ここ、SOS団の日常風景に最近ちょっとした変化が現れている。  
SOS団の日常風景といえば、俺と古泉が毎度勝敗が決定しているゲームをし、そんな俺達に朝比奈さんが矢継ぎ早にお茶を淹れ、  
部室の片隅では長門が微動だにせず読書にふけるなか、ハルヒがのんべんだらりとネットサーフィンに興じる、という例のアレだ。  
このまんが喫茶を学校に持ち込んだような日常もなかなか快適ではあるんだが、さすがに俺も対戦相手のレベル不足に少々不満を感じてきてしまったわけだ。  
単なる暇つぶしとはいえ、その暇つぶし自体に退屈を感じてしまっては本末転倒ってもんだ。  
そういうわけで最近の俺と古泉は一旦卓上ゲームには見切りをつけ、ふたりして長門おすすめの本を読むことをこの部室での日常としていた。  
なんというかSOS団が日々まともな文芸部に近付いていっているような錯覚を覚えるな…  
まあ、日本中探しても部室にメイドを常備し、かつ平気でバニーガール姿で宣伝活動をする神様モドキのいる文芸部など存在するはずもないので、やはり単なる気のせいだろう。  
長門に借りた本はSFというよりはスペースオペラにジャンル分けされるような戦闘シーン続出のわかりやすいもので、  
俺でもストレスなく読めるよう長門が気を使ったうえでのチョイスであることがわかる。  
たしかに俺の感性にピッタリとはまった面白い小説だ。  
面白いには違いないんだが、長門さん…これ、ちょっと展開が忙しすぎないか。  
俺が今読んでいるのがシリーズ2巻の前半なんだが、これまでに普通の映画でクライマックスにもっていきそうなシーンが30回は発生してるぞ。  
船は自爆するわ、人は死にまくるわ、星のひとつふたつは消し飛んでるわ、いや、やりすぎだろ……  
俺より読書ペースの速い古泉が同シリーズの4巻を攻略中だが、こいついわく「あなたが読んでいるあたりはまだおとなしいほうですよ」だそうだ。  
退屈がまぎれるのはたしかだが、全巻制覇しているころには俺の精神がいやな感じに壊れてるんじゃないかね。  
 
 
「ねぇ、キョン。それって面白いの?」  
おや、いつのまにやらPCの画面から目を外していたハルヒのやつが、俺の手中にある本の洋ゲーチックなバタ臭い表紙イラストを睨んでるじゃないか。  
ああ、なかなかのもんだぞ。さすがは長門のおすすめに外れはないってかんじだな。  
「お前も読むか?」  
こいつは自分自身の性質が常識外れであるにもかかわらず、仲間外れにされるのは嫌うという難儀な性格をしてやがるから、俺、古泉、長門の読書連合に加入したくなったのかもな。  
こいつまでが読書にふけるようになったら、いよいよここも正式に文芸部と改名しなければならんかもしれんが……  
まあ、ここは元々文芸部室なわけだから、部室のほうとしてもその住人が文芸部員であるというのは本望であろう。  
「それって2巻よね」  
ああ、だから1巻は空いてるぞ。長門に言やぁ一言も文句を言わずに貸してくれるだろうぜ。  
「なんであたしがあんたより前の巻を読むなんて、負けみたいなことをしなくちゃなんないのよ」  
ハルヒのやつがまたわけのわからんことを言い出しやがった。  
は?こいつはなにを言ってるんだ?  
勝ちだの負けだのじゃなく、シリーズものは1巻から読むのは当たり前のことだろうが。  
「そんなのは関係ないわ。キョン、あんたの持ってるのを貸しなさい」  
お前はガキ大将か?おい古泉、三国同盟の旗手たるお前からなにか言ってやれ。  
「いえ。不肖の副団長である僕から言えることは、すみやかに譲渡を完了するのが一番の得策であると助言させていただくことのみですね」  
くそったれめ。同じ空間で同じ行動をとることによって育まれる男同士の友情というものがお前にはないのか。  
とはいえ相手はあのハルヒだ。こいつに比べたらまだ泣いた赤子のほうが理屈の通じる相手だろう。  
早々にハルヒ陣営についた古泉の判断はまことにもって正しいよ。忌々しいがな。  
渡すしかないのか?しかし俺はキニスン艦長絶体絶命のピンチの続きがいたく気になるんだが……  
「なんなら、キョン。あんたにはあたしの隣で  
 
パタン  
 
ハルヒがなにか言いかけたところでハードカバーを閉じる独特の音、部活終了の合図だ。  
タイムアップってわけだ。ロスタイムのないこのゲームは俺のギリギリの逃げ切りでゲームセットとあいなった。  
「そういうわけだ、ハルヒ。俺は自分の家でこいつを読み終えちまうんで、それまで待ちやがれ」  
「なによ。つまんないわね」  
ハルヒが例によって不満のアヒル口を披露してるが、まあ問題ないだろう。  
それほどこの本に執着しているようにも見えないしな。  
今日の部活も平和に終了だ。  
 
古泉のやつが視界の隅で携帯をいじっているのが気になるんだがな……  
 
さて、ハルヒが油圧式カタパルトで加速されたかのごとく猛スピードで部室を飛び出したのを見届けると、俺もかばんを手にして部室を後にしようとした。  
「すみません。ちょっといいですか」  
どうした古泉。真面目な顔で引っ付いてくるんじゃねぇよ。  
「すみませんね。これから少しお時間いいですか?」  
なぜにそう頻繁に野郎からのお誘いを快諾せねばならんのだ。お前のところの機関もたまには気をきかせて森さんのような美人を迎えに寄越せ。  
「今から手配しましょうか?ひとりといわず何十人でも」  
冗談だ。もし本当にそんなことをしてみろ。俺達が退室してから着替えをしようとじっと待ってる朝比奈さんに軽蔑の眼差しを向けられてしまうだろうが。お前が責任とってくれるのか。  
「それもそうですね。僕もその後の涼宮さんがどうなってしまうか、恐ろしいですし。  
では諦めて僕のエスコートで我慢してください」  
エスコートだとよ。これが国賓扱いの社交パーティーのお招きだったとしても、美形男の薄っぺら笑顔で言われたんじゃ不敬罪覚悟で拒絶したいところだよ。  
 
「で、どういうわけだ?まさかあの程度のことで閉鎖空間が出来たってんじゃないだろうな」  
俺は古泉が所属する謎組織の用意した料金0円のタクシーに古泉と同乗している。  
まったく華がないことこの上ないぜ。  
「お察しの通り、閉鎖空間が発生しました」  
くそ、そういうバッドニュースはもっとオブラートに包んで告げろ。前から思っていたんだがお前はインチキスマイルを使うタイミングを完全に勘違いしているぞ。こういうときこそ出番だろうが。  
「涼宮さんはあなたと肩を並べて同じ本を読みたかったんですよ。おそらくね」  
たとえまかり間違ってハルヒと恋人同士になるようなことがあっても、そんな恥知らずなマネをする気はないぞ。  
しかも本の内容は長谷川裕一が万歳三唱しそうなスペオペだ。どんな高校生だよ、そりゃ。  
「お前の話じゃ、閉鎖空間は出にくくなってるんじゃなかったのか。ハルヒはそれほど機嫌が悪そうでもなかったぞ」  
多少拗ねた部分もあるが、あくまで多少だ。あの程度の不満を持つことも許されないんじゃ、ハルヒのやつにロボトミー手術でも施して感情を消すしかなくなっちまうぞ。  
俺はそんな不気味なハルヒは見たくないからな。  
「実は今日はそのことでお話があるんですよ。どうやら閉鎖空間そのものに変化が生じているようでして、その現状についていくつか…」  
「閉鎖空間の変化だと?」  
「ここで問題です。閉鎖空間の発生のトリガーとなるのはなんでしょう?」  
なんだ、こいつ。俺の家庭教師にでもなったつもりか?まあ、いい。つきあってやろうじゃねぇか。  
「あれだろ。ハルヒのイライラっつうか、ストレスが溜まると出てくるんだろ」  
「その通りです。  
では第2問。その存在理由は?」  
おい、このクイズは何問正解すりゃ賞金が貰えるんだ?まさか座席が突然回転しながら落下するんじゃねぇだろうな。  
「周りのものをぶっこわして、ストレス発散するためだっけか。迷惑な話だぜ」  
「正解です。付け加えるならば、最終的には世界全体の再構築をすることもその存在理由に含まれていますが…」  
こいつはなんだってこんな今さらな話題を持ち出してくるんだ?誰か他の登場人物に語ってろよ。  
「ところが最近の閉鎖空間はそうでもないんです」  
 
「まず今までのものとの違いとして発生率の高さが挙げられます。  
涼宮さんの精神の安定のために従来の閉鎖空間の発生頻度は3週間に一度ほどにまで落ち込んでいました。  
しかし現在のタイプのものはほぼ毎日発生しています。驚異的といっていいでしょう」  
えーっと、計算するとだいたい20倍ぐらいの出現率か。たしかに段違いだな。  
て事は  
「つまり、今までよりも程度の低いストレスでも閉鎖空間が出来ちまうようになっちまったってことか?」  
「……そういうわけではないんですが……  
これは実際に見てもらったほうが早いでしょう。  
着いたようです」  
静かに俺達の乗ったタクシーが止まり、目的地への到着を告げた。  
後部座席のドアが開き、外へと足をおろした俺の目の前に建つ建物は俺にとってもなじみのものだった。  
市立図書館。  
長門とよく来る場所じゃねえか。  
「今回の発生源はここです。さあ、中に進入しましょう。目を閉じてもらえますか」  
古泉のやつが壁際に寂しそうに佇む気弱な少女をダンスに誘う王子様みたいな顔をして、俺に手を差し出してきやがった。  
俺もお前もなにやら人生の重要な選択肢を致命的に間違っちまったような気がするぞ。  
ここまできたら後にはひけねぇか…  
俺は前回のときと同じように目を閉じ、気持ちの悪いことに古泉と仲良く手を繋いで市立図書館の敷地へと入った。  
 
 
で、中なんだが……  
なんだここは?  
閉鎖空間ってのは不気味な灰色空間じゃなかったのか?  
なんなんだこの眩しいくらいの快晴ぶりは。  
目を開いた俺は燦燦と日がさす青空の下にいた。  
「わかりましたか。これが従来との違い、その2。  
新しい閉鎖空間は外見的にはまるで普通の世界なんです」  
確か今って夕方じゃなかったか。空の色がおかしいだろうが。  
「まあ、そこはそれ。痩せても枯れても閉鎖空間ですからね。一般常識は通用しませんよ」  
 
だが俺はこんなことで驚いているべきじゃなかったんだ。  
図書館の中にはもっと衝撃的な現実が待っていたんだからな。  
俺の中の驚き成分をもっとそっちに割り振っておくべきだったぜ。  
 
図書館の中には何人かの人間がたむろしていやがった。  
本を手に取るでもなく真剣な表情をしているところを見ると、全員古泉の仲間だろう。  
閉鎖空間にはまともな人間は入ってこれないらしいしな。  
「こちらです」  
古泉が本棚の奥に歩き出し、俺もそれに追従する。  
その先、だいたい一般公道で推奨される車間距離ぐらいに離れた場所に、高いところにある本に手を伸ばし、危なっかしく爪先立ちしている少女がいた。  
俺達と同年代だろうか。眼鏡をかけた美少女だ。  
この人も大変だね。若いみそらで世界を守るエスパー戦隊なんかに組み込まれちまってさ。  
しかしもうすぐ化け物が出るってのに、かわいらしくピョンピョン飛び跳ねてのんきなもんだな。  
「あの人は仕事中になにやってるんだ?」  
「彼女は我々の仲間ではありませんよ」  
なに?じゃあ俺みたいに無関係にもかかわらずこの空間に連れ込まれちまった一般人かよ。  
あんまりこういうところにノーマルな人間を拉致ってくるなよ。トラウマになりかねんぞ。  
 
「あれが『神人』です」  
 
…………  
 
は?  
こいつは今なんといった?  
「もう一度言いましょうか。あれが『神人』です」  
「馬鹿言え。ありゃどう見ても人間じゃねえか。ビルどころかこの本棚ひとつ壊せそうにないぞ」  
「新タイプの閉鎖空間の最大の特徴がそれです。  
現在の『神人』は破壊活動を行いません。ああいったぐあいに普通の人間の少女として発生します」  
じゃあほかっときゃいいじゃないか。青い巨大化け物だったころにくらべりゃ格段の無害っぷりだ。  
「そういうわけにもいきません。  
放置していれば閉鎖空間を拡大させて世界を崩壊させてしまうのは従来と同じなんですから」  
よりにもよってそこだけは同じなのかよ。頭が痛くなってきたよ。  
「で、お前たちはあの無害そうな眼鏡少女を退治するわけだ」  
「そんな棘のある言い方をしないでください。あれは見た目こそ少女ですが、本質的には今までの『神人』と同一の存在なんですよ」  
見た目が少女ってだけで庇護欲が湧いちまうものなんだよ、男ってやつは。仕方ねぇだろ。  
「心配しなくても現タイプの『神人』の対処方法は今までのものとは違います。まあ、見ていてください」  
ほどなくして、少女の後ろから背の高い男が近付いてきた。  
「あれは機関の人間です。  
そして、ちょっとこれを見ていただけますか」  
古泉が差し出してきたのは携帯の液晶画面だ。  
そこにはメール文が表示されてるんだが……なんだこりゃ?  
俺にはわけがわからないので、とりあえず全文を掲載させてもらう。  
 
甲、無言で本を手に取り、乙に差し出す。  
乙「え?」  
甲「これが取りたかったんだろ?」  
乙「あ……はい」  
甲「じゃあ、これで」  
甲、背を向け、立ち去る。  
乙、その手を取る。  
乙「あ、あの……ありがとうございます」  
 
「ちなみに甲というのは機関の人間。乙が『神人』のことです」  
「わかるように説明しろ」  
「ありていに言えばこれは指令書です。  
いえ、台本、といったほうがいいでしょう。  
機関の人間のうち、誰でもいいのでこの甲を演じて『神人』の対処をしろ、ということです」  
この少女漫画でも今どきお目にかかれないクサイ展開のセリフ集がか?  
だが、俺の冷め切った心とは裏腹に、向こうでは例の男が少女が手を伸ばしていた本を無言で手にとり差し出してる。  
その後、二言三言話したかと思えば、二人して去っていった。  
うまくいってやがる……  
「終わりました。閉鎖空間が崩壊します」  
「馬鹿にしてんのか。あんなんで解決するのかよ」  
 
呆れる俺をよそに本当に閉鎖空間がぶっ壊れやがった。  
俺はもうそこらじゅうの機関の人間に殴りかかりたくなったね。  
 
 
「おわかりでしょうか?」  
タダタクシーの中で古泉の野郎が切り出してきやがった。  
おわかりになってたまるか。なんなんだ、あの馬鹿げた閉鎖空間は。  
「おそらく今の涼宮さんは世界になんの不満もないんでしょう。だから破壊活動を行う『神人』は必要なくなった。  
現在は恋愛イベントがなかなか発生しないことによる不満を、ああやって『神人』に代わりにやらせることで解決しているんでしょう」  
あいつはそこまで馬鹿なのか。あいつの持論は『恋愛感情は精神病』じゃなかったのか。  
「茶化してる場合ではないんですよ。この新タイプの閉鎖空間のおかげで我々の機関は発足以来最大の危機をむかえているんですから」  
古泉の野郎がほとほと困った顔をしてやがる。  
表情のレアっぷりから察するにマジで機関とやらがヤバイらしいな。  
「ご存知の通り、我々の構成員はそのほとんどが4年前に望んだわけでもないのに超能力に目覚めた者です。  
突然今までの生活を捨てさせられ、禁欲生活を強いられてきたといっていいでしょう」  
…………  
「ところが最近になって毎日のように恋愛イベントを経験するチャンスがめぐってきた。  
今や機関の大多数が『涼宮さんに積極的に閉鎖空間を生み出してもらおう』という意見で占められています。  
つまり我々の機関は世界崩壊の防波堤としての意味合いを急速に失いつつあるんです。  
これはもうとてつもない世界の危機ですよ」  
………えーっと、とりあえずお前の機関も馬鹿だらけだってことは理解できた。  
「どうしましょう?」  
どうもしたかねぇよ。こんな状況で俺が言えるのはこの一言だけだってのはお前にもわかりきってるんだろ。  
「やれやれ」  
 

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