「ねぇ有希、いるー?」
1時間目が終わってすぐに教室に現れたハルヒの姿に、長門のクラスメイトはぎょっとして視線をハルヒに集中させた。
「あ、いたいたーっ」
窓の外にいる太陽に似た笑顔で、ずかずかと長門の席の前へと移動する。
長門は開いた本からわずかに視線をあげて、ハルヒを見上げた。
「今日の活動なんだけど、あたしちょっと遅れるかもしれないから。それと、キョンが最近あんたのこと狙ってるかもしれないから、気をつけなさいよ。あんた大人しいんだから、ほいほい言いなりになっちゃダメ。イザとなったら蹴っ飛ばしていいから」
長門はハルヒが満面の笑みで話した内容を、無表情に聞き、そして少しだけ頷いた。
「んじゃ、あたし行くわね」
一方的に用件を告げてハルヒが去っていく。
2時間目の休み時間になると、男子の間から歓声じみた驚きの声があがった。
「あのぅ……長門さん。ちょっといいですかぁ?」
長門の教室を訪れた朝比奈みくるが、上目に長門を見る。興味なさそうに、読んでいた本から顔をあげる長門。
「涼宮さんが、今日は来れないから戸締りをよろしく、って伝えといてって……。それと、あたしも今日の放課後は鶴屋さんとお買い物に行くから……。あ、それとあの、その、キョンくんには気をつけるようにって涼宮さんが……。
あたしにも。涼宮さんって、キョンくんのことになると細かいから、あの……」
無表情のまま長門はみくるの話を聞いていた。なんの返答もない長門に、次第にみくるの顔が曇っていく。
「あの、それじゃまた」
長門は話が終わったと判断したらしく、ふっと視線を本に落とした。
3時間目の休み時間になると、女子の間から黄色い声があがり、男子から怨嗟の声じみた唸り声が響いた。
長門の教室を訪れた古泉一樹は、長門の姿を確認するとにこやかに手を振った。無関心に本だけを読む長門の傍に寄る古泉。
「ちょっといいですか長門さん。ここではしにくい話なんですが……」
朗らかな笑顔を浮かべながら、古泉が長門に話しかける。なんの返事も寄越さない長門に、古泉は苦笑し、そして話を切り出した。
「実は今日の放課後、ええと、あなたのお友達にあたる方々と我々が接触することになっていまして」
古泉は一度そこで言葉を切ると、長門はようやく顔をあげた。
「おそらく、あなたと同じ派閥のお友達だと思うのですが、どのような意図で我々に接触を試みるのか、検討がつきますか?」
「……」
興味なさそうに話を聞いていた長門が、再び本へ視線を落とした。
その様子に、古泉がにやけていた笑みに苦味を加えて、軽く溜め息を吐いた。
「僕としては、ここ最近の涼宮さんの動向があまりに落ち着いていることについて、主流派である方々が何かしらの懸念のようなものを示していて、我々上層部と結束して何かしらよからぬことを企むのではないかと思っているのですが……。
あなたは何か聞かされていますか?」
「……」
ページをめくる音で、古泉の言葉を何処か遠い場所へ放り出す。
「やれやれ、教えてはもらえませんか……。さすがに立場というものがありますからね。ええ、わかっています」
お友達によろしく、という言葉だけを残して、古泉は教室を出て行った。
わざとらしく手を振っていたが、長門はそれに一瞥もくれなかった。
昼休みになると、キョンが長門の教室を訪れた。クラスメイトの誰も気づかなかった。
人の出入りが激しくなろうという、休みに入って直後のこと。
「よう長門。元気か?」
本に落としていた視線を不意にあげ、キョンの顔を見つめる。
「今日はハルヒも朝比奈さんも古泉も来られないんだとよ」
「聞いている」
教室がかすかにざわめいた。
「そうか、なら俺が来た意味もなかったか。どうする? 俺たちだけじゃどうしようもないしな、休みにするか?」
「わたしはいつものように行動するだけ」
ざわめきは教室一杯に広がり、キョンに視線の槍が突きつけられていたが、当人はまったく気づくことなく、長門に話しを続けた。
「おいおい、本読んでるだけじゃつまらんだろ。せっかくだから、放課後どっか行こうぜ。本屋でも図書館でも連れてってやるぞ」
「……図書館に」
「ああ、じゃあ放課後部室で待っててくれ。後で行くから」
「……」
軽く頷いたのを見て、キョンが小さく溜め息をつく。
「まったく、もうちょっと喋ったらどうなんだ。本ばっか読んでないでさ」
「……」
「まぁ、でもそのほうがらしいと言えばらしいかもしれんけど。じゃあな、また後で」
「……わかった」
片手をあげて、キョンが教室を出て行く。長門はその背中をしばらくの間見つめた後、立ち上がる。
キョンが出て行った出口とは反対側から廊下に出て行った。
休み時間とは思えないほどに、教室は静まり返っている。誰も微動だにせず、瞬きさえ忘れ、何が起こったのか理解しようと努めていた。
ほぼ同時に、皆が理解した瞬間。
と、ベタに終わる。