俺には重要な使命があった。それは、ある重要なモノを誰の目にも視認できないよう、  
隠蔽することだ。モノ、と俺は言ったが、それは形をなしているものだけであるとは  
限らない。あるモノは書籍であり、またあるモノは記録媒体だ。そして形を持たない  
モノもそこには存在した。  
 ここはもちろん、戦場ではないし、俺は自衛官でもない。だが、この作戦を成功させ  
なければ、俺の名誉は確実に失われるだろう。  
 
 隠蔽工作の期限は明日の朝までだ。今日中に作戦を完遂しなければならない。  
   
 
 夏休み最後の2週間を15,497回、年数に直すと、約594年分も繰り返し過ごすことにな  
ったなどという、お釈迦様にも、イエスキリストにもまったく想像もなし得ないような、  
奇妙奇天烈、かつ不可解極まる体験を、遺憾な事ながら俺たちはしてしまった。いや地  
球上のあらゆる存在が、だ。  
 しかし、594年分も時を過ごしていれば、すでに俺達の魂は、極楽浄土とやらにでも送  
られていければおかしなはずだ。だが幸いにも、2週間が終了するたびに、その間の記憶  
と肉体的成長、及び経験がリセットされるため、その心配はなかった。  
 
 時間のループなどという、世界の、いや宇宙の常識を斜め上に突破しちまうやつなん  
て、この宇宙に1人しかいない。無論、そいつの名前は涼宮ハルヒだ。  
 俺たち生徒会非公認組織SOS団のメンツは、雑用係として、あるいはマスコットとして、  
または副団長兼太鼓持ちとして、またあるいは、スパーマルチプレイヤーとして、団長  
である涼宮ハルヒの命令一下、たとえ地の果てだろうが、炎の中だろうが、飛び込まな  
ければならない運命を背負っていた。  
 
 俺たちが15,497回もループを繰り返しているなんてことは、特殊な存在である長門か  
ら聞かされたのだが、そんなことを聞かされたところで、俺たちはハルヒが何をやりのこ  
したのか、などは皆目見当もつかず、これは第15,498回目の2週間を迎えなければならな  
いかと意気消沈した。そんな夏休み最後の日の前日、つまり8月30日に、俺は天の啓示でも  
受けたのか、突如として、SOS団員達を、夏休みの宿題をやる、という名目で、俺の部屋  
で集まるよう提案した。もちろん仲間はずれを心の底から嫌うハルヒが、それに乗るだろ  
うと想定してだ。  
 
 果たしてそれはうまくいった。だが、そのために俺は、翌日の朝から団員達を迎え入れる  
ために腐心していた。  
 
 明けて、夏休みの最終日。SOS団の集合時間を、早めの朝8時半に設定していたため、俺  
が朝飯を食うか食わないかといった時間に、まずハルヒが最初の訪問者になった。ハルヒ  
は応対に出た俺の母親に対して、よそ行きの、完璧な社交辞令を駆使したため、母親をお  
おいに感動させた。とりあえずハルヒは応接間で待たせておいた。半時間ほどが過ぎ、続  
々と他の団員が訪れるに至って、初めて俺の部屋に案内した。  
 なぜハルヒが訪問した時にすぐに俺の部屋へ案内しなっかったのかというと、ハルヒが俺の  
部屋を物色することを避けるためだ。そして、もう一つの理由としては、2人で部屋にいる  
ところを、後から入ってきた女性陣に見られて、妙な誤解をされないためでもあった。も  
し最初に来たのが、ハルヒでなく朝比奈さんなら、熱烈歓迎、即座に俺の部屋に連れて行き、  
台の上に飾って、1日3度でも彼女の前でぬかずきたい気分だったのだが…。  
 
 SOS団メンツが俺の部屋で一堂に会し、俺たちは夏休みの宿題の転記に追われていた。転  
記元は、もちろんハルヒの作品である。ハルヒの性格以外での、あらゆる面の優秀さにつ  
いては、すでに団員に疑義を挟む余地はない。それでも、夏休み中の俺たち団員を、合宿  
やプール、祭り、バイトと行きずり回したにもかかわらず、自分の宿題はすべてやり終え  
ている、といったような超人性を見せつけられては、さすがにあきれる他はない。  
 
 ハルヒは上機嫌だった。  
 ハルヒは、団員達の課題を脇からのぞき見ては、口出ししたり、あるいはダメ出しをした  
り、はたまた俺の妹とゲームに興じたりと、何が楽しいのか、その顔には、喜色を満面に  
湛えていた。もちろん俺にもダメ出しが入るなどの指導を受けるなどした。だが不覚にも、  
その時ハルヒが見せた笑顔に、俺が見とれてしまったことには、墓場まで持ってゆきたいほ  
どに、悔悟の気持ちでいっぱいだ。  
 また、ハルヒは、団員達の行動にも目を光らせていて、俺の肩が朝比奈さんの身体に触  
れようものなら、敏速な目の動作で、俺を真っ直ぐに睨め付けた。  
 俺たちが、課題に懊悩していたその間にも、俺の母親から食糧の供給が頻繁に行われて  
いたのだが、俺がハルヒの指導を受けている、ちょうどその時に顔を覗かせた母親の、意  
味深な笑みには戦慄が走った。  
 
 時刻が夕方の5時を回り、精神力と体力の両方を使い果たしながらも、全てのミッショ  
ンを成し遂げ、しばし、歓喜の思いに浸っていた。  
 さて、これで今日は解散か、と思ったその時、ハルヒはやおら俺のベッドに立ち上がり、  
「さあ、本番はこれからよ。みくるちゃん、有希、古泉君。探索開始よ」  
 もうすでに、なにか団員達とは打ち合わせ済みなのか。  
 ハルヒが何を探す気なのかを察知した俺は、  
「おい、ハルヒ。人の部屋で何を探すつもりだ。勝手なことはやめろ!」  
 とハルヒに反駁すると、奴はすでに想定済みだったらしく、  
「古泉君。キョンをしばらく動けないようにしてちょうだい」  
 部下に敵兵の捕縛を指図する、上官のような口調で下命した。  
「了解しました。閣下」  
 
「すみません、これも涼宮さんの命令ですので」  
 古泉は、申し訳なさそうな顔を10秒間ほど見せると、俺をイスに座らせ、身動きが  
とれないように、手足を縛った。これではまるで、監禁状態だ。  
 古泉、お前は何でそんなに手慣れた縛り方をするんだ。まさかお前には、いけない趣味  
があるんじゃないだろうな。それにやけに楽しそうな表情にも気になる…。   
    
「見つからないわね〜。ベッドの下は真っ先に探したんだけど、そこにもないし。あの話、  
ただの都市伝説だったのかしら。ねえ、有希にみくるちゃん。そっちは見つかった?」  
 万一こうなることを想定して、俺は昨夜、苦心の末に隠蔽工作を完了したのだ。そう簡単  
に見つかってたまるか。  
「涼宮さ〜ん。まだ探すんですか〜?見つけちゃったら、わたしが恥ずかしいですよ〜」  
 顔をほのかに赤らめて、困ったような口調の朝比奈さん。大丈夫です。あなたが探してい  
る場所にはなにもありません。  
「何言ってんの、みくるちゃん。もしあなたの裸の写真でもあったらどうするつもり?あた  
しはね、キョンがいかがわしい画像や映像を見て、邪な気持ちになって、犯罪を犯させない  
ようにしたいの。そのためには、それを発見して、没収しなければならないの。いい?我が  
SOS団から犯罪者を出さないために必要なことなの」  
 おいおい、俺は犯罪者を犯しそうな目でもしているのか?めちゃくちゃだこの女。  
 
「…………」  
 俺のパソコンに興味を示していた長門は、パソコンを起動させて、色々いじり回している  
ようだ。あれには、開けない仕掛けは施してあるが、よせ、長門。お前ならなんとかしてし  
まうかも知れん。しかし、長門はマウスの使い方がまったくわからないようで、作業に手間  
取っているようだ。  
 
 ほんの少し安堵した俺だったが、ハルヒの奴が、とうとうパンドラの箱を開けてしまった。  
 ハルヒが発見したモノは、某電気街の、怪しい露店で購入した、無修正もののDVDだった。  
発見した場所は本棚と壁の間だ。本棚の裏には、ほんの少しのくぼみがあるため、そこへ直  
にディスクを貼り付けて、本棚を元の位置に移動させれば、たとえ隙間から見ても視認でき  
ないようになっていたのだが…。俺はハルヒを侮っていたらしい。  
 ハルヒは、顔を少し赤らめると、  
「キョン、この変態!こんなの見てるから、あんたはいつもみくるちゃんを気にしていたの  
ね?もう、これは没収よ。恥を知りなさい」  
 何で朝比奈さんが関係あるんだよ。ああ、朝比奈さん、そんな目で俺を見ないでください。  
   
「……あった」  
 長門は俺のパソコンから、スキャンして取り込んだ、諸書籍からの画像、その他映像などを  
ファイルにかかっているロックを解除して、パソコンの画面に表示させた。  
 そこには、あられもない姿をした女性が表示されていて、それを見た朝比奈さんは真っ赤に  
なってうつむき、長門は沈黙を続けたまま、その画像を見つめている。ハルヒはというと、不  
敵な笑みを浮かべたまま、俺を見据えていた。  
 おお神よ。俺は別に神など信じちゃいないが、そんな言葉をつぶやいた。相当動揺していた  
らしい。  
「有希、そんなもの全部消しちゃって」  
 俺が苦労の末隠蔽したモノは、ほぼ全滅の憂き目にあった。彼女らの、俺への信頼は限りな  
く0に近づき、俺を見る目は、非難と不信の色で塗りつぶされていた。  
 だが、最後の砦、あれだけはハルヒに見られるわけにいかん。  
 
 俺の願いとは裏腹に、ハルヒの探索意欲は、未だ衰えないらしく、未だ見ぬお宝はないかと、  
俺の部屋を漁り続けていた。  
 するとハルヒは机の上に置いてあったアルバムに目をつけた。これは怪しいといった目つき  
で、それを手に取った。ビンゴだ。だが、それはまずい。  
 俺は、最後の仕掛けがうまくいくことを信じるだけだった。  
 
 ハルヒは、そのアルバムの表紙をめくり、1ページ目を見ると、しばらく動作が止まった。  
ハルヒの顔が、茹ではじめの蛸のように徐々に赤くなり、ついには首筋まで真っ赤になった。  
「…こ、これじゃないわね。ここにはないみたい。もう、いいわ。今日はここまでにしてもう  
帰りましょう」  
 仕掛けがうまくいったことに安堵した俺だったが、他の連中は、ハルヒが突然態度を豹変さ  
せたことに対して、唖然とした面持ちでいた。  
   
 戦後最悪の台風のような女を自宅に呼びこんでしまったという、後悔の気持ちと、現在の開  
放感を半々に感じながら、俺は玄関先までみんなを見送りに行った。  
 連中が見えなくなった後、1人だけ引き返してきた奴がいた。古泉だ。  
 近くの公園で少し話をすることになった。  
「いや、今日は大変な日でしたね。僕はあなたに同情していますよ」  
 俺を縛り付けた奴が、どの口で言っているんだ。  
「それは謝ります。ですが、僕は団長の命令には逆らえない、しがない太鼓持ちですからね」  
 と自分を卑下するようなことを述べた。  
 
「ひとつ伺いたくて、引き返してきたんです。実は涼宮さんが最後に見た、アルバムに仕掛けら  
れていたものがどういうものだったのか、知りたいと思いましてね」  
なんのことだ、と、無駄だと思いつつとぼける。だがまあ、こいつには話しておくか  
「ハルヒが見たあのアルバムこそが、最も大事なものだったんだ。あのアルバムは、実は  
中にくぼみが開いていて、そこにDVDがケースごとはいっていたんだ」  
「それは中身であって、涼宮さんの目に触れたものはそれじゃないでしょう?」  
 鋭いな、古泉。だが、これ以上は言うつもりはないぞ。  
「そうですか、残念です。では、僕が当ててみましょうか?」  
 わかるものならな。  
「では、ずばり言いましょう。あのアルバムには、1ページ目だけには写真が入れられるように  
なっていたのだと思います。そしてそこにあった写真は、おそらく涼宮さん自身のものだったの  
ではないですか?」  
 古泉に俺の表情の変化が見えたのだろう。  
「図星のようですね。あなたは隠蔽工作のために、涼宮さんの写真をなるべく大きなサイズで  
印刷したのでしょう。そしてそれを見た涼宮さんは、あなたが自分の写真をそのような  
大きなサイズで持っていてくれたことに、嬉しくなり、そして恥ずかしくなってしまったので  
しょう」  
 
俺は古泉の解説を聞いているうちに、なんて俺は誤解を生むような、そして恥ずかしく、とん  
でもないことをしてしまったんだろうと、悔恨の念に煩悶していた。もし穴があったら入り  
たい気分だ。  
 古泉は俺の苦悩にはまったく気づく風でもなく、  
「最後にもう一つお聞きしたいのですが、あなたは彼女たちに没収されてしまった、あるいは  
消去されてしまったものよりも、そのDVDのほうを最後まで隠したいと思っていたので  
すか?」  
 
「そうだ。なにしろこのDVDの主演女優の顔は、ハルヒにそっくりだったのだからな…。  
おそらく、10人に聞けば、9人まではハルヒにそっくりだと言うだろう。そんなものを  
ハルヒに見せるわけにはいかん」  
「なるほど…。そうですか、あなたはそういうのが好みなのですか」  
 誤解するなよ、あれはおまけだったんだからな。と言ったんだが、  
「まあそう言うことにしておきましょう」  
 勘違いしているようだった。  
 
 
 だが、残念ながら、この騒動はこれで終わりではなかった。もちろん、またループが繰り  
返されたわけではない。ゲームをクリアしたかのように何事もなく、俺たちは9月1日を迎  
えていたのだから…。  
 問題は、そんなことではなかった。なんとしたことか、古泉の奴は、ハルヒが放った間諜  
だったのだ。俺が古泉に漏らした一言一句と、奴が言い当てた推論は、もれなくハルヒ達に  
つまびらかにされてしまっていたのだ。  
 
──どうりでハルヒの奴が、新学期早々の教室で顔を赤くしたまま目も合わせなかったはずだ…。  
 
 新学期が始まって最初のSOS団の活動は、顔を真っ赤にしながら、それでいて目はそらした  
ままのハルヒを中心とした、俺への糾弾会に決まった。  
 
 そして俺は、孤立無援の南方の島々でただ玉砕を待つだけの守備隊のように、SOS団女性陣  
──95%はハルヒだが──の集中砲火をその身に浴びたことを、ここに追記しておく。  
 
 
終わり  

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