春の到来を感じさせながらも、未だに寒い寒いと思いストーブへの恋しさが忘れられない冬の終わり。  
 相変わらず文芸部を不法占有しているSOS団の本日の活動方針は羽伸ばしだった。  
 歯に衣被せず言うなら、いつもどおりのグタグタ状態である。  
 ハルヒはネットサーフィンに飽きたのか猫とおにぎりを掛け合わせた全く新しい生命体を落書きし、  
長門は一体どんなブームが到来したのか小学生用の教本「優しい理科」を先ほどから読みふけり、  
朝比奈さんは先ほどハルヒに印刷してもらった何処かのサイトの美味しいお茶の淹れ方を実践している。  
 そして、俺は古泉が棚から今日は何を持ち出してくるのかをのんびりと眺めていた。  
 どうでもいいが、谷口レビューにおいて見た目的にはAランクの女生徒が三人もここにいるというのに、  
どうして俺は年中微笑顔と面をつき合わせて勝負事なんてしてるんだろうね。  
 
「何か賭けますか」  
 オセロを選び出してきた古泉が、相変わらず人当たりの良い笑顔を浮かべつつ聞いてきた。  
「悪いが金欠だ。何故か毎週毎週五人分の交際費が俺の財布から飛び立っていくんでな」  
 全く持って謎だ。おいハルヒ、お前の好きな謎が転がってきたぞ。  
「アンタがいつも集合に遅れるからでしょ。文句があるなら一番に来ればいいのよ」  
 断言しよう。  
 たとえ明日駅前集合と今この場で決定しそのまま解散したとする。  
 俺が家に帰らずそのま駅前に向かったとして、それでも俺は一番最後になるのではないかと考えている。  
 一体誰の陰謀だろうね、これは。  
 
 そう言いながら軽く指先をほぐして暖める。  
「おや、寒いのですか?」  
「日が陰ると手先がちょっとな」  
 だがストーブ一基にこの部屋全体の温暖化は流石に求めすぎだと思う。  
 
「面白い事を思いつきました」  
 こいつの思いつく内容はハルヒの次に問題があるという事をそろそろ自覚してもらいたいものだな。  
「負けたら着ている物を一枚脱ぐ、というのはどうです?  
 文字通り敗者は身包み剥がされていくという訳です」  
 聞けよ人の話。さっきから寒いって言ってるのがわからないのか。  
 あまりの古泉の提案に、俺の脳内情報統合思念体がサミットを開催する。  
 
(わかってるわよねキョン! これはギャフンと言わせる決定的なチャンスなのよ!  
 いつもスマイルポーカーフェイスな古泉くんの身包みを徹底的に剥ぎ取って、  
 その顔に焦りと驚愕を浮かべさせるのよ!)  
(イェッサー!)  
 サミットだったはずがなぜか悪の幹部らしき連中の会話に変化していた。  
 しかも悪のリーダーがハルヒだし。  
 
「いいのか古泉。まさか俺に勝てるとでも思ってるのか?」  
「勝負は常に時の運です。気まぐれな勝利の女神が微笑む者に、栄光はもたらされるのですよ」  
「言ってろ。すぐに後悔させてやる」  
 
 こうして俺と古泉の熱き脱衣オセロ勝負が開始された……のだがその前に。  
 俺も思春期を生きる健全な男子である証拠として一言だけ言わせてくれ。  
 
 谷口レビューにおいて見た目的にはAランクの女生徒が三人もここにいるというのに、  
どうして俺は年中微笑顔と面をつき合わせて脱衣勝負事なんてしてるんだろうね。  
 
 さて。あまりに不本意で言いたくないのだが、言わなきゃ始まりそうもないので結果を言おう。  
 
「……てめぇ、やっぱり今までの腕はブラフだったって事か」  
 ランニングを脱ぎ捨てついに上半身裸になる。下半身はズボンは無傷だが靴下は無し。  
 そんな俺の状態とは対照的に、古泉はゲーム開始から何一つ姿が変化していない。  
 盤面はといえば、俺の大敗をあざ笑うかのごとくほぼ古泉カラーで埋め尽くされていた。  
 つまり、連戦連敗街道まっしぐらって事だ。応援してくれてる地元ファンのみんな、すまん。  
 
「いえいえ、これは偶然です。どうやら今日の僕は運が良いみたいですね」  
 そこまで言うとこちらに何やらアイコンタクトを飛ばしつつ、  
「まさに勝利の女神が僕の勝利を望んだ結果、とでも言いましょうか」  
 
 なるほど。勝利の女神が望んだ結果か。  
 つまりあれだな、お前の言う勝利の女神って奴は  
「ぎゃはははははっ! 何、キョン! 時期外れのストリーキングでも始めるつもりなの!」  
とさっきから俺たちの対戦を見てげらげら笑ってるこいつの事だな?  
 ったく何で古泉の勝利なんて願ってやがるんだ! くそいまいましい女神め!  
 
「違う」  
 珍しく俺たちのゲームに近づいてきた長門が短く答える。  
 何度も言うようだが気配もなくいきなり背後から声をかけるのは心臓に悪いから止めてくれ。  
 それで何が違うんだ?  
「勝利の女神は古泉一樹の勝利を望んではいない」  
 そう言いながら机を回り、古泉のそばへと歩いていく。  
 どうした長門。古泉が不正でもしていたのを見つけたのか?  
 しかし長門は古泉に何やら目配せをするのみ。手を掴んでズルを発表したりはしなかった。  
 
「流石に緊張続きで少々疲れました」  
 古泉は盤面を初期位置に戻し終えるとそっと立ち上がる。  
そしていたずらを謝るかのような表情を浮かべて目配せをしてきた。  
 やれやれ、ようやくこの屈辱も終わるかと思っていると。  
 
「勝利の女神が望んでいるのは、あなたの敗北」  
 
 開いた対戦席に長門がゆっくりと移動した。  
 そして俺の前に着席し、ただじっと俺のことを見つめてくる。  
 おい待て。まさか冗談だよな、長門?  
 
 そんな俺の言葉も空しく、長門はオセロの駒を摘むと盤面に指した。  
 って長門、もしかして俺の事を脱がすつもり満々なのか?  
 
「わたしという個体もあなたには脱いでほしいと感じている」  
 
 ぽつりと言葉を続け、ようやく長門は俺から目線を外した。  
 何というか少し照れているような、そんな表情をミクロン単位で浮かべながら。  
 ブルータス、お前もか。  
 
 
 何の能力もない一般人が長門に対して頭脳戦で勝てる確率など、谷口がハーレムを築き上げる可能性よりも低い事は誰の目にも明らかであり、  
俺はおそらく朝比奈さんが言うところの規定事項どおりの状態、つまりは盤面が一色で埋め尽くされたオセロ盤に対してありったけの怨念を送信している所だった。  
 
 ムエタイ選手よろしくトランクス一丁の姿で。  
 
「いいわよ有希! あと一枚よ!」  
 何処から出したのかデジカメでパシャパシャ写真を取り捲るハルヒ。  
 気づけばハルヒの腕章が団長から「ヌード写真家」に変わっていやがる。  
 なんて縁起でもねぇ。  
「勝てば終わりよ! やっちゃいなさい、有希!」  
 
「終わり?」  
 長門がちょこっと首をかしげて聞いてくる。  
 ああどう見たって終わりだろ。  
 次負けたら俺の理性と尊厳が脱がされちまうからな。  
「そう」  
 ……ん?  
 さっきまでやる気満々だった長門のシルバーメタリックの瞳が、気づけばつや消しブラックにまで変化している。  
 どうした長門。何かあったのか。  
「ない」  
 それだけ告げると、長門は準備完了したオセロ盤に駒を指した。  
 
 
 悪い夢を見ているのだろうか。  
 それともパンツ一丁で肌寒い部室にいたために、いつの間にやら燃え尽きる寸前のろうそく状態となってしまっていたのだろうか。  
 唖然とする俺やギャラリーたちの目の前で、長門はセーラーを着たまま器用に手を動かし、  
襟元から青と紺で色別けられたスポーツブラをするっと取り出した。  
 別に猫型ロボットの真似事をしている訳ではない。  
 つまりこれは、あれだ。ある意味において緊急事態だった。  
 
 目の前の長門は間違い探し状態になっている。さて何が違うだろうか。  
 その解答は長門の座席の横をみれば一目瞭然。  
 今さっきブラが置かれた下にはカーディガン、靴下、リボンが置かれていた。  
 
「くっ……しぶといわねぇ。  
 女の子のブラを脱がせてまで狡く生き延びるなんて、キョン、男として最低だと思わないわけ!?」  
 そう、俺の格好はは先ほどから変わっていない。パンツ一丁のリーチ状態のままだ。  
 つまり最初の敗北以降、俺は長門に四連勝を決めた事になる。  
 ……ありえねーだろ、これ。やっぱり寒さで夢でも見てるんだろうか。  
 
「思考が読めない」  
 長門が盤面を片付けながらぽつりとこぼす。  
「あなたの打つ手は必ずしもベストではない。むしろわざと不安定にしている節がある」  
「確かにトリッキーな打ち方ですね。先ほどなんて角をわざと放棄しましたし。どうしてです?」  
 もちろんわざと盤面をかき混ぜる為だ。  
 背水の陣なゲリラ戦でも仕掛けない限り、イカダで不沈戦艦なんかに勝てる訳がない。  
「不安定な手はノイズを生む。それゆえ常に終盤まで流れが確定できなかった」  
「なるほど。今後の参考にさせてもらいます」  
 古泉は腕を組んで頷くと、さて、と接続詞を用いてから  
「これ以上長門さんが負けた場合、どうにも倫理的に問題があるかと思います」  
「問題ない」  
 いやあるだろ。  
「ない。まだ着衣は三つある」  
 セーラーにスカートに下着だな。問題ありまくりだ。  
「ない」  
 相変わらずの微妙な変化だが、なぜか少し寂しそうな表情を浮かべて長門が珍しく食らい付く。  
 ……もしかしてコイツ、純粋に遊びたがってるだけなのか?  
 だから俺に負けて……。そんな事を思い描いていると  
「ですが長門さん。彼と遊びたいと思っている人はあなたの他にもいるようですよ」  
 やはり似たような意見を出して古泉が脇の人物へと視線を投げた。  
 長門もあわせて視線を送ると、そこにはヌード写真家から「永世名人」に変化した永世名人が机に座っていた。  
なんだか色々と間違っているが放っておこう。  
 長門は実に瞬き三回分の時間をとる。そして  
「わかった」  
 それだけ言ってようやく席を空けると俺の斜め後ろ辺りの位置に椅子を持ち出し、  
まるで日常を再開させるかのごとく本を開いて視線を落とした。  
 
 
 さて諸君、色んな意味において本日のメインイベントだ。  
 長門という難攻不落の砦が落ちた事で、ついに悪の親玉が動き始めるらしい。  
「ぬっふっふっ……。どうやらあんたと決着をつける時がきたようね、キョン」  
 パソコン前から机の上に移動していた赤コーナー選手は、わざとらしい笑いと共にゆらりと机の上に立ち上がった。  
 
「っと朝比奈さん。すいませんがお茶をもらえますか。流石に寒くて」  
「え、あ、はい、ただいま!」  
 俺のこのあられもない姿に朝比奈さんは顔を真っ赤にしながらも、健気に返事をしてくれた。  
「こらあっ無視すんなっ! アンタも少しは場を盛り上げなさいよ!」  
 ぱたぱたと歩く朝比奈さんから視線を戻せば、仁王立ちでこちらに指を差し向けたハルヒが  
百ワットの笑みに悪玉菌と熱血成分をふんだんに盛り込んだような表情を浮かべていた。  
 どうでもいいがパンツ見えるぞ、おまえ。  
 
「そんな安い動揺には乗らないわよ。  
 わたしのパンツが見たいのならとことん勝負に勝つ事ね!  
 まぁどう考えてもキョンの方が先にSOS団活動ページに醜態をさらす事になるでしょうけどね」  
 ちょっと待て! 俺のこの姿を載せるつもりか!?  
「あったりまえよ! みくるちゃんは問題あるけどアンタなら別にかまわないでしょ」  
 持てる限りの権限を全て発動させてでも構わせてもらう。んなことさせるか。  
 クソッ、こうなったら意地でも負けられねぇ。いいぜ。OK。やってやろうじゃねぇか。  
 クリパのツイスター以来か? 久しぶりにお前とイカサマなしの真剣勝負をしてやろうじゃねぇか。  
 
「こうなったら下克上だ。後でカーディガンにコートにマフラーを付けてから勝負すればよかったと涙を流して後悔しやがれ、ハルヒ!」  
「吠える部下に厳しい教育を施すのも天下人の使命! アンタの下克上なんか軽く蹴散らしてあげるわよ! 覚悟しなさいっ!」  
 
「はい、キョンくん。お茶です」  
「あ、すいません朝比奈さん。こんな格好で」  
「い、いえ、わたしの方こそ、いろいろ見せていただいちゃって」  
 はっはっはっ。それならおあいこですね。  
 
「だからわたしを無視するなーッ!」  
 
 
 

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