「おい、てめーら動くんじゃねえぞ。ちょっとでも動けばこの女の頭を吹き飛ばすからな。」
ハイジャック犯の声に負けじと、ハルヒも声を張り上げる。
「キョン、あたしに構わず、コイツをぶっとばしなさぁいっ!」
人質が言うセリフかよ。まったくもってやれやれだ。
俺は座席からゆっくりと立ち上がった。
『ハードボイルド・ワンダーランド』
俺達SOS団は、春合宿の目的地をハルヒの鶴の一声で北海道に定めた。古泉はいつものように、「実は、北海道に親戚がおりまして…」と都合が良すぎることを言い、めでたく俺たちは飛行機に乗って北海道に出発したわけだ。
俺の同級生に逢いたいからな。ハルヒや長門に会わせてみたい。朝比奈さんとの対面はやめておこう……などと考えながら、俺は楽しく飛行機に乗っていたのさ。
俺たちの座席は横一列で長門、俺、古泉、通路を挟んで朝比奈さん、ハルヒだ。恒例の楊枝くじびきで決めたのだが、古泉が隣りとは頂けない。まあ、長門と隣りは嬉しいが。
ハルヒは無邪気に窓の外を見ている。朝比奈さんは、その横で座席に震えながらしがみついていた。そういえば、飛行機を見て、「これ、ほんとうに飛ぶんですかぁ?」なんて感想をもらしていたっけ…。
その朝比奈さんが、緊張したのか、トイレに立った時だった。
「この飛行機は俺がのっとった!」
男の声が響く。
は、ハイジャック!?
まじか、どうなってんだ?
俺がそちらに目を向けると、犯人とおぼしき男が朝比奈さんを捕まえて銃をつきつけている。
野郎、なんてことしやがる!!
立ち上がりかけた俺を、古泉が引き戻した。
「落ち着いてください。まずは、冷静になって対応を。」
小声で囁く古泉に、とりあえず確認する。
「おい、機関とやらのイタズラじゃないだろうな。」
「誓って違います。むしろ、真犯人は、涼宮さんと言っても過言ではないでしょう。彼女の頭には、飛行機=ハイジャックという等式があるようです。」
なんてふざけた等式だ。普通に考えて、機内に拳銃を持ち込めるかよ。
「まさに、涼宮さんですね。」
やれやれ、あいつは、ハードボイルドの主人公になって、犯人逮捕がしたくなったのか。
まったく、ハルヒのやろう…… 「待ちなさいっ!」
ほらきた。
「あたしが代わりに人質になるから、みくるちゃんを放しなさいよ!!」
ハァ!?
古泉が囁いた。
「……どうやら、主人公の交代のようですね。」
………勘弁してくれよ。
ハルヒは両手を上げて近づくと為されるままに手足を縛られた。
「みくるちゃん、トイレ行きたいんでしょ。」
「ふぇ、涼宮さん、ごめんなさぁい。」
朝比奈さんは泣きながらトイレに入っていく。
……おかしいな、出てこないぞ。中で震えてるのか?
「現在時空から消失した。」
うわ、にげやがった!
俺はあらためて長門の方を見る。
「長門、おまえの呪文でさくっと解決できないか?」
「涼宮ハルヒが望んでいるのは、あなたに助けてもらうヒロインの立場。あなたがやるのが最善。……ただ、協力する。」
長門は超高速で口を動かし始めた。
というわけで、冒頭に戻ってきたわけだ。信じているぜ、長門。
「なんだぁ、テメエ!殺すぞ。」
「やってみろ…きさまに出来るならな。」
ハッタリをかましながら俺は近づいて行く。やべぇ、怖い。足がガクガクする。
「ふざけやがって……しねぇ!」
弾丸が発射された瞬間、俺の右手が高速で動く。長門のホーミングモードだ。指が勝手に弾を掴んで止める。指は硬化されているので、ダメージはない。
「視線と銃口の角度から弾丸の軌道を予測した。……諦めろ。」
ブースターのダッシュで一気に間合いを詰め、加速された拳が相手の顎を撃ち抜く。
犯人は床に崩れ落ちる。
俺はハルヒの方を向き、縛られた手足をほどいてやった。
「キョン、キョン、凄いじゃない!かっこよかった!!」
ふっ、と笑って俺は言う。
「軽いもんさ。」
長門と古泉がなんとも痛いものを見るような目で俺を見ている。
いや、すこし成りきってみただけで――
機内放送が響いた。 『エンジントラブルが発生しました!』
ハルヒが自信満々で言った。
「大丈夫!キョンならなんとかしてくれるわ!」
俺の顔からみるみる血が引いて行く。俺は哀願するように長門を見た。長門の冷たい目。
「……頑張って」
おしまい