昔の人は、自分の写真を撮られると、魂が抜かれると考えていたらしい。  
また、今でも続く迷信の一つに、「三人で写真を撮るとき、真ん中の人は早死にする」というものがある。  
その他、就職活動などをするときには、履歴書を見ずに、写真の表情だけで合否を決める面接官というのも居り、  
それを見越して、履歴書用の写真に修正などを施すサービスとかもあるそうだ。  
 
まあ写真に関する無駄知識はこの程度にして端的に言おう。  
今、俺の手元には、バニーガールかつマイクを握って熱唱するハルヒの写真がある。  
 
 
…なぜ俺はこんなものを持っているのだろうか。  
 
 
事の発端は、北高祭の後になる。  
おれはいつものバカ+1名と昼飯を食べていた。  
「おい、キョン、知ってるか?」  
知らん。物事話す前に内容が分かる奴は、ウチの対有機生命体コンタクトインターフェイスこと、ナガえもんだけで十分だ。  
「涼宮がやったあのライブ、ビデオに撮ってる奴がいてさ、それのコピーがとんでもなく出回っているらしいぜ」  
「へー、そうなんだ。確かに上手かったもんねえ。キョンは、興味ないの?」  
知らん。全く持って興味は無い。長門のギターだけはもう一度聴いても良いかもしれないが、  
ハルヒの歌についてはノーコメントを貫かせていただく。  
「ふーん」  
なんだその生まれたばかりのひな鳥を見るような生暖かい目は。  
「んでだ。こんなものまで出回っているんだなあ、これが」  
といって谷口が出してきたのは、前述した写真だった。  
「さて、キョン。いくら出す?」  
出すも出さぬもない。そんな物、俺には必要が無い。何しろ、今は居ないが、常に後ろからシャーペンで突き回し、  
さらに放課後の平穏をぶち破って乱入してくること必至の奴の写し絵を、なぜ欲しがらねばならん。  
朝比奈さんのバニーなら財布の紐を緩ませるのもやぶさかではないが、そもそもアレはあんまりあんまり多くの人に晒したくない。  
そんなものが出回った日には、朝比奈さんは卒倒するかもしれん。  
「まあいいや、これは余り物だしな、お代は後でってことで」  
というと、谷口は素早く俺の胸ポケットに写真を摺り入れた。  
おい、待て。余りとか何のつもりだ。つーかそもそも余るのか、ハルヒの写真は。  
「まあ、北高外の人間には受けが良いがな、ハルヒの性格が知れ渡っている内部では  
需要がゼロに等しいからな。  
ちなみに同じものの長門版はあっという間に売り切れたぜ。  
それも欲しいんだったら、残念だったな」  
…うーむ。長門の写真は正直欲しいかもしれん。まあいいか。  
 
んでその時うっかり返し忘れた写真が、今俺の手元にある。  
とりあえずこれをハルヒに見られた日には、何をさせられるか分からん。  
そんな事が起きたら、ハルヒに肖像権の侵害とやらで、  
重いコンダラを引きながらの校庭十周の私刑あたりを課せられかねん。  
 
とりあえず隠しておこう。ゴミ箱に捨てるのもためらわれる。  
理由はそれが発覚した場合、ハルヒに団長不敬罪あたりで  
投げっぱなしジャーマンからのダウンに、トップロープからのニードロップの私刑を食らいかねん。  
 
と、いうわけで見られることも無く、かつ落っこちることも無いように、  
定期や学生証、家の鍵等、重要物の保管場所である俺の財布の奥にその写真は居を移した。  
…明日一番にでもこの写真は谷口に返さなければな。  
上記したどちらの可能性でも死の可能性があり、やはり俺といえど命は惜しい。  
 
さて、そんな日でも俺は死刑の可能性を減ずるために、SOS団に向かうわけだが…  
今日ばかりは細心の注意が必要だ。  
 
ハルヒに対しては普段どおりに、かつ朝比奈さんに対しては自然に接し、  
また古泉は別に余計なことを言いさえしなければどうでもいい。  
長門には…もうばれてるかもなあ…今回は否応が無かったんだ。勘弁して欲しい。  
 
部室に着いた俺は、出来るだけ自然な風を装いつつ、今古泉とダイヤモンドゲームをしている。  
が、しかし、やはり右ポケットの財布の所在が気になって、ゲームに集中できん。  
今回は珍しく黒星が付いてしまった。  
「まあこんな日も、偶にはあっていいですね」  
勝敗のためか、ニヤニヤ度が80%程上昇した古泉は、そう言うと勝敗表に普段とは逆のマークをつけた。  
「あ、今日のお茶はいかがですか?お茶の葉っぱ、変えてみたんです」  
…すいません。今日は何故だかやたら喉が渇いてしまったため、味わう余裕が正直ありませんでした。  
ハルヒみたいな真似をしてすいません。  
「……」  
長門は普段どおり…か?読んでいる物が、「アンリ・カルティエ・ブレッソンの作品研究」とある。  
…意味はあるのだろうか。なにやら聞いたことの無いフランスっぽい名前だが。  
団長様は不在だ。今日は遅れるらしい。また何かを企んでいなければ良いが。  
しかし、今日に限っては、まだ居ない方が望ましく思える。  
ゲームが終わり、長門の本が閉じる音と共に、今日も解散と相成った。  
 
ハルヒが居ないときの鍵の管轄は俺の仕事となっているため、他の面々は其々の荷物を持って、  
早々に帰宅した。だが、今日は長門が出て行くときに、普段より長い時間見られた気がする。  
まあ多分気のせいだろうが。  
 
さて、俺もバッグを持って…と。  
「ごめーん、皆まだ居る?!…ってキョンだけ?」  
ハルヒか。…出来れば今日に限っては第一次接近遭遇を最大限避けたかったのだがな。  
「ちぇー、せっかく面白いネタを仕入れてきたのに、相手がキョンだけなんてつまんないわ。  
内容は改めて、また明日発表ね。アンタ、期待しなさい!今回は面白いわよ〜」  
そんなバラエティー番組の次回番宣のような事を言われても、お前の思い付きが大抵ろくでもないことなのは、  
経験則上、進化論が疑いの余地が無い位には確かだ。  
 
「まあ良いわ。あんた帰るんでしょ?皆もう帰っちゃったみたいだし」  
ああ。まあそうだな。忘れ物も無いし。  
「なら私も帰るから、アンタ団員としてしっかり護衛しなさい」  
…コイツに何か危機が迫るという事があるのだろうか。何しろ「機関」「宇宙人」「未来人」の  
三者三様の護衛があるというのに。  
だが、それを断った日には、ハルヒから瞬間的に、おとなし直伝のーてんちょっぷを食らいそうな気がした俺は、  
粛々とハルヒの後ろを付いていく事にした。  
 
「せっかく面白い事考えたのに…皆帰っちゃうし。何で今日に限って居ないのよ」  
そこまでは知らん。  
ただし被害が明日に先延べされたのは良い事だ。これは断言できる。  
「仕方ないわね。今日はそこのジュースを私に奢る事で勘弁してあげるわ」  
…何故そうなる。  
「だって、団員の不始末の責任はキョンが取る事になっているのよ!」  
まて。いつの間にそんな重要審議が可決された。  
「んー、昨日とか?」  
…明らかに適当だな、コイツ。  
まあ被害がジュース一本程度なら、財布に掛かる負担も少ないというものだ。  
むしろ今回は僥倖と考えた方が良いな。  
 
さて…と。小銭は無いみたいだな。という事は夏目さん改め野口さんの出番だな。  
と、思いつつ、財布を開いた俺の手元から、明らかに野口さんでも樋口さんでも福沢さんでもない  
肖像が印刷されている紙が、  
 
ひらりひらりと  
 
ハルヒの足元に  
 
舞い降りた。  
 
 
 
………何故だ。そんな事のないように、財布の最も奥に押し込んでおいたはずなのに。  
 
「…ねえ」  
……  
俺は言葉を失っていた。  
それは谷口が押し付けたものだとか、さっき考えていた言い訳だとか、それが上手く言語化できない。  
俺はいつから長門となってしまったのだろうか。  
「……」  
 
 
するとハルヒは、少し引きつった、でもアホみたいな笑顔でこう言い放った。  
「へー、アンタにも遂に団員としての覚悟が出来てきたみたいね!」  
何がだ。  
「なるほど、この私の肖像を神棚に祀って家でも拝むというわけね。いい覚悟じゃない」  
そんなつもりは無い。いつそんな事を俺は宣った。  
「じゃあ、アンタのその覚悟に免じて、今回の罰は帳消しにしてあげるわ」  
…お前の顔が妙に赤いのは、夕焼けのせいだよな。そうに違いない。  
 
 
 
 
 
その後の事を少しだけ述べておこう。  
 
ハルヒ大明神様の御宣託によって、その写真を収め奉るための写真立てを買わされる事と相成った。  
財布に掛かるダメージがバイキルト所ではなく増加したのは言うまでもないだろう。  
そして、その写真はその写真立てに祀られ、ハルヒ曰く「粗末な場所に置いたら死刑にするから」  
とのことにより、本棚の上にあくまでひっそりと捧げられる事となった。  
…妹に見られても問題ないよう、デスノート並の隠蔽工作は施したが。  
 
 
終わり  
 

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