「……してないほうが可愛いと思うぞ。俺は眼鏡属性ないし」  
 
──って、何を言ってるんだ俺。  
俺的失言ランキングの殿堂入り決定の瞬間だった。  
混乱と恐怖から解放された安堵からの失言だ。聞き逃して欲しい。  
 
「何でもない。ただの妄言だ」  
「そう」  
長門は心底どうでも良いといった雰囲気で答えた。  
 
 
翌日、昼休み。  
俺は未来から来たという朝比奈さんよりも更に未来から来たという朝比奈さんに会った。  
……我ながら何を言っているか分からない。  
ひとつ分かっているのは、朝比奈さんの胸元には星形のホクロがあることぐらいだ。  
 
その大人朝比奈さんと入れ違いで、部室に長門が入ってきた。眼鏡は無い。  
話を聞く限り、こいつはすべてを分かっているようだ。  
 
別れ際、再び失言をした。  
どうやら先の事件で、俺の言語中枢のファイアウォールが壊れてしまったらしい。  
この短期間で二度も失言をするとは、某王妃がごとく首を飛ばされても仕方がない。  
ちなみに、長門からの返事はなかった。  
 
 
             『 長門有希の選択 』  
 
 
 
「あら、ひょっとしてあんたもこのマンションなの? 奇遇ねえ」  
ハルヒに拉致されて朝倉のマンションを調べた帰り道、長門に会った。  
相変わらず眼鏡の奥の瞳は何を考えているんだか不明だ。  
……って、あれ? 眼鏡?  
 
長門の顔には、しっかりと以前と同じ眼鏡が掛けられていた。  
まあ、当然と言えば当然なのだが、何だこのがっかり感は。  
 
「じゃあね、有希」  
ハルヒがそれを疑問に思うはずもなく、片手を振りながら先に行ってしまった。  
仕方なく俺もそれを追いかける。  
すれ違いざま、長門が声を掛けてきた。  
「気をつけて」  
今度は何を気をつければいいんだか。  
 
訊ねようと振り向くと、眼鏡を外した長門が立っていた。  
はて、と疑問に思うよりも先に、長門はマンションの中に入っていった。  
……眼鏡に羽虫でも付いたのか?  
 
 
これからあったことは中略する。  
ハルヒのマジ話に付き合ったり、古泉の与太話に付き合ったり、変な巨人を見たりした。  
翌日は朝比奈さんの胸の感触を楽しんだり、ハルヒが不機嫌になったり。  
古泉はいつも通りの微笑み顔で、長門もいつも通り、眼鏡越しに読書を続けていた。  
ああ、ついでに何か変な夢を見たような気もするが、所詮夢は夢だ。夢でしかない!  
 
翌日、昼休み……って、何かデジャビュを感じるな。  
さておき、おかしな夢のせいで寝不足の俺は、あくびを堪えながら文芸部のドアを開けた。  
文芸部部室では、長門がいつもの情景で本を読んで…………いつもの情景で……?  
 
「……なに?」  
いや、別に俺は何も言ってない。  
「そう」  
なら興味ないとばかりに、再び視線を本に下ろす長門。  
しかしその顔には、何と言うか、あるべきモノが足りないというか……  
 
「なに?」  
いや、だから別に俺は何も言ってはいないんだが、  
「そう」  
あ、いやいや、でも言いたいことが無いわけでもないんだ。  
「なに?」  
いやその長門、お前さ……何で、眼鏡を──……  
 
 
「ここにいるの、キョン!!」  
バーンと効果音を書き込みたくなるような勢いでドアが開いた。  
その効果音を塗り潰すほどの大声で入ってきたのは言わずもがな、我らが団長様である。  
ちなみに、今朝からの気紛れなんちゃってポニーは、すでに解かれていた。  
いったい何の用だ。  
「別に用なんてないわよ。ただ団員の居場所を把握しておくのも団長の勤めでしょう」  
さいですか。  
「それよりキョン、有希と二人っきりで、何か変なことしようとしてたんじゃないでしょうね!」  
するか!  
呆れながら視線を長門に移す。  
流石だ、この喧噪の中でも黙々と本を読んでいる。  
 
そう言えば、部室にこの三人組ってのも久しぶりな気がする。  
もしかしてSOS団の設立初日以来じゃないか?  
 
ガラにもなく、あの日の情景を思い出す。  
ああ、やっぱり同じだ。  
やかましく騒ぐハルヒと、それに付き合う俺。  
そして、あの日と同じく何も言わず読書を続ける、眼鏡をかけた髪の短い少女……  
──って、おい!  
 
「なに?」  
……いや、言いたいことは山ほどあるんだが、止めておく。  
「そう」  
読書を再開する眼鏡の長門。  
……うん、見事に眼鏡だ。  
 
 
その後、用があると言ってハルヒは去っていった。  
本当に何しに来たんだ、あいつは?  
慌ただしく掛けていくハルヒを目で追い、再び視線を長門に戻すと……  
……いや、もう突っ込むのは止そう。  
相変わらず何を考えているんだか分からないが、やりたいことは分かった。  
 
失言だと思っていても、三度も言えば本心になるだろう。  
素顔の長門に声を掛ける。  
 
「長門、やっぱり眼鏡はないほうが可愛いぞ」  
「……そう」  
 

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