先輩のあなた達は安心してライブに向けて練習してて、四日後の卒業式までに体育館を確保してみせるわ。  
  あとはあたしたち後輩に任せなさい!」  
今日になってからはじめてハルヒは笑顔を見せた。  
その先輩方はまだ呆気に取られているようだ、ポカーンとハルヒを見上げてる。  
さすがにここは俺の出番か、先立って言うのは苦手だがこいつのフォローならまあまあ得意な方だ。  
 「あー、こいつは無茶苦茶なことを結構可能にするやつです。  
  このまま何もしないで諦めるのも、まあなんですから。  
  とりあえずダメ元で俺達に任せてくれませんかね?」  
そう言うと、ENOZの四人は互いに顔を見合わせアイコンタクトで会話でもしているようだ。  
そしてしばらくして、表情を緩ませた。  
 「それなら、君たちに任せるよ。  
  そういえば『辛いときこそ前向きに』って、自分の座右の銘忘れてた。  
  なんたって文化祭で起死回生の活躍見せてくれた涼宮さんだもんね。  
  びっくりのギターテク見せてくれた長門さんもいるし」  
中西さんは少し笑顔を取り戻してくれたようだ。  
他の三人も同じような顔をしている。  
 
中西さんの言葉を聞いたハルヒはその後  
 「善は急げだわ!キョン、早く行くわよ!」  
と言い残し疾風のごとくリビングから飛び出していった。  
ENOZの人達はまた呆気にとられており、俺も今回はその行動の早さに呆気に取られたのだった。  
しかし紅茶と言うのは少し飲んだだけでも尿意をもよおす飲み物だったりする。  
ハルヒはすぐ戻ってきて  
 「その前に、お手洗いどこかしらね?」  
と、珍しく乙女の恥じらいを見せて…なんてことはなく、普通に尋ねてトイレに走って行った。  
あいつがトイレに行ってる間に残りのケーキと紅茶を頂くことにするとしよう。  
 
 「涼宮さんってホント、すごく不思議な人だね」  
ハルヒが飛び出して行ったドアを見つめながら財前さんが言う。  
ええ、まったくその通りですよ。強いて言えば不思議というか奇怪です。  
 「あはは、そんな意味じゃないよ〜。  
  何て言うかな、不思議な力持ってるって言うのかな。  
  あの子が『出来る!』って言うと本当に出来る気がするんだ」  
 「だね、私もそう思った。  
  文化祭のときも、なんだかあの子にならボーカル任せるって気したもの。  
  もちろん前々から活躍は聞いてたけどさ、それとは別に何かを感じた」  
 「うんうん。  
  正直うちら今回も諦め切ってたようなもんだったんだよ?  
  けど、あの子の言葉聞いたらなんかうまくいく気がしたっていうか」  
 「そうそう!  
  言われてすぐはちょっとビックリはしちゃったけどさ。  
  この子は本当に実現しちゃいそう、って何かがあるんだよ」  
財前さんの言葉に、榎本さん岡島さん中西さんが次々と相槌を打つ。  
…なんというか、すごくびっくりした。冷や汗ものだったな。  
音楽やら芸術系の感性が優れている人っていうのは感も鋭いのだろうか。  
心を落ち着かせるためにも紅茶を飲ませてもらおう。  
 「ところでさ、キョン君って言ったよね」  
そうです岡島さん、その愛称を気に入ってはいませんが。  
 「涼宮さんとはどこまでいってるの?」  
 
さらにびっくりさせられるとは。  
危うく飲んでいた紅茶を噴出しそうになった、というかカップの中で少し噴出してしまったよ。  
まったく何を言い出すんだ。それよりこの人達さっきまで落ち込んでいたよな?  
それが嘘のようにみんなニヤニヤしながら俺のことを見ている、まったく女の人というのはわからんね。  
 「どこまでも何も、そういったことはありません」  
 「え〜、けど見かけるといつも一緒にいる気するよ。キスくらいしてるでしょ〜?」  
財前さん、そんなのあるわけ…と言おうとしたところで否定は出来ないことに気付いた。  
ここは一応他のことを言ってごまかさなければならない。  
 「と言うか、俺とハルヒはただのクラスメート兼部活(団)仲間ですから。  
  先輩達の言ってるような関係では断じてありませんよ」  
 「ああ、ごまかしてるな〜」  
可愛い声して鋭いですね榎本さん、しかし言っていることは全部本当ですから。  
 「こらこら、もうこの辺でよしとこう」  
ホッ、うまく止めてくれるようだ。さすがはリーダーの中西さんである。  
 「多分、恥ずかしがりの涼宮さんに口止めされてるとかなんだから」  
前言撤回。女の子というはほとんど皆こういう話が大好物のようだ。  
と、  
 「ああ、スッキリしたー!今日は起きて行って以来、まだトイレ行ってなかったの」  
何かをやってのけたような笑顔でハルヒが戻ってきた。  
女の子が多いからって、一応男が一人いるんだからもっと慎みなさい。  
 「うっさいわねー、あんたなら別に構わないでしょ」  
言い返そうとして、周りで四人の先輩方がニヤニヤしてるのに気が付いた。  
また変な勘違いやら妄想をされてるようだ。  
これ以上変なことを言われても嫌なので、おいとますることにしよう。  
 
四人揃って玄関まで送ってくれる。  
ハルヒとともに突然おじゃましたお詫び、ケーキと紅茶とお菓子のお礼を言う。  
 「こちらこそ今日はありがとう、だいぶ元気も出た」  
そう答えてくれた中西さんの顔は確かに、家に訪ねた時よりも笑顔のようだった。  
それにハルヒもだいぶ笑顔に戻っている、今日は来た甲斐があったな。  
 「それじゃあこれで、ちゃんと練習しといてね!」  
 「わかった。  
  君らも無理はしなくていいからさ、けど期待はしとく」  
岡島さんの言葉を最後にハルヒは笑顔で手を振って歩き出した。  
 「気をつけて帰ってね〜!」  
俺も行こうとしたところ  
 「キョン君キョン君」  
俺だけに聞こえる声で呼び、見るとENOZの四人はそれぞれ胸の前に握りこぶしを作っていた。  
なにを頑張れというのだまったく、やれやれ。  
 
 
少し経って、俺は家路を歩いている。  
中西さんの家を出た直後  
 「さあ、キョン。早速この足で学校へ向かうわよ!  
  事態は一刻を争うんだから休んでる暇なんてないの」  
とハルヒが言い出した。  
だが、いまだに空腹の俺としてはあの坂をまた上るのは避けたく、また不都合なことがあったのだ。  
 「悪いが俺は昼飯の分のエネルギーが確実に不足してるんだ。お前が食ったからな。  
  それにだな、会いに行こうって相手が生徒会か教頭か校長かはわからんが  
  説得するんだったらそれらしい時間に行く方が効果あるだろ?  
  今はもう六時を過ぎてるし相手が帰ってても不思議じゃないくらいだ。  
  明日の放課後にでもしっかりと言いに行こう、な?」  
その後も思いつくことを言い揃えて何とか言いくるめた。  
ハルヒは口をアヒルにしながらも「それもそうね、じゃあ明日にしましょ」と言って諦めたようだった。  
そして今はハルヒと別れ、ちょっと足早に家へ向かっている。  
俺には連絡を取らないといけない奴がいるのだ。  
ENOZの四人は『涼宮さんが出来るって言えば本当に出来る気がする』と言っていたが  
正確には半分合っていて半分はずれである。  
万能の力を持つハルヒではあるが、だからと言って生徒会だとか教頭だとかを実際に説得は出来ないからな。  
今日このまま会いに行ってたら確実に門前払いを食らっただろう。  
半分は周りが埋めなくてはならない。  
まあ、古泉に言わせると『結果として涼宮さんの望むとおりになる』ということなんだろうが。  
 
そんなこんなで、家へ着いたらその古泉に電話するつもりだ。  
何故家に帰ってからかというと、今日は携帯を持ってくるのを忘れてたからだ。  
今回のように現実的な問題なら超常現象専門みたいな長門に頼るよりも奴に頼むのが良いんだろうよ。  
と考えながら家に着いたんだが  
 「手間がはぶけた、ちょうど電話しようと思っていたところだ」  
 「ふふ、それはどうも。小火騒ぎでライブが中止と聞いて我々の出番だと思いましたからね」  
家の前に古泉が立っていた。  
そう言えば朝倉の家に行った帰りもこうやって立ってやがったな、色々と偶然が重なる日だこと。  
まあそんなことは今はいい  
 「それなら、何を頼みたいかも大体わかるか?」  
古泉は待ってましたというような表情と仕草を見せた。  
 「まずは代わりのライブ会場の確保、色々な情報を合わせますとおそらく体育館がベストなんでしょう。  
  それに伴い、体育館の使用許可をすることへの不自然ではない理由や流れ。  
  あとはライブ用のチケットを払い戻しせずに再利用する方法、なんかでしょうか。  
  こんな感じでどうでしょう?」  
ご名答、というかチケットのことなんか俺達は考えてもいなかったがね。  
 「ただの息抜きとはいかなかったな」  
 「いえいえ、これ位のことならそれこそ日常茶飯事ですから。  
  閉鎖空間への対処なんかに比べればまだまだ可愛いものですよ、ですから最近は助かってます。  
  そっちの方はこれからもよろしくお願いしますね」  
言いながらウインクしてきた、気色悪いし俺にお願いされても困るね。  
 「ふふ。では今日はこれで失礼させてもらいます、時間の余裕があまりないので。  
  それでは、また明日」  
前と同じようにタイミング良く到着した黒塗りタクシーに乗って古泉は去っていった。  
都合良く話が進むようにこれから何かするんだろう。  
まあそれはあいつの仕事だ、俺は早く家に入って飯にありつくとしよう。  
 
 
明けて次の日の放課後。  
SOS団の活動は連日の休みとし、五人で職員室へ行くこととなった。  
 「さあ、武装して校長室に乗り込むわよ!」  
なんてことを朝っぱらから言われるんじゃないかと思っていたが、意外にハルヒは冷静であった。  
 「ここは順序を追っていって許可を得ましょう、まずは身近な先生に話すということで。  
  校長先生や教頭先生などはすぐに話を聞いてもらえるものではないですし、それが得策でしょう」  
なんていう古泉の意見も素直に受け入れ、今に至るわけだ。  
さすがにENOZの命運がかかっているわけなのでハルヒも慎重と言ったところなのか。  
ということで、着いたのは職員室である。  
 「ふぇ〜、なにするんですか?職員室だし、なんだか緊張しちゃいます」  
何も知らないであろう朝比奈さんはオロオロするばかりだ。  
俺としてもあまり居心地の良い場所ではないので、出来れば早く出たい。  
入ってとりあえず向かったのは  
 「な、なんだお前達、どうした?」  
ハルヒの顔を見て少しビクっとした、担任である岡部の元だ。  
おそらく、(また涼宮が何かしようと…)なんて考えてるのであろう、同情する。  
ハルヒが口を開けようとしたところ  
 「ここは副団長の僕が、実はですね…」  
率先して古泉が話し始めた、ハルヒにやらせると喧嘩腰になる可能性があるんで良い判断だな。  
古泉はお得意の喋りを披露している。  
 「ほうほう」  
岡部も暑っ苦しいが一般的には良い先生の部類に入るんだろう、古泉の話を真面目に聞いているようだ。  
微妙に誇張表現を混ぜながら古泉は説明を終えた。  
 「なるほどな、先輩を助けてあげたいってことか。  
  また涼宮が変なことするつもりかと警戒したが、いや〜先生は感動したぞ!  
  実はなあ、俺も大学のハンドボール部時代にな…」  
 「岡部先生、ハンドボール部での熱い友情にもとても興味があるんですが  
  真に残念ながら少々急いでいるんです。  
  今は、この後誰に取り次いで話せば良いのか教えていただけますか?」  
謙虚な(風に見える)笑いを浮かべて古泉が対応する、こういうことは本当に得意らしいな。  
だが慣れてしまえば、押しかけで布団なんかを売る胡散臭いセールスマンなんかに見えてしょうがないね。  
 「ああ、そうか。じゃあ今度聞かせてやるからな!  
  そういうことなら施設管理担当の…ほら、あそこにいる先生に話してみろ」  
残念そうな顔をして、少し離れたところにいる眼鏡をかけた地味な先生を指差した。  
これ以上は面倒なので足早にその先生の元へ向かう。  
そして今度も古泉が話しかける、なんだか微妙に古泉が動揺している気がするがまあ気のせいだろう。  
 「ええ、お仕事中すいません。一年九組の古泉と申します。  
  実はですね…」  
 
 「あれでホントに大丈夫なのかしら」  
職員室での活動(?)が終わり五人で坂を下って帰宅途中。  
少し不安そうな声をあげているのは、いつもの五人の下校時では爛々としているハルヒである。  
まあ、それもそのはず。  
岡部の後を受けた施設管理担当とやらの先生に古泉が事情を説明したところ  
 「わかりました。  
  まあ私一人の意見で許可したり拒否したりは出来ないんで、他の先生と協議させてもらいます。  
  教頭先生や校長先生にも聞いてみないといけないからね。  
  明日以降かな、結果が出たら連絡するから今日はもう帰りなさい」  
と言われ、俺達はそのまま帰ることとなった。帰り道にしては空がまだ明るい。  
 「正直不安よ、ものすごく不安。こんなんでうまくいく気しないわ。  
  あの先生、なんか情けない感じだったし。  
  むしろこんなんでうまくいっちゃったら逆にあやしい気もしちゃうわよ」  
…  
 「私はもっとこう、教頭とか校長とのバトルが待ってると思ってたのよ。  
  コンテナが運ばれてきてそこには武装するライフルとか機関銃とかが入ってて…」  
もう無茶苦茶である、やっぱりこいつは俺の予想したようなことを考えていたようだ。  
 「ああもう、この余りあまったパワーをどう発散すればいいのかしら!  
  ねえ、み・く・るちゃ〜ん?」  
 「ひっ、ひえっ。や、やめてくださあい」  
欲求不満であるらしいハルヒは朝比奈さんに悪戯をし始めた。  
本来なら止めなければならんが、今は好都合だ。すいません朝比奈さん。  
 「おい、どういうことなんだ?ハルヒも不審がってるぞ」  
小さめの声で古泉に問い掛ける。  
 「すいません、僕としても予定外で少し困ってるんです」  
 「なんだと?」  
 「ええ。  
  本来なら、もっと周り道をした上で指導主任や教頭などそれらしい役職の教師に行き当たるはずでして。  
  その上でその相手に高圧的な態度を取られて対立し、それなりの経過を経た後に許可を得る  
  と言った内容を予定していたんですが、あのような形になるとは。  
  実は涼宮さんの言っていたようなシナリオも考えてはいたんですよ。  
  まあそこまでのものを用意するのに一晩は短かったもので簡単なものにしたんですけどね。  
  それがあそこまで簡素なものになってしまうとは…」  
わざわざそんな面倒なのも用意してたのか。だが、今はそれより  
 「なんだ、施設管理担当とか言ったか。  
  あの先生も機関とやらの回し者なんじゃないのか?あんな先生初めて見たぞ」  
 「いえ、少なくともあの教師は機関の関係者ではありません。  
  というか僕も初めて見ました、一通りの先生方には顔通ししてるんですが。  
  不思議です」  
あの時の違和感は気のせいでは無かったか、予定外の先生に出くわしてこいつも少し動搖したんだな。  
と言うかこのままで大丈夫なのだろうか?  
これでライブ話が拒否されたら、それこそハルヒは校長室に殴りこみなんかをしかねない。  
 「それは多分大丈夫だと思います。  
  下準備は済んでいるので体育館の許可自体は予定通り出る…はずです」  
微妙に自信なさ気な言い方をこいつにされると不安になるぞ、勘弁してくれ。  
明日がいささか不安なんだが、とりあえず向かえるしかないようだ。  
前方でいつもと変わらない行動をとっている女子達を見ると少しだけ安心出来る。  
悪戯するハルヒと、される朝比奈さん、表情は見えないが読書している長門。  
 「…」  
 
ここで少し話が飛ぶ。  
今日は五人で職員室に行った日から数えて二日後。  
つまりは卒業式の前日であり、本来ならライブハウスに行くはずだった日である。  
結論から言うとENOZの体育館ライブは無事行われることとなった、今日これからだ。  
今は学校に向かう坂道を、嬉しくない話だが古泉と二人で上っている。  
 「無事済みそうで良かったですね」  
 「まあな、予定外のことはあったが」  
 「ええ、僕も職員室とその帰り道では混乱しました。  
  ですがそれもよく考えればすぐに思い当たることでしたからね」  
さて、ここで簡単にだが、あの帰り道以降の話をしよう。  
 
 
職員室に行った日の翌日。  
朝のHR後岡部に呼び出された俺とハルヒ、不安でしかたなかったが聞かされたのは朗報であった。  
 「良かったな〜。卒業式の前日、明日だな。卒業式のリハーサルの後体育館を使用していいそうだ。  
  一応全クラスの担任に連絡が回ってるから安心しろ、あとでうちのクラスでも連絡する。  
  それとチケットを買っていた者なら外部の者も特別に入場許可するそうだ。  
  青春してるじゃないか、お前らの姿を見て高校の頃の部活の…」  
この後の岡部の話は聞かなかったので省略する。  
当然ハルヒは喜び勇み、そのまま長門・朝比奈さん・古泉の元に報告をしに行った。  
『全クラスに連絡が回ってる』って岡部の言葉をすぐに忘れるほど喜んでたみたいだな。  
その勢いでENOZの四人にもすぐ電話でもかけると思っていたが  
 「こういうのは溜めて溜めて、直接言いたいもんじゃない」  
なんて訳のわからん事を言った挙句、また二人で放課後中西さんの家に行くこととなった。  
 
中西さんの家にはライブの練習と言う事でENOZの四人全員が集まっており  
許可を得たことをハルヒが報告すると、笑ったり号泣したり、とにかくものすごく喜んでくれた。  
 「ごめんね中西さん、ホントは昨日のうちに全部済ませれば一番だったんだけど」  
 「そんなこと全然ちっとも全く気にしてないよ!  
  涼宮さん達に期待しちゃって、一昨日からほとんど寝ないで練習してたんだ。  
  けどまさか本当に体育館でライブ出来るなんて…なんだか嬉しくて実感湧かないくらい」  
 「ホント…あの体育館で唄えるんだ…ここ二、三日も喉のケア続けてて良かったよ。  
  しかも北高以外の人も来れるなんてさ、これはさすがに予想もしてなかった。  
  学校外の人のチケットは、もう払い戻ししちゃおうと思ってたとこだったんだよ」  
 「うっ、うう。ほんとさあ、えぐっ、良かったよ、良かったよ。  
  これでさ、貴子もミユも一緒に、ひぐっ、四人であそこでライブ出来るもん」  
 「ほーら、泣かないのミズキ。あんたいつも余計な位笑ってるのにさ、今こそ笑うときじゃない。  
  って言っても私もまたあそこでベース弾けると思うと、涙出そうなくらい嬉しい。  
  ありがとう涼宮さん、本当にあなたのおかげ。ありがとう」  
 「そんな、あたしなんて何もしてないのよ!  
  なんだか呆気ないくらい簡単に許可取れちゃって、ちょっとおかしいくらいだったの。  
  …今思うとやっぱり不自然な気もする、よく許可出たもんだわ…  
  なんて、今はどうでも良いわよね!ライブはちゃんと出来るんだし!  
  ねっ、キョン!」  
 「んあ。ああ、そうだな」  
こんな感じのやりとりや、明日のライブの開場・開演時間などの現実的な話を伝え  
SOS団の他の二人にもお礼に、とチケットをいただき  
さらにはハルヒによるENOZへの激励エールなんてのもあった後  
涙が止まり満面の笑みになった岡島さんを含めたENOZの四人に手を振られながら帰ることとなった。  
喜んでいたおかげで、ハルヒが許可のことに関して必要以上に疑わなかったのも幸いである。  
 
 
こんな感じで昨日は過ぎた。  
今日は午前中卒業式のリハーサルということで、ほとんどの三年生が登校することになっている。  
ちなみに一・二年生は明日の卒業式に加えて今日も基本的に休みであり  
俺達SOS団も今日は午後に集まることにしていた。  
いつもよりも長い睡眠を堪能し、一時という学校での集合時間に合わせ正午近くに家を出て  
今日は俺以外誰もいないだろうと思っていた坂を登ろうとしたところ、見慣れた男が俺を待っていた。  
ここで昨日の話をする前、古泉と坂を登っている場面に戻る。  
 
午後の坂道は普段の坂道より幾分か暖かい。  
また二月も終わりに近づいているわけで、気温自体も日々上がっているようだ。  
 「僕としたことが、冷静に事態を理解し考えることが出来ていませんでした。  
  少し気を引き締めないといけないようですね。  
  周りの教師に不思議に思われずに、いるはずのない教師が違和感無く存在している。  
  こんなことが出来そうな人物はそうそういませんから」  
一昨日の帰りの自信無さげな表情が嘘だったかのように流暢に話している。  
まあ、俺も後々考えてみて何となく目星はついた。  
そいつ的には悪気とかはまったくなく、自体が楽に進むようにした結果なんだろう。  
 「でしょうね、実際心配が無駄になる程スムーズにいきました。  
  機関による下準備の効果もしっかり反映されていたので驚きましたよ」  
 「結局、お前らのとこは何をしたんだ?  
  まさか校長や教頭が機関とやらのお偉いさんなんて言い出すのか?」  
 「詳しくはまだ言えませんが、今回は間接的な形で圧力をかけさせてもらいました。  
  と言っても脅しや不法な手段を取ったというわけではありませんよ?  
  使用前・使用後のしっかりした管理をする団体の用意、卒業前で浮かれる生徒へのガス抜きとしての効果  
  文化部のこれからの活動への刺激、ENOZの皆さんの進学実績…  
  様様な条件や約束事を踏まえれば、体育館の使用許可なんていうものもちゃんとした形で貰えるものです。  
  ですから、いるはずのない教師が現れなくても問題無く進行は出来たはずだったんですよね」  
よくわからんが、間接的な圧力ねえ。  
 「そうですね…近いうちにそれがどんなものか、垣間見ることもあると思います。  
  実は、今回のシナリオが予定通りいかなかったのはかなり悔しかったんですよ。  
  名誉挽回とはいきませんが、近々代わりのものを用意するつもりなので」  
こいつは何だか興奮しているようだ、聞いていないこともペラペラ喋っている。  
近々と言えば三月のはじめ辺りだろうか、何か変なことを予定してるなら是非やめてもらいたい。  
そんな古泉の話を聞き流しながら坂を上っていった。  
 
さて、体育館の時計の針は三時二十分を指している。  
古泉の話を聞きながら校門でハルヒ達と合流、卒業式のリハーサルが終わった三年生の列を眺めたり  
その波の中にいたENOZの四人と話したりした後  
今は体育館でライブの準備が終わるのを待っているところだ。  
準備をしているのは生徒会≠ニいう腕章を付けた人を中心とした、おそらくは〜委員会とかの人だろう。  
中西さんの話によればうちの学校の生徒会はダメということだったが、少し変わったのだろうか。  
テキパキと支持を出したり、動いて椅子や照明・音響器具のセッティングをしている。  
この調子なら準備もすぐに終わりそうだ。  
 
体育館外に顔を出し、周りを見てみれば…ものすごい数の人である。  
人の数なんてのは見て正確にわかるものじゃあないが、何百人といるのは俺にもわかる。  
その何百人がうねうねと一つの列を作っているのは異常と言える光景だ。  
なんでも、今日登校してライブのことを知った三年生がほとんど来ているらしい。  
まあ国公立二次試験の前期も終わって大体の生徒は受験も終わっており  
進学や進路が決まってる人も、滑りに滑ってお先真っ暗な人も今は休息期間なわけだからな。  
卒業前の良い思い出作りとかにもなるのかね。  
それに午後になって大挙してきた一・二年生を加えれば、そりゃあすごい数にもなるわけだ。  
俺達とは言うと、体育館の中で既に座っている。  
古泉の言っていたライブハウスのチケットの再利用とか言うのは  
チケットを持っている人は優先的に最前のスペースに座れるというものだった。  
ということで、長い列に並ぶことなく開場前からここにいられるわけだな。  
外はまだ寒いので暖かい室内にいれるのは有り難い。  
朝比奈さんは「わたし、なにもしてないのに悪いです」なんて健気なことを言っていたよ。  
その最前のスペースには、チケットを持っていた…主に学校外の人が多く座っている。  
北高生はみんな制服と言うのもあるが、派手に決めている彼ら(と言うか彼女ら)はすごく目立っている。  
いわゆるヴィジュアル系というか、パンクというかゴスロリというか、色々な人がいるな。  
これはもはや何かの仮装パーティと言うか、コスプレみたいだ。  
とか何とか俺がダラダラと一人ごとを言ってるうちに準備が終わったようだ。  
並んでいた北高生徒が次々に体育館に入ってきた。  
もうすぐライブが始まる。  
 
そして四時五分前となった。  
椅子はもちろん満席、立ち見客も合わせると体育館は満員と言った感じだ。  
この時期体育館で行われるという話題性と、ENOZの人気が合わさったことで可能にしたんだろう。  
既に体育館の中の熱気は外の寒さを忘れさせるほどに上昇している。  
最前列の周りにいるコスプレ集団みたいな他校ファンも臨戦体勢といった雰囲気。  
 「いよいよですか、楽しみです」  
 「ああ」  
 「今回はあなたとの会話がやけに多かった気がします」  
 「気のせいだろ」  
 「ふふ。  
  結局今回は良い息抜きという感じじゃないですか。  
  それに、涼宮さんも楽しそうですし」  
 「まあな」  
右隣は古泉、こいつの言う通り左にいるハルヒは実に楽しそうである。  
涼宮ハルヒという女は大勢の聴衆の一人になることを嫌うんじゃないかとも思っていたが、杞憂だったようだ。  
ライブを楽しく過ごすための心得≠ニかいうのを朝比奈さんと長門に楽しそうに語っている。  
今のハルヒなら、いつぞや話していた何万人もの人がいる野球場に連れてっても大丈夫じゃないのかね。  
 「ちょっとキョン、あんたもしみったれた顔してんじゃないわよ。  
  ライブは楽しまなきゃ損なんだから!」  
 「へいへい」  
まあ、こいつの言うとおりである。  
ここまで来てしまえば何かアクシンデントが起こるんじゃないか?なんて考えるのもバカらしい。  
俺も楽しませてもらうよ。  
 
なんて思った刹那  
 「なになに、なんかの演出かしら?」  
 「…」  
 「なかなか粋なことをなさるようで」  
 「ひぇぇ。まっ、まっくらですう」  
体育館の照明が落ち、辺りは一面暗闇の世界となった。  
そこらじゅうで観客のざわざわ声が響いている。  
と  
 
シャンシャン、ダカダカダカダカ  
 
呆気に取られる観客を置いてけぼりに、気持ちの良いドラムロールからイントロが始まる。  
周りの非北高コスプレ集団だけが理解し曲始めから既にノっているようだ。  
すぐ続いてギター、それを聞いてすぐにわかった。これは文化祭でハルヒが唄った歌だな。  
忘れもしない長門のあの超絶テクニック。  
しかしどうしたものか、中西さんのギターは同レベル…いや、それ以上にすごく聴こえる。  
テクニックそのものは長門の方に軍配が上がるだろうが、強い気持ちが入ってるって言うのかな。  
そして舞台がライトアップされ  
舞台の真ん中に立つ、榎本さんの歌声。  
中西さんの家で話したときの可愛らしい声とは一味も二味も違う力強い歌声。  
なる程、古泉の言っていたズレ≠ニやらが消え去った気がした。  
テクニック以上のものがある中西さんの凄み、女性らしい美しさと強さの混じった榎本さんの歌声。  
それがはまった時、ENOZの音楽が始まるのか。  
 
暗闇からの奇襲で呆気に取られた客も、気がつけばみんなノっている。  
隣のハルヒは唄い、朝比奈さんも長門も古泉も、俺も、自然と手拍子をしていた。  
これが本物の生のライブなのか、と心底思った。  
 
そして一曲目の演奏が終わる、その時には会場のボルテージは最高潮。  
文化祭の時もすごかったが今日のはそれを遥かに超えていると思う、なにせ鳥肌がずっと立っている。  
ここで、歌い終えた榎本さんがマイクスタンドに再び手をかけた。  
 「北高の皆さん、ライブハウスに来てくれてたみんな、ENOZ卒業ライブにようこそ!」  
ドッと会場が沸く。  
周りのコスプレ集団からは「ミユー!!!」と奇声が上がっている。  
 「今聴いてもらった曲は、今年の夏の始めに作った思い出深い一曲。  
  知ってる人もいると思うけど今年度のライブの一曲目は全部この曲からなんだ」  
そういえば文化祭の時も一曲目だったな、起爆剤といった感じか。  
 「ここまで色々とあったけど、ようやくこの舞台に立てました。  
  …色々と言いたいこともあるけど今日は音楽でそれを感じてもらいたと思う。  
  三年生の皆!今日は卒業前の最高の思い出にしよう!  
  一・二年生!しっかり付いてきて!  
  ライブハウスから来てくれた皆!卒業前最後のENOZを見てね!」  
所々から男のだったり女のだったり歓声やら叫び声だとかいろいろな騒音が鳴り響く。  
指笛とでも言うのか?指と口で鳴らす、広い体育館にも響くそれの音も聞こえる。  
テレビなんかでもその音をよく聞くんだが、あれを出来る奴はなんだかカッコ良くていいな。  
 「卒業と言えば涙≠ネんて思っちゃうけど、涙は明日にとっておいてほしいな。  
  バラードの時も我慢してほしい」  
 「それじゃあ、卒業前のしんみりした気持ちは一旦忘れて今日は盛り上がろうね!  
  二曲目聞いてください、『secret base』」  
 
 
こんな調子でライブは続いた。  
明るい曲が二曲続いた後は切ない曲が二曲続く、といった風であった。  
ノリの良い曲では正に会場が一体になるといった盛り上がりを見せ  
さらに、涙は我慢してなんて榎本さんの言葉も空しくと言った感じだろうか  
バラードの曲が終わった後はそこらじゅうからすすり声が聴こえてきた。  
と言うか、榎本さんの言葉の直後の二曲目がいきなり珠玉のバラードであったのには驚いた。  
近くでは朝比奈さんが感動して目をウルウルさせていたね。  
隣のハルヒは終始楽しんでいるようであり、おそらく全部の曲を榎本さんの歌声に合わせて唄っていた。  
つまりはかなりの予習をしていたのだろうな、ハルヒらしい。  
これは後で聞いた話だが、今日演奏された曲はほぼ文化祭後のダビングMDに収録されてたそうだ。  
事前に聞いていればもっと楽しめたと思うと少し残念である。  
少しってのは、聞いていなかった俺も十二分にライブを楽しいんでいるからさ。  
途中でメンバー紹介や各楽器のソロ演奏などを挟みつつ、あっという間に時間は過ぎていった。  
 
 
 
そして十一曲目の『世界のほんの片隅から』というバラード調の曲が終わった後  
普段感動に疎い俺もさすがに感傷に浸っている時、こんな時もニヤけ面である隣の古泉が話し掛けてきた。  
 「お気づきですか?」  
なんのことだ、お前が鬱陶しいということなら最初から気付いていたぞ。  
 「おやおや、まあ聞いてくださいよ。  
  このライブで演奏された曲目ですが、少し面白い法則性を持っています。  
  チケットを頂いた時から予想していたことではありますけど」  
何かを推理したり推察する時の古泉の顔、こんな時にもこの顔も見るとはな。  
 「どういうことだ?」  
 「このライブ、おそらく次の曲がラストソングです。  
  ライブのタイトルである『12個の季節』、この12はおそらく春夏秋冬の4×3  
  つまりは高校三年間を表しているんだと思います、そして曲目も十二曲ではないかと。  
  思い出してみて下さい。  
  最初の曲は夏に作ったと言っていました、二曲目の『secret base』の歌詞や雰囲気は夏の終わり=秋▲  
そう言えば、三曲目の曲はたしか『白い花』と言った。  
切なさまっしぐら!と言ったような曲でかなり気に入ったので覚えていたんだが  
 「あの曲は雪って歌詞がよく出てきて、正に冬≠チて感じだった」  
 「そうです、夏・秋・冬。  
  一曲目が明るいポップ調の曲、二・三曲目が切ないバラード調の曲  
  そしてその後は明るいものと切ないもの、ほぼ二曲ごとに続いていたことはあなたもお気づきでしょう?  
  大まかに分けると春夏のものは明るい曲、秋冬では切ない曲になりやすいからなんですよ。  
  一般的なヒット曲においても同じことが言えます、日本人は季節感を強く感じるからでしょうか。  
  このライブは夏≠ゥら始まった、というわけで三回廻ってラストは春=B  
  三年生の最後の春というキーワードを考えれば、おのずとラストソングがどんな曲かはわかるはずです」  
 
古泉が満足そうに話し終えたところ、ちょうど榎本さんがマイクを握り話し始めた。  
 「みんな、ここまでありがとう!  
  実は今回のライブはあるテーマに沿って唄わせてもらってたんだ。  
 『12個の季節』っていうタイトルはそのまま十二曲ってことを表してるの。  
  一年生の夏から始まって、秋・冬・春・夏…っていう風に三年間の季節を感じてもらって  
  ラストは三年の春、今に一番近い季節で締めるって感じでね。  
  それで、すごく残念なんだけど…次が十二曲目、最後の曲になります」  
会場中が「えーっ」とか「やだー」とかブーイングにすら近い騒音で包まれる。  
それはまるで、祭りが終わる前の子どもの悪あがきというようなものだった。  
 「こんなに嬉しいブーイングははじめて、へへ。  
  私たちも寂しいけど、最後の曲もみんな楽しんでくれると嬉しいな!」  
騒音が止まる。  
楽しい時間のあとには寂しい時間が訪れる、ってのは人間の真理だろうか。  
そんな光景を眺めながら榎本さんが告げた。  
 「この曲は作ったばかりで今日が初披露の曲になります。  
  今の私達の気持ちが詰まってるって感じかな。  
  じゃあ聞いてください!ENOZで『卒業』」  
 
 
『「卒業」 人は新しいドア また一つあけて進む…』  
 
三年の最後の春、卒業。  
ENOZの卒業ソングは、明るい曲調に前向きな歌詞。  
『辛いこそ前向きに』と座右の銘を語っていた中西さんらしい、ENOZらしい曲だったな。  
曲の始め、聴衆はそれに呼応するように明るい盛り上がりを見せていた。  
 
『「卒業」 いつも涙じゃなくて これからはじまる夢くれる  
 「卒業」 それは別れじゃなくて 出会いの予感をくれる』  
 
そんな歌詞通りの前向きな曲だ。  
しかし、人の感情とは不思議なもので、時に明るい曲調や歌詞なのに涙を誘うときがある。  
 
『「卒業」 それはたった一つの 未来の扉のかぎだね…  
 未来の扉を開けるよ…』  
 
最後の歌詞が唄われ、ラストの演奏が流れている時には会場は涙で包まれていた。  
さすがに男子連中は我慢なんかもするわけで、泣く奴がそんなにいるわけではないようだが  
女子に関しては、会場のほとんどの人が泣いているようだった。  
三年生の涙につられたのか、一・二年生も涙を流しており  
我が部きっての泣き上戸である朝比奈さんもボロボロと涙を流している。  
長門はもちろん涙なんか流してはいないが、少し不思議そうな顔をしているようだ。  
(明るい曲だったのに、どうしてこんなに皆泣いているんだろう?)という感じかね。  
隣のハルヒはと言うと…うつむいているので残念ながら表情は見えない。  
今のこいつはこんな時、どんな表情をするんだろうな。  
 
 
曲が終わり、会場を泣かせた張本人達は俺達聴衆が気づいた時には舞台から姿を消していた。  
ここでライブの恒例行事が行われる。  
 「アンコール!アンコール!」  
体育館内に地響きのように声と、それに合わせた手拍子がこだまする。  
それに習って俺達五人も声を上げ手を叩く。  
ハルヒは一際目立つバカでかい声でアンコールを叫んでいた。  
そして叩いていた手が少し痛くなったきた頃、舞台に主役達が戻ってきた。  
 「みんなありがとう…私たち、猛烈に感動してる」  
榎本さんの言葉に、会場が拍手や歓声で応える。  
 「最後の曲、この次が本当の本当に最後の曲になるんだけど  
  その曲紹介は我らがリーダー、ギターのTAKAKOから!」  
前に出てきた中西さんにマイクが渡され、コスプレ集団からは「タカコー!!!」との奇声。  
その声に少し恥ずかしそうな顔を見せつつ、中西さんが喋り出した。  
 「えっと…今まで何度も来てくれた人も、今日はじめてライブに来てくれた人も  
  今日は本当にどうもありがとう。  
  思えば入学してこの四人が出会って、こうしてこんな大勢の人の前でライブしてるなんて…  
  改めて思うとすごく不思議」  
中西さんは周りのメンバーそれぞれを見つめ  
他のメンバーもそれに応えてうなずく。  
 「この仲間たちに出会えて、この舞台に立たせてもらって私は幸せです。  
  どれもこれも、ミユとミズキと舞と、ここで聞いてくれてるみんなのおかげ。  
  今までで最高のライブ、本当に、本当に、ありがとう…」  
と言ったところで、中西さんはマイクを置いて顔を手で覆った。  
感極まったんだろう。  
今まで我慢していたものが弾けたという感じで泣いている。  
なんだかドラマのような光景であり、周りでももらい泣きしている人がいるようだ。  
会場からは「がんばれー」だとか「泣かないでー」なんて声が上がる。  
そんな声を受け、しばらく他のメンバーに励まされた後、中西さんは再びマイクを手にとった。  
 「ごめんなさい、涙が似合わないライブにしようと思ってたのに」  
そんな中西さんに会場の男どもからのすごい歓声。  
男は涙に弱いもんで、そんな男どもの心を掴み取ったようだね。  
 「あと、お礼を言わなくちゃいけません。  
  今回のライブを開催するにあたって、ものすごくお世話になった人達がいます。  
  文化祭でもお世話になったからきっと知ってる人も多いよね」  
そう言って、こちらに視線が向けられる。  
視線を向けられたハルヒは…さすがに少し恥ずかしそうな顔をした。  
 「最後の曲はそんな人達への感謝を込めて作った曲です。  
  その中の女の子が今回私たちにすごく大きなパワーをくれました。  
  そんなパワーを今度はこの歌でお返し出来れば良いかな、って思って。  
  みんなも楽しんで聞いてね」  
マイクが榎本さんの元に戻される。  
 「それじゃあ本当にラストソング。  
  いくよー、最後みんなも思いっきりノってきてねー!!」  
「おー!!!」と歓声が沸きあがる会場。  
そして、榎本さんはマイクスタンドに手をかけた。  
 
 「ENOZで、『GOOD DAYS』」  
 
 
ギターの演奏が始まる。  
さて、これが本当の意味でラストソングのようであり、つまりはライブはこれで終わりである。  
拙い俺の語りであるが少しくらいはこのライブの雰囲気を伝えられただろうか。  
後日談として付け加えると、この曲の後のアンコールにENOZが姿を現すことは無かった。  
だが、この曲がくれた元気はライブが終わるという寂しさを吹き飛ばしてくれ  
ハルヒがENOZに与えたらしいパワーは、きっと色んな人へと伝わっていったと思う。  
俺も最後くらいは、ダラダラと語ることなくその歌を聞かせてもらうとするよ。  
 
 
 
『 時に深い闇に負けそうなときが  
  ボクのこころまでも奪いに来ても  
  強い想いだけはいつも変わらない  
  独りじゃない事が ボクの最後の武器さ  
 
  何度も語り合ったガラスの外には  
  新しい道がある! Sunrise  
 
  行動始めてみようよ 自分の中に秘めたstory  
  全然怖くないハズさ 誰でもみんな始めはslowly  
  GOOD DAYS  
  GOOD TIME  
  キラめきあれば闇も見えない!  
  明日はもっと大きな自分の 夢描いて  
  GOOD NIGHT  
 
 
  H・E=だらしないけれど 力があるし嘘つかない  
  S・H・E=勝手なんだけど 気配りだけは忘れやしない  
  GOOD DAYS  
  GOOD GUYS  
  力合わせば何でも出来る!  
  今日は今日でお互い自分の 夢磨いて  
  GOOD LUCK 』   
 
 
卒業式。  
前述したように、ハルヒによってクラス代表の一人にされた俺は休日返上で出席している。  
ここでたった一日前にライブが行われたとはなかなか信じがたい。  
ENOZのラストソングが終わった後も聴衆達はみんな楽しそうに余韻に浸っていた。  
ライブから一夜が明け、体育館はその余韻が残されることなく荘厳な雰囲気にとって変わっている。  
昨日の盛り上がりはまるで儚い夢だったかのような静けさ。  
これも、ライブ終了後にテキパキと片付けや卒業式への模様替えを行った生徒会の働きが大きいのだろう。  
色んなことを忘れて昨日は盛り上がった三年生達も、そのおかげで切り替えが出来ているようだ。  
式はその静けさと共に淡々と行われており  
なんとか委員会からの電報や、全国恒例とも言えるだろう長々とした学校長訓話を始め  
『水清し〜宮水の郷〜』  
一年の俺は最近になってやっと一番は覚えたという感じの校歌。  
『われらみな愛を深めて〜今日の日をゆたけくゆかん〜』  
今唄われている三番はさすがにほとんどわからん。  
三年間唄ってきた卒業生にとっては感慨深いものになったりするのだろうか。  
『白い光の中に〜山並みは萌えて〜』  
更には最近の卒業式の定番、旅立ちの日に=B俺も去年中学の卒業式で唄った歌だ。  
『この広い大空に〜夢を託して〜』  
仰げば尊し≠竍蛍の光≠ネど、少し前では当り前であった卒業式の歌も今ではその影を潜めているとか。  
俺個人としては、そういう伝統的な歌もばかに出来ないと思うがね。  
歌が終わった後は卒業生代表の訓示。  
「私達は三年間学び、遊び、友情を深めた校舎に別れを告げ…」  
自分で考えたのか先生に決められたのか、どっちとも言えるような内容。  
特に何かあるわけでもなく卒業式は問題なく進む。  
隣の席で神妙な顔をしているハルヒと共に、そんな光景を見送っていた。  
 「以上を持ちまして、第〜回卒業式を閉会とします。一同起立」  
礼をする。  
ちなみにうちの高校では最後に卒業証書授与が行われ、そのために式自体は早く終わるようだ。  
 「続きまして、卒業証書授与」  
 
 
少し時間が経ち今は体育館の外で立っている。  
卒業証書授与に合わせ、参列していた一・二年生が花道を作り三年生を見送るのだ。  
証書を貰い、最後となる自分の教室に向かって、体育館からは次々と卒業生が出て行く。  
この支配からの卒業〜≠ニいった感じに笑い合って歩いていく男の先輩がいれば  
今日が私のmy graduation≠チて感じに涙を流し合ってる女の先輩もいる。  
花道を作る一・二年生はほとんどが女子なのだが  
何故かというのは、その子達が体育館から出てくる顔の良い先輩に走り寄っていくその光景を見ればわかるな。  
ちなみにうちの高校はブレザーなので、ネクタイや校章を貰うのが慣習だそうだ。  
二年後の俺にも一人くらいはネクタイの貰い手がいてくれれば、一男子高校生として有り難いんだがね、  
隣の女はそんな女子達と比べるとあまりにも異質な感じがする。  
卒業式だからと言えば当然とも考えられるが、ハルヒは朝から気味が悪い程静かであった。  
思えばライブハウス小火騒ぎの前にもこんな表情を見せる時があったっけ、なんなんだろうな。  
式の時から今でもそれは続いており、押し黙って卒業生の波を眺めているのだ。  
 
 「きゃー!!」  
一際大きい黄色い歓声が上がったので、どんなジャニーズ系な先輩が出てきたのかと思っていると  
その中心の人達は迎えた女の子たちに挨拶を交わした後こっちへやってくる。  
面々の顔を見てハルヒはやっと少し笑顔になった。  
 「卒業おめでとうございます。榎本さん、中西さん、岡島さん、財前さん」  
言ったのは俺ではなく、口調に違和感があるがハルヒである。  
いつもの調子なら「卒業おめでとー!!」なんて、少し早く桜前線がやって参りましたって笑顔で言いそうだが。  
どうしたものかね。  
 「ありがとう涼宮さん。  
  昨日はライブの後とか会えなくて残念だったんだけど、楽しんでもらえた?」  
 「うん、もちろん。すごく楽しかったわよ」  
 「良かった〜。  
  けど卒業式なんてなんだかなーって感じだよ、意外と涙も出ないし」  
 「あれ〜?こんなこと言ってるけど、ミズキったらライブの後の打ち上げでビービー泣いてさ。  
  この子泣いてる時だけは女の子らしくて可愛いんだよ」  
 「ちょっと舞!それは秘密って約束でしょ!」  
ハルヒは岡島さん財前さんと談笑している。  
そんあ光景を眺めていると、残りの二人が俺の方へやってきた。  
 「涼宮さん、なんだかいつもより元気が無い気がする…何かあったの?」  
 「貴子も思った?私もちょっと、もしかして昨日のライブがつまらなかったとか?」  
 「いや、そういうことでは無いはずです。  
  何であんな風なのかは俺もよくわからないですけど」  
この言葉は心配してくれている中西さんと榎本さんへの気休めなどではなく、本当のことである。  
ハルヒは少なくとも昨日別れるまでは間違いなくテンションMAX状態と言えた。  
帰り道でそりゃあ楽しそうにライブの感想を語ったり、ライブの曲を唄ったりしていたのだ。  
 「そうなの…それなら私たちの出る幕じゃ無さそうだね」  
 「うんうん、こういう時こそ男をあげる時なんじゃないの〜?」  
また含み笑いして見てくるよ、この先輩方は。  
 「ですから、俺は別にそういうんじゃありませんから」  
 「ふーん。まあいいわ」  
榎本さんは時々ハルヒが見せるような目を細める顔をして笑った。  
セリフまでその時のハルヒと酷似しているのはビックリだ。  
それより、気付けば周りに結構な人が集まっている。  
俺たちの前にいるのは、昨日のライブで更に有名人となったENOZであるから当り前かね。  
 
 「でさ、昨日最後に唄った曲覚えてる?GOOD DAYSって曲ね」  
 「ええ、そりゃあもちろん」  
俺たちへの感謝を込めて作ってくれたと言っていた、忘れるわけないですよ中西さん。  
 「あの曲、実は涼宮さんをイメージした曲なんだ」  
 「曲は貴子、詞は私って別々に作ったんだけど、合わせたらピッタリでびっくりだったよ」  
 「ね〜。私はとにかく明るく前向きな感じの曲に、って思って作って」  
 「涼宮さんって夢とか目標に一直線!♀エじじゃない?  
  私はそんな感じのイメージで書いた。  
  その二つが合わさったからあんな元気な歌になったんだよね」  
そう語っている二人は本当に楽しそうであり、アーティストなんだなと感じた。  
 「それとね」  
榎本さんがこちらを見てくる。  
 「そんな一直線な女の子にはね、隣か少し後ろくらいで見守っててくれる男の子が必要だと思うんだ。  
  ブレーキをかけてくれたり励ましてくれたり、時には守ってくれたり…そんな男の子。  
  あの歌の歌詞にはそういうことも取り入れてみたの」  
そう言って、お姉さんの微笑みを見せた。  
中西さんも俺を見て微笑んでいる、こんな笑い方されるならまだニヤニヤされた方が良いんですけど。  
俺がなにか言い返そうと考えていると  
 「貴子〜ミユ〜、そろそろ行かなきゃー!」  
ハルヒと話していた岡島さんがそう叫び  
返答の言葉が浮かぶ前に二人は岡島さんと財前さんの元に走って行ってしまった。  
なんだか、言い逃げされてしまったという感じだ。  
二人は走りながらこの前みたいなガッツポーズを見せていたよ。  
集まった四人は俺達に手を振った後そのまま教室へと向かっていく。  
周りにいた人々もENOZの四人を追っていったり、他の先輩に標的を変えたりして去っていった。  
残ったのは俺とハルヒの二人だけ。  
 「ねえ、あんた。あの二人となに話してたの?」  
ハルヒは、家から別の女が出てきたのを見て恋人に問い詰める女のような目で見てくる。  
もちろん俺にそんなやましい覚えはないのでそんな風に見ないでもらいたい。  
 「いや、別に。  
 昨日のライブがどうだったかとか、ただの世間話だ」  
 「本当でしょうね?面白い話を隠しているような気がするわ」  
本当に話していた内容などお前に言えるものか。  
 
 
卒業式の帰り道。  
三年生は最後のHRの他にも、写真を撮ったり寄せ書きを書いたりと忙しいようだ。  
下り坂には早く帰ろうと足早に歩いていく一・二年の姿くらいしか見受けられない。  
中西さん達と何を話していたかをあれ以上検索されなかったのは助かったんだが  
俺の少し前で坂道を下っているハルヒはいまだに静かである。  
ENOZのメンバーと話した後も朝から変わらない調子なわけで  
始めて仲良くなった先輩との別れを惜しんで憂鬱なんだろう、その後には普段に戻るはずさ  
と思っていた俺は困惑したね。  
そんなことを考えてると、ハルヒは急に坂の途中で止まった。  
 「ねえキョン。あんた中学の時、小学校の時でもいいわ。  
  とにかく卒業式のときどういうこと思った?」  
振り向いてこんなことを聞いてくる。  
いきなりそんな昔の話とは、どうだっただろうか…  
 「小学校の時は本当に何も思わなかった気がするよ。強いて言うなら、もう中学生かーという感じか。  
  仲の良い奴らはみんな同じ中学に行くわけだったからな。  
  中学の時は…そういう奴等とほとんど別れるってんで寂しかった気がする。  
  春休みは目一杯騒いどくか、とか思ってたんじゃないかね」  
ハルヒがどういう答えを期待しているのかはわからんが、とりあえず思ったまま口にした。  
俺がなにか捻ったことを言ってもあんまり意味もないんだろうよ。  
ハルヒはまた顔を坂の下に向け、話し出す。  
 
 「あたしはね、とりあえず小学校の卒業式の時は『やっと中学生になれる!』って思ってたの。  
  その頃には小学校はつまらないことだらけって思ってたから名残なんて無いし。  
  早く卒業して中学では色々やってやろうってね。  
  中学の卒業式もそんな感じ、寂しいとか悲しいなんて全然思わなかった。  
  わざとらしく泣いてる女子とかがすごく馬鹿らしく見えたわ」  
なんとなく想像出来る、泣いている女子に冷たい視線でも送ってたんだろう。  
三年前の七夕の時や高校に入ったばかりの頃のこいつはそりゃあツンツンしてたからな。  
 「けどね、高校の卒業式が近づいてきてふと思うようになったのよ。  
  今の気持ちで卒業式っていうのを迎えるとしたらどうなるんだろうって。  
  あたしは今、すごく楽しいの。小学校の後の方とか、中学の頃とは全然比べ物にならないほど。  
  SOS団の活動はもちろんだけど普通に学校通うのだって楽しい。  
  昨日のライブも本当に楽しかったわ、これも中学時代行ったどのライブよりも楽しくて。  
  さすがに体育館の許可出てから昨日までは卒業式のことも忘れちゃってたわ」  
小火騒ぎの前にハルヒが見せていた神妙な表情はそういう理由か。  
ライブのごたごたで一旦はどこかに行ってたのが、今朝戻ってきたのかな。  
 「時々不安になるの、急に今の生活が終わっちゃったらどうしようって。  
  そうじゃなくたっていつか高校生活は終わるし。  
  それに、みくるちゃんや鶴屋さんはあと一年で卒業でしょ?  
  楽しんで過ごしてたら一年なんてあっという間の気がする。  
  みくるちゃん達と別れる時どうなるかとか、今は想像もつかないわ。  
  だからクラス代表になったのよ、今の気持ちで卒業式を経験してみたら何かわかるんじゃないかって」  
なるほどな、通りで今日は朝から深刻な顔してたってわけだ。  
それに何に対してもマジなこいつのことだ。  
卒業式の光景を何一つ見落とすことなく経験してみようとでも思ってたんだろうな。  
ハルヒは前を向いているので表情は見えないが、その背中はやたら小さく見える。  
 「それで、何かわかったのか?」  
いつもより女の子らしいその後ろ姿に問い掛ける。  
少し考えているのか、間があった後  
 「…結局、何もわからなかったわ。  
  とりあえず卒業式自体は何の変哲もないつまらない式だったわね。  
  花道で卒業生見送ってみても何にも思わなかった。  
  ENOZのみんなとは結局普通に話しただけで、お別れも何も言ってなかったしさ」  
そういえば中西さん達は別れ際に卒業と思わせることをちっとも言ってなかったっけ。  
ハルヒはわからんが、俺の場合あの人達とは今日で会うのが最後になっても何もおかしくはない。  
ここ数日少し話した程度ではあるが、三年生で唯一お知り合いになったのにな。  
 「それが年中一緒にいる相手だったらどうなるのか、って思うのよ。  
  小学校や中学校じゃ卒業する時にそんな友達がいたわけじゃないし。  
  今まで経験が無いからわからない、けど必ず近いうちにそれは訪れるわ。  
  だから不安にもなるのよ」  
必ず近いうちにそれは訪れる、か。  
 
 「あんたはさ、なにかわかるの?」  
そう言ってハルヒは振り向いた、その表情は予想通りと言った感じだろうか。  
ただし俺の言葉を待っているその目から強い視線が向けられている。  
こりゃあ下手なことは言えないね。  
 「いいや、俺にもわからんよ」  
中学の奴等と別れるとき寂しくはあったが、別に落胆したりする程ではなかった。  
春休み遊んだりしながら、高校の入学式の後こいつと出会う頃にはほとんど寂しさは消えさってたね。  
中学時代それなりに仲の良い奴等がいたって、SOS団で一年間苦楽を共にした面々とは思い入れが違う。  
だから、俺だってSOS団の面々と別れることなんて想像もつかない。  
しかしハルヒの言う通り必ず別れはくるんだろう。  
それにだ、俺はハルヒが知らないあの三人の一面を知っている。  
長門はいつ親玉の元に帰ってしまうか実際わからない、古泉だって同様だ。  
朝比奈さんも一年後の卒業前に元いた未来に帰ってしまう可能性だって多いにある。  
実際俺たちは、少し先のことすらわかりやしない。  
 「何もわからないさ。  
  一年後の卒業式で朝比奈さんを見送るとき、朝比奈さんや俺たちはどんな顔をしているか。  
  お前や俺や、長門に古泉が、卒業するときどんな顔をしているか」  
何もわからない。  
だが  
 「とりあえず、今を楽しめばいいんじゃないか?  
  いや、疲れたり面倒だったり落ち込んだり、楽しいことばかりじゃないかもしれないが」  
それにわからないなりに確かなこともあるはず。  
確かなこと、今って時間を俺たちは生きてるんだから  
 「お前の好きなように、お前が正しいって思うことをしてれば、きっと大丈夫さ。  
  卒業式に悔いを残さないように今のうちから好きなだけ暴れればいい。  
  尻拭いは俺や古泉に押し付けてな、その方がお前らしいよ」  
 
ハルヒの顔を見ると、珍しくポカーンという風な顔をしていた。  
その顔を見て知らない間に自分が結構クサいことを言っていたことに気付いたよ。  
ああ、ここ数分の俺のセリフを消去することは出来ないものかね。  
どうすることもなく坂の途中で固まってしまう俺。  
と、ポカーン顔をしていたハルヒは寄ってきて、何をするかと思いきや  
思いっきり俺の両頬をつねった。  
痛い痛い、すごく痛い。少し前にも同じことがあった、文句を言おうとしたところ  
 「こら、バカキョン!  
  あんたにそんなセリフ似会わないわよ、わたしまで恥ずかしくなるじゃない!」  
そう言うハルヒの表情を見て、まあクサいセリフも捨てたもんじゃないなと思った。  
良い笑顔だよ。  
やっとまともな笑顔を見せたハルヒだったが、すぐに前を向いて歩き出した。  
まあ、ほっとしながら俺も歩き始めたところ  
 
 「キョン」  
 
 「なんだ?」  
 
 
 「ありがと」  
 
 
 
その後、少し立ち止まっていたハルヒは  
 「たまにはあんたの言うことも役に立つわ。  
  やっぱりウジウジ考えてるより、何かやってみることから始めなきゃね。  
  そういえばライブの影響でここ一週間くらいはろくにSOS団の活動してないじゃない。  
  三月になったらイベントは目白押しだし休む暇無さそうね。  
  今日もまだ時間あるし、これからみんなを呼んで不思議探し行くわよ!」  
と振り向いて笑顔で宣言したと思えば、再び前を向いて下りの坂道を走り出した。  
どうやら本当に元気を取り戻したみたいだな。  
「やれやれ…」と口癖を思わず言ってしまいそうになるが  
今回はハルヒ相手にその言葉を一回も使うことなく済みそうだ。  
こいつは何だかんだ言って、笑いながら突っ走ってるのが一番様になる。  
 「なにやってんのー!  
  早く付いてきなさい、キョンー!」  
そして今の俺には、いつも危なっかしいこいつを見守ってるのが性に合っているようだ。  
榎本さんの言葉とENOZの歌が思い浮かんだ気もしたが、気のせいだろう。  
坂の下で急かすハルヒを、小走りで追いかけることにした。  
 
時にやけにデカく見えたり、時にやけに小さくも見えるその背中を見つめながら。  
 
 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル